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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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29/42

29話 「最後の希望」

1


 「くるぞ!! 構えろ貴様らァ!!」


 俺たちが谷底に着地するとともに響いた“信壊(しんかい)”シズルムの「叫び声」。そしてこちらに向かってくる魔獣の津波。

 

 「ハッハ! さっきまでの静けさはただの偶然、あるいは前兆だった……ということでしょうか?」

 「ともかく、迎え撃つ……ん?」


 違和感がある。


 魔獣どもはこちらに向かってきている。しかし、俺たちには向かってきていない。そう見えたのだ。実際に、ダックスもキルフリードも、構えたまま止まっている。迎え撃とうにも、近くに来たやつらはすいと軌道を変えて、俺たちを避けていく。


 「なんだ? 何が起きている」

 「完全にやる気ないよなこいつら」

 「叫びをあげるシズルムから、逃げ出してきている。そのようには見えませんか?」

 「あ……なるほど。動物だって、いや動物の方が、効くよなこれは。俺らなんかより、よっぽど耳がいいんだし」

 「……効くのか? 生き物とはいえ、全身が金属で出来ているこいつらに?」

 「わ、わかんねー……」

 「作為を感じる。この先に行けばシズルムがあるぞ。そう歓迎しているかのような」

 「他所で“竜”とは二度ほど会ったことがありますが、かなり賢い生物ですから、あり得なくもないでしょうね。ただし」

 「分かっている。意図が隠されていようがそうでなかろうが、関係がない……目的のものがあるのなら、そこへ行くのみ!!」


 鈍い光沢をたたえた獣の群れに逆らって進んでいくと、それは案外、すぐに見つかった。

 

 青白い光の壁。


 その麓にある円形の大盾。

 それは薄平べったいパーツが何層にも重なった、ミルフィーユを思わせる作りをしていた。


 「なるほど! あの多重構造が衝撃を吸収するわけですね? そしてこの『壁』も……層と層の狭間から出ているようです!」

 「フン……忌まわしいが、それはそれとして……美しいな。戦時にキングリードの一撃を受け続けたとは思えん」

 「それどころか、こんな場所に放置されていたのに、汚れひとつついているように見えませんよ!」

 「しかしどうすっか。結局のとこ、奥のバケモン倒さねーといけないんだろ? あのバリア、一旦は解除しないといけないよな……」


 壁の向こうにいる、巨大な怪物。十メートルほどはあろうかという巨体。重厚な金属質の外皮。鎧と言って差し支えないそれに包まれた、四足を地につけた竜。その背からは鋭く巨大な、剣を思わせる棘が生えている。え、てか、あれ、なんか……


 「す、ステゴサウルス……!?」


 似ていた。恐竜図鑑で見た、太古の竜の姿に。より巨きく、より重く、より硬く、より鋭くはあったが、しかし、似ていた。


 「どうしたんですか? コーセーさん」

 「いや、なんつーか、懐かしい顔だと思ってよ」

 「……懐かしい顔、か。クク。そうだな……そう思う。奴に殺された先祖の血が、私の中で叫んでいる気すらする」

 「なんだか向こうも、こちらを凝視していませんか?」

 「……存外、こいつもこの時を待っていたのかもしれんな。檻が取り除かれる時を」


 思えば、こいつは「転移災害」。初めて出会う、自分以外の、別世界からの来訪者。

 人間ではないけれど、こいつにも「前の世界」がある。その記憶は今も残っているんだろうか?

 異世界転移する以前、人生の三分の一を病室で過ごした俺。異世界転移した後、三百年近くをこの閉塞地帯で過ごしたこいつ……


 ……いや、誰にだって事情があるなんて、当然のこと。人とバケモノだったら、俺は人の事情を取る。


 「キルフリード」

 「ああ」

 「取ってくれ」


 殺す。そして速やかに、ネルネリたちに合流する。


 「……!」

 「ハッハ! そしてその瞬間に、戦いの始まりですね!」

 「フ……」


 キルフリードが前へと進み、竜を睨みつけながら、盾の持ち手に手をかけた。


 「……」

 「コーセー」

 「おう」

 「ダックス殿」

 「はい」

 「カンカンズは、魚介がうまい」

 「……へえ。楽しみだな」


 亡国カンカンズ、その王家の末裔が、一族の悲願を叶えるために。恨みを晴らすために。“盾”への依存を、断ち切るために。


 「フンッ……!」


 壁から引き抜くように盾を取る。その瞬間に、こちらとあちらの仕切りはなくなる。


 叫び声は止み、そして代わりに、“竜”の咆哮が轟いた。


2


 私たちカンカンズ自警団の周囲を丸ごと覆うような規模の炎。それを自在に操り、簡単に魔獣の肉体を融解する魔女。ネルネリ・インヴィー。


 彼女の顔から笑みが消えたのは、いつだった?

 脚がふらつきだしたのは?

 振り上げる腕の位置が下がっていたのは?


 魔法にばかり目がいって、気づいていなかった。


 魔法の威力は落ちていない。ただその正確さが。速さが。メリハリが。失われてきている。


 魔力ではなく、それを使う脳に限界がきている。

 その証拠だった。


 「ネルネリさん!!」

 「大丈夫か!? 嬢ちゃん!」

 「エリーゼ……触んないでよ……」

 「倒れそうだから支えてあげてるんです!」

 「倒れそうじゃない」

 「グウウッ!!」

 「危ねえぜ!!」


 炎の隙間を縫って飛びかかってきた鉄の犬を、自警団員が二人がかりで受け止める。


 「ほら。いくらネルネリさんでも、全て一人でやるなんて無理ですよ。使う魔法を変えましょう? 中位か……下位の、比較的簡単な魔法。使えますよね!?」


 普通、こんなことはありえない。魔法は頭の中で式を組み発動する。つまり戦闘中の魔法使いは、動きながらずっと頭の中で計算問題を解いているような状態。けれど、それでも普通、魔力の方が先に尽きる。

 “地(ち)を喰(は)む拇印(ぼいん)”のような複雑な挙動をする魔法を多用していること。単純に持っている魔力が多すぎること。

 研ぎ澄ました技術と持って生まれた才能。その二つが合わさることで、彼女の体力をすり減らしている。


 だったら、使う魔法をもっと単純なものにすれば全て解決する。


 「やだ……これのが、強いじゃん……」

 「……!」


 「強い」ことは、きっと彼女の柱なのだと思う。

 団員達から、コーセーさんがネルネリさんに優しくするよう、触れ回っていたことを聞いている。彼女が馬車に籠っているのをいいことに。

 ……それが意味するのは、ネルネリさんは繊細な人間なのだ、ということ。十八歳の女の子なんだ。だから、「最強の魔女」というラベルで、自分を守っている。

 私たちの前で、それが剥がれてしまうのを、恐れている。


 「ネルネリさん」

 「なに! ……集中してるんだからっ……」


 見るからに集中できていない。目がとろんとしてきている。


 「精神魔法を使わせていただきます」

 「!!」

 「大聖女が使っていたようなものではないですよ。あんな芸当できませんし。ただの落ち着くやつ。馬にかけていたやつです」

 「嫌」

 「じゃあ言うこと聞いてください。私が指揮官です。ネルネリさん」


 魔法で人の意識に干渉する、なんて、忌避感がすごい。だからこそ、魔法を使わずに人を動かす。彼女が嫌がるであろう精神魔法の話題、これはただのフック。


 「言いましたよね、ネルネリさんのことを、守るって」

 「縛り付けることを、守るとは言わない」

 「キルフリード様に言われたから、守るとも」

 「……」

 「でも、本当はもう一つあるんですよ、理由」

 「……なに」

 「ネルネリさんが全部やってくれたら、私たち、今までと────シズルムに護られているのと、何も変わらないから」


 共感を誘う。

 対人コミュニケーションの部分でコーセーさんやダックス様に頼り切りのネルネリさんが、この数日間、彼らと離れて私たちの馬車にいた。ぎこちなく無愛想でぶっきらぼうでも、なんとなく会話しようとはしていた……と思われる。そんな貴方と、今シズルムを手に入れようとしている私たちは、同じ。そう訴えかける。


 「でも……」

 「縛り付けることを、守るとは言わないんでしょう?」

 「!」

 「自分でやりたいんですよ、私たち。もう何百年って、ずうっとフラストレーション溜めてるんです。ネルネリさん────貴方と、同じですね」

 「戦って、強さを証明したいんです」

 「……!」


 魔女の顔色が変わった隙に、視線で自警団の人間を動かす。少しの間、この人抜きで、頑張ってもらわないといけない。


 「でも、もちろんネルネリさんも、戦ってくれないと困りますよ。だから、長く保つように簡単な魔法を使えって言ってるんです。貴方も私にとっての、希望の一つですから」

 「希望」

 「知ってます? 『最後の希望』って、シズルムの異名。私、嫌いなんですよね。だって、希望なんて、最後に残った一つだけじゃ、ぜんぜん足りないですもん」


 ネルネリさんの肩を掴んで、話をする。

 こんなことをしている暇はないんだけど、こうしないと、言うことを聞かせられない。手間がかかる……!


 「コーセーさんが言ってましたよ。この世界に来てから、いろんな人と知り合って、相対的に、ライカさんの存在が小さくなるのが、悪いことみたいに感じるって」

 「……うん」

 「でも、どうですかね。私、前の世界でのあの人のことって知らないですけど、今の方が、よっぽど幸せなんじゃないかって思いますよ」

 「それは、元気になったから……」

 「違う」

 「じゃあ」

 「あなたたちに会ったからです。あなたにしか持たない感情があって。ダックス様としかできないことがあって。トギメイさんにしか言えないことがある。人間って、そうじゃないですか。自分のいろんな面を、ちょっとずついろんな人に預けるのが、健全じゃないですか」

 「ひとつのものに全てを押し付けるなんて、土台、無理があるんですよ」


 結果征服されたのが、この国だ。


 「だから、貴方もその魔法だけを信じないで。他の魔法や、私たちにも、少しずつ任せて……ください。その方が、絶対にいいから」


 「そうですよ姉御ォ!!」

 「バッチ来いよォー!!」

 「腕が鈍っちめェぜオイ!!」

 「た……頼りないよ」


 三下セリフすぎる……頑張って説得してるんだから、黙っててくださいよ。


 「頼れる一つより、頼りないいっぱいが良いって話。魔法もね。色んなのいっぱい、見せてみてくださいよ」


 魔女が目を見開き、何度か深く息をしたあとで、答えた。


 「……しょ……う……が……な……い……な〜〜〜〜〜」


 ネルネリさん。


 私の勝ちです。

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