41話 事件
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「お! 街が見えてきましたね! あとはもう、いくばくもなく到着ですよ!」
「え、え、え、なにあれ!? 街はわかるけどよ、その奥。島!? ネルネリ知ってる!? やばくないあれ!」
「誰でも知ってる。知らないのはコーセーだけだよ」
「じゃあ、なんなのあれは?」
「転移災害『侵世界樹ウバド』の、切株」
「きり……かぶ……?」
シタン帝国第二の都市、ミージアへ向かう道中。
この間、南西の方へ向かった時と、相も変わらずの荒野! 荒野! 荒野! ……その前方遥か遠くに現れた、あまりにも大きなシルエット。
大きいといっても、高いわけじゃない。横に超広い。で、じゃあ海向こうの大陸なのかと言えば、それにしては、高さがあるのである。知っているモノで例えるなら、エアーズロック……とか? だが、しかし、マジで? あれが、切株だと?
「転移災害っつーことは、あれも、異世界から急に出てきたわけ?」
「歴史上は、そうですね。花粉が寄生した生き物を魔獣化させるという、とんでもない樹だったそうですよ」
「私は、地脈から養分を馬鹿みたいに吸ってたのがダメだって教科書で見た」
「やば。それでちょん切ったわけだ。いやいやいや。なんであの大きいのをあんな、すっぱりいってるんだよ? 遠くから見てるにしたって、え、ほんとに綺麗な、横から見た切株〜って感じじゃん」
「ハッハ! そこに関しては色々な説があって、よく分からないのですよ。オロク教暦でいうところの前期……つまり、最低でも、八百年昔の話ですからね! 資料が朧げなのです」
「私、一人の力持ちが頑張って樹をへし折って、ああなった説が好き」
「ネルネリさん! いい趣味してますね! 私はそもそも、はじめから切株として転移してきた説が推しですよ!」
「花粉を撒き散らした話と、矛盾しているじゃねーか」
「だからこそのロマンッ……!」
「一番人気ない説ねこれ」
「だろうな。いや。しかし、うわ、すっげー……」
言い捨てながら、分厚い本に視線を戻すネルネリ。それを傍目に俺は、感動していた。あまりのスケールの大きさに、世界が広くなったような気がして。
……大きさ、という単語と、切株の状態で転移してきた、という珍説が、なおも想像をかき立てる。
確かに、成長し切った「災害」の姿でこの世界に現れたとは、限らないよな。
例えば、幼木としてやってきた。苗としてやってきた。種としてやってきた。
どれもありうる。それが、まだ小さい頃は、何の変哲もない、そんじょそこらの雑木の一つとしてしか、認識されていなかった。または、誰の目にも止まらなかった。
いつの間にか、立派な樹になって、待ち合わせ場所になんか使われるようになって。もしかしたら、御神木とか言って、祀られちゃったりな。
その間にも、際限なく大きくなるため、地中深くに根を伸ばし続けていた。子孫を残すために、有害な花粉を飛ばして続けていた。
それに人類が気付いたのは、どの段階だったんだろう。
……なんて、これは全部、俺の妄想なんだけど。
でも多分、絶対に合っているだろうことは、あの樹は、生きようとしていたってこと。
地脈から養分を吸うのも、花粉を飛ばし生き物に寄生させるのも、そのための働きだ。前の世界から持ち越された「自分」を、保存しようとしていたんだ。
ほら、だから、別世界から転移したって────過去を断ち切るなんて、できないじゃないか。
「ダックスさー」
「はい!」
「こないだ、こいつとお肉屋さんに行ったらさァ、絡まれたんだけど。そこの店員に」
「ほう。災難でしたね」
「そいつから、お前によろしく言っといてくれって、言われたんだよな」
「はあ……心当たりが多すぎて、わからないですね。城下町のおばあちゃんですか?」
「ぜんぜん違う。俺と同じくらいの歳の女。茶髪でさ、今風? つうの?」
「うーん……心当たりがなくなりました。私のファンですか?」
「ミイハっていったかな」
「……ああ」
その表情は、かなり微妙なものだった。
「知り合い?」
「いえ……知り合い、というか……まあ……ルール上あまり詳しくは、言えないというか……」
「だめ。気になる。言って」
活字の世界にのめり込んでいた魔女が、隠し事の気配を察知して、噛みついてきた。
この間のことがあるので、ダックスもこれには露骨に、嫌そうな顔である。俺だって嫌だ。というかネルネリこいつ、まだ道路爆破の借金を払い終えていない現状があるのに、なぜまたこの感じを出せるんだ?
「教会で一度会っただけですよ。少し相談に乗って、それ以来会っていません。一年前くらいでしょうか。だから、今の彼女については、あなた方の方がよく知ってるくらいでしょう」
「えー……怪しい!」
「ちなみに、絡まれたというのは、どういう風に?」
「いやあ、なんか、元の世界であった面倒ごとを全部放り出して、この世界で転移者として優遇されて、いま幸せだろ? みたいな、嫌味」
「なるほど」
「こいつも、酷いこと言われてるのに、ぜんぜん味方してくれないし!」
「はあ? だって実際そうじゃん!」
「ごく一部はそうかもしれないけど! 俺はでもすっごい引きずってたじゃん日本にいた頃のこと!」
「引きずってましたねー」
「超うっとうしかった」
「ほらな? なのにな? 勝手言われて、まじ傷付いたって!」
「勝手、というか……たぶん、そうでないと、都合が悪かったのでしょうね」
「あァ?」
「私が会った頃のその方は、黒い髪を動きやすく結った、生真面目そうな女性でした」
「え! 見てみたーい」
「それが、なんだよ。あるだろ髪イジるくらい。関係ある話?」
「大ありです」
「……」
「自分の持っている願望を叶えた人間が、幸せでなかったら、都合が悪い。だから、その確認でしょう。コーセーさんに聞いたのは」
「願望」
「でもハズレ引いたよね、ミイハさんは。これに聞いたって、だめだよ。だって、暗いもん」
「そんなこと言う?」
「まあ、転移者といっても、人それぞれですからね。そうですよ! ミージアについたら、コーセーさん、聞いてみたらいいじゃないですか! 私も気になりますね! どんな答えが返ってくるのか」
「ああ……なんか、いるんだよな。転移者……」
「なんかじゃないよ! 士官学校の、魔法の先生なんだよ!」
「嬉しそう」
「ネルネリさんは、学校は?」
「ふふ」
「あっ……」
「あ……」
遠い目をしていやがる。
「なに?」
「ま、まあ、うん、確かに。その人には、会ってみたいわ、俺も。士官学校に行きゃ、ほら、ワカもいるかもしれないし」
「わ! そうだね!」
「ああ、コーセーさんがこの世界に来た日に、看取った方の、遺族でしたか、たしか」
「そうそう。こないだ家に帰ったら、手紙きててさァ」
「うん……私には来なかったのに、コーセーが馬鹿だから、返事書くの手伝わされて……すごく、惨めだった……」
「ごめんって」
「いやそれ、引っ越したからじゃないですか? 実家に来ているとか」
「え」
「ああ〜。それだよ。ネルネリ! 絶対それ!」
「実家……」
「地雷多っ」
超めんどくせえじゃんこいつ。
「話戻すけどさ、この国で、俺以外にも転移者がいるなんて、ぜんぜん思ってなかったぜ」
「うーん。あまり、紹介の必要性を感じないと言いますか……」
「はあ? この魔法後進国に、教育革命を起こしていると言っても過言じゃないんだよ? 私もいま学生だったら、ちゃんと通ってたもん」
あ、やっぱ不登校だったんだ。
「しかし、ただ学校の先生をしているだけじゃないですか」
「それが! すごいんだって!」
「最初は、話題になっていましたけど。すぐ鎮火したでしょう? 二年前ですか。帝都へ来た時に、私も興味で会いに行きましたが……」
「え!! 会ったことあるの!?」
「転移者特有の異物感────が、もうほとんどなくなってしまっていて、面白みがなかったんですよね」
こいつの評価の主軸って、いつもこれだな。見限られないように、お手玉以外にもなんか芸を磨いとくか?
「初めに転移した国が、良くなかったのかもしれません」
「あ、最初からこの国ってわけじゃねーのか。ちなみにどこ?」
「アリンデウルだったかと」
「うわ……」
その国名を聞いて、隣にいる少女の目が、右往左往しだした。魔法国家アリンデウル。これもまた、こいつにとっては思うことの多いワードだ。本当に生きづらそう。
「まあ、色々あるのでしょうね」
……そうだよ。
色々あんだよ。別世界に来て、全部が全部、思い通りの好き放題、なんて、そんなに、上手くいくか。
先日ぶつけられた言葉に対する反論を、頭の中で吐いてみる。今度また会いに行って、直で言ってやるのだ。
「うあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ちょうど考えごとが一段落したところで、聞こえてきたのは、御者、トギメイさんの叫び声。そして、右方向で鳴った、破壊音だった。
2
「なんだなんだ」
馬車を降りて前を見てみると、知らない男と女が立っていた。二人ともが、焦茶色のローブと、焦茶色の頭巾と、焦茶色のマスクと、焦茶色のズボンと焦茶色の靴を装着している。
「こ、コーセーさぁん! なんか、この人たち、急に、通行料出せとか言ってきてェ……それで、なんでかって聞いたら、魔法撃ってきたんですぅ……」
「ええ?」
「素直に従わないならば、そういう手もあるという警告だ。別にらやり合いたいというわけじゃあない」
「警告」
「そうだ。だがその点は重要ではない。あくまで論点は、払うか払わないか、だ」
「……ま、はいはい、わかりました。ちょっと待ってくださいね」
「さっさとしなよ!?」
さっきの破壊音は、こいつらの魔法だったわけか。どうにも物騒じゃないか。
「え、この焦茶色の二人組に、そんな権力あんのか? トギメイさん」
「いや、分からないです。僕、こっちの方面って担当じゃなかったんで……」
「え、すみません。ちなみに、いくらっすか?」
「金貨二枚だ」
感覚的には、日本でいうところの、二万円くらい。まあ、俺もずっと寝たきりだったわけで、その間に、お金の価値も変わっていたのかもしれないけれど。七年前に人間生活が送れなくなった俺的に、金貨一枚は、一万円くらいの価値だ。
「高くねえ?」
「カンカンズに入る際は、銀貨三枚でした」
三千円くらいだ。ちょっとおかしい差だよな。
「しかし、ルールだから仕方がない」
男の方の焦茶色が、顎を前に出して、見下すような態度で言ってくる。いよいよ、従いたくなくなってきたぜ。
「そしたら、違う道いきますよ。遠回りでいいんだけど、ないですか」
「そういう話じゃなくってね、青年。以北に行くなら、払わないといけないのよ。いずれどこかで、必ずね。だから、ここで支払うのが、賢い者の選択なの」
「ンなの、誰が決めてるわけ?」
「国に決まっているでしょう?」
「国って、シタン帝国が? それだったら、この人が知らないのは、おかしくないすか? 帝都で働いている御者なんですよ」
「ちげーよ、馬鹿ッ」
焦茶色顎男が、苛立った様子で言う。
「ミージアのルールだよッ! 他の国から入国する時だって、同じ額もらってんだッ!」
「……あァ?」
俺とトギメイさんは、一様にきょとんとして、目を見合わせる。
「もしかして、知らないの? 君たち」
「なにを」
「一週間前に我々ミージアは、シタン帝国からの独立を宣言している。お前らまさか、不法入国しようって腹じゃあ〜ねえよな?」
俺たちが帝都を出発したのは、十日前。
どうやらその間に、変な話になってきているようだった。




