29話 「最後の希望」
1
「くるぞ!! 構えろ貴様らァ!!」
俺たちが谷底に着地するとともに響いた“信壊”シズルムの「叫び声」。そしてこちらに向かってくる魔獣の津波。
「ハッハ! さっきまでの静けさはただの偶然、あるいは前兆だった……ということでしょうか?」
「ともかく、迎え撃つ……ん?」
違和感がある。
魔獣どもはこちらに向かってきている。しかし、俺たちには向かってきていない。そう見えたのだ。実際に、ダックスもキルフリードも、構えたまま止まっている。迎え撃とうにも、近くに来たやつらはすいと軌道を変えて、俺たちを避けていく。
「なんだ? 何が起きている」
「完全にやる気ないよなこいつら」
「叫びをあげるシズルムから、逃げ出してきている。そのようには見えませんか?」
「あ……なるほど。動物だって、いや動物の方が、効くよなこれは。俺らなんかより、よっぽど耳がいいんだし」
「……効くのか? 生き物とはいえ、全身が金属で出来ているこいつらに?」
「わ、わかんねー……」
「作為を感じる。この先に行けばシズルムがあるぞ。そう歓迎しているかのような」
「他所で“竜”とは二度ほど会ったことがありますが、かなり賢い生物ですから、あり得なくもないでしょうね。ただし」
「分かっている。意図が隠されていようがそうでなかろうが、関係がない……目的のものがあるのなら、そこへ行くのみ!!」
鈍い光沢をたたえた獣の群れに逆らって進んでいくと、それは案外、すぐに見つかった。
青白い光の壁。
その麓にある円形の大盾。
それは薄平べったいパーツが何層にも重なった、ミルフィーユを思わせる作りをしていた。
「なるほど! あの多重構造が衝撃を吸収するわけですね? そしてこの『壁』も……層と層の狭間から出ているようです!」
「フン……忌まわしいが、それはそれとして……美しいな。戦時にキングリードの一撃を受け続けたとは思えん」
「それどころか、こんな場所に放置されていたのに、汚れひとつついているように見えませんよ!」
「しかしどうすっか。結局のとこ、奥のバケモン倒さねーといけないんだろ? あのバリア、一旦は解除しないといけないよな……」
壁の向こうにいる、巨大な怪物。十メートルほどはあろうかという巨体。重厚な金属質の外皮。鎧と言って差し支えないそれに包まれた、四足を地につけた竜。その背からは鋭く巨大な、剣を思わせる棘が生えている。え、てか、あれ、なんか……
「す、ステゴサウルス……!?」
似ていた。恐竜図鑑で見た、太古の竜の姿に。より巨きく、より重く、より硬く、より鋭くはあったが、しかし、似ていた。
「どうしたんですか? コーセーさん」
「いや、なんつーか、懐かしい顔だと思ってよ」
「……懐かしい顔、か。クク。そうだな……そう思う。奴に殺された先祖の血が、私の中で叫んでいる気すらする」
「なんだか向こうも、こちらを凝視していませんか?」
「……存外、こいつもこの時を待っていたのかもしれんな。檻が取り除かれる時を」
思えば、こいつは「転移災害」。初めて出会う、自分以外の、別世界からの来訪者。
人間ではないけれど、こいつにも「前の世界」がある。その記憶は今も残っているんだろうか?
異世界転移する以前、人生の三分の一を病室で過ごした俺。異世界転移した後、三百年近くをこの閉塞地帯で過ごしたこいつ……
……いや、誰にだって事情があるなんて、当然のこと。人とバケモノだったら、俺は人の事情を取る。
「キルフリード」
「ああ」
「取ってくれ」
殺す。そして速やかに、ネルネリたちに合流する。
「……!」
「ハッハ! そしてその瞬間に、戦いの始まりですね!」
「フ……」
キルフリードが前へと進み、竜を睨みつけながら、盾の持ち手に手をかけた。
「……」
「コーセー」
「おう」
「ダックス殿」
「はい」
「カンカンズは、魚介がうまい」
「……へえ。楽しみだな」
亡国カンカンズ、その王家の末裔が、一族の悲願を叶えるために。恨みを晴らすために。“盾”への依存を、断ち切るために。
「フンッ……!」
壁から引き抜くように盾を取る。その瞬間に、こちらとあちらの仕切りはなくなる。
叫び声は止み、そして代わりに、“竜”の咆哮が轟いた。
2
私たちカンカンズ自警団の周囲を丸ごと覆うような規模の炎。それを自在に操り、簡単に魔獣の肉体を融解する魔女。ネルネリ・インヴィー。
彼女の顔から笑みが消えたのは、いつだった?
脚がふらつきだしたのは?
振り上げる腕の位置が下がっていたのは?
魔法にばかり目がいって、気づいていなかった。
魔法の威力は落ちていない。ただその正確さが。速さが。メリハリが。失われてきている。
魔力ではなく、それを使う脳に限界がきている。
その証拠だった。
「ネルネリさん!!」
「大丈夫か!? 嬢ちゃん!」
「エリーゼ……触んないでよ……」
「倒れそうだから支えてあげてるんです!」
「倒れそうじゃない」
「グウウッ!!」
「危ねえぜ!!」
炎の隙間を縫って飛びかかってきた鉄の犬を、自警団員が二人がかりで受け止める。
「ほら。いくらネルネリさんでも、全て一人でやるなんて無理ですよ。使う魔法を変えましょう? 中位か……下位の、比較的簡単な魔法。使えますよね!?」
普通、こんなことはありえない。魔法は頭の中で式を組み発動する。つまり戦闘中の魔法使いは、動きながらずっと頭の中で計算問題を解いているような状態。けれど、それでも普通、魔力の方が先に尽きる。
“地を喰む拇印”のような複雑な挙動をする魔法を多用していること。単純に持っている魔力が多すぎること。
研ぎ澄ました技術と持って生まれた才能。その二つが合わさることで、彼女の体力をすり減らしている。
だったら、使う魔法をもっと単純なものにすれば全て解決する。
「やだ……これのが、強いじゃん……」
「……!」
「強い」ことは、きっと彼女の柱なのだと思う。
団員達から、コーセーさんがネルネリさんに優しくするよう、触れ回っていたことを聞いている。彼女が馬車に籠っているのをいいことに。
……それが意味するのは、ネルネリさんは繊細な人間なのだ、ということ。十八歳の女の子なんだ。だから、「最強の魔女」というラベルで、自分を守っている。
私たちの前で、それが剥がれてしまうのを、恐れている。
「ネルネリさん」
「なに! ……集中してるんだからっ……」
見るからに集中できていない。目がとろんとしてきている。
「精神魔法を使わせていただきます」
「!!」
「大聖女が使っていたようなものではないですよ。あんな芸当できませんし。ただの落ち着くやつ。馬にかけていたやつです」
「嫌」
「じゃあ言うこと聞いてください。私が指揮官です。ネルネリさん」
魔法で人の意識に干渉する、なんて、忌避感がすごい。だからこそ、魔法を使わずに人を動かす。彼女が嫌がるであろう精神魔法の話題、これはただのフック。
「言いましたよね、ネルネリさんのことを、守るって」
「縛り付けることを、守るとは言わない」
「キルフリード様に言われたから、守るとも」
「……」
「でも、本当はもう一つあるんですよ、理由」
「……なに」
「ネルネリさんが全部やってくれたら、私たち、今までと────シズルムに護られているのと、何も変わらないから」
共感を誘う。
対人コミュニケーションの部分でコーセーさんやダックス様に頼り切りのネルネリさんが、この数日間、彼らと離れて私たちの馬車にいた。ぎこちなく無愛想でぶっきらぼうでも、なんとなく会話しようとはしていた……と思われる。そんな貴方と、今シズルムを手に入れようとしている私たちは、同じ。そう訴えかける。
「でも……」
「縛り付けることを、守るとは言わないんでしょう?」
「!」
「自分でやりたいんですよ、私たち。もう何百年って、ずうっとフラストレーション溜めてるんです。ネルネリさん────貴方と、同じですね」
「戦って、強さを証明したいんです」
「……!」
魔女の顔色が変わった隙に、視線で自警団の人間を動かす。少しの間、この人抜きで、頑張ってもらわないといけない。
「でも、もちろんネルネリさんも、戦ってくれないと困りますよ。だから、長く保つように簡単な魔法を使えって言ってるんです。貴方も私にとっての、希望の一つですから」
「希望」
「知ってます? 『最後の希望』って、シズルムの異名。私、嫌いなんですよね。だって、希望なんて、最後に残った一つだけじゃ、ぜんぜん足りないですもん」
ネルネリさんの肩を掴んで、話をする。
こんなことをしている暇はないんだけど、こうしないと、言うことを聞かせられない。手間がかかる……!
「コーセーさんが言ってましたよ。この世界に来てから、いろんな人と知り合って、相対的に、ライカさんの存在が小さくなるのが、悪いことみたいに感じるって」
「……うん」
「でも、どうですかね。私、前の世界でのあの人のことって知らないですけど、今の方が、よっぽど幸せなんじゃないかって思いますよ」
「それは、元気になったから……」
「違う」
「じゃあ」
「あなたたちに会ったからです。あなたにしか持たない感情があって。ダックス様としかできないことがあって。トギメイさんにしか言えないことがある。人間って、そうじゃないですか。自分のいろんな面を、ちょっとずついろんな人に預けるのが、健全じゃないですか」
「ひとつのものに全てを押し付けるなんて、土台、無理があるんですよ」
結果征服されたのが、この国だ。
「だから、貴方もその魔法だけを信じないで。他の魔法や、私たちにも、少しずつ任せて……ください。その方が、絶対にいいから」
「そうですよ姉御ォ!!」
「バッチ来いよォー!!」
「腕が鈍っちめェぜオイ!!」
「た……頼りないよ」
三下セリフすぎる……頑張って説得してるんだから、黙っててくださいよ。
「頼れる一つより、頼りないいっぱいが良いって話。魔法もね。色んなのいっぱい、見せてみてくださいよ」
魔女が目を見開き、何度か深く息をしたあとで、答えた。
「……しょ……う……が……な……い……な〜〜〜〜〜」
ネルネリさん。
私の勝ちです。




