6話 帝王バード・ルスワード
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「君がコーセーか。はじめまして。私はシタン帝国帝王、バード・ルスワードだ。使者から話は聞いている。ネルネリ、ご苦労だったな」
隣にいる魔女が、「へぇ」とも「はい」とも取れないような発音の返事をする。
「ところで、頼んでいた報告書は」
隣にいる魔女が、「へぇ」とも「はい」とも取れないような発音の返事をする……終わってんなこいつ。嫌われる理由これだろ。
「……書いてない?」
帝王の顔が悲しそうに歪んだ。そりゃそうだろ……なんでそんな態度を取れるんだよネルネリお前。
ここはシタン帝国の首都、レンドムの中心に位置する城の最上階、謁見の間である。
帝都に着いた俺たちは、息つく暇なくここへ通された。ネルネリに関しても召集対象で、結局否応なしに同伴である。
「まあ、良い……ところで。この世界についての説明は受けたか?」
「は、はい、ある程度」
緊張する。これが面接ってやつか? ライカが大学受験で何度かやって、楽しかったと言っていた。ひとつも面白くないわ。
なにせ鎧を着た騎士たちが、玉座へ続く道にズラリと並んでいるのだ。にも関わらず、異様なまでに静か。帝王の声以外には、金属の擦れる音さえない。
それでも、不審げな目だけはちらちらと、こちらに送られてくる。ああ〜本当に俺たち、嫌われ者なんだ。そして、彼らの頂点に座す帝王。これがまた、凄みのある人物なのだ。筋骨隆々で、目は力強く、立派なヒゲを蓄えている。まさしく王様、という見た目。
「うむ……この世界には、年に数人ほど、様々な世界からの“転移者”が現れる。そしてこの世界の文明のほとんどが、その者たちによって形作られたものだ。異世界によって流されてきた世界。だからこそリブライトは、こうも呼ばれている。“漂流世界”と」
漂流世界にある文化────言語。農耕。建築。料理。火。金属加工。魔法。宗教。数学。ほとんど全部が、異世界からもたらされたものだという。
その異世界というのも、俺の元いた、日本に限らない。魔法なんかがあるんだから、当たり前だが。別世界から来た俺と、現地人とで普通に会話が通じるのも、かつての転移者の力だというのだから、驚きだ。
そうやって出来上がった場所だからこそ、転移者の発見も早い。我先にと新技術の可能性を確保したいのだ。
ネルネリが初対面の俺を転移者と分かっていたのも、そう。特別な装置が、異世界から人が現れる時に発生する、魔力の揺らぎを感知した。それで、彼女が派遣されたのだ。
「さて、コーセー。君もこの世界に来たばかりで、行くあても、食いぶちもないだろう? シタン領内に転移した縁だ。良ければこのまま、我が国に住むといい」
そして、なにか新しい技術を求められるんだろう。ネルネリが言っていたことを思い出す。
「……ぶっちゃけコーセーって、運悪いよ? シタンなんか落ち目だもん。昔は戦争国家でブイブイ言わせてたらしいけど、そんな時代じゃないし。遅れてんの。だから王様はあんたのこと、絶対手放したくないって思うだろーね。転移者は超重要資産だから。酷いと国家の存続まであんたに賭けてくるかも」
ごめんである。そもそも俺に、大した知識はない。早いうちに伝えておいた方が良いだろう。たぶん一度捕まったら、逃げられない気がする。
隣で早く帰りたそうにしているこの女が、無駄に誇張しておどかすような話し方をしていたのでなければ。
「……ええっと、ありがたいお話なのですが、恥ずかしながら私は、元の世界じゃ寝たきりの生活でして、あんまり国の発展に貢献というのは……ちょっと、いや、確実に、無理……かと……」
バード帝王は少し眉を顰める。
「いや……そんなことはないだろう。君にとっては常識でも、私たちにとっては違う。何かあるはずだ。転移者が、理由なく現れることはない」
『理由なく現れることはない』なんて、断定されても困る。
「いえ、私は今、二十ですが、十三歳の時から七年間、ずっと入院していたんです。いきなりこの世界に来てしまいましたが、その直前まで死にかけていたのです。元気だった頃の記憶だって、それだけの期間があればもう朧げで、思い出せる範囲に有用そうな事柄なんて、とても……」
バード帝王は今度は思いっきり眉を顰め、それだけでなく指で眉間をつまみ、分かりやすい苦悩のポーズを取った。
これで、支援は得られなくなるかもしれない。だけど、後で無能がバレて咎められるよりは、マシなはずである。
俺は、息を飲んで次の言葉を待った。
「……いや、いや、違う……君には、頼みたいことがある」
「頼みたいこと? いや、だから、私には……」
数十秒の沈黙を破り返ってきた、思っていたのとは違う答え。慌てて弁明する俺の言うことを遮り、彼は続ける。
「特別な知識はいらない。技術もいらない。ただし君には、英雄。物語の英雄に、なってもらいたい」
なんだって?
2
「なにを……」
そうリアクションを取ったのは俺ではなく、すぐ隣に立っている、側近と思しきガタイのいい男。
「極秘裏に進めていた事業がある。かつて三つの国を統一すべく作られた、奇ッ怪なる十の武装、“十壊器”の回収。その中心人物として、異世界から現れた救世主・コーセーを据える」
「王。それは、さすがに……」
「間違いなく話題を引くと思わないか? 最大の武力を誇る戦いの国、シタンの復活には、これくらいのセンセーショナルさが欲しいじゃないか」
一人で盛り上がるバード帝に、俺もネルネリも、誰も全く着いて行けていない。
「話が、ぜんっぜん見えないです、ええっと、バード帝王、ちょっと、説明をしてもらえないかと……」
さっきの悩ましい顔とは打って変わり、漏れ出る自信を湛えた穏やかな笑みを……要はドヤ顔をしているバード氏は、ようやくこちらに意識を向けてくれた。
「ああ、すまない、熱くなってしまったな。うむ、どこから話すか……そうさな、ネルネリに聞いたかもしれないが、シタンは戦さによって大きくなった国だ」
「はあ」
「どう思う?」
「どう思うって……怖いですかね?」
「そう。恐れられた。そんな危険な国を、よそが放置するはずもない。百年前、帝国の権威がついに海を越えようかというところで、大国から制止がかかったのだよ」
「それで、また戦ったんすか?」
「いいや」
バード帝王は、皮肉っぽい微笑を浮かべた。
「目に見えて勝てないから、戦わなかった。情けない話、この国の兵士は強いが、魔法が発達していない。地上戦ならまだしも、その点を加味すれば……彼らと争うことは、無謀と言えた」
彼は情けないと言うが、そのバランス感覚は、むしろ長所だと思った。
「そこからは、停滞と、なだらかな衰退の一途さ」
平和でいいんじゃないか、なんてのは、さすがに雑すぎるか。
「この国の者どもは、戦うことしか知らなかったのだよ。そして、その能力が、国内では活かせなくなってしまった」
「……」
「けれど戦争がなくたって、世に腕を振るう場所はたくさんある。ちょうどその頃には、群発型転移災害『ダンジョン』第三波が起こっていたし、凶悪な転移者たちによる組織が表舞台に現れたことで、護衛人の需要も増えていた」
身に覚えのない言葉ばかりで、頭に入ってこないな。
「だが、この国だけは、残念ながら、いや、幸せなことに……とんと、平和だったのだよ」
つまり、シタン帝国をシタン帝国たらしめる兵力が、世界中に流出していった。言っちゃ悪いが、今のこの国は、残りかすみたいなもんか。
「今や広大な土地を治めるだけの国力はなく……まともな統治がなされているのは、この帝都と、いくつかの大都市くらいのものだ」
その体制のザルさが引き起こした悲劇を、俺は一生忘れないだろう。
「だからこそ、今。今こそ、権威を取り戻さなくてはならない。この国を見放した騎士達が振り向くような。勝手をする輩が恐れ大人しくなるような。そんな象徴が!」
話がちょっとばかり見えてきたな。
「それが、集めてほしいモノ、ええと、じっかいき、ということですか?」
シタン帝王バード・ルスワードは大きく頷く。
「そうだ。三百年前の超兵器。これならば申し分ない! そう思ってな……入手の計画を立てていた。そこに、異世界からの来訪者である君の活躍が伴えば……どれほどの話題性になろうか!」
「ほらぁ、言った通り。必死なんだよこの人たち」
ネルネリが、心底面倒そうな顔で俺に囁いた。俺にとっても、この流れは思わしくない。
だって、英雄譚になりかねない話なんて、つまりその回収までの道のりは、大変に危険なものなんじゃないか? そんな難題を、実際に効果があるかも分からない目的のために、思いつきで押し付けられるなど、嫌だ。
「王、それは元々、あのお方の────」
「黙れ。決定だ」
側近が口を挟むも、取り合わないバード王。オイオイ、誰かの後釜かよ。何かしらの事情で空いたポストに、なるほど、誰でもいいから突っ込まないといけなかったが、俺みたいなヘンな存在はちょうどピッタリだと。俄然乗っかりたくなくなってきたぜ。
「心配しなくとも良い。もし戦いになったとして、それは他の騎士に任せろ。君はそこにいるだけで、希望になりうる」
「いや、いや、いや、王様。良いように言いますけど、それはさすがに気まずいですよ……」
というかすでに気まずい。王は自分の部下たちがどんな視線を俺に向けているか、気づいていないのか? 嫌だよ俺こんな嫌々そうな人たちと旅するの。
「殊勝な男だな。だがあまり訓練に割く時間も……」
急に決まった話の割に、スケジュールがタイトだし。どんどん俺にとって不都合な要素が増えていく。
「コーセー?」
「どうした?」みたいな顔で声をかけてくるバード王。あんたがめちゃくちゃ言うから苦しんでるんだけど……期待の眼差しが痛いよ。クソッ。受けるしかないのか? しかし、いや。なんとか、良い落とし所を探せ。頭をこねくり回す俺をよそに、横にいる少女がいきなり、口を開いた。
「陛下。それ、私もついて行っていいですか」
「は?」
周囲の人間が、たぶんこの俺も含めて全員、ものすごく酸っぱいものを食べたような顔になっていた。何を言い出しているんだ、こいつは。
「な、ならん。ネルネリ。お前にはお前の業務が」
「“十壊器”なら私にも無関係な話じゃないですよね。だってそもそも────」
「それ以上の発言は許さぬ!」
制止するバード王。ざわつく騎士たち。「だってそもそも」の続きは、どうやら彼らにとってはかなり気になる内容らしい。
「……ネルネリ。自分の立場を考えろ……それに、アリンデウルへ向かう可能性も……いや……待て。考えさせろ……」
またも眉間をつまみ悩み出す王を他所に、だんだんとどよめきが大きくなっていく会場。その状況は最早、この話し合いが収拾不可能であることを示しており────
結局のところ、結論は一旦保留となった。俺は何も発言していないのに、都合がいいことに。
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「なんであんなこと言ったんだ?」
「別に……なんとなく」
そう言ってネルネリはいたずらっぽく笑った。その顔だけで、まともに取り合うつもりがないことを察す。しかし聞きたいことはたくさんある。
「“十壊器”と無関係じゃないって、どういうことだよ?」
「最初の一個を作るのに、私の祖先が協力していたというだけの話だよ」
「な……」
なるほど。確かにそれなら関係者だ。そしておそらくそのことは、バード王には既知だったが、周りは違う。反応からして、公には噂レベル、眉唾と思われていた程度だったのだろう。そうじゃなきゃ、ああもざわつかない。とんだ爆弾を投下していやがった。
「そういうわけだから。じゃあね」
「オイまだ……」
華美に彩られた廊下を早歩きして離れていくネルネリ。
嫌われていることを随分と気にしていたのに、どうしてそんな厄ネタを自己開示したんだ? 「なんとなく」のはずないだろ。
もしかして、分かっていたのか? 自分が名乗り出ることで、場が混乱し、停滞することを。そしてそれで得をするのは、危険な任務を拒もうとしていた……
この、俺だけだ。
「コーセーさん」
「はい!?」
そんなことを考えていると、後ろから急に呼びかけられた。
見覚えのない男だった。色黒の肌と白い衣装のコントラストが映える、穏やかそうな顔の巨漢であった。
「そう警戒せず。失礼。私、オロク教シタン帝国支部長、神父のダックス・ハルマンと申します」
オロク教。聞いた名前だな。神父というと……正直うさんくさいイメージだけど。俺の経験上……経験っていうのは、つまり、ガキの頃に見た漫画のことなのだが。
「はあ……一体、そんなお方が、なんのご用向きで?」
「先ほどの謁見について、ちょっと耳に挟みましてね。あなたに興味が出てしまったんです!」
はあ。なんか怖えな。
「あの命令のことなら、結局うやむやになったし。というか俺は、そもそも大して乗り気じゃあないし。特別しゃべるようなことはないんじゃないすか」
「いえいえ! その件についてね。われわれオロク教が熱烈に支援するということを、先ほど帝へ申し入れて来たところなのですよ!」
「────お?」
どうやら話は、思わぬ方向に流れていきそうなのだった。




