4話 ワカ・ディモシカ
1
「ね、ね、コーセー。あれ買ってきてよ。チットーレ」
「ええ〜〜〜〜また?さっき焼鳥食ってたじゃん。俺いらないよ。自分で買ってこいって。そもそもチットーレてなんだよ」
「いいから。買ってきて! コーセー。拒否権ないよ言っとくけど」
この野郎。
……とも言えず、俺は銅貨を握りしめ、すごすごと屋台に向かう。
現在、俺は命の恩人のネルネリと、御者のトギメイさんの三人とで、テータ・ディモシカさんの家へと向かう小旅行の途中である。トギメイさんはどうやら寡黙な人のようで、必然、俺はネルネリと二人で話し込む。
……しかしこの少女が、なかなかに癖のあるやつなのだ。
言われた通りに買ってきたものを掲げながら、馬車に戻る。
「たくよ。いっぺんぐらい自分で買ってきたっていいんじゃないの? ネルネリさんよ。大変なんだよ毎度。俺この国の字ィ読めないしさ、お金だって何がいくつでいくらか……ちょっとずつ分かってきたけども!」
「教育の賜物だね」
「あのなあ……そりゃおまえ、もちろん感謝はしてるよ? してるけどさでもさ。三日で十八回パシらせんのは、さすがにコキ使いすぎ。てか食べ過ぎ」
「魔法使うとお腹すくし」
「初めて会った時以来使ってるところを見てないんだが」
「そういうものだよコーセー。魔法使いじゃない人には分からないと思うけど、そういうもの。そういうものなの」
三回「そういうもの」を繰り返すその姿は、いっそ自分に言い聞かせているようだ。食べすぎの自覚ありじゃねえか。
「……まあいいや。で、これはなんなの? 買ってきたけどよ」
「え、チットーレを知らないの。あのチットーレを知らないとはお見それしました。異世界から来た人って常識なくて嫌だなあもう。そんなんだから私以外ついてきてくれないんだよ?」
この横暴かつ鋭利な物言い。元気いいね。
「一緒に来てもらっておいて本当に悪いんだけどそれは俺だけのせいではないっぽかったよ? 俺たち二人は何か偉い立場にいそうな方から平等に冷たい視線を送られていたよ」
これは全くの事実で、ネルネリが街を歩けば周囲は嫌な顔で陰口を叩いたし、俺がいわゆる「異能力」を持つ人間だと知ると、お役人はひどく怪訝な顔をした。彼らの対応ははっきり言って不快だったし、そういう背景があるので、いっそ他の同行者が最低限で良かったと思う。
「まあ、実を言うとそうなんだよね。私って嫌われてるから。はーあ」
大袈裟そうに言って見せたが目が笑っていない。こいつ本当に凹んでいるじゃないか。自分で振った話題で……面倒くせーな。
「ナーバスにならなくていいから。なんなのこれ。甘い匂いするけど」
「は? ちょうちょの卵でしょ。え、もしかしてちょうちょってわかんない?」
「いたよ蝶々くらい俺の世界でも……蝶々の卵!? これが!?」
俺は手元にある、握り拳大のピンク色のぷにぷにした塊を見て驚愕する。俺の知っている蝶々の卵と違いすぎる。そもそも見たことあったか怪しいが。ていうか食べんの? 蝶々の卵を? 昆虫食当たり前なの?
「ええ? なのに見てわかんないの。もしかして生物学の授業全部寝てたタイプ。あ、生物学なんてコーセーのいた世界にはなかった?」
「あんまり言うとあげないぞ」
「うそ、うそ、冗談だよ。冗談だってくらい察してよ」
わかってる上で癪に触っているのだけど……まあまあ。
「蝶々はいたけど。その卵がこんなサイズとは思わなかったんだよ。だってこんなだよ蝶々。その卵がさー」
俺は手指を使って元いた日本における、一般的な蝶の大きさをアピールする。
「ちっちゃくない? それたぶん違うやつだよ。ちょうちょだとおっきいのは三メートルくらいでしょ」
恐竜図鑑のスケール?
「なんというか、いやあ。ぜんぜんちがうなあ。俺、慣れる気しないわ」
言いながら馬車に乗り込み、ネルネリにチットーレの入った袋を渡す。礼を言うが早いが、中身を取り出したその顔は、非常にご機嫌そうだ。良くも悪くも感情表現が素直で、少し子供っぽいから憎みきれないというか、なんか言うこと聞いちゃうんだよなあ。
「はい! コーセーも一個たべよ」
「お腹いっぱいだって」
「まずは食べ物からだよ。慣れる気しない〜なんて泣き言言う前にさ」
はん、と鼻で笑う彼女。馬鹿にしくさって……しかし、一理ある。
「わかった。わかったよいただきます」
蝶々の卵を食べるの、本来なら超怖いんだけど。豪快にかぶりつくネルネリを見ると、そんな気持ちも紛れる。よし。一思いだ。
噛んだ瞬間。外皮がプチりと弾けて、甘いドゥルドゥルが溢れてくる。まるでそれは果実のようだった。シャインマスカットの中身がジュレになってるみたいな。言うなればそんな感じである。
「う、うまいっ……!!」
ふふんと自慢げな魔女殿。なんか敗北感だ。
「このあとも二箇所、ちっちゃい村を通るらしいから」
「はいはい」
「よろしくね!」
「はいはい!」
旅はあとまだ続く。少なくとも食に関しては、抵抗がなくなるまで、そう時間はかからなそうだ。
2
「なー。ネルネリさんよ。食いもんから、俺が元いた日本と、この、リブライト? の生活の違いにな。目を向けようと思ったわけです」
リブライトというのが、この世界の名前。世界に名前があるっていうのが、なんというか、実は新鮮なことだよな。
「うん。なに?」
ネルネリは面倒そうに俺に目をやる。食べる。分厚い本を読む。俺を小馬鹿にする。あと寝る。こいつのこの旅における行動はだいたいこの中のどれかである。で、今のように読書中に声をかけると、すごく気分が悪そうにする。ごめんって。ちなみに寝てる時はぜんぜん反応しないし起きない。こんな硬い椅子で、ガタガタ揺れる馬車で。なんであんなにグッスリできるんだ?
「テータさんの遺品にさ。こういう模様があったの」
俺はふと思い出した、彼の足甲にあった「チガウ」という文字について聞いてみる。この世界ではどういう意味があるものなのだろうか。
「あ〜それ? はー……うん詳しく知らないけど。安全祈願とか。そんな感じ。お守りだよね。オロク教って宗教で売られてる。たしか、えっと、なんか偉い聖女様が、世界中回ってる間にいろんなとこで残してたらしくて。だから」
なるほど。旅のお守りなのか。しかし、これが……俺と同じ世界から来た人の遺したものだとすれば、意味合いはぜんぜん、ありがたくない。なにを思って書いたのだろう。
「……その人も、俺と同じような転移者だったりするのかな」
「そうだったような。どうだったっけな。あんま興味ないんだよね。なんか信者どもウザいし」
心底に嫌そうな顔をした。なにやら事情がありそうだったが、突っ込むのはよしておこう。また別の機会。飯食ってると上機嫌だし、その時にでも……そんなことを思っていると、馬車が停まる。
「お、ついたみたい」
「ほら。はやく行こ」
ネルネリに促されるままに車を降りる。シャナイ村。俺の目の前で命を落とした出稼ぎの衛兵、テータ・ディモシカ氏のご自宅がある場所だ。
3
「本当にありがとうございます。息子をここまで送り届けてくださり、お金まで……」
テータ・ディモシカさんの母親、グースさんが、涙を流しながら何度も言う。
「いえ、お救いすることが出来ず申し訳ございませんでした。また、犯人を捕らえることもできず……」
ネルネリが沈痛な顔で答える。そう、結局あの後、パンクレスを捕えることはできなかった。また、テータさんの乗っていたと思われる、無惨に破壊された馬車の周辺には、二頭の馬の死骸と、損傷の激しい首無し死体があったらしい。その後ネルネリが上長に衛兵の配備を提案したが、実際に動いてくれるのかは分からないという。
総じて、この一件は、気持ち良いとは言えない幕引きであった。当然、彼らの遺族にとっても。
「……なんで?」
「なんで捕まえてくれなかったの!? お父さんまで死んじゃったのに! こんな!! 傷だらけでッ、こんな、なのに。こ、殺したやつはのうのう生きてるなんてさあ! おかしいじゃん!! 騎士なんでしょ!? なんでっ、追って、殺してくれればっ……!!」
「よしなさい!!」
ワカ・ディモシカ。彼の娘だ。机に両の拳を震えるほど押し付けて、下を向いて叫ぶ。その顔に浮かんだ表情は想像に難くない。グースさんが制そうとするけれど、どうだろう。中学生程度の年齢の子供には、あまりに重い現実。吐き出させてあげるべきとすら思える。
「それは……そうですね」
ネルネリはそれだけ言った。どうしてパンクレスを追えなかったか。単に事実を答えるなら、俺がいたからに他ならない。あの日の彼女の仕事は、異世界からの転移者を回収し、護衛することだった。その場で倒れた俺を放置することなどできなかったのだ。だから、ネルネリに落ち度はない。しかしそんなこと、被害者遺族に言えるだろうか。
「はやく、行ってきてよ。探してきてよ……お父さんを連れてきてくれた事には、感謝してます。でも、ごめんなさい。あんまり今は、冷静になれないです」
こちらに顔を上げた少女。まぶたは赤く腫れ、頬には何本もの雫の跡が残っている。しかしこの状況で、冷静になれないと自己申告するくらい分別があるなんて、むしろ大人すぎる。
「……ワカさん。テータさんが亡くなるところには、自分が立ち会いました。私は、無知な自分には出来ないと分かったうえで、ご遺体をここまで連れて帰るだなんて、嘘をついたんです」
少女の視線が俺に向く。
「……けれど、そんな素性も知らない私の言うことを、信じて……最期の言葉を託してくれたんです……あなたのことを案じていました。どんな形であれ、幸せになってくれればいい、と」
「……」
「きっと、父なら、そう言います」
思ったのと違う反応で、少したじろぐ。
「でも、きっとそう言ってくれるだろうなって、ことを、本当に言ってたんだなあって、確認できたことが、嬉しい……ごめんなさい。意味、わかんないですよね」
痛いほどわかる。死にかけた時、俺だってこう思った。「ライカだって、俺に死んでほしくないはずだ」。なんとも格好悪い考えだが、それをもし本人から言ってもらえたら。きっと心は満たされただろう。
「わかる」
声が上擦った。
「わかるよ……」
「あなたの嘘に、息子は救われていたと思いますよ。それに……この通り、本当になったではないですか」
「コーセーさん。ありがとうございました。……最期に父のそばにいてくれたのが、あなたで良かった」
その言葉で俺は、救われた気がした。




