42話 爆発
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「ええっと、まじすか? それ。独立って」
「なんで嘘つかないといけねえんだよ!?」
「バード帝王も、OKだって?」
「関係ないでしょ。もう違う国なんだから」
……? よくわからん。従った方がいいのか、これ?
どうやら正当な手続きを通して独立した、というわけではないようだ。ひとつの国になりたいと、喚いている状態。そんな言い方が近いのかな。
「こういうルール決めてる偉い人は、どなた。なんて組織の、どういう立場の方」
「しつこいよ。ガキ」
「これだけなんで。最後の質問! お願いします!」
「……まあ、そんくらい、教えてやる。ミージア・ツーリズムのボス。ロクトート様の命だ」
「トギメイさん。ミージア・ツーリズムってなに」
「え、旅行会社です」
「……ロクトートってのは、じゃ、その、社長か?」
「た、たぶん」
「……」
なんか、思ったよりも大したことない話なんじゃないか、これ。こういう時って、具体的に名前を挙げるんなら、直上司じゃなく、知名度の高い、知ってる中で一番偉いやつを出すよな。それで、旅行会社の社長! 絶対こんな権限ないだろ。
だったら、強行突破するか? 魔法が当たったらしい、右側をちらりと見やる。石の塊が、割れて散乱している。そんな感じだ。
「あれ、どういう魔法だった」
「大きい石飛ばしてきました」
「だいぶ怖いなそれは」
叫ぶのも納得。
しかしそういう手合いが相手となると、俺はあんまり、得意じゃないんだよな。
「……わーっかりましたァ。金貨持ってくるんで、はい」
「早くしなよ!」
「早くしてくださいね! コーセーさんっ……!」
トギメイさんにも急かされるとは。そんなことを思いながら、こういうとき頼れるやつを呼びに、馬車の中を覗く。
「ダックスぅ〜」
「なにか揉めてるみたいですね! ハッハ!」
「笑い事じゃねーって。やばいぜ。通行料で、金貨二枚なんか要求されちゃってよ。何があったかって、ミージアがさ、独立国家になろうとか、宣言したらしくて」
「そんな面白いことに」
「それで、国境を越える時と、おんなじくらいの額を寄越せ、って話なんだよ。旅行会社の、ロクトートとかいうやつが旗振りで」
「知らない名前ですね!」
「おお」
「シタン帝国としては、どういう対応をとっているのでしょう?」
「勝手に言ってるだけっぽい」
「じゃあ、ただの蛮族ですね」
「だから、とっちめてやろうかと思ったんだけど、ほら、魔法を使うんだよ。デカい石投げてくるらしい」
「追っ払ってあげようか」
「げ」
「げ?」
「ああ! いいんじゃないですか?」
たしかに、こいつが一番、適役かも知れない。
この荒野なら、ネルネリが魔法を使ったところで、どこかに燃え移って大惨事、なんてことは、起こらない。魔法を使われたところで、全て燃やし溶かして終わりだ。そして、その様子を見るだけで、相手は恐れ慄いて、退散していくことだろう。そもそも、姿を見せただけで、ビビって逃げるかも。
なのに躊躇ってしまうのは、こいつの倫理観を、信用していないからだ。
……殺しちゃったり、しないよな?
「ネルネリ」
「うん?」
「追っ払うだけ。脅かすだけ」
「うん」
「……大丈夫?」
「うん。なにが?」
「……ダックス」
「ハイ!」
「私」
「……はい……」
2
「おッせえぞォ! 持ってきたか? 金貨……ん?」
「そんなちびちゃん連れてきて、なんのつもり」
ネルネリと一緒に馬車の前へ戻ってみると、焦茶色の二人のうち、女の方は、腕を組んで、指先で二の腕をトントンやっている。男の方は、左の膝をカクカクゆすっている。分かりやすく、苛立っていた。
「そっそうですよコーセーさん。ネルネリさんなんか出したら、滅茶苦茶なことになっちゃいますよ」
「は? なんないけど」
「ひ!」
わざわざ俺に耳打ちして、聞こえまいとした努力虚しく、魔女の地獄耳には、しっかり聞こえているようである。
「なにこそこそ喋ってんだァ! さっさと金を……」
「それなんだけど」
言いながら、御者の身体を手で押す。こく、こく、と頷いて、トギメイさんは後ろに下がっていく。
「ちょっと、なに隠れようと────」
「話を遮ろうとするなよ。あんたらが怖がらせて可哀想だから、落ち着く場所に行かそうとしているだけだろ」
そう言っている間に、馬車の陰に隠れさせることができた。これで、よし。あとは、馬がやられないように、気をつけないといけない。
「で、交通料についてな」
「ああ」
「払わないことにした」
「!」
「……本気?」
「だってお前ら、いち企業の従業員だろ。そんなのに、こんなこと出来ないって。なんか喧嘩腰で、信用できないし」
ミージア・ツーリズムの犬の内、男の方が、眉間の皺をピクピクと動かして、もう限界、というふうに、目を閉じて、開いた。その間に、懐に手を入れている。そこに、凶器があることは、想像に難くない。
「ポポウ」
「ええ。リアン」
「お前ら。俺は言ったな。こういう手もある、と」
鋭い音と共に、リアンと呼ばれた男の、ローブの内側から取り出されたのは、ナイフだった。ごく短い、果物ナイフと形容して良いサイズ感である。
「ひゅ!」
勢い良く息を吐くと共に、なにやら、踊り出した。縦横無尽に短刀を振り回し、たまにビシ、と静止して見せる。ナイフ芸だ。サーカスだ。パフォーマンス。もちろん、馬鹿にしているわけじゃない。ふざけているんじゃないのは、分かる。
「低位土魔法」
相方がおどけている間に、横でその準備をする。視線誘導、ミスディレクションというやつだ。
「“塊泥”!」
人の頭よりも二回り大きい、石のようなものが、女の突き出した手の平の前から、放たれた。
……しかし、この不意打ちは、上手くいっているとは言えない。まず、魔法の石を作り出すのに、けっこうな時間がかかっている。それも、いきなりドン! と出てくるのではないのだ。ちょっとずつちょっとずつ、構築されていく。そんな形式だ。視界の隅で、その様子が普通に見えていた。それに、最後に魔法の名前を口に出した。いやいや。バレるだろ。誰を騙せるんだよ。
そんなことを考えている内に、放たれたそれは、俺たちと相手の間に現れた、炎の壁によって、一瞬に飲み込まれ、消滅してしまっていた。
「低位炎魔法。“けだものばらい”」
揺らめく火の隙間から、焦茶色の二人組の、引き攣った顔が見える。同時に気づいた。ナイフ使いの手から、得物が消えている。そうか、ナイフ芸の視線誘導から、魔法名の宣言でそちらに意識を向けさせて、その隙に刃物を投げる。二重の罠だったのだ。思いっきり引っかかっていた。しかし彼らが不運なのは、目の前にいる魔女が、そういう小技を無視できる人間だったこと。たぶんネルネリも気づいていなかったのだろうが……炎の範囲が広いから、ついでに溶かしてしまっている。
脅しとしては、満点のコワさだ。
しかし、ちょっと怖すぎる。俺たち人間だけではなくて、馬車を率いる馬たちも、パニックになっているのだ。鼻息が激しい。そりゃそうだよな。こんなにボーボー燃えてたら。これじゃあならず者を追い払えても、動くまでに時間がかかりそうだ。
「土魔法だ」
そんなことを気にするそぶりもなく、ネルネリは話しかけてきた。
「言ってたね」
「『固定』と『構築』、『重さ』を司る魔法」
…….キルフリードがこいつの炎魔法を見た時も、同じようなことを呟いていたような。
「はじめて見た」
「そうなの? 土?」
「うん。けっこうレアだから。この国で使う人って、あんまいないと思う」
「へえ」
なんというか、地味なイメージで、そう珍しいって印象もないカラーだけどな。土っていうと。まあ、素人の俺よりも、本物の魔法使いの言うことの方が正しいのは確かだ。こいつが言うなら、そうなのだろう。
「なのに、なんか、がっかりだな」
「え」
「はーあ」
ため息とともに、離れた場所で爆発が起こった。
「ヒ……なんだ、今の、お前、まさか……」
前に出しているその左手が、それが彼女の所業であるということを、語っている。
炎の壁によって分断されたこの場で、ネルネリの炎魔法だけが、一方的に相手を爆撃し続けられる。
「逃げた方がいい!!」
俺はけっこう本気で、炎の向こうの男女を慮って、大声で言った。絡んできたのは奴らからではあるが、それにしても、心配してしまうくらいの状況だった。
しかし、向こうに通じたかはわからない。なぜならその声は、ほとんど同時に起きた二度目の爆発の音で、覆い隠されてしまったような気もするからだ。女の方が、腰を抜かしてへたり込むのが見えた。
横を見ると、ネルネリはもう、腕を前に出してすらいなかった。自分がやっているということだけ、相手に知らせることができたのならば、もう必要がないからだ。ただ棒のように立って、獲物を眺めていた。彼女の暴力は、頭の中だけで完結する。恐ろしい、と思う。
「あの……ちょっと、ネルネリさん」
話しかけた瞬間、三度目がきた。それで限界だったのだろう。炎の壁の向こう側で、男が女を連れて、走って行く。岩陰の方へ向かって、少しした後、馬の鳴き声が聞こえた。
「ね」
「……はい」




