32話 転換
1
ききいいいいいいいいいいぎゃああああああああああああああああ
二度目。
キルフリード様たちが下に潜ってから、二度目のシズルムの叫び。突入からは、まだ二十分そこそこ……? もう二時間は経ってる気分。時計が壊れている? いや……それだけ、緊張してる。きっと、全員。すでに尋常でない汗をかいているもの。気温のせいもあるだろうけど。
でも。中がどうなっているのか、気になる……!!
正直こっちも、余裕はない。ネルネリさんの失速が、あまりにも早すぎた。たぶんここに来るまでと、着いた時の魔法で、頑張りすぎていた。
ゴミ処理魔女の噂は、オロク教徒として私も聞いていた。つまり彼女はこの才能と研鑽された技術を、その仕事でしか使っていなかった。
限界を知る場所がなかったんだ。
「「「オオ!! オオ!! オオ!!」」」
団員たちは頑張ってくれてる。十八人がローテーションで守る形式も、上手くいっている。怪我人が出ても、私の回復魔法で現状問題ない。それになにより────
「中位炎魔法。“屍霊賢人”」
ネルネリさんが、やはりすごい。魔法の速さもコントロールも落ちているのに。なのに、一番襲撃が激しい谷の入口を、一人でカバーしてくれている。
「中位炎魔法……ああ゛ッめんどくさい!」
「ダメです! ネルネリさん!! 少しでも、頭の中だけで魔法を使うのをやめてください!」
火の玉を出して動かす、炎の塊をぶつける、など。簡単な部類の魔法を中心に使っているけれど、それでも、強い。脳への負担が小さくなるように、手指の動きや魔法名の宣言も交えている。微妙に徹底し切れていないけれど……
「あ」
外してる────
「────ッ『お護りください』!」
結界魔法。学術的には、エリアを区分することで侵入を阻む魔法。僧侶含む大体の光魔法使いは、これを「イメージし易く」するために、光の壁を模って発動する。
……故に、壊れる。目に見えぬ境界ではなく、目に見える「壁」として表出しているがために。
こちらを襲う魔獣二頭が激突する。それでひびが入り、次の攻撃行動によって、私の結界魔法は、割れるかどうか。そのくらい。
「任せろォ!!」
でも、乱戦で数秒の時間を稼ぐこと。それには価値がある。私は、だから……キルフリード様。こっちにいて良かったと思うのです。
「ありがとう。ダーナム」
「おうよ! 嬢ちゃんも、大丈夫かァ?」
「うん……」
魔獣を“地熱斧”で倒したのは、年長者のダーナム。彼がいて良かった。コーセーさんの交渉で全員、ネルネリさんに怖がっている様子を見せないよう、努めている。シズルムを持ち帰るという大目標があってのことだけれど、背中を預けて戦う。それくらいは受容している。
でも、“弑逆の戦火”を本当に恐れていないのは、ほんの一握り。彼はそのうちの一人で……生来の豪快な性格と、年頃の娘さんがいるからか……繊細な魔女とは、相性が良いのかも。
「うあああああああっ」
「!」
谷の方向から、来た方向に振り返る。そこには、馬車に乗っている時に現れた怪鳥と同種らしい魔獣。それが……団員の一名の脚を、踏みつけ、今にもくちばしで、上半身をつつこうとしていた。
だけど、そうはならない。
「低位炎魔法……“薄明”……」
魔女が、それの身体の七割程度を吹き飛ばしたからだ。
間にいる私や団員たちを、飛び越えて現れた炎によって。
遠隔発動? そんなことが可能なの? いや、違う。そんなことをして、また疲れが……
「おおお!!」
若く背の高い子が、残った残骸を弾き飛ばして、脚をやられた者を引きずってくる。
「ねえ。谷の方、ちょっといなくなるよ」
「……わかりました。皆さん!」
ここは任せる。任せる他ない。
まだ同じ巨鳥が五羽。上空から迫ってきている。
我々の持つ刻印器では、空からの攻撃への対抗策となり得ない。
そちらへ向かう魔女と逆……こっちに走ってくる何名かの顔は、一様に緊張で歪んでいた。
「みんな辛そうだね」
こちらを向かないままで、ここまでで最も激しい襲撃に臨む、疲れ切っているはずの彼女は言う。
「安心したらいいよ。まだコーセー生きてるし。あと二人も大丈夫じゃない?」
正直言って、自警団のみんなは自分のことでいっぱいいっぱいだったと思うけど。あと、なにが根拠かも分からないけど。
「いいこと言いますね」
2
はっきり言って泣きたいほど痛いが、そうもいかないよな。
「棘が出る時さ、パキパキって音がすんだよ。でも、気づいて即ジャンプしてこれ。けっこう余裕ないぜ」
ぱきぱきぱきっ
「あっ」
「なるほど」
「ああああああ!!」
現在地。ダメージを与えて崩れている竜の左後脚周辺から、ダックスと泥に包まれてぷかぷか浮いている俺は、後ろに移動する。というか俺に関しては、ダックスの操作で移動させられる。
俺が叫んだのは、その操作が少し間に合わず、手に持っていた斧が、地中から生える形で成形される途中の柱に、上手く飲み込まれてしまったからだ。
「気を抜いていたでしょ」
「お前のそばって落ち着くんだよ」
「調子のいいことを……しかし耳を澄ましていれば、なんとかかわせますね」
「しっかしこんなん続いたら、動く場所がなくなっちまうぜ」
ついさっきまでいた場所に、巨大な竜の頭よりも、さらに高い位置まで伸びた鋼の柱。それを見上げながらぼやく。その最中にも、例の音が耳に入る。
「せわしないですね!」
また後ろ方向に動くダックスと、動かされる俺。しかし、不思議な点がある……少し、考えたい。そう思うとほとんど同時で、大きな音が響く。
それは柱が傾いて────というか、倒れて。竜の背に激突した音だ。
「……キルフリードさん!」
“地熱槍”の熱で溶かし、“伝導者”の磁力で弾き飛ばす。その方法で、柱を武器に変えたんだ。
やるな。
それは大きなダメージを与えているようには見えなかったが、しかし、邪魔そうにしている。左脚が満足に動かない状態で、身体にあのサイズの物が寄りかかっている。さしもの竜にも、振り払う手段がすぐ用意できないのだ。
この隙に、ちょっと会議。
「なあ、ダックス。なんであいつ、こんな正確に俺を狙えると思う?」
「……?」
「ほら、あいつ、最初はこっちを睨んでたからさ。目で見て狙ったんだと思ってたのよ。でも今は、馬鹿みたいに生やした柱のせいで、たぶんこっちなんか見えてないだろ」
「それは、途中までは目視確認で、途中からは、地面の重みのようなもので判断しているのでは? ここまで自由に操れるのならば、そういう機能を果たしていてもおかしくない……いや、待ってください」
「コーセーさん、いま浮いてるじゃないですか」
「そうなんだよ」
現在、俺はダックスの操る泥に包まれて、浮いているのだ。
「これだけしっかり狙ってくるのなら、位置がバレているのは確実ですが……」
「たぶん、重さとかそういうので感知してるのは合ってんじゃん? でも、俺じゃなくてさ」
「……ああ! 私ですか? さっき、コーセーさんをこちらに近寄せたから。近くにいると踏んでいる」
「そう。たぶんそう」
「その説。かなりそれらしいですよコーセーさん」
「だろ!? だからさ、まず、俺をうーんと高くまで連れて行ってくれよ。あの竜から見えるくらい」
それで、あの竜に今まで通りの方法では、俺を狙い撃ちすることはできないと、知らせてやるのだ。
いやむしろ、最初の目で追う方式に戻させる。
よく分からない方法で察知されるよりも、理解できるやり方で補足される方が、よっぽど対応しやすいのだから。
……そう思った矢先。面倒なことが二つ起きた。
ひとつは、竜が鳴き声をあげながらも、立ち上がったこと。身体にもたれた柱が、そのためにごとりと地に落ちた。左足のかかとと膝に武器を貫通させたが、それは機能を絶ったわけではなく、痛みによって動きを縛っただけ。つまり、その傷が、我慢して動ける程度に、引いてきた。
ふたつ目は、なおも地面から突き出す柱。それが俺たちの周りではなく、もっと前方に現れたこと。つまり、キルフリードに、ターゲットが移ったということ。クソ。ちょっとちょっかい出されただけで。
3
コーセーが、狙われている。
共にいるダックス殿も、同時に危険に晒されている。
そんな中で、私だけが自由に動ける。悔しいが、相手にされていないからこそ。
何をするべきだ? 今のところ、二人はあの柱を避けることができている。しかし、決して安心はできない。先ほど、慢心した途端に視界に入ったコーセーの姿が、脳裏にこびりついて、離れない。それに、回避を続けたところで、勝利には繋がらない。むしろ、そこに魔力を費やすことは、戦闘においてはアドバンテージの小さい行為だ。少しずつ追い込まれていく。ジリ貧。竜の限界を待つ前に、ダックス殿の魔力がなくなる。それよりも先に、コーセーの命が尽きる。
この状況を変えること。
攻勢に打って出ること。
今! 私のすべきことは、それだ。
打開策を考えろ。地道に積み上げていくことが美徳なのだが……この時ばかりは、「一撃」が欲しい。
そして、やはり思う。
ダックス殿の『神器』に、賭ける他はない、と。
しかし、そうするにしても、隙を作らなくてはいけない。今コーセーを動かしているのが彼である以上、神器を抜き力を使い果たすということは、即ち三人中の二人が倒れることを意味している。
決定的な好機を生み出すこと。そのために、私の持つ二本の武器で出来ることを考えろ。
「!」
柱。
柱という、その巨大な質量に対して、上に長く伸びる形状がため、比較的力で干渉しやすい道具。
使える。
“地熱槍”で削り、“伝導者”で弾き飛ばせば。これを強力な武器として使える。
4
キルフリード・ルイユの作戦は考えた通りに成功していたが、問題は竜の怒りが、彼自身に向いてしまったこと。
“伝導者”を連続で発動し、地面と反発する加速装置として使うことで、なんとか地中から襲う鉄柱を避けていたが、それでは状況が変わったとは言い難い。
魔力を使ってなんとか避けている、という状況。そのままである。
むしろ、柱を武器として使うことができるキルフリードが狙われている現在、出来ることは減ってしまっているとも言えた。
しかし、二人の脳内では違う。
二人というのは、キルフリード・ルイユとダックス・ハルマンのことである。
彼らは共に、同じゴールを思い浮かべていた。
好機を作り、一撃にて終わらせる。
「コーセーさん」
「おう?」
「隠していたことがあります」
「……んだよ、こんな時に?」
「竜を、倒せるかもしれない必殺技があります」
「……今? そんなもんあるなら、早く言ってくれよな」
「できるだけ、使いたくなかったものですから」
「でも、使うだろ?」
康生は理由を聞く前に、そう言った。
「使えば、私の魔力は底をつきます。今みたいに、コーセーさんを運ぶことはできない。それに、もしかしたら、巻き添えを食うかもしれない。それほどに、強力で、危険な力です」
「でも、使うんだろ」
「使います」
ダックス・ハルマンは回想していた。
あの時も。あの時も。あの時も。
その剣を抜くことに、否定的な仲間はいなかったことを。
そうせざるを得ないならば、そうする。
それが戦場においての、共通認識だったことを。
そして、考える。今また、全く同じ状況を、繰り返している、と。
ならば、また同じ結果になるのではないのか、と。
「どの道、他に手はなさそうですからね」
「いや、違うだろ?」
「え?」
「やりようなんて色々あるけど、どうせなら派手に終わる方が気持ちいいから、そうするんだろ?」
最も重症で出来ることの少ない人間が、こんなことを宣ったために、神父の顔には、笑みが戻っていた。
「ハッハ! そうですね。コーセーさん!」




