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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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30/42

30話 熱

1


 二百八十八年前、初めて人間と邂逅した日から、百三十年。竜の脚が、完全に再生するまでの時間である。

 その間に生み出した術。身体から金属生命を生み出す力。

 それらが勝手に動き回ることで独圏(どっけん)は広がり、そして谷底に辿り着くものはいなくなった。

 さらに百五十年以上が経ち、ようやく。


 「名もなき竜よ」


 「我々の誇りのため……死んでもらう!!」


 竜は人語を解さない。しかし、キルフリードのその言葉は、自分の考えていることと同じ。そう、直感的に感じていた。


 竜は人心を解さない。屈辱を受けていたのは、自分だ。そう強く憤り、そしてもう一度吠えた。


 「コーセー。先にシズルムにマーキングしておけ。いつでも引き寄せていい。そして、私には鎧がある。ダックス殿。これは、貴方が持つべきだ」

 「い、いいんですか!? し、シズルムを!? “十壊器(じっかいき)”を!?」

 「あんま使うなよ。うるせーから」

 「まあまあ。命綱が増えたのは、いいことじゃないですか!」

 「とりあえず後ろ脚でも狙うか?」

 「特に関節部がいいだろう。さすがに多少は柔らかいはずだ」

 「かしこまりました。では」

 「作戦開始と行こう」


 三名が同時に走り出し、竜の背後へ向かう。彼らにとってまず第一の誤算。それは、そこにこそ、最大の武器があるということだった。


 「ダメだこれっ。尻尾……」


 数百の関節からなる、長大な尾。それ自体が硬い金属質の皮ふで覆われているだけでなく、鋭い棘が生えている。また最も殺傷能力に秀でるのは、先端部。球状に発達したその形状は、何度も何度も、大地や岩壁にぶつけた結果である。やはりびっしりと棘の生えそろったその部位は、さながらモーニングスターのようであった。そんな必殺の凶器が、先陣を切った康生を襲う。


 「“泥舟“」


 鞭のごとくしなる尻尾を比較的安全に止めるためには、どうすれば良いか?

 根本付近から初めて先端に向かうように、複数箇所を押さえること。

 ダックス・ハルマンはこの時、五つのポイントに泥の塊を設置し、威力を殺そうと試みる。


 「すみません、コーセーさん!」

 「いや、十分助かる」


 このダックスのフォローは、多少減速させる程度の結果であったが、しかし康生は、身を捩りながらのジャンプで、致命の一撃を回避。そして尻尾の上空を通り過ぎ様に、すかさず手を出す。


 “地熱剣(ネザーソード)“。

 名前の通り、“地熱槍(ネザーランス)“”地熱斧(ネザーアクス)“と同じシリーズの作品。


 「これ……効いてんのか?」


 それが通用しないということは、すなわち他の武器も効果が薄い、ということを意味する。

 康生はこの時、竜の生み出した眷属たる鉄の巨鳥を破った時と、同程度の魔力を込めていた。

 つけた傷を視認することなく着地した男が、背後にいる仲間へ確認をとった。


 「外皮は抉れている! だが……骨が折れるな、これは」


 道中の敵に対し、強度が圧倒的に高いというわけではない。しかし、竜の身体はあまりにも分厚く、巨大であった。

 同じ規模の傷をつけたとしても、与えられる影響の大きさは、全く異なる。


 その現実を見て持久戦を覚悟するキルフリードと、自らの持つ『神器』を強く握るダックス。そして、他の新たな方法を思案するコーセー。三者が三様に考えを巡らす中、竜もまた、思考していた。

 

 「違う」、と。


 周囲を必死に駆け回り、大して効きもしない攻撃を繰り返す男たち。

 自分の死角となりそうな後ろ脚の周囲に、簡単に避難する安全思考。

 それが自分の復讐したかった相手とは、次元の違う生き物だということに、気づき始めていた。


 要は、気持ちが冷めてきていたのだった。


 分身である金属生命体を離散させ、独力にて敵を討ち滅ぼさんとした竜。

 それが、想定していた死闘との乖離(かいり)に冷静さを取り戻す。

 このことが康生たちにとっては、大きく不利に働いたと言って良い。

 目の前の敵に興味を失った上位者が行うのは、単純かつ効率的な殺戮(さつりく)。数の暴力による圧殺である。


2


 ガシャガシャと下品な金属音がする。

 散らばった魔獣どもが、帰ってきていやがるのか? シズルムの叫びはとうに止んでいるけれど、だからなのかは分からないな。そもそも、竜の方で人払いをしたって可能性もあるし……いや、そうだとしたら今の状況は、コイツにとっても不都合……?


 「チ……」


 色々考えちゃいるが、上手い策が出てこないぜ。自重で壊すか、それとも内部から攻撃する? いや、雑魚敵は首を切っても中まで鉄だったからな。こいつも同じ可能性が高いか。ただ血管も脳も内臓も、なきゃ生き物として破綻しているわけだし。それら全部が金属製だとしても、内部を壊す攻撃を選んだ方が賢いのは、確かよな。斬っても薄皮しかめくれないなら、どっちかっていうと突き刺すイメージ。


 ただ、キルフリードの槍くらい長いならともかく、この剣じゃな。刺さったところで……


 いや。


 刺しちまえば、効かせられる。


 この剣も、ちとお洒落すぎるかと思ったが、そう考えると良いデザインな気がしてきたな。すらっと細身で、突っかかりがない。

 よく抜けそうだ。


 「コーセー?」


 ずぷり、と刀身を竜の脛に突き立て、そして前に走る。


 刻印器“地熱剣(ネザーソード)”。握って魔力を流すことで、熱を放つ剣。

 それを使っていて、ようやっと気付いたことがある。


 魔力には大小がある。


 思えば当然の話なのだが、つまり、込める魔力次第で、自分で威力をある程度、調整できるものなのだ。魔法も、刻印器も、そして《徴(ガルドル)》……異能も! 恥ずかしながら、今まで無意識だったぜ。気の抜けた場面ではそこそこ、戦ってる時は頑張る。その程度のスイッチしかなかったし。


 だから、俺は自分の『ワイアーム』という異能の、最小値も、最大値も、把握できていない。


 でも、マックスならけっこうやれるんじゃないかなって、思うんだよ。

 突き立てた武器を反対側から引き寄せて、竜の身体を貫通させるくらい。

 てかダックスやキルフリードと比べて、こんなに細くて華奢な腕してる俺が貢献するには、そんくらい出来なきゃ困る。

 剣自体が熱で溶かしてくれるしな。ただ握ってなきゃ段々と冷めちまうから、スピード勝負か。あと位置だな。できる限り真っ直ぐじゃなきゃ、最悪途中で剣が折れちまうかもしれん……それに、ホントはすぐ裏に引っ付いて発動したいけど、貫通してきた剣が俺の手に刺さるかもしれねえし、あと走って発動する方が、なんというかイメージ的に、強く引けそうな気がする。綱引きだって脚引きながらやるだろ。魔法式に手指の動きなんか絡められるわけだし、そういう細かい気遣いも魔力の出力に関わってくる……はず!


 そしてやっぱ、めいっぱい力入れんなら、外せないのがこれだよな。


 「お、お、お、おおおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺も、カンカンズの戦士を見習ってみるとするぜ。


3


 「無理!! キルフリード!! 槍で押し込んでくれ!!」

 「何をしているのかと思えば……そういうことか!!」


 初の全力『ワイアーム』。予想だと完璧に貫通して、もうこれ一本で終わらせてやるつもりだったんだけどな……たぶん竜の脚ン中……ぜんぶ金属だから、熱が奪われちゃったんだろな。

 けど、別に俺一人で出来なきゃダメってわけでもない。


 「ギ……!? アギャ……」


 このデカブツからすりゃあ、こんな剣。ヒトに対する爪楊枝とか、そんな程度だろうけど。


 じゃあ爪楊枝が脛にぶっ刺さって貫通したら、それ痛くないのかよ?


 想像したくないくらい痛えだろ。


 カア……ン!


 抜けたあとに弾道を操作した剣が、足下に突き刺さってきた。しょうがないけど持ち手ちょっと溶けてる……てかこれ、この赤いの。血……

 そう考えると同時に、竜の咆哮が……いや。


 悲鳴が、響き渡った。


 でも、達成感というより疲労感だな。これ何度繰り返したら殺せんだよ? 頭狙えりゃ最高だから……姿勢を崩すとこからが、最短ルートか。てかクソ、本気でやると、魔力使うのってこんな疲れんのな。一番不安なのは、そう、その魔力だよ。どんくらい残量があるんだかわからん。一度いっぱい使うとか、「量」の概念を自分ごとで考えんのも初めてだし。今まで尽きそうになったこともないしな。

 ま、体調で判断か────


 「コーセーさんッ!!」


 ……ああ、そうだった。いろいろ考え事してたのと、竜がうるさいので、ちょっと意識の外だったぜ。


 戻ってきてんだったな。こいつら……どうすんのよ。

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