40話 帝都レンドム
1
「ほらコーセーさん! 言った通りに」
「あー……わかったわかった。ええっと……バード帝王陛下。こちらが最後の希望とも言われる盾。“信壊”シズルムです。どうぞ、お納めください」
言われるがまま、バード帝王の前に円形の盾を置く。なんだか気恥ずかしいぜ。
本日。俺とダックスは、シタン帝国の首都、レンドムに到着し、その流れで、帝王へ成果報告をする運びとなった。ネルネリは、家に帰った。トギメイさんは、所属する商会に、顔を出しに行ったようである。
「おお、これが……」
簡単な声を漏らしながら、バード氏は両手を前に出して、その盾に近づき、そして、触れた。
三百年前の戦争の後、封じられ続けた古代兵器。帝王といえども、実物を見るのは初めてのはずである。
気持ちは、理解できるな。
「オホン。ご苦労だった。これほどに素早く結果を出すとはな」
帝王の傍に立っている、ガタイのいい男が、下唇を噛むのが見えた。その意味が、なんとなく分かる。
「ハッハ! ほとんどは、カンカンズの方々の手柄ですよ」
「謙遜をしないでくれ。ダックス殿。キルフリードからの文で、お主らの活躍は聞いている」
「おや。でしたら隠す必要もありませんか。私たち、大活躍でしたよね! コーセーさん!」
「まあ……うん。正直そうとう頑張った」
自分で言うのもなんだが、俺は特に頑張ったと思うぜ。パンクレスとも、キルフリードとも戦ったし。そこから谷の中に入るまでも、まあ色々あったし。
「……竜が死んだことで、魔獣の全てが死に……独圏の拡大も、止まったようだ」
険しい顔のまま話すガレクセンさん。あの後何人かが調査に向かったとは聞いていたけれど、すでに結果が出ていたのか。
「今まで独圏についての報告が、こちらにあがってこなかったのは……どうかと思うがな」
「たしかに。ふざけてますよアイツ」
「とはいえ、成果を上げたことは確かだ」
話が関係のない方向に行くのを嫌ってか、バード帝王の制止が入る。
「カンカンズには褒美として当然……三百年の昔まで彼の地にあった神器、“極汐”と“夜行鉄旗”を、返還する」
「おお!」
「……妥当な報酬だ」
「あの、性能を確かめるために、一度私が確認してもよろしいですか? 長い時が経って錆びついていたり、歪んでいたりしたら、悪いですからね!」
「……検品の必要な理屈はわかるが、なぜダックス殿が?」
たぶん、ただ見てみたいだけだと思う。
「ハッハ! 私の戦士としての歴は、あなた方ほど長くはありません。しかし、神器を見た回数は、かなり多いと思いますよ。なので、適役かと」
「確かに、ドドイデアでの紛争には、神器の投入も珍しくないと聞く」
「ええ。もっとも、そんなものを持っているのは基本、教会ですがね」
「……わかった。その提案を受け入れよう」
帝王の顔には、どこか、相手を憐れむような色が見えた気がした。
ダックスは、いま俺たちが面している二人と比べれば、まあ若い。けれど、その経歴の重さが、俺にも最近、分かりかけてきたところだ。
「コーセー。ダックス殿。諸君ら“牆”にも、報酬は追加で支払わせてもらう」
「え! いいんすか」
「当然だ。それだけの仕事をしたのだから」
「ありがたいですね。私じつは、浪費家なものですから」
「『じつは』って感じかなあ」
「しかし」
俺たちが喋り出したのを、バード・ルスワードが強く制止する。
「これで、満足していては困る。まだ十の目的物の内、たった一つ目を手にしただけなのだから」
「ンまあ、そうっすよね」
「ダックス殿。貴公は次に、ミージアに向かおう、と考えているのだろう?」
「ミージア、だと?」
帝王の発言に、最も強く反応したのは、側近であるガレクセン氏だった。次に派手な反応をしたのは、俺。そんな話、なにも聞いてなかったから。びっくりした。
「あそこに“十壊器”はないはずだが」
「見つかっていないだけで、存在すると考えています」
「何を根拠に……」
「ダックス殿。それは、書状を読んだ際に私も思っていた。野盗の証言では、いささか弱いのではないか?」
「たしかに。パンクレスが助かろうとして、情報を持ってるだとか……耳障りいい嘘ついてたって線も、あるんじゃねえの?」
「うーん。別に明確に証言させたわけでもなくて、私が勝手に、推理しただけのことですしね」
「ええ?」
なんだそれ?
「それは……余計に、その……」
「けれど、あなた方にとってメリットがある」
「なんだと?」
「ミージアというのは……はっきり言って、異常な都市でしょう」
「……」
「なに、何がおかしいわけ?」
「廃れゆくこの国の中で、唯一、支配区域と人口を増やし続けている」
いいことじゃん。
「移民によって。それも、ほとんどは違法な」
よくないことが起きている!?
「ハァ……そうだ。今では勝手に、土地を区分けしている始末。なにが東ミージア。西ミージア。中央ミージアだッ……!!」
さんざん思い知った、この国の地方統治の杜撰さ。最たる場所が、そこか。
「パンクレスも、そこから入ってきたわけだ」
「ええ。シタン帝国の玄関と呼んで、差し支えない都市ですよ」
「そこに貴様らが行って、なんのメリットがある」
「ガレクセンさん。“十壊器”を探すついでに、この異常な異邦人の流入……その中心にあるものを、私たちが暴いてこようと言っているんですよ! ハッハ!」
「ナニィ……!」
「目的のものが手に入らずとも、この国の治安が少し良くなりますよ。どうです。素晴らしい提案でしょう?」
おお。超いいプレゼンだぜダックス。だって、この任務の始まりは、権威を取り戻し、シタンを離れた人たちに、帰ってきてほしい、という話。
けれど、これが成功したとして結局のところ、住みにくいんじゃあ先がない。密入国を取り締まることで、悪い人間がのさばる現状を変えられるなら、すごくイイ。
「……この国の長として、ダックス殿。その話に、是非とも乗らせてほしい。しかし、我々には……」
「陛下」
「ガレクセン……」
「やらせてみせませんか」
「!」
お。なんだ。ガレクセンさんの方が乗り気になるとは。お堅い人だと思っていたけど、存外に柔軟なのか。
「……わかった。検討はする。しかし、だな、他の案も少しは考えてから、また……」
「分かっていますとも。“回壊”カイギョウですよね?」
「うむ……」
「ダンジョンに入るのならば、相応の準備が必要になります。すぐに支度が済むなら、そちらに向かうも良いでしょう」
「おいおいダックス。ダンジョンならついこの間……」
「独圏化をダンジョン化とも呼ぶという話。覚えてくださっていたんですね、コーセーさん!」
「くくく。もちろん」
「でも、ダンジョン化というのは、『なんか前まで普通だったのにダンジョンみたいになってるな〜』くらいの気分で付けられた、ただの俗称なんですよ!」
「は?」
「つまり、実態はぜんぜん別物、というわけです!」
「嘘だろ!?」
「あと、カイギョウのある方面へ向かうならば、カンカンズの港を使うルートが最短です」
「さすがにもうちょっとスパン開けたいな」
2
「……なんだこの大量の郵便物はァ〜……?」
「うわ〜私、こういうの放置する人って正直見下してる」
「一ヶ月ぶりに帰ってきたから溜まってるだけだろ!? お前んちだって同じだったんじゃねえのかよ!?」
「え、二枚くらいしか入ってなかったよ」
「ネルネリ。俺、毎日手紙書くよ」
「薄気味悪っ」
ネルネリは、二ヶ月前くらい……つまり、カンカンズへ発つよりいくぶん前から、自分で家を借りている。なぜかといえば、元々自分がやっていたゴミ処理の仕事に、旅に出るからと穴を開けた結果……白羽の矢が立つのは、彼女の家族だから。
押し付けられてきた仕事を押し付け返してしまった形で、つまり、気まずくなったのだ。
「いやあ、お前の一人暮らしが始まった頃は、もうさんざ苦労したぜ。食材から何から、ぜんぶ俺に買ってこさせるんだもん……」
「あの時はって、今後もそうだよ?」
「おいおい。俺が町中駆けずり回って作り上げた、無人販売所完全網羅マップはどうしたんだよ」
「いや、何件も回るとか疲れるし」
「普通に買い物できないんだったら、ある程度の苦痛は受け入れないといけないんじゃないのか?」
「コーセーは、『敵』なんだ」
「これ以上ないくらい味方だろ」
こんな調子の少女だけれど、しかし、カンカンズへの旅を経て、確実に進化している。バード帝王の執務室を離れ、城を出ようとしたら、不自然に人がいないスペース。その中心で寂しそうな顔して立っているこいつを拾ってみると、今日は、一緒に買い物に行こう、という話なのだ。
で、その前に一応、俺も自宅を確認しようと思って来たのが、今。
「とりあえず郵便受けから溢れてるの拾って、もう行こうよ〜」
「いやいや待て待て。電気代とか水道代の請求書があったらさ、買い物ついでに支払うのが効率的じゃん」
「……?」
「ああ、はいはいはいはい」
そういう感じね? たしかに一月旅に出ていて忘れていたけど、俺はこの家で暮らしている間、せっせと毎日井戸で水を汲んでいたし、ランタンのための油をセールで買い込んだ覚えがあるよ。
「……え、じゃあ逆にさ、なんでこんないっぱい手紙入ってんの?」
「わかんない」
「酷な質問だったか」
「あ゛!!」
「ちなみに、お前の家に届いた二枚は、どういう手紙だったの?」
「……求人チラシ……」
「行こう」
3
「もう、いいんじゃない? 何日ぶん買い込むつもりなの君。超重いんだけど」
大量の買い物袋を持たされて、文句を言いつつも……何回も付き合わされる方が大変かもしれない、とも思う。俺の陰に隠れているネルネリの指示通りに商品を取ったり、店員に頼んだり。かなり面倒くさい。
「あと一箇所だけ。お肉買いたい」
「あ、それは俺も買いたいかも」
焼く、煮るくらいは、俺もやるしな。
「どっち?」
「向こう。すぐ近く」
こいつ自体が出不精なので、行き先が狭い範囲にまとまっているのは、かなりマシなポイント。俺に「買ってこい」と指示する時は、そういうところ全く考慮しないから、本当に大変だったのだ。俺自身に土地勘がないのも相まって、行ったり来たりしてしまったり。なので今後も、できれば一緒に行動する方が、助かるな。
「お、ここね」
「うん」
ネルネリの選ぶ店は、レストランにせよこういう専門店にせよ、なんというか、「隠れた名店」っぽい。それが、大衆に迎合していない感を出したいという理由なのか。普通に人気の店だと、人が多くて嫌だという理由なのか。どちらにせよ、彼女らしいな、と思う。
この肉屋も然りで、ひっそりと佇んでいる、小さな店だ。
「ごめんくださァい」
「は〜い!! いらっしゃいませ!!」
しかし、聞こえてきた返事は、店構えからは想像できないほど、快活なものだった。
「お」
声の主である、明るい茶髪の、若い女性店員。その人はこちらの姿を認めて、声を漏らす。大体の店でそうなのだ。ネルネリを見るたびに、従業員から、いらないリアクションが入る。本当に毎回なので、本人も、だんだん慣れてきているみたい。
だから、少し油断していた。正直ビビった。
魔女へ向けられていた、驚いたような視線は、いつの間にか、俺に注がれていたからだ。しかも、より疎むような、敵意すら感じる、鋭いものとなって。
口は笑っている。営業スマイルを、崩すまいとしている。しかし、わかる。めちゃくちゃ嫌われているということが。な、なぜ……
「ね、ね、コーセー」
「お、おう」
「超かわいくない? あのひと」
「……そうだな」
呑気だなー、こいつ。でも、たしかに。客観的に見て、整っている。あと、ノリが軽そうなオーラが出ている。なんて言うんだろう。ギャル? カースト上位? ……知ってる人で例えるなら……雰囲気は、來夏に似ている。
「今日は、なにをお求めですかー?」
「ええっと、鹿のモモ肉と……」
ネルネリがこしょこしょと伝えてくる注文を、そのまま口にする。その間にも、考えてしまう。なんで嫌われてるんだ?
────「魔人」、という言葉を、思い出した。
体外に表出していない《徴》を持つ者の俗称。肉体構造の変異が現れることも多く、昔は……というか今の中年の世代までは、差別されていた、と。たしか、“牆”で初めて飯を食った日に、そんな話をした。だから、俺も騎士団の偉い人からは、冷たい目で見られて、嫌だった覚えがある。
それか。
俺たちが“十壊器”を集めようとしていることは新聞に載っているし、ネルネリを見て、側にいる俺が何者かを察したのだろう。俺自身、転移者としてある程度、素性が広まっているのだろうし。
「それじゃ、袋に詰めますんで、ちょーっと待ってくださいねー?」
「はぁい」
「え、どうしたのお前? 返事するとか今日はじめてじゃん」
「うぇー? そんなことないけど」
「なんでデレデレしてるんだよ」
まさか、見た目が好みだから、ちょっと積極的に絡もうとしているのか。
「お二人って、あれですよねー? シズルムの」
「え……うん。そうです!」
「……」
商品を用意しながら話しかけてくる店員に、やはりネルネリが応答する。しかし、何店舗も回ってきて、初めてだな。その話題を振られるのは。
「すごいなあ。ネルネリさんって、私より歳下でしょー?」
「一八歳です!」
「え。もっと若く見える」
「それ褒めてるのか?」
「じゃあウチら、二個しか違わないんだァ」
「わ、コーセーと同い年だ」
「え?」
「おい」
こいつが不用なことを言うから、女の視線が、またこちらを刺してきた。
「……あの、さっきから、なんか、俺を見る目が、怖いんですけど……」
「ええ? そうですか?」
「自意識過剰じゃない?」
「あ、でも、うん! 聞きたいことあって! だから、変な感じになっちゃってたかも! ごめんなさい!」
「わあ〜そういうことかー!」
「もうお前がどんな立ち位置なのか俺には分からないよ……」
「ほらコーセー。答えてあげなよ。答えてあげないとダメだよ。 何が聞きたいんですか? えっと……名前」
「ミイハ」
「ミイハさん!」
「あは。ネルネリさんって、噂とぜんぜん違う。こんなかわいいんだー」
「え!!」
このスピード感でこいつと仲良くなれる人間が、この世に存在したのか? 俺だって、何度も何度も話しかけて、やっと心を開いたんだぞ?
少し悔しさを感じつつ、話を進める。
「で、俺に聞きたいことっていうのは」
「あー……あたし、他の世界から来た人に会ったら、確かめたいって、ずっと思ってて」
「……なにを?」
「この世界に来て、良かったーって、思いますよね?」
「……まあ……」
「それまでの自分を一切合切ぜんぶ捨てて、罪の清算も恩義の返済も全てをリセットして、自分を知らない人間しかいない、都合の悪いしがらみがなくなった新天地で、何もかもをもう関係ないと忘れ去って、知らんぷりの顔で、でも転移者ってだけで衆愚に誉めそやされて、それだけの理由で大金をもらって、普通の人が困るような生活の悩みはひとっつもなくて。要職について、力を振りかざして、話題になって、一目置かれる。良かった! 最高だって、思いますよね?」
「え゛」
見るからに陽属性の女性からぶつけられる、思ったより純度の高い悪意に、当惑した。隣の魔女も、口をぽっかり開けている。
「ねえ?」
眩しいほどの笑顔で、念を押してきた。怖いな。まあ、聞いた以上、答えるけどよ。
「……そうだな。この世界に来て良かったとは、思ってる。でも好きで来たわけでもないし、そんな、楽しいことばっかってわけでも……」
「それだけ、確認したかったんです」
答えを遮って言うとともに、ミイハは、商品を卓の上に、ドカッと乗っけた。これ以上、喋るつもりはないということだ。自分で尋ねてきたのに!?
「お会計は────」
「あ」
「私やる」
「!」
「ミイハさん」
「うん!」
まごついた手つきで、小銭をぽろぽろ拾いながら、店員に話しかけるネルネリ。まさか……
期待してしまう。もしかして、言い返してくれるのか。本日初めて自分の財布を開き、俺の前に立ってお金を払おうとしたのは、そういうことなのか? 築き上げてきた絆に、感謝しかないぜ。
「ちょっと分かる」
「お前こそ『敵』じゃねーか」
酷すぎる。
「はい、お釣り。じゃ、ネルネリさん! ありがとう! また来てね〜」
「はーい」
「それと……」
「?」
「ダックスさんに、よろしく言っておいて!」
4
「なんだったんだ、あれは……」
肉屋であったことを思い出しながら、大量の手紙を確認する。
まあ、言わんとすることは、わかるよな。この家だって、「転移者だから」という理由で寄越されたもの。
この、色んなとこからきてる、数々の招待状も……俺が「転移者だから」、送られてきたもの。
あの女が嫌っているのは、魔人とかそれ以前に、転移者という、存在そのもの……あるいは、それを取り巻く仕組み、だったわけだ。
たしかに、異常だよ。
「でも俺だってさあ〜……ん?」
無駄に彩られた封筒たちの中に、浮いて見えるほど、素朴なものを見つけた。
送り主の名義は、「ワカ・ディモシカ」。
「お!」
住所は……ミージア。
「……」
その書き出しは、こうである。
お久しぶりです。コーセーさん。
コーセーさんがお金を取り返してくれたおかげで、無事、士官学校に入学できました!




