30話 熱
1
二百八十八年前、初めて人間と邂逅した日から、百三十年。竜の脚が、完全に再生するまでの時間である。
その間に生み出した術。身体から金属生命を生み出す力。
それらが勝手に動き回ることで独圏は広がり、そして谷底に辿り着くものはいなくなった。
さらに百五十年以上が経ち、ようやく。
「名もなき竜よ」
「我々の誇りのため……死んでもらう!!」
竜は人語を解さない。しかし、キルフリードのその言葉は、自分の考えていることと同じ。そう、直感的に感じていた。
竜は人心を解さない。屈辱を受けていたのは、自分だ。そう強く憤り、そしてもう一度吠えた。
「コーセー。先にシズルムにマーキングしておけ。いつでも引き寄せていい。そして、私には鎧がある。ダックス殿。これは、貴方が持つべきだ」
「い、いいんですか!? し、シズルムを!? “十壊器”を!?」
「あんま使うなよ。うるせーから」
「まあまあ。命綱が増えたのは、いいことじゃないですか!」
「とりあえず後ろ脚でも狙うか?」
「特に関節部がいいだろう。さすがに多少は柔らかいはずだ」
「かしこまりました。では」
「作戦開始と行こう」
三名が同時に走り出し、竜の背後へ向かう。彼らにとってまず第一の誤算。それは、そこにこそ、最大の武器があるということだった。
「ダメだこれっ。尻尾……」
数百の関節からなる、長大な尾。それ自体が硬い金属質の皮ふで覆われているだけでなく、鋭い棘が生えている。また最も殺傷能力に秀でるのは、先端部。球状に発達したその形状は、何度も何度も、大地や岩壁にぶつけた結果である。やはりびっしりと棘の生えそろったその部位は、さながらモーニングスターのようであった。そんな必殺の凶器が、先陣を切った康生を襲う。
「“泥舟“」
鞭のごとくしなる尻尾を比較的安全に止めるためには、どうすれば良いか?
根本付近から初めて先端に向かうように、複数箇所を押さえること。
ダックス・ハルマンはこの時、五つのポイントに泥の塊を設置し、威力を殺そうと試みる。
「すみません、コーセーさん!」
「いや、十分助かる」
このダックスのフォローは、多少減速させる程度の結果であったが、しかし康生は、身を捩りながらのジャンプで、致命の一撃を回避。そして尻尾の上空を通り過ぎ様に、すかさず手を出す。
“地熱剣“。
名前の通り、“地熱槍“”地熱斧“と同じシリーズの作品。
「これ……効いてんのか?」
それが通用しないということは、すなわち他の武器も効果が薄い、ということを意味する。
康生はこの時、竜の生み出した眷属たる鉄の巨鳥を破った時と、同程度の魔力を込めていた。
つけた傷を視認することなく着地した男が、背後にいる仲間へ確認をとった。
「外皮は抉れている! だが……骨が折れるな、これは」
道中の敵に対し、強度が圧倒的に高いというわけではない。しかし、竜の身体はあまりにも分厚く、巨大であった。
同じ規模の傷をつけたとしても、与えられる影響の大きさは、全く異なる。
その現実を見て持久戦を覚悟するキルフリードと、自らの持つ『神器』を強く握るダックス。そして、他の新たな方法を思案するコーセー。三者が三様に考えを巡らす中、竜もまた、思考していた。
「違う」、と。
周囲を必死に駆け回り、大して効きもしない攻撃を繰り返す男たち。
自分の死角となりそうな後ろ脚の周囲に、簡単に避難する安全思考。
それが自分の復讐したかった相手とは、次元の違う生き物だということに、気づき始めていた。
要は、気持ちが冷めてきていたのだった。
分身である金属生命体を離散させ、独力にて敵を討ち滅ぼさんとした竜。
それが、想定していた死闘との乖離に冷静さを取り戻す。
このことが康生たちにとっては、大きく不利に働いたと言って良い。
目の前の敵に興味を失った上位者が行うのは、単純かつ効率的な殺戮。数の暴力による圧殺である。
2
ガシャガシャと下品な金属音がする。
散らばった魔獣どもが、帰ってきていやがるのか? シズルムの叫びはとうに止んでいるけれど、だからなのかは分からないな。そもそも、竜の方で人払いをしたって可能性もあるし……いや、そうだとしたら今の状況は、コイツにとっても不都合……?
「チ……」
色々考えちゃいるが、上手い策が出てこないぜ。自重で壊すか、それとも内部から攻撃する? いや、雑魚敵は首を切っても中まで鉄だったからな。こいつも同じ可能性が高いか。ただ血管も脳も内臓も、なきゃ生き物として破綻しているわけだし。それら全部が金属製だとしても、内部を壊す攻撃を選んだ方が賢いのは、確かよな。斬っても薄皮しかめくれないなら、どっちかっていうと突き刺すイメージ。
ただ、キルフリードの槍くらい長いならともかく、この剣じゃな。刺さったところで……
いや。
刺しちまえば、効かせられる。
この剣も、ちとお洒落すぎるかと思ったが、そう考えると良いデザインな気がしてきたな。すらっと細身で、突っかかりがない。
よく抜けそうだ。
「コーセー?」
ずぷり、と刀身を竜の脛に突き立て、そして前に走る。
刻印器“地熱剣”。握って魔力を流すことで、熱を放つ剣。
それを使っていて、ようやっと気付いたことがある。
魔力には大小がある。
思えば当然の話なのだが、つまり、込める魔力次第で、自分で威力をある程度、調整できるものなのだ。魔法も、刻印器も、そして《徴》……異能も! 恥ずかしながら、今まで無意識だったぜ。気の抜けた場面ではそこそこ、戦ってる時は頑張る。その程度のスイッチしかなかったし。
だから、俺は自分の『ワイアーム』という異能の、最小値も、最大値も、把握できていない。
でも、マックスならけっこうやれるんじゃないかなって、思うんだよ。
突き立てた武器を反対側から引き寄せて、竜の身体を貫通させるくらい。
てかダックスやキルフリードと比べて、こんなに細くて華奢な腕してる俺が貢献するには、そんくらい出来なきゃ困る。
剣自体が熱で溶かしてくれるしな。ただ握ってなきゃ段々と冷めちまうから、スピード勝負か。あと位置だな。できる限り真っ直ぐじゃなきゃ、最悪途中で剣が折れちまうかもしれん……それに、ホントはすぐ裏に引っ付いて発動したいけど、貫通してきた剣が俺の手に刺さるかもしれねえし、あと走って発動する方が、なんというかイメージ的に、強く引けそうな気がする。綱引きだって脚引きながらやるだろ。魔法式に手指の動きなんか絡められるわけだし、そういう細かい気遣いも魔力の出力に関わってくる……はず!
そしてやっぱ、めいっぱい力入れんなら、外せないのがこれだよな。
「お、お、お、おおおおおおおおおおおお!!!!!」
俺も、カンカンズの戦士を見習ってみるとするぜ。
3
「無理!! キルフリード!! 槍で押し込んでくれ!!」
「何をしているのかと思えば……そういうことか!!」
初の全力『ワイアーム』。予想だと完璧に貫通して、もうこれ一本で終わらせてやるつもりだったんだけどな……たぶん竜の脚ン中……ぜんぶ金属だから、熱が奪われちゃったんだろな。
けど、別に俺一人で出来なきゃダメってわけでもない。
「ギ……!? アギャ……」
このデカブツからすりゃあ、こんな剣。ヒトに対する爪楊枝とか、そんな程度だろうけど。
じゃあ爪楊枝が脛にぶっ刺さって貫通したら、それ痛くないのかよ?
想像したくないくらい痛えだろ。
カア……ン!
抜けたあとに弾道を操作した剣が、足下に突き刺さってきた。しょうがないけど持ち手ちょっと溶けてる……てかこれ、この赤いの。血……
そう考えると同時に、竜の咆哮が……いや。
悲鳴が、響き渡った。
でも、達成感というより疲労感だな。これ何度繰り返したら殺せんだよ? 頭狙えりゃ最高だから……姿勢を崩すとこからが、最短ルートか。てかクソ、本気でやると、魔力使うのってこんな疲れんのな。一番不安なのは、そう、その魔力だよ。どんくらい残量があるんだかわからん。一度いっぱい使うとか、「量」の概念を自分ごとで考えんのも初めてだし。今まで尽きそうになったこともないしな。
ま、体調で判断か────
「コーセーさんッ!!」
……ああ、そうだった。いろいろ考え事してたのと、竜がうるさいので、ちょっと意識の外だったぜ。
戻ってきてんだったな。こいつら……どうすんのよ。




