38話 信託壊れて地金見る
1
「なにをしているんだ、貴様」
「……」
「なんとか、言ったらどうだ」
「ぅぅ……」
「事情があった。そうだな?」
「……」
「言わないと、どうもできないぞ」
「キルフリード……」
「ああ。なんだ?」
「はあ……」
「だ、大丈夫か……?」
2
「え、ネルネリさんが、逮捕!?」
昼過ぎまで寝ていたトギメイさんが困惑するのも、当然である。
「うん……」
「僕、まだお酒抜けてないんですかね?」
「トギメイさん。残念ながら、事実です」
「な、なんでそんなことに」
「道路爆発させたんだよ」
「え、なにをしているんですか」
ほんとに。何してんだ。おかげで、パンクレスの話が終わったのに、まだ留置所から離れられないじゃねえかよ。
「私が秘密を持ったために、こんなことに……」
「さすがにおまえ悪くないと思うぜ……」
「しかし、なんだかスッキリしました! ほんと、早く明かせば良かったですよ!」
「急にいつもの調子になるじゃん」
ダックスの顔色が、ぐーんと良くなった。メーターが一気に振り切れる様子が、横に空目するほど、急激な変化である。
「え、てか、マジなの?」
「はい」
「なんの話ですか?」
「俺、こないだ死んじゃったらしい」
「ええ!? そ、それでダックス様、あんな感じだったんですか? ほんとにコーセーさんのせいじゃないですか!」
いや、俺が原因かもしれないけど、俺が悪いわけじゃないだろ。その言い方やめろ。
「私が、何の理由もなく、あんな不摂生をする人間に見えますか?」
「うん」
「まあ……」
「わかってきましたね」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
「しかし、なんかあっさりしてますね、コーセーさん」
「いやいやトギメイさん。それでいいんですよ。いま生きていることが大事なのです」
「お前が言うなお前が」
まあ、だけど、俺としても、それでいいと思う。
死んだと思ったら生きてたっていうのは、割と最近、あったばかりだし。慣れてきたよな、もはや。
それよりも……失敗した、と思うのは。
「心配なのは、むしろネルネリさんの方ですよ。あの狼狽えようといったら」
「あ、ネルネリさんも、コーセーさんのことで発狂して爆破しちゃったんですか?」
「いや、ダックスにそのことを吐かせようとして爆破した」
「最悪じゃないですか」
しかし、心配なのは確かだ。
あいつがあんなに凹んでいたことに関しては、俺が悪い。俺の失敗だ。
約束ごとを、破ってしまったから。
3
ネルネリは、難儀な人間だと思う。
魔法を怖がられるのが嫌。でも、力を誇示したい。だから、自分を嫌わなそうな人間に限っては、魔法を使って脅しをかける。
疎まれてきた過去があって、だから、初対面の人間には、基本的に壁を作る。その壁の外の人間に対しては、かなり感情が希薄で、配慮ができない。諦めている、とも言える。けれど、一度仲良くなれば、けっこう親身だ。
ただ、いうことを聞いたり、聞かせることで、関係を確かめようとする節がある。こっちからの頼み事は、聞いてくれないことも多いんだけど、基準はよくわからない。たぶん、気分だと思う。
あと、けっこう色んな服を……どっから出してきたんだってアバンギャルドなのまで着るくせに、ぜんぶ上からぶかぶかのコートで隠してしまうのも、けっこう、らしいよな。殻に篭りながら、承認を待っている感じ。
俺から見たあいつは、そういう人間。
かわいそうだけど、善人でもない。
だけど、いいところがあって、実際、すごく助けられている。
助けられている、というのも、ただの美談では、終われないが。
性別も、趣味も、行動様式も、生まれた世界すらも違うのに、俺たちはたぶん、致命的なところで、似通ってしまっている部分がある。そんなように思えるのだ。
なんと言えばいいのか、とにかく、意思決定の根幹に絡む要素だ。「基準」……とか。
だから、普段は茶化しあって、取っ組み合って、貶しあっていても、最も重要な場面で、そうしない。
トギメイさんが俺に、ネルネリを甘やかしすぎだと言うが、逆も然り。俺が迷っている時、困っている時、答えを出したくない時。囁きかけるのが、彼女だ。「なにを選んでも、付き合うよ」という具合に。それに救われているのは、確かだ。
互いに慰め合い、傷を舐め合い、肯い合う。
軽口の裏にある、ドロ甘の、泥沼。
倫理を溶かし、他者を蔑ろにする、悪しき循環。
それを、恐ろしいと思いながらも、しかし、酔っている自分がいる。
助ける、助けられるという関係は、俺たち二人に限っては、良いことではない。
それを分かっていてなお、俺は、離れようとは、思えない。
死後の自分すら、預けてしまっている。
身体はすでに、囚われているのだ。
そして、このままいけば、それだけにはとどまらない。
だから、俺にとってネルネリは、非常に難儀な人間。
言うなれば、まさしく、
魔女。
4
「キルフリードもさ、知ってたんでしょ?」
「なにをだ?」
「コーセーが、死んじゃったこと」
「……」
そういうことか。
ネルネリは、あの日なにがあったかをダックス殿から聞いて、錯乱してしまったのだ。コーセーに懐いているのは明白だし……なるほどな。
「つまり……道を爆破した時は、正常な精神状態ではなかった。そうだな?」
よく使われる手ではあるが、これで行こうじゃないか。
「いや……それは、はしゃぎすぎただけ」
本気で言っているのか此奴?
「ね、ネルネリ。あまり自分で言いたくはないが、その、助け舟を出したつもりだったんだぞ? 私は、今」
「あ……うん。じゃあ、そう……」
「……」
こんな弱々しい姿は、見たことがない。思わず頭をかいてしまった。
「あのだな、コーセーは、しかし、生きているだろう? それならば、よし、とは、できないか?」
本当を言えば、私自身が、あまり納得できてはいないのだ。息を吹き返す直前の、あの、コーセーではないコーセーの振る舞いが、まだ鮮明に思い出せる。彼女には、そこまで伝わっているのだろうか?
「だめ」
「なぜ」
「うう〜ーーーー」
ネルネリは鳴き声を出しながら、机に頭をガン、とぶつけた。「そこまでは話したくない」あるいは……「話すのは罰が悪い」、あたりか。しかし、推量の域を出ない。ならば。
「生き返ったとしても、やはり、死んだことが嫌か?」
「……」
「もしや、我々が黙っていたことが、気に障ったか?」
「ちがう……」
ローラー作戦ッ……! それらしい理由を全て、ぶつけてくれるッ……!
「谷底に、ついていけなかったことか?」
「キルフリード」
少女は、額が赤くなった頭をむくりと上げて、こちらを睨んできた。
「わかろうとしないで」
同時に、首にかかったアクセサリーが、机に擦れて、微かな金属音を立てた。たしか、私が決闘した時には、コーセーの首にかかっていたはずだ。
「そのネックレス、か……?」
万策尽きた脳が、ふと見つけた要素を、受け取ったまま吐き出した。ただそれだけの言葉だった。しかし、それが正解だったということは、彼女の顔が、物語っている。
ごん。
ネルネリが、また机に頭突きして、突っ伏した。
「全部」
「……そ……そうか……」
もしかしたら、この少女は頭を上げる前からずっと、今の顔をしていたのかもしれなかった。
「……あのだな、ネルネリ」
「……」
「言っておくが、私とて苦心したのだぞ」
「ぇ……」
「貴様は、見ていないだろう。なきがらを。やつの心臓を押したのも、私なんだからな」
「……」
「気持ちは分からんでもないが、大人ならば、普通を装わなくてはならん。本人が知ってしまった今、特にだ。一番当惑しているに、決まっているのだから」
「……」
「できるな」
「むり……」
「あと、道路の修繕費は、あとで請求書を渡すが、自分の懐から出すんだぞ。それに、ひとつ工事するのにも、何百という人間が動くということを、覚えておけ」
「え!!」
少女はおでこの腫れた顔を、がばっと上げ、信じられないという顔でこちらを見る。
「今日外に出してやるというだけで、温情だ。こんな特別待遇、貴様らでなければないぞ」
「私、トギメイの次にお金ないんだけど……」
「嫌な言い方だな……」
5
「よ」
「うん」
「どうなったの、結局」
「私が弁償するんだって」
「だってお前が壊したからね?」
「ありえない。ダックスが、オロク教から横領すればいいだけなのに……」
「おお……」
あまりにも酷い言い草である。
「それか、コーセーの転移者手当を使わせてくれればいいだけなのに……」
「たかるなよ」
「トギメイだって、旅の中の危ない部分を、ぜんぶ私たちに任せているんだから、本来であれば、少しでもお金を渡すべきなのに……」
「そこまで悪いやつだったっけ君?」
「あと……」
「うん」
「……」
「おいおい……」
超元気ないじゃん。こうまでしんなりしてるネルネリは、たぶん、俺が旅に誘った日以来だ。
「その、ごめんな? 死んじゃって」
「うん……」
「こうもすぐに事故が起きるとは、俺、思ってなくてさ」
「私も……あの、これ、引っ張られないから……」
だから、死んでいるわけはない、と考えていたらしい。そういう話だったのだから、当然だ。
しかし、俺もこいつも、想定が甘かった。
「……」
いつもの鋭い眼光はなりをひそめ、眉を八の字にして、ネルネリは言った。
「もう、死んだりしないでね」
「約束はできないよな」
「え……」
「だって、今後も危険な旅なのは変わらないし」
彼女は、唖然としているように見えた。
「で、だから、その、なにか上手い形が、他にないかって、考えたりもしたんだけどさあ」
新しくそれらしい仕組みを作って、今度こそ、約束を確実なものにできないかと。色々と案を浮かべてはみた。
例えば、今とは逆に、常にヘアピンを引き寄せて、途切れたら有事と分かる仕様。日常生活に不便が出るため、却下。洗濯物も食器も、全部『ワイアーム』で手元に持ってきているのだから。
例えば、いっそもう、ずっと近くにいて離れない。妄言。却下。
「なにも思い付かなかった」
「え!!」
「だから今後とも、なにも変わらないまま、よろしくな」
「……なんで?」
「だって、冷静に考えたら、わかることだろ。最初っから、破綻してた。俺が頼んだことは」
人は死ぬし、その時も場所も、選べるものではない。今回のことも、そうだ。俺が頼んで、來夏のヘアピンを渡して、それで、死ぬ時には呼ぶと、言ったのだ。
実際には、そんな暇はなく死んでしまった。
「違う」
「違わない」
だいたい、死にそうになったらどうこうするって、そんな後ろ向きでいいのかよ。
「まともに行けば、そうなるんだよ」
というか、どうせ生き返るのなら、死んだ後のことなんて、ないじゃないか。
「……」
「だから、そのままでいいよな」
それに、こいつと馴れ合っていたら、俺はどんどん、人でなしになっていってしまうかもしれない。
「だからって、なに?」
「はたから見て非合理でも、現実を見れてなくても、意味がなくっても、でも……」
この選択は、その倫理的な危険を顧みないとか、起こりうる死亡事故のリスクを飲み下そうとか、そういう格好いいことでは、決してない。
「なしにはしたく、ないんだよ」
なあなあにしよう。先送りにしよう。という、話だった。
「だから……そのまま……」
これが、俺たちの、“信壊”シズルムをめぐる旅の終わり。
何かを得たとは言い難い。むしろ、なにも、捨てられなかった。




