39話 カンカンズ②
1
「もう少しゆっくりしていっても、いいんじゃないか?」
聞いてくるのは、重そうな質感の服を着た、金髪長毛の男。キルフリードである。
俺たち“牆”は本日、カンカンズを立ち、行きと同じ道を通って、帝都へと帰る手はずだ。
「まだ、宴も継続しているというのに」
「もう三日目だぜ? 長くね?」
「この祭りは、我らが帰る三日前、駿馬の結果報告が街に届いた時点から、すでに始まっている」
「む、六日目……」
「それだけのことをしたんだ。それを、主賓がもういなくなってしまうのか?」
「主役はお前だろ。それに、ほら、俺っていつも分刻みのスケジュールに追われる、多忙な毎日を送っているから」
「そんなイメージは一切ないが」
実際、全然そんなんじゃない。学校に通うでもない。毎日仕事場に行くわけでもない。そんな俺の時間感覚は、もはや元いた現代日本のそれとは隔絶した、牧歌的なものに変化しているだろう。
「あ、そういえば、食べたぜ。刺身」
「おお! うまかったろう!?」
「また来る理由ができちゃったよ」
「もう来ないつもりだったのか!?」
「なにせ一回死んでるからなぁここで。トラウマもんだわ」
「大して気にしていないことが、その言葉と顔でよくわかった。ハァ……」
全力でアンニュイな表情をしていたつもりだったのだけれど。もしかして俺って、あんまり嘘がうまくないのか? ネルネリやトギメイさんにもすぐ看破されるのは、彼らが鋭いのではなく、俺が分かりやすいのか?
そんな可能性に慄きつつも、言っていなかった言葉を、ようやく伝える。
「ありがとな。キルフリード。助けてくれて」
この地の領主は、口角を微妙に上げながら目を閉じ、ゆっくりと答える。
「いい……お互い様だ。貴様らが来なくては、この街の悲願は、叶わなかった」
そして、少しバツの悪そうな顔をして、続ける。
「まさか……こんな風に言えるようになるとは、な。パンクレスを叩きのめす貴様を見た時には、つゆほども思わなかったぞ」
「ははは。それこそ、お互い様だぜ。いきなり喧嘩腰で、なんなんだよって思ってたもん」
「あの時は、どちらに非があるのかも把握していなかったものでな……すまなかった」
「ま、でも確かに、俺……だいぶ、酷いことしてたからな」
右上腕の深部刺創。左腕切断。鼻骨複雑骨折。前歯二本欠損。睾丸破裂。ダックスから伝えられた、パンクレスの負傷の全て。正式な用語で表されると、余計に生々しく、えげつなく聞こえた。
「といって、後悔してるとかは……いや、少し、あるかもな」
ネルネリが来る前に、片を付けておくべきだった。
「コーセー……」
「そんな顔しないでくれって。別に、引きずってるわけじゃなくて、むしろ、良い勉強になったくらいの気分だよ」
「ハァ〜」
「な、ん、で、ため息つくんだよ!? 顔見ながら!」
「なにを考えているのか、およそ分かるようになってしまったぞ」
「どういう意味だよそれは……」
呆れたような顔のキルフリードを詰めようとした時、左の方から、景気のいい声が聞こえてきた。
「またなあ! 嬢ちゃん!」
「あ、うん」
ダーナムとネルネリが、喋っている。
「コーセー。根回しした甲斐があったな?」
「いや……別に、そんなに変わらなかったような気がするよ」
俺は、彼女が周囲に少しでも受け入れてもらえるように、カンカンズ自警団の人間とコンタクトをとって、仲を取り持とうとしていたわけだが。
「ほいよ。これ、寄せ書き。まだ旅を続けるんだろ? 頑張れよな!」
「うん」
「ネルネリさん。はい、これも……ありがとうございました! てか、すげえっす! 俺とぜんぜん、歳も変わんねえのに……」
「え、わ、なにこれ」
「うちら自警団のマークが入ったまんじゅう」
「そういうの作ってるんだ……」
しかしそれは、余計なお世話だったのかもしれない。何人かのカンカンズ自警団の人間に囲まれて、お礼を言われる彼女を見て、思った。
「トギメイさん。ダックス様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「ひ……ギリギリまで街を散策してくると言っていました!」
「『ひ』とはなんですか?」
「え、えやっ、なんでも……」
一方、向こうではトギメイさんが、何かエリーゼに圧力をかけられている。か、かわいそう〜……
「まあ、貴方でも良いでしょう。はい。これ、皆さんで食べてください」
「これは……?」
「カンカンズ自警団のマークが入ったおまんじゅうです」
!?
「キルフリード」
「ああ」
「バリエーションとか……」
「コーセー」
「な、なんだよ」
キルフリードは、後ろ手に持っていた袋を、俺に向かって差し出してきた。
「我ら自警団の刻印が入った饅頭だ」
「在庫が余っているんだろ!? そうに違いない!!」
「お待たせしました皆さん! いやあ良いですね朝市は! 掘り出し物がありましたよ!」
すっかり元気を取り戻したダックスが、帰ってきた。持っているいくつかの手提げ袋の中に、俺が今しがた渡されたものと、全く同じパッケージを発見してしまった。
「ああ……ダックス……よくもまあ掘り出してきたな、手付かずの鉱脈から……」
「そんなことはないんだぞ? すでに掘り尽くされて、閉山間近なくらいだぞ? 世界に四点しか残っていないものが、今ここに、集結している!」
苦しい嘘が過ぎるだろ。
「ダックス様。次は、いつお越しになりますか……?」
「いつとは分かりませんが、また……ああ、アダかオルオットにでも用があれば、ここの港を使うかもしれませんね」
「オルオット」
「ええ! あそこには、“十壊器”のひとつがありますから……ああ、行ったことがありますか? ここから最寄りの大修道院は、あの国ですよね」
「はい。僧侶免許を授かる時に……」
ダックスに食いついたエリーゼを横目に、御者台に向かうトギメイさん。こないだ怒られたのが、そんなに効いているのか……でも、もうそろそろ、出発しないといけないよな。いつまでも喋ってしまいそうだし。
「コーセー」
「あ、ネルネリ」
「いこ?」
「……そうだな。キルフリード」
「ああ」
「俺ら、帰るよ」
「フ。帰り道に気をつけろ。なにせ、歴史に残る最強の盾を、持っての移動なのだからな」
「ああ、そんなのあったな」
「なくすなよ」
「わかってるよ。しかし、抜け目ないよなあ」
シズルムは元々、カンカンズが独立国家であった頃に、その『神器』二本とトレードで、押しつけられた呪いだった。今回、カンカンズ自警団が中心となってシズルムを手に入れ、帝都へ納品するにあたり、代わりにそれらが、返却される話になっているのだ。
良かった、と思う。
「誇り」と「権威」。この街は、その両方を取り戻した。もはや国ではない一都市になってしまった今、もしかすると、とうに手遅れだと言う者も、いるかもしれない。だけど、どうだろうか? まだまだ祭りが、続いているくらいに、この街の人たちは、喜んでいるぜ。
「お待たせしました。コーセーさん、ネルネリさん。トギメイさん。名残惜しいですが、行きましょうか」
「……だな」
キルフリードに、エリーゼに、自警団に、騒いでいる住民に、街に。向き直って、そして、別れを告げる。
「じゃあな。また来るよ」
「危険な旅だ。何かあったら、逃げ込んでくればいい」
カンカンズ。シタン帝国で、三番目に大きい都市。海に面する港町で、魚介が特産品。豪快で闘争心の強い市民性だけど、領主は少し、堅物かな。
「待っているぞ」
そうそう。つい先日、その領主キルフリード・ルイユが打ち倒した竜は、「鋼竜カンカンズ」という名前で、解決済転移災害のリストに載ったらしい。
古いカンカンズの象徴だから、なんて、やつらしいネーミングだ。
2
「おめでとうございマス! シタン帝国帝王バード・ルスワード陛下!!」
突然の来訪に、礼節はなかった。いつも通りのことである。私は神父ダックス・ハルマンからの書状を裏返しにしながら、応対をする。
「……モモヒキ殿。ようこそ、おいでくださいました」
引き攣ったような無理やりの笑みと、道化のごとく軽妙な口調。これが、転移者国家アダの重鎮。来るたびに、信じがたい気持ちにさせてくれる。
「して、どういったご用件で……」
「決まっているではないですか!! 今回の、素晴らしい結果を! 不肖私が、祝いに来させていただいたわけです!」
「おお。それはどうも、お忙しいところ、ありがとうございます!」
冗談を。脅しに来たの、間違いだろう。
「三年以上かけて、一つも手に入れることの出来なかった“十壊器”を、ついに。彼らの出立から、エエト、帰ってくるまででも、一ヶ月!? 驚異的。驚異的と言って良い活躍ですねェ!」
「……」
「おや。素直に喜べませんか? ……アア! 今度のシズルム獲得の中心は、カンカンズの自警団だったそうで。だからでしょうか」
「……いえ、手に入ったことが最も重要です。それに……そうでなかったとして、喜ぼうという気にはなりますまい」
数ヶ月前に現れたばかりの転移者。我々が苦境を強いてきた魔女。オロク教の神父。彼らの活躍を、どうして我々が喜ぶ。何も知らない、この話に関わるはずもなかった人間たちを騙し、国家の重荷を背負わせているというのに。
「まだ、目的のものは……九もあるのですから」
「さぁすがです! バード・ルスワード帝王陛下……こちら。我が君よりの祝儀を、ぜひ! お受け取りください!」
取り出されたものは、焼物に見えた。
「……水瓶、ですか」
「オロク教より以前に興った、転移者による最古の宗教。ウルガ教の遺跡より発掘された、磁器でございます!」
「ウルガ教……」
「オヤ! ご存知ありませんか?」
オロク教と違い、唯一の神を崇める教義であったとは、聞いている。史実では、雑多な文化が入り混じるこの漂流世界において、より受け入れられたのは、後から現れた多神教……故に、彼らはだんだんと廃れていった、という話だ。
「浅学で申し訳ございませんが、名前程度しか……」
「イエイエ良いのです! ただ、非常に貴重な一品であるということさえ、理解していただければ!」
物品自慢、技術自慢にかこつけた、力量差の確認による従属の強制。いつものことだ。
「流転王殿に、そこまで目をかけてもらえるとは。恐縮でございます」
「アア! 喜んでいただけたようで、良かった! ……ところで。次の目的物は、決まっていらっしゃるのですか?」
想定していない訳のない質問だったが、しかし、決めあぐねていた。
「私としては、オルオットのダンジョンを攻める、なんて、無難かと思うのデスが……」
それは、つい先ほどまでの私と同じ意見だった。所在が知れていて、なおかつシタン帝国が入手しても他国との軋轢を生まないものは、その“回壊”カイギョウか、もはや限界をとどめていない、“血壊”ハテくらいのものだろう。しかし、全てを集めろとは言うが、すでに所有されてしまっているものを、どう手に入れるというのだ。
……やめよう。聞いたところで、ひどい返事が返ってくることは、目に見えている。
「私も、そう考えていたところです」
「オオ!」
「正式には、本人たちが帝都に到着してから決めるので、まだ確定ではありませんが」
「エエ! エエ! もちろん。よぉく話し合ってください! ……ただし」
「分かっております。手綱は握っておきます」
「ハイ! よろしくお願いしますよ。この調子で、残り九個! あと丁度、二年ですか」
「……」
平均二ヶ月半で一つ、か……
「それでは、私はこれで失礼いたしマス!」
「ええ。お気をつけてお帰りください」
モモヒキを見送った後、伏せていた書状に、もう一度目を通す。
「ミージア、か……」




