37話 ダックス・ハルマン②
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「ダックス様。お忙しいところ、私めのために時間を割いてくださり、ありがとうございます」
椅子にしばりつけられた、片腕のない男。パンクレスは、コーセーさんの話とは全く違う、物腰柔らかな態度をしていた。しかし、その見た目が……髪型が、顔つきが、数多の刺青が、最低限の治療しか受けていないらしく、痛々しく腫れ上がった鼻が、治安の悪さを醸し出している。そのギャップが、むしろ余計、不気味。ちぐはぐ。
……けれど無理をしている、という風でもない。本心からこの態度を取っているとも思いませんが、となると、元はある程度豊かな環境にいた、という可能性も、真実味を帯びてきましたかね。
「いえ。ちょうど、仕事もひと段落ついたところでしたから」
「おお、“十壊器”の……と、いうことは、無事に手に入ったわけですね。“信壊”シズルムは」
「まあ。しかし、よくご存知でしたね。私が“十壊器”の蒐集に関わっていることなんて」
「有名ですよ。たまたま、新聞を手に入れることがあって、そこで見たんです」
馬車を襲った際に、ということですか。
「そこで、考えたのです! ダックス様。私ならば、あなたのお役に立てると」
「“十壊器”の情報を持っているとか」
「はい。そうです!」
「……」
「無論、そのぶん、罪を軽くしてもらいたいという理由もありますが。どうですか、悪い話では……」
「西部教会ですね。そのタトゥーは」
「!」
「ロメロの街で殺した異端者が、似たものを刻んでいました」
たしか、六年前くらいでしたか。
「……さすがです。分かりますか」
「分かってもらいたくて、私を呼んだのかと思っていましたよ」
「いいえ。そんなことはありません。ただ、ダックス様が、中心であると……」
「それならば、コーセーさんに話すべきですね。私は、彼に同行させてもらっているだけですから」
「な……」
「と、いうのは、意地悪な答えでしたかね?」
腕の生えていない左肩を見やる。パンクレスの額に、汗粒が浮かんだ。
「ぐ、う……!!」
「私はですねえ、“十壊器”の情報よりも、どちらかと言えば、あなた自身のことを知りたい。その数の刺青を持つ人間は、あまり見たことがありませんから」
「まどろっこしいですよ。ダックス様……《白徴》と言えばいい」
「その言葉は、好きではない」
《白徴》とは、《徴》を宿す刻印の儀に失敗し、能力を得ずに、意味もなく残った傷のことを指す、差別語である。
「教会の人間が、好んで使う言葉ではないですか? ……やはり、ダックス様は、噂通りの、善い神父だ」
「それで。パンクレスさん。あなたの話を、聞かせてもらえますか?」
「……私に、利益がありますか?」
「私に同情をさせたいのなら、そうでないと無理です」
パンクレスさんはまた、顔をしかめ、そして、「わかりました」と答えた。
「何から、お聞きになりたいですか」
「まずは軽く、本名でも」
「……パンクレス・オータム」
「ああ」
「ああ、とは?」
「いえ、知った家名でしたから」
「!」
五年ほど前に、西方から教会本部に登用された女性に、そういう姓の者がいた。
「どこで、聞いた……!?」
「聞いたといいますか、会いました。若い女の方で。あなたの家の人間ではないですか?」
「……」
なにも知らない、という顔だった。
「おっと。珍しい苗字ですから、てっきり近しい人かと……」
「そう、か……」
いや、知らされていないことに、絶望している。そうとも見える。
「ダックス様。ありがとうございます。私は……やはり、ここから外に、出なくてはいけません。他に聞きたいことがあれば、なんでも、答えさせてください」
「……その、態度の変化について、聞きたいですね」
「ええ。承知いたしました。端的に言います。もう、一分一秒が、惜しい! すぐに、向かわなければならない!」
なんだ? この男の様子は、なにか、尋常ではない。
「ダックス様。私は、十三回、刻印の儀を受け、その全てで失敗しました。あろうことか、両親が命じたのは、ならば魔法を学び、そして……それを、《徴》として偽れ、ということです」
「!」
西部教会は、オロク教の中でも特に、《徴》……神から授かった力への信仰が、過激な地域だ。
それにしても、中位魔法が使えたのは、なるほど、そういう事情ですか。オロク教では、魔法の個人使用を咎めてきた歴史がある。それに逆らってでも、偽物でも、彼の親は、「《徴》を持つ息子」を欲しがった。世間に見せるために。
「出来たのですか? そんなことが」
「出来なかったから、私は、死んだことになっている」
「……」
「その女は、きっと、後からとった、養子か何かなのでしょう。こんなことが、あってよいのか!!」
「落ち着いてください。まだ、私からの質問はありますよ」
「……申し訳ございません。ダックス様。あなたになら、私の思いの丈も、受け止めてもらえる。だから、こうも熱くなってしまう……」
それがおべっかなのか、本心なのか。表情から読み取ることは、もはや難しくなってきていた。
「あなたが犯罪を行なっていたのにも、その過去は関係している」
「ええ。もちろんです。これは、私なりの、証明です。《徴》は授かれなかった。しかし、魔法は、中々の腕前になった! 《徴》を騙るまでいかなくとも、一人前になっていた!」
「その手段に、盗賊を選ぶ必要はなかったのでは?」
「この見た目ですよ」
「……」
これは、私がうかつでしたか。
「失礼しました。それでも、ですがね」
「分かっています。私は、結局のところ、鬱憤を、ぶつけたかったのです。それは、認めます。しかし、それも、こうは思えませんか? 仕方がない、とは……」
「いいえ。思いません」
「……」
「だから、こうした方が良かった、という道を示すことは、私にもできませんがね。所詮は、他人ですから」
「ダックス様」
「はい」
「そう言っていただけるだけで、十分です。答えのない問いへ向かう、その時に起きる衝突を、共有していただけるというだけで。単なる断罪ではない。それだけで、他の人間とは違う」
……中々がんばって媚びますね。
「話題を変えます。シタン帝国へは、なぜ?」
「申し訳ございません。その話については、あなたが減刑を約束してくれなくては、することができません」
つまり、“十壊器”絡みと。
────少々、残念です。
「では、最後の質問。あなたは、刻印の儀の被害者です」
「はい」
「同じような人間の集団に、所属していたことは?」
「……いえ……?」
予想通り、同じ姓を持つ女の話が出た時と、同じ顔をしていた。知らない、ということだ。
「……」
「ダックス、様……?」
現在、所在の知れている“十壊器”は、六つ。
シタン帝国の首都にある、“建壊”エンレイア。
城塞都市国家マルバロスにある、“錬壊”ウルカン。
魔法国家アリンデウルにある、“道壊”ラムダゲイズ。
勇者の国オルオットのダンジョン、『アグラ胎道』にある、“回壊”カイギョウ。
廃棄国家ベベにある、“血壊”ハテ。
そして、今このカンカンズにある、“信壊”シズルム。
意図的にバラけている。それは、設計者であるモルゼスが、二度とこれらを一箇所に集めさせまいとする、意思の表れだ。
ならば、ドドイデアに、一つ。必ずある。
そして、私はそれが、オロク教と敵対する者たちの手中にあるのではないかと、睨んでいる。それくらいに大きな要因がなければ、能力を持たない者たちが、教会の戦士に抗えるとは、思えないからだ。
しかし、この男は、それを知らない。私の最も知りたかった情報を、持っていない。それが、残念だ。
ならば、先ほどの問答からも、怪しいのはこの、シタン帝国になる。
「ミージア、ですか」
「!!」
「シタン帝国第二の都市。関所であり、学園都市であり、そして、きな臭い噂が、とかく多い場所です。たとえば……」
「……!」
「犯罪者の不法な入国を、援助している組織がある」
ドドイデア西部からシタン帝国への直通ルートは、二つ。
侵世界樹ウバドの付近を通る、国際的に管理された正規の道。
海沿いをゆく、裏ルート。他国からドドイデアへ、武器や麻薬を搬入する際に使われていた道。
パンクレスが、警備の厳しい前者を通れるとは思えない。
東部からであれば、オルオットを通り、海路でカンカンズに来る道筋もあるが……この街にはらシズルムがある。もう一つ、という可能性は、極めて薄い。
「……知って、いたのですか?」
「パンクレスさん」
「ダックス様!!」
「私が、ある程度のアタリも付けずに、あなたと話すと、思っていたのですか」
「……」
「イメージが凝り固まっているようで、困りますよ。これでも私、かなり手を汚してきた方なのですがね」
「ダックスゥ!!」
「分かっていると思いますが、減刑は諦めてください」
「お前、お前が、どうして、そんなことを言える!? 人を裁ける!? 教会の名の下に、許されているだけの、人殺しが!?」
「そこが、自分でも不思議なのですよ。あれよあれよと、そうなっていた」
「────!!」
怒鳴り声を背後に、私は部屋を後にした。振り返ることは、もうなかった。
2
「よ」
「コーセーさん。待ってくれていたんですか?」
「あー。まあな……え、なあ、結局、どうなったの?」
「ハッハ! 久しぶりに神父らしい、といいますか……オロク教の幹部らしいことをして、疲れましたよ」
「じゃあ……」
「パンクレスは、死刑になるでしょうね」
「え?」
「犯した罪からすれば、まあ、順当な着地でしょう」
「あ、ああ、そうな?」
「それと、“十壊器”の情報も得られましたよ。とはいっても、ざっくりとした場所くらいのものですが」
「……」
「コーセーさん?」
「最近ずっと飲んでるから、心配だったんだけど。なんか、大丈夫なのか、こんな感じなら」
「いえ。今は仕事モードなので平静を保っているだけです」
「まじかよ」
「まったく、コーセーさんのせいですよ!」
「それキルフリードにも言われたんだけど。俺が一体なにをしたんだよ……」
「それは……私の口からは、言えないですね」
「はあ〜?」
「そういえば、コーセーさん。脚の傷は、どうですか」
「え、起きたら治ってた……うわ。俺そういえば、エリーゼにお礼してねえよ浮かれてて」
「エリーゼさんには、絶対に言わないでください」
「なんっでだよ!」
「それは……」
「……」
「私の口からは、とても……」
「埒があかん。ネルネリ尋問官を呼ぼう」
「呼んでもいいですが、今回ばかりは、なにも喋りませんからね!」
「あ。ほんとにいた。ねえ、ご飯行こ」
「ネルネリ!? おまえ、いいところに……ていうか、一人で外出を……!?」
「キルフリードにここにいるって聞いた。なんかホテルの待合でうなってたよ」
「えっこわっ」
「コーセーさんのせいですよ!」
「まさか俺は人類悪なのか?」
「ね、なんの話?」
「俺が言われのない罪を被せられ続けているという話。ダックスもキルフリードも、俺のせいで変だって」
「へー」
「興味なさそう」
「なんで?」
「秘密です」
「だめ」
「だめときましたか」
「言わないと、痛みも感じられないよ」
「『痛いよ』の倍ほど怖いわそれ」
「コーセーさん助けてください! どうしても言いたくないんです!」
「さーん」
「カウントダウンの開始とともに……道路が爆発した……ネルネリお前、正気じゃないよ……“マジ”じゃん……『3』でこれならこの後どうなるんだよ……」
「に」
「わかりました!!」
「弁償はダックスがしてね」
「悪魔かこいつ」
「言います。言います。でも、絶対に、悲しい気持ちにならないこと。特に、ネルネリさん」
「え、ならないけど」
「お前のそういうの大体フラグなんだよなぁ」
「実は、コーセーさん。捨て子谷に潜った日、あなたは……」
「え、ほんとに俺がなんかしてた?」
「死んだんです」
「……」
「えっ?」




