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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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39/42

39話 カンカンズ②

1


 「もう少しゆっくりしていっても、いいんじゃないか?」


 聞いてくるのは、重そうな質感の服を着た、金髪長毛の男。キルフリードである。

 俺たち“牆(かこい)”は本日、カンカンズを立ち、行きと同じ道を通って、帝都へと帰る手はずだ。


 「まだ、宴も継続しているというのに」

 「もう三日目だぜ? 長くね?」

 「この祭りは、我らが帰る三日前、駿馬(しゅんめ)の結果報告が街に届いた時点から、すでに始まっている」

 「む、六日目……」

 「それだけのことをしたんだ。それを、主賓がもういなくなってしまうのか?」

 「主役はお前だろ。それに、ほら、俺っていつも分刻みのスケジュールに追われる、多忙な毎日を送っているから」

 「そんなイメージは一切ないが」


 実際、全然そんなんじゃない。学校に通うでもない。毎日仕事場に行くわけでもない。そんな俺の時間感覚は、もはや元いた現代日本のそれとは隔絶した、牧歌的なものに変化しているだろう。


 「あ、そういえば、食べたぜ。刺身」

 「おお! うまかったろう!?」

 「また来る理由ができちゃったよ」

 「もう来ないつもりだったのか!?」

 「なにせ一回死んでるからなぁここで。トラウマもんだわ」

 「大して気にしていないことが、その言葉と顔でよくわかった。ハァ……」


 全力でアンニュイな表情をしていたつもりだったのだけれど。もしかして俺って、あんまり嘘がうまくないのか? ネルネリやトギメイさんにもすぐ看破されるのは、彼らが鋭いのではなく、俺が分かりやすいのか?

 そんな可能性に慄きつつも、言っていなかった言葉を、ようやく伝える。


 「ありがとな。キルフリード。助けてくれて」


 この地の領主は、口角を微妙に上げながら目を閉じ、ゆっくりと答える。


 「いい……お互い様だ。貴様らが来なくては、この街の悲願は、叶わなかった」


 そして、少しバツの悪そうな顔をして、続ける。


 「まさか……こんな風に言えるようになるとは、な。パンクレスを叩きのめす貴様を見た時には、つゆほども思わなかったぞ」

 「ははは。それこそ、お互い様だぜ。いきなり喧嘩腰で、なんなんだよって思ってたもん」

 「あの時は、どちらに非があるのかも把握していなかったものでな……すまなかった」

 「ま、でも確かに、俺……だいぶ、酷いことしてたからな」


 右上腕の深部刺創(しそう)。左腕切断。鼻骨複雑骨折。前歯二本欠損。睾丸破裂。ダックスから伝えられた、パンクレスの負傷の全て。正式な用語で表されると、余計に生々しく、えげつなく聞こえた。


 「といって、後悔してるとかは……いや、少し、あるかもな」


 ネルネリが来る前に、片を付けておくべきだった。


 「コーセー……」

 「そんな顔しないでくれって。別に、引きずってるわけじゃなくて、むしろ、良い勉強になったくらいの気分だよ」

 「ハァ〜」

 「な、ん、で、ため息つくんだよ!? 顔見ながら!」

 「なにを考えているのか、およそ分かるようになってしまったぞ」

 「どういう意味だよそれは……」


 呆れたような顔のキルフリードを詰めようとした時、左の方から、景気のいい声が聞こえてきた。


 「またなあ! 嬢ちゃん!」

 「あ、うん」


 ダーナムとネルネリが、喋っている。


 「コーセー。根回しした甲斐があったな?」

 「いや……別に、そんなに変わらなかったような気がするよ」


 俺は、彼女が周囲に少しでも受け入れてもらえるように、カンカンズ自警団の人間とコンタクトをとって、仲を取り持とうとしていたわけだが。


 「ほいよ。これ、寄せ書き。まだ旅を続けるんだろ? 頑張れよな!」

 「うん」

 「ネルネリさん。はい、これも……ありがとうございました! てか、すげえっす! 俺とぜんぜん、歳も変わんねえのに……」

 「え、わ、なにこれ」

 「うちら自警団のマークが入ったまんじゅう」

 「そういうの作ってるんだ……」


 しかしそれは、余計なお世話だったのかもしれない。何人かのカンカンズ自警団の人間に囲まれて、お礼を言われる彼女を見て、思った。


 「トギメイさん。ダックス様はどちらにいらっしゃるのですか?」

 「ひ……ギリギリまで街を散策してくると言っていました!」

 「『ひ』とはなんですか?」

 「え、えやっ、なんでも……」


 一方、向こうではトギメイさんが、何かエリーゼに圧力をかけられている。か、かわいそう〜……


 「まあ、貴方でも良いでしょう。はい。これ、皆さんで食べてください」

 「これは……?」

 「カンカンズ自警団のマークが入ったおまんじゅうです」


 !?


 「キルフリード」

 「ああ」

 「バリエーションとか……」

 「コーセー」

 「な、なんだよ」


 キルフリードは、後ろ手に持っていた袋を、俺に向かって差し出してきた。


 「我ら自警団の刻印が入った饅頭だ」

 「在庫が余っているんだろ!? そうに違いない!!」

 「お待たせしました皆さん! いやあ良いですね朝市は! 掘り出し物がありましたよ!」


 すっかり元気を取り戻したダックスが、帰ってきた。持っているいくつかの手提げ袋の中に、俺が今しがた渡されたものと、全く同じパッケージを発見してしまった。


 「ああ……ダックス……よくもまあ掘り出してきたな、手付かずの鉱脈から……」

 「そんなことはないんだぞ? すでに掘り尽くされて、閉山間近なくらいだぞ? 世界に四点しか残っていないものが、今ここに、集結している!」


 苦しい嘘が過ぎるだろ。


 「ダックス様。次は、いつお越しになりますか……?」

 「いつとは分かりませんが、また……ああ、アダかオルオットにでも用があれば、ここの港を使うかもしれませんね」

 「オルオット」

 「ええ! あそこには、“十壊器(じっかいき)”のひとつがありますから……ああ、行ったことがありますか? ここから最寄りの大修道院は、あの国ですよね」

 「はい。僧侶免許を授かる時に……」


 ダックスに食いついたエリーゼを横目に、御者台に向かうトギメイさん。こないだ怒られたのが、そんなに効いているのか……でも、もうそろそろ、出発しないといけないよな。いつまでも喋ってしまいそうだし。


 「コーセー」

 「あ、ネルネリ」

 「いこ?」

 「……そうだな。キルフリード」

 「ああ」

 「俺ら、帰るよ」

 「フ。帰り道に気をつけろ。なにせ、歴史に残る最強の盾を、持っての移動なのだからな」

 「ああ、そんなのあったな」

 「なくすなよ」

 「わかってるよ。しかし、抜け目ないよなあ」


 シズルムは元々、カンカンズが独立国家であった頃に、その『神器』二本とトレードで、押しつけられた呪いだった。今回、カンカンズ自警団が中心となってシズルムを手に入れ、帝都へ納品するにあたり、代わりにそれらが、返却される話になっているのだ。

 良かった、と思う。

 「誇り」と「権威」。この街は、その両方を取り戻した。もはや国ではない一都市になってしまった今、もしかすると、とうに手遅れだと言う者も、いるかもしれない。だけど、どうだろうか? まだまだ祭りが、続いているくらいに、この街の人たちは、喜んでいるぜ。


 「お待たせしました。コーセーさん、ネルネリさん。トギメイさん。名残惜しいですが、行きましょうか」

 「……だな」


 キルフリードに、エリーゼに、自警団に、騒いでいる住民に、街に。向き直って、そして、別れを告げる。


 「じゃあな。また来るよ」

 「危険な旅だ。何かあったら、逃げ込んでくればいい」


 カンカンズ。シタン帝国で、三番目に大きい都市。海に面する港町で、魚介が特産品。豪快で闘争心の強い市民性だけど、領主は少し、堅物かな。


 「待っているぞ」


 そうそう。つい先日、その領主キルフリード・ルイユが打ち倒した竜は、「鋼竜(こうりゅう)カンカンズ」という名前で、解決済転移災害のリストに載ったらしい。

 古いカンカンズの象徴だから、なんて、やつらしいネーミングだ。



2


 「おめでとうございマス! シタン帝国帝王バード・ルスワード陛下!!」


 突然の来訪に、礼節はなかった。いつも通りのことである。私は神父ダックス・ハルマンからの書状を裏返しにしながら、応対をする。


 「……モモヒキ殿。ようこそ、おいでくださいました」


 引き攣ったような無理やりの笑みと、道化のごとく軽妙な口調。これが、転移者国家アダの重鎮。来るたびに、信じがたい気持ちにさせてくれる。


 「して、どういったご用件で……」

 「決まっているではないですか!! 今回の、素晴らしい結果を! 不肖私が、祝いに来させていただいたわけです!」

 「おお。それはどうも、お忙しいところ、ありがとうございます!」


 冗談を。脅しに来たの、間違いだろう。


 「三年以上かけて、一つも手に入れることの出来なかった“十壊器(じっかいき)”を、ついに。彼らの出立から、エエト、帰ってくるまででも、一ヶ月!? 驚異的。驚異的と言って良い活躍ですねェ!」


 「……」

 「おや。素直に喜べませんか? ……アア! 今度のシズルム獲得の中心は、カンカンズの自警団だったそうで。だからでしょうか」

 「……いえ、手に入ったことが最も重要です。それに……そうでなかったとして、喜ぼうという気にはなりますまい」


 数ヶ月前に現れたばかりの転移者。我々が苦境を強いてきた魔女。オロク教の神父。彼らの活躍を、どうして我々が喜ぶ。何も知らない、この話に関わるはずもなかった人間たちを騙し、国家の重荷を背負わせているというのに。


 「まだ、目的のものは……九もあるのですから」

 「さぁすがです! バード・ルスワード帝王陛下……こちら。我が君よりの祝儀を、ぜひ! お受け取りください!」


 取り出されたものは、焼物に見えた。


 「……水瓶、ですか」

 「オロク教より以前に興った、転移者による最古の宗教。ウルガ教の遺跡より発掘された、磁器でございます!」

 「ウルガ教……」

 「オヤ! ご存知ありませんか?」


 オロク教と違い、唯一の神を崇める教義であったとは、聞いている。史実では、雑多な文化が入り混じるこの漂流世界において、より受け入れられたのは、後から現れた多神教……故に、彼らはだんだんと廃れていった、という話だ。


 「浅学で申し訳ございませんが、名前程度しか……」

 「イエイエ良いのです! ただ、非常に貴重な一品であるということさえ、理解していただければ!」


 物品自慢、技術自慢にかこつけた、力量差の確認による従属の強制。いつものことだ。


 「流転王殿に、そこまで目をかけてもらえるとは。恐縮でございます」

 「アア! 喜んでいただけたようで、良かった! ……ところで。次の目的物は、決まっていらっしゃるのですか?」


 想定していない訳のない質問だったが、しかし、決めあぐねていた。


 「私としては、オルオットのダンジョンを攻める、なんて、無難かと思うのデスが……」


 それは、つい先ほどまでの私と同じ意見だった。所在が知れていて、なおかつシタン帝国が入手しても他国との軋轢を生まないものは、その“回壊(かいかい)”カイギョウか、もはや限界をとどめていない、“血壊(けっかい)”ハテくらいのものだろう。しかし、全てを集めろとは言うが、すでに所有されてしまっているものを、どう手に入れるというのだ。

 ……やめよう。聞いたところで、ひどい返事が返ってくることは、目に見えている。


 「私も、そう考えていたところです」

 「オオ!」

 「正式には、本人たちが帝都に到着してから決めるので、まだ確定ではありませんが」

 「エエ! エエ! もちろん。よぉく話し合ってください! ……ただし」

 「分かっております。手綱は握っておきます」

 「ハイ! よろしくお願いしますよ。この調子で、残り九個! あと丁度、二年ですか」

 「……」


 平均二ヶ月半で一つ、か……


 「それでは、私はこれで失礼いたしマス!」

 「ええ。お気をつけてお帰りください」


 モモヒキを見送った後、伏せていた書状に、もう一度目を通す。


 「ミージア、か……」


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