36話 コーセー②
1
街に着いて馬車を降りると、俺たちを待ち受けていたのは、仰々しいセレモニーだった。
派手な服に、貝殻を数珠繋ぎにした装飾をつけて、男も女も踊っている。それに月明かりが反射してテラテラしているのが、綺麗だ。
「すげー! 前々からしてみたかったのよ俺。『凱旋』ってやつを」
「ハッハ! あと九回はしてもらえる計算ですよ。コーセーさん!」
「うわそうじゃん! まだ十個中一個しかゲットしていないんじゃん。やべえ。昂ってきた。示してえ。俺という、存在を……!」
「そんなキャラだっけコーセー」
「いや、あんまり持ち上げられても怖いかも。正直」
「えっ怖いのはこっちなんだけど。急に冷めないで?」
「コーセーさん、場に酔うタイプですよね」
「ああ、自分がないんだ、コーセーって」
「そんなこと言うな。憐れむような目をやめろ」
ノリがいいという言葉が正しいと思う。
「あの、すみません皆さん、ここからは、別行動ということで……」
「え、なんで」
「ハッハ! 気が利かないですよコーセーさん! トギメイさんだって大人の男ですよ。人に言えない秘密の用事のひとつやふたつ、あるに決まっているじゃないですか!」
「その何か裏を仄めかすような言い方こそ気が利いていないと俺は声を大にして言いたい」
「ていうかお酒でしょ」
「まあ、はい」
「な……それなら私が注ぎますよ! どうして別行動なんて……」
「だってダックス様は……四六時中飲んでたじゃないですかあっ……!」
「あー」
ダックスは谷底から帰ってから、本当にずっと飲酒している。寝るか飲むかである。喋るときも食うときも手持ち無沙汰のときも、常時片手には瓶があった。トギメイさんからすると、見せつけられている気分だったわけだ。そういや確かにずっと、物欲しそうな顔をしていたな。
「やっぱ気が利いてないのはお前じゃねーか」
「そんな……私は……神父なのに……しかも、大人気の……」
「こんな奴ありがたがってるオロク教って、やっぱおかしいよね?」
「すぐ範囲の広い批判に持っていくのはやめようぜ……」
「オロク教がどうしました?」
「エリーゼだ」
「え、エリーゼさん……」
うわ出た、みたいな顔をしているネルネリ。気まずそうなダックス。こないだ怒られたからか、俺の陰で隠れて黙っているトギメイさん。
もう少し友好的にできないのかこいつら。
「お話中すみません。えっと、良ければ、ダックス様。また、教会にお祈りでも、どうかと思って……」
「うわ!! また!? 三回目じゃない!? 決闘の日も始まる前に行ってたじゃん!!」
え、その流れで一緒に観戦してたのかよ。ぜんぜん気にしてなかった。
「ネルネリさん。黙って」
「えっ……うん……」
「一体どういう関係性が構築されているんだ!?」
「いいですね。行きましょうか。ちょうど私も、なにかに縋りたい気分ですし」
「本当ですか! ありがとうございます!」
なんか……いい笑顔じゃない? いや、その、立派な人だっていうことは、こないだ話して分かったよ? でも、そんな顔するタイプだっけ。
「……行っちゃった」
「行っちゃったな。トギメイさんもどさくさに消えてるし」
俺とネルネリだけで、取り残された形である。
「とりあえずさ、飯食おう。ほら、保存食ばっかだったし、久々にうまいもん食いたいわ。な? 買ってくるよ俺」
「ううん」
「なによ」
「食べに行こ」
そう言いながらネルネリは、コートの内ポケットから、何かを取り出した。それは、一冊の本。題名は、「シタン帝国漫遊の手引き」である。慣れた手つきで付箋の挟まれたページを開き、赤丸が描かれたその箇所を指さした。
「ここがいい。カンカンズきたら絶対ここって決めてた」
「楽しむ気満々すぎるじゃん君」
思えば飲食店に入るのを怖がっていた頃から、ずいぶん進歩したものである。
2
店に到着し、ネルネリが指差す通りに店員に注文をして数分。
俺たちの目の前に現れたのは、綺麗に並べられたお魚の切り身。すなわちお造りであった。
「このお店ではねー、なんと!! じゃん!! お魚を切ったものを、生のまま食べられるんだよ!!」
「え、魚を、生で!?」
「そう。すごくない? そんな食べ方ってないよ! 普通、火を通すじゃん!」
「……ふふふ」
「なに?」
「クックック。はーはははー!! ネルネリくん。この、井の中の蛙!」
「知らない慣用句が出てきたけど馬鹿にされてることだけは分かる」
あ、異世界にはない言い回しか。
「俺の生まれた日本じゃあ、そんなのは超ポピュラーだったぜ。お刺身の先輩としてレクチャーしてやるよワハハハハ!」
「嫌なやつすぎる……」
「あのな、まず醤油で食うとしても、おいしいかけ方があるの。來夏に教わったんだけどな? 小皿に水たまり作るんじゃあだめ! 一枚一枚個別に……あれ、なにこれ」
「醤油でしょ?」
「……?」
「あれ、醤油も知らないの。魚と塩を……」
「あ、まじ?」
魚醤がメインカルチャーなのかよ……いや、俺の生まれた国があれだっただけで、地球でも世界的にはそうだったのか?
「油と塩で食うのがおすすめだよ!」
固まっている俺に、店員さんが、景気良い声で呼びかけてくれた。
イキって説明しようとしてこれは、相当イタい。ネルネリの顔が、もう決壊寸前である。
「ふふ」
「……」
「ふふふふ。せ、先輩として、れ、レクチャー……」
「……」
もう何も喋りたくないので、俺はさっそく、ひょいぱくと刺身に手を出してみた。
「うまっ」
「あ、ずるい!」
本当においしかった。キルフリードが、魚介がうまいと言っていたのも、頷ける。
それに、調味料こそ俺が昔食べた時と違うけれど、なんだか、懐かしい。
「そういえばさあ」
ネルネリが魚をつつきながら、切り出した。
「おう」
「このあと、どうするの?」
「どうするって、なにが」
「だって、コーセー。大聖女シエラは、ライカさんじゃないんでしょ?」
「うん。あれは違うわ」
「なんて書いてあったんだっけ」
「なんか、シズルムの仕組みを他で流用しようと思ったけど、無駄だった、みたいな」
「……なにもわからなくない? それだけだと」
「いや、だってそういう感じじゃないもん來夏は」
「でもそれ、コーセーの、故郷の字で書いてあったんでしょ?」
「そうだけど。日本語な」
「じゃあ、怪しいじゃん」
「怪しくないって」
「怪しいよ」
「お、ま、え、が、何を知ってるんだよ來夏のよー」
「何も知らない。でも、コーセーのことは知ってるよ」
「は?」
「シエラが思ったより変わった人だから、もし俺の大好きなライカさんと同一人物だったらやだな〜って思ってる」
「……」
図星だった。
「ほら」
「いやちが」
「でも、それでいいんじゃない。コーセーがそれで、自分の中で一区切りついたんだったら」
「……」
俺は、本当は、それでいいとは、思えていなかった。確かに、まだ客観的に見れば、可能性は死んでいない。大聖女シエラは、來夏なのか? その答えは得たい。
でも、積極的に向かっていくのは、不安だ。だって、シエラは、人の心をもいじくり回す、ばけものじゃないか。
だから、なあなあで今の状況を続けて……つまり、“十壊器”を集めるという命令に従っている中で、自然に、マイルドに、するりと、すれ違うように、最終結論を得たい。そう思っていた。
「私が言いたいのは、じゃあこれ以上、危ない目に遭う必要なんてないんじゃないのってこと」
「つまり」
つまり、とは答えたものの、つまりも何もない。正論だ。
「続ける? この旅」
「……じゃあ」
「じゃあ?」
「じゃあ、怪しいな」
「え!!」
「区切りなんてついてるわけねーだろ……すげえモヤモヤしてるわ……」
「あはは」
「あの……だから、な……」
こんな話をしてくるのだから、もしかしたら彼女こそが、もうこれっきり、終わりにしたいのかもしれない。そう思いながら、俯いたまま突き出したグラスに、ネルネリがまた、グラスをぶつけてくれた。
「かんぱい」
「……ネルネリ」
「うん?」
ネルネリは笑っていた。満足そうとも言える顔だった。
それはもしかすると、俺が下を向いている隙に、お造りを全部、食べたからなのかもしれなかった。それと……
「……」
「なに?」
その表情と、油で照っている唇が、そう、ちょっと、魅力的に見える。
「……これからも、よろしくな」
「いいよ」
そんなことは、当然、言えないが。
3
「ダックス殿! いるか!?」
「朝からなんだよ。ダックスならまだ寝てるぜ」
結局、昨日はエリーゼに遅くまで付き合って、その後一人でまた飲んでいた模様である。最近どうしたんだ、こいつ。
「なんだよ? キルフリード。昨日はずっとお祭りやってたのに、おまえ、引っ込んじゃってよー」
「私は仮にも領主だぞ。遠征していた分の仕事が溜まっていたのだ! それに、少々イレギュラーも起きてな……」
「イレギュラーって?」
「パンクレスが目覚めた」
「!」
俺と戦ったあと、ずっと意識不明だったあの男が、ちょうど俺たちの帰ってくる少し前に、目を覚ましていたというのである。
「つったって、死刑だろ?」
これまで一体、何人を殺してきたのか、というやつだ。そこのところは、逃れようがあるまい。
「……“十壊器”の情報を喋る代わりに、減刑を要求している」
「は!?」
「そして、ダックス殿を呼べとの要求なのだ。他の人間とは会話しないと」
「……」
「なので、悪いが、ダックス殿を……」
「代打で俺が行くよ」
「駄目だ。貴様は、奴への私怨があるだろう」
「あるよ」
名前を聞くだけで、まだむかつくぜ。
來夏のヘアピンをネルネリに渡した後、自問自答していた。
來夏に顔向けができない。來夏に助けてもらった都合。來夏なら。
そういうのを排して、考え直した。
パンクレスを逃してはいけなかった。俺がやるべきだった。そう思ったし、奴を黙らせたのは、ダックスに悲鳴を聞かせないためだった。
あいつはそれで、たぶん、同情する。もしかすると、許すかもしれない。
そのことが、不快なんだ。
だから、この展開は、すごく都合が悪い。
打算的な奴ならば、オロク教の神父であれば、温情をかけてもらえるかもしれない。それくらいは考えているだろう。ふざけるな。
「けど、あいつにとって、俺より怖いやつって、いないんじゃねえの?」
「恐怖を与えてなんになる。拷問でもするつもりか?」
「……」
場合によっては。
「コーセー。やはり、貴様とは会わせられん。その目は、貴様が、武器を持っている時の目だ」
「ちがう。冷静だよ」
「わかっている。だから、武器を持っている時と同じだと言っている」
「意味わかんねえこと言うなよキルフリード。とにかく、ダックスは行かせらんねえ。こいつ、酔っ払って判断能力なくなってるから」
「うぐ……それは……というかそれも、貴様が原因だろうに……」
「はあ!? なんで俺のせいにされなきゃいけねえんだよ人の不摂生を!」
「……ううん。おはようございます……どうしたのですか、朝から騒いで……」
「ダックス殿! 良かった! 起きてくれたか! 実はな────」
結局のところ俺は、留置所の外でダックスの帰りを待つことになった。情報は抜き取れ。でも絶対に減刑の要求は聞くな。それが、望みである。




