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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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38/42

38話 信託壊れて地金見る

1


 「なにをしているんだ、貴様」

 「……」

 「なんとか、言ったらどうだ」

 「ぅぅ……」

 「事情があった。そうだな?」

 「……」

 「言わないと、どうもできないぞ」

 「キルフリード……」

 「ああ。なんだ?」

 「はあ……」

 「だ、大丈夫か……?」


2


 「え、ネルネリさんが、逮捕!?」


 昼過ぎまで寝ていたトギメイさんが困惑するのも、当然である。


 「うん……」

 「僕、まだお酒抜けてないんですかね?」

 「トギメイさん。残念ながら、事実です」

 「な、なんでそんなことに」

 「道路爆発させたんだよ」

 「え、なにをしているんですか」


 ほんとに。何してんだ。おかげで、パンクレスの話が終わったのに、まだ留置所から離れられないじゃねえかよ。


 「私が秘密を持ったために、こんなことに……」

 「さすがにおまえ悪くないと思うぜ……」

 「しかし、なんだかスッキリしました! ほんと、早く明かせば良かったですよ!」

 「急にいつもの調子になるじゃん」


 ダックスの顔色が、ぐーんと良くなった。メーターが一気に振り切れる様子が、横に空目するほど、急激な変化である。


 「え、てか、マジなの?」

 「はい」

 「なんの話ですか?」

 「俺、こないだ死んじゃったらしい」

 「ええ!? そ、それでダックス様、あんな感じだったんですか? ほんとにコーセーさんのせいじゃないですか!」


 いや、俺が原因かもしれないけど、俺が悪いわけじゃないだろ。その言い方やめろ。


 「私が、何の理由もなく、あんな不摂生をする人間に見えますか?」

 「うん」

 「まあ……」

 「わかってきましたね」

 「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」

 「しかし、なんかあっさりしてますね、コーセーさん」

 「いやいやトギメイさん。それでいいんですよ。いま生きていることが大事なのです」

 「お前が言うなお前が」


 まあ、だけど、俺としても、それでいいと思う。

 死んだと思ったら生きてたっていうのは、割と最近、あったばかりだし。慣れてきたよな、もはや。

 それよりも……失敗した、と思うのは。


 「心配なのは、むしろネルネリさんの方ですよ。あの狼狽えようといったら」

 「あ、ネルネリさんも、コーセーさんのことで発狂して爆破しちゃったんですか?」

 「いや、ダックスにそのことを吐かせようとして爆破した」

 「最悪じゃないですか」


 しかし、心配なのは確かだ。

 あいつがあんなに凹んでいたことに関しては、俺が悪い。俺の失敗だ。

 約束ごとを、破ってしまったから。


3


 ネルネリは、難儀な人間だと思う。


 魔法を怖がられるのが嫌。でも、力を誇示したい。だから、自分を嫌わなそうな人間に限っては、魔法を使って脅しをかける。

 疎まれてきた過去があって、だから、初対面の人間には、基本的に壁を作る。その壁の外の人間に対しては、かなり感情が希薄で、配慮ができない。諦めている、とも言える。けれど、一度仲良くなれば、けっこう親身だ。

 ただ、いうことを聞いたり、聞かせることで、関係を確かめようとする節がある。こっちからの頼み事は、聞いてくれないことも多いんだけど、基準はよくわからない。たぶん、気分だと思う。

 あと、けっこう色んな服を……どっから出してきたんだってアバンギャルドなのまで着るくせに、ぜんぶ上からぶかぶかのコートで隠してしまうのも、けっこう、ら(・)し(・)い(・)よな。殻に篭りながら、承認を待っている感じ。


 俺から見たあいつは、そういう人間。

 かわいそうだけど、善人でもない。

 だけど、いいところがあって、実際、すごく助けられている。


 助けられている、というのも、ただの美談では、終われないが。


 性別も、趣味も、行動様式も、生まれた世界すらも違うのに、俺たちはたぶん、致命的なところで、似通ってしまっている部分がある。そんなように思えるのだ。

 なんと言えばいいのか、とにかく、意思決定の根幹に絡む要素だ。「基準」……とか。


 だから、普段は茶化しあって、取っ組み合って、貶しあっていても、最も重要な場面で、そうしない。

 トギメイさんが俺に、ネルネリを甘やかしすぎだと言うが、逆も然り。俺が迷っている時、困っている時、答えを出したくない時。囁きかけるのが、彼女だ。「なにを選んでも、付き合うよ」という具合に。それに救われているのは、確かだ。


 互いに慰め合い、傷を舐め合い、肯い合う。

 軽口の裏にある、ドロ甘の、泥沼。

 倫理を溶かし、他者を蔑ろにする、悪しき循環。

 それを、恐ろしいと思いながらも、しかし、酔っている自分がいる。


 助ける、助けられるという関係は、俺たち二人に限っては、良いことではない。

 それを分かっていてなお、俺は、離れようとは、思えない。


 死後の自分すら、預けてしまっている。

 身体はすでに、囚われているのだ。

 そして、このままいけば、それだけにはとどまらない。


 だから、俺にとってネルネリは、非常に難儀な人間。


 言うなれば、まさしく、


 魔女。


4


 「キルフリードもさ、知ってたんでしょ?」

 「なにをだ?」

 「コーセーが、死んじゃったこと」

 「……」


 そういうことか。

 ネルネリは、あの日なにがあったかをダックス殿から聞いて、錯乱してしまったのだ。コーセーに懐いているのは明白だし……なるほどな。


 「つまり……道を爆破した時は、正常な精神状態ではなかった。そうだな?」


 よく使われる手ではあるが、これで行こうじゃないか。


 「いや……それは、はしゃぎすぎただけ」


 本気で言っているのか此奴?


 「ね、ネルネリ。あまり自分で言いたくはないが、その、助け舟を出したつもりだったんだぞ? 私は、今」

 「あ……うん。じゃあ、そう……」

 「……」


 こんな弱々しい姿は、見たことがない。思わず頭をかいてしまった。


 「あのだな、コーセーは、しかし、生きているだろう? それならば、よし、とは、できないか?」


 本当を言えば、私自身が、あまり納得できてはいないのだ。息を吹き返す直前の、あの、コーセーではないコーセーの振る舞いが、まだ鮮明に思い出せる。彼女には、そこまで伝わっているのだろうか?


 「だめ」

 「なぜ」

 「うう〜ーーーー」


 ネルネリは鳴き声を出しながら、机に頭をガン、とぶつけた。「そこまでは話したくない」あるいは……「話すのは罰が悪い」、あたりか。しかし、推量の域を出ない。ならば。


 「生き返ったとしても、やはり、死んだことが嫌か?」

 「……」

 「もしや、我々が黙っていたことが、気に障ったか?」

 「ちがう……」


 ローラー作戦ッ……! それらしい理由を全て、ぶつけてくれるッ……!


 「谷底に、ついていけなかったことか?」

 「キルフリード」


 少女は、額が赤くなった頭をむくりと上げて、こちらを睨んできた。


 「わかろうとしないで」


 同時に、首にかかったアクセサリーが、机に擦れて、微かな金属音を立てた。たしか、私が決闘した時には、コーセーの首にかかっていたはずだ。


 「そのネックレス、か……?」


 万策尽きた脳が、ふと見つけた要素を、受け取ったまま吐き出した。ただそれだけの言葉だった。しかし、それが正解だったということは、彼女の顔が、物語っている。


 ごん。


 ネルネリが、また机に頭突きして、突っ伏した。


 「全部」

 「……そ……そうか……」


 もしかしたら、この少女は頭を上げる前からずっと、今の顔をしていたのかもしれなかった。


 「……あのだな、ネルネリ」

 「……」

 「言っておくが、私とて苦心したのだぞ」

 「ぇ……」

 「貴様は、見ていないだろう。なきがらを。やつの心臓を押したのも、私なんだからな」

 「……」

 「気持ちは分からんでもないが、大人ならば、普通を装わなくてはならん。本人が知ってしまった今、特にだ。一番当惑しているに、決まっているのだから」

 「……」

 「できるな」

 「むり……」

 「あと、道路の修繕費は、あとで請求書を渡すが、自分の懐から出すんだぞ。それに、ひとつ工事するのにも、何百という人間が動くということを、覚えておけ」

 「え!!」


 少女はおでこの腫れた顔を、がばっと上げ、信じられないという顔でこちらを見る。


 「今日外に出してやるというだけで、温情だ。こんな特別待遇、貴様らでなければないぞ」

 「私、トギメイの次にお金ないんだけど……」

 「嫌な言い方だな……」


5


 「よ」

 「うん」

 「どうなったの、結局」

 「私が弁償するんだって」

 「だってお前が壊したからね?」

 「ありえない。ダックスが、オロク教から横領すればいいだけなのに……」

 「おお……」


 あまりにも酷い言い草である。


 「それか、コーセーの転移者手当を使わせてくれればいいだけなのに……」

 「たかるなよ」

 「トギメイだって、旅の中の危ない部分を、ぜんぶ私たちに任せているんだから、本来であれば、少しでもお金を渡すべきなのに……」

 「そこまで悪いやつだったっけ君?」

 「あと……」

 「うん」

 「……」

 「おいおい……」


 超元気ないじゃん。こうまでしんなりしてるネルネリは、たぶん、俺が旅に誘った日以来だ。


 「その、ごめんな? 死んじゃって」

 「うん……」

 「こうもすぐに事故が起きるとは、俺、思ってなくてさ」

 「私も……あの、これ、引っ張られないから……」 


 だから、死んでいるわけはない、と考えていたらしい。そういう話だったのだから、当然だ。

 しかし、俺もこいつも、想定が甘かった。


 「……」

 

 いつもの鋭い眼光はなりをひそめ、眉を八の字にして、ネルネリは言った。


 「もう、死んだりしないでね」

 「約束はできないよな」

 「え……」

 「だって、今後も危険な旅なのは変わらないし」 


 彼女は、唖然としているように見えた。

 

 「で、だから、その、なにか上手い形が、他にないかって、考えたりもしたんだけどさあ」


 新しくそれらしい仕組みを作って、今度こそ、約束を確実なものにできないかと。色々と案を浮かべてはみた。

 例えば、今とは逆に、常にヘアピンを引き寄せて、途切れたら有事と分かる仕様。日常生活に不便が出るため、却下。洗濯物も食器も、全部『ワイアーム』で手元に持ってきているのだから。

 例えば、いっそもう、ずっと近くにいて離れない。妄言。却下。


 「なにも思い付かなかった」

 「え!!」

 「だから今後とも、なにも変わらないまま、よろしくな」

 「……なんで?」

 「だって、冷静に考えたら、わかることだろ。最初っから、破綻してた。俺が頼んだことは」


 人は死ぬし、その時も場所も、選べるものではない。今回のことも、そうだ。俺が頼んで、來夏のヘアピンを渡して、それで、死ぬ時には呼ぶと、言ったのだ。

 実際には、そんな暇はなく死んでしまった。


 「違う」

 「違わない」


 だいたい、死にそうになったらどうこうするって、そんな後ろ向きでいいのかよ。


 「まともに行けば、そうなるんだよ」


 というか、どうせ生き返るのなら、死んだ後のことなんて、ないじゃないか。


 「……」

 「だから、そのままでいいよな」


 それに、こいつと馴れ合っていたら、俺はどんどん、人でなしになっていってしまうかもしれない。


 「だからって、なに?」

 「はたから見て非合理でも、現実を見れてなくても、意味がなくっても、でも……」


 この選択は、その倫理的な危険を顧みないとか、起こりうる死亡事故のリスクを飲み下そうとか、そういう格好いいことでは、決してない。


 「なしにはしたく、ないんだよ」


 なあなあにしよう。先送りにしよう。という、話だった。


 「だから……そのまま……」

 

 これが、俺たちの、“信壊(しんかい)”シズルムをめぐる旅の終わり。

 何かを得たとは言い難い。むしろ、なにも、捨てられなかった。

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