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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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37/42

37話 ダックス・ハルマン②

1


 「ダックス様。お忙しいところ、私めのために時間を割いてくださり、ありがとうございます」


 椅子にしばりつけられた、片腕のない男。パンクレスは、コーセーさんの話とは全く違う、物腰柔らかな態度をしていた。しかし、その見た目が……髪型が、顔つきが、数多の刺青が、最低限の治療しか受けていないらしく、痛々しく腫れ上がった鼻が、治安の悪さを醸し出している。そのギャップが、むしろ余計、不気味。ちぐはぐ。


 ……けれど無理をしている、という風でもない。本心からこの態度を取っているとも思いませんが、となると、元はある程度豊かな環境にいた、という可能性も、真実味を帯びてきましたかね。


 「いえ。ちょうど、仕事もひと段落ついたところでしたから」

 「おお、“十壊器(じっかいき)”の……と、いうことは、無事に手に入ったわけですね。“信壊(しんかい)”シズルムは」

 「まあ。しかし、よくご存知でしたね。私が“十壊器(じっかいき)”の蒐集に関わっていることなんて」

 「有名ですよ。たまたま、新聞を手に入れることがあって、そこで見たんです」


 馬車を襲った際に、ということですか。


 「そこで、考えたのです! ダックス様。私ならば、あなたのお役に立てると」

 「“十壊器(じっかいき)”の情報を持っているとか」

 「はい。そうです!」

 「……」

 「無論、そのぶん、罪を軽くしてもらいたいという理由もありますが。どうですか、悪い話では……」

 「西部教会ですね。そのタトゥーは」

 「!」

 「ロメロの街で殺した異端者が、似たものを刻んでいました」


 たしか、六年前くらいでしたか。


 「……さすがです。分かりますか」

 「分かってもらいたくて、私を呼んだのかと思っていましたよ」

 「いいえ。そんなことはありません。ただ、ダックス様が、中心であると……」

 「それならば、コーセーさんに話すべきですね。私は、彼に同行させてもらっているだけですから」

 「な……」

 「と、いうのは、意地悪な答えでしたかね?」


 腕の生えていない左肩を見やる。パンクレスの額に、汗粒が浮かんだ。


 「ぐ、う……!!」

 「私はですねえ、“十壊器(じっかいき)”の情報よりも、どちらかと言えば、あなた自身のことを知りたい。その数の刺青を持つ人間は、あまり見たことがありませんから」

 「まどろっこしいですよ。ダックス様……《白徴(ハクチ)》と言えばいい」

 「その言葉は、好きではない」


 《白徴(ハクチ)》とは、《徴(ガルドル)》を宿す刻印の儀に失敗し、能力を得ずに、意味もなく残った傷のことを指す、差別語である。

 

 「教会の人間が、好んで使う言葉ではないですか? ……やはり、ダックス様は、噂通りの、善い神父だ」

 「それで。パンクレスさん。あなたの話を、聞かせてもらえますか?」

 「……私に、利益がありますか?」

 「私に同情をさせたいのなら、そうでないと無理です」


 パンクレスさんはまた、顔をしかめ、そして、「わかりました」と答えた。


 「何から、お聞きになりたいですか」

 「まずは軽く、本名でも」

 「……パンクレス・オータム」

 「ああ」

 「ああ、とは?」

 「いえ、知った家名でしたから」

 「!」


 五年ほど前に、西方から教会本部に登用された女性に、そういう姓の者がいた。


 「どこで、聞いた……!?」

 「聞いたといいますか、会いました。若い女の方で。あなたの家の人間ではないですか?」

 「……」


 なにも知らない、という顔だった。


 「おっと。珍しい苗字ですから、てっきり近しい人かと……」

 「そう、か……」


 いや、知らされていないことに、絶望している。そうとも見える。


 「ダックス様。ありがとうございます。私は……やはり、ここから外に、出なくてはいけません。他に聞きたいことがあれば、なんでも、答えさせてください」

 「……その、態度の変化について、聞きたいですね」

 「ええ。承知いたしました。端的に言います。もう、一分一秒が、惜しい! すぐに、向かわなければならない!」


 なんだ? この男の様子は、なにか、尋常ではない。


 「ダックス様。私は、十三回、刻印の儀を受け、その全てで失敗しました。あろうことか、両親が命じたのは、ならば魔法を学び、そして……それを、《徴(ガルドル)》として偽れ、ということです」

 「!」


 西部教会は、オロク教の中でも特に、《徴(ガルドル)》……神から授かった力への信仰が、過激な地域だ。

 それにしても、中位魔法が使えたのは、なるほど、そういう事情ですか。オロク教では、魔法の個人使用を咎めてきた歴史がある。それに逆らってでも、偽物でも、彼の親は、「《徴(ガルドル)》を持つ息子」を欲しがった。世間に見せるために。


 「出来たのですか? そんなことが」

 「出来なかったから、私は、死んだことになっている」

 「……」

 「その女は、きっと、後からとった、養子か何かなのでしょう。こんなことが、あってよいのか!!」

 「落ち着いてください。まだ、私からの質問はありますよ」

 「……申し訳ございません。ダックス様。あなたになら、私の思いの丈も、受け止めてもらえる。だから、こうも熱くなってしまう……」


 それがおべっかなのか、本心なのか。表情から読み取ることは、もはや難しくなってきていた。


 「あなたが犯罪を行なっていたのにも、その過去は関係している」

 「ええ。もちろんです。これは、私なりの、証明です。《徴(ガルドル)》は授かれなかった。しかし、魔法は、中々の腕前になった! 《徴(ガルドル)》を騙るまでいかなくとも、一人前になっていた!」

 「その手段に、盗賊を選ぶ必要はなかったのでは?」

 「この見た目ですよ」

 「……」


 これは、私がうかつでしたか。


 「失礼しました。それでも、ですがね」

 「分かっています。私は、結局のところ、鬱憤を、ぶつけたかったのです。それは、認めます。しかし、それも、こうは思えませんか? 仕方がない、とは……」

 「いいえ。思いません」

 「……」

 「だから、こうした方が良かった、という道を示すことは、私にもできませんがね。所詮は、他人ですから」

 「ダックス様」

 「はい」

 「そう言っていただけるだけで、十分です。答えのない問いへ向かう、その時に起きる衝突を、共有していただけるというだけで。単なる断罪ではない。それだけで、他の人間とは違う」


 ……中々がんばって媚びますね。


 「話題を変えます。シタン帝国へは、なぜ?」

 「申し訳ございません。その話については、あなたが減刑を約束してくれなくては、することができません」


 つまり、“十壊器(じっかいき)”絡みと。


 ────少々、残念です。


 「では、最後の質問。あなたは、刻印の儀の被害者です」

 「はい」

 「同じような人間の集団に、所属していたことは?」

 「……いえ……?」


 予想通り、同じ姓を持つ女の話が出た時と、同じ顔をしていた。知らない、ということだ。


 「……」

 「ダックス、様……?」


 現在、所在の知れている“十壊器(じっかいき)”は、六つ。

 シタン帝国の首都にある、“建壊(こんかい)”エンレイア。

 城塞都市国家マルバロスにある、“錬壊(れんかい)”ウルカン。

 魔法国家アリンデウルにある、“道壊(とうかい)”ラムダゲイズ。

 勇者の国オルオットのダンジョン、『アグラ胎道』にある、“回壊(かいかい)”カイギョウ。

 廃棄国家ベベにある、“血壊(けっかい)”ハテ。

 そして、今このカンカンズにある、“信壊(しんかい)”シズルム。


 意図的にバラけている。それは、設計者であるモルゼスが、二度とこれらを一箇所に集めさせまいとする、意思の表れだ。

 ならば、ドドイデアに、一つ。必ずある。

 そして、私はそれが、オロク教と敵対する者たちの手中にあるのではないかと、睨んでいる。それくらいに大きな要因がなければ、能力を持たない者たちが、教会の戦士に抗えるとは、思えないからだ。


 しかし、この男は、それを知らない。私の最も知りたかった情報を、持っていない。それが、残念だ。


 ならば、先ほどの問答からも、怪しいのはこの、シタン帝国になる。


 「ミージア、ですか」

 「!!」

 「シタン帝国第二の都市。関所であり、学園都市であり、そして、きな臭い噂が、とかく多い場所です。たとえば……」

 「……!」

 「犯罪者の不法な入国を、援助している組織がある」


 ドドイデア西部からシタン帝国への直通ルートは、二つ。

 侵世界樹ウバドの付近を通る、国際的に管理された正規の道。

 海沿いをゆく、裏ルート。他国からドドイデアへ、武器や麻薬を搬入する際に使われていた道。

 パンクレスが、警備の厳しい前者を通れるとは思えない。

 東部からであれば、オルオットを通り、海路でカンカンズに来る道筋もあるが……この街にはらシズルムがある。もう一つ、という可能性は、極めて薄い。


 「……知って、いたのですか?」

 「パンクレスさん」

 「ダックス様!!」

 「私が、ある程度のアタリも付けずに、あなたと話すと、思っていたのですか」

 「……」

 「イメージが凝り固まっているようで、困りますよ。これでも私、かなり手を汚してきた方なのですがね」

 「ダックスゥ!!」

 「分かっていると思いますが、減刑は諦めてください」

 「お前、お前が、どうして、そんなことを言える!? 人を裁ける!? 教会の名の下に、許されているだけの、人殺しが!?」

 「そこが、自分でも不思議なのですよ。あれよあれよと、そうなっていた」

 「────!!」


 怒鳴り声を背後に、私は部屋を後にした。振り返ることは、もうなかった。


2


 「よ」

 「コーセーさん。待ってくれていたんですか?」

 「あー。まあな……え、なあ、結局、どうなったの?」

 「ハッハ! 久しぶりに神父らしい、といいますか……オロク教の幹部らしいことをして、疲れましたよ」

 「じゃあ……」

 「パンクレスは、死刑になるでしょうね」

 「え?」

 「犯した罪からすれば、まあ、順当な着地でしょう」

 「あ、ああ、そうな?」

 「それと、“十壊器(じっかいき)”の情報も得られましたよ。とはいっても、ざっくりとした場所くらいのものですが」

 「……」

 「コーセーさん?」

 「最近ずっと飲んでるから、心配だったんだけど。なんか、大丈夫なのか、こんな感じなら」

 「いえ。今は仕事モードなので平静を保っているだけです」

 「まじかよ」

 「まったく、コーセーさんのせいですよ!」

 「それキルフリードにも言われたんだけど。俺が一体なにをしたんだよ……」

 「それは……私の口からは、言えないですね」

 「はあ〜?」

 「そういえば、コーセーさん。脚の傷は、どうですか」

 「え、起きたら治ってた……うわ。俺そういえば、エリーゼにお礼してねえよ浮かれてて」

 「エリーゼさんには、絶対に言わないでください」

 「なんっでだよ!」

 「それは……」

 「……」

 「私の口からは、とても……」

 「埒があかん。ネルネリ尋問官を呼ぼう」

 「呼んでもいいですが、今回ばかりは、なにも喋りませんからね!」

 「あ。ほんとにいた。ねえ、ご飯行こ」

 「ネルネリ!? おまえ、いいところに……ていうか、一人で外出を……!?」

 「キルフリードにここにいるって聞いた。なんかホテルの待合でうなってたよ」

 「えっこわっ」

 「コーセーさんのせいですよ!」

 「まさか俺は人類悪なのか?」

 「ね、なんの話?」

 「俺が言われのない罪を被せられ続けているという話。ダックスもキルフリードも、俺のせいで変だって」

 「へー」

 「興味なさそう」

 「なんで?」

 「秘密です」

 「だめ」

 「だめときましたか」

 「言わないと、痛みも感じられないよ」

 「『痛いよ』の倍ほど怖いわそれ」

 「コーセーさん助けてください! どうしても言いたくないんです!」

 「さーん」

 「カウントダウンの開始とともに……道路が爆発した……ネルネリお前、正気じゃないよ……“マジ”じゃん……『3』でこれならこの後どうなるんだよ……」

 「に」

 「わかりました!!」

 「弁償はダックスがしてね」

 「悪魔かこいつ」

 「言います。言います。でも、絶対に、悲しい気持ちにならないこと。特に、ネルネリさん」

 「え、ならないけど」

 「お前のそういうの大体フラグなんだよなぁ」

 「実は、コーセーさん。捨て子谷に潜った日、あなたは……」

 「え、ほんとに俺がなんかしてた?」

 「死んだんです」

 「……」

 「えっ?」

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