26話 踏絵
1
「キルフリードさん」
「ダックス殿。どうした?」
「いえ、一杯どうかと」
「おお、ぜひ付き合おう……そういえば、ドドイデアには、戦の前に酒を飲む、酔狂な習慣があるのだったな」
「ハッハ! そうなんですよ。ただ矢張り、他所では良い顔をされませんからね。合同作戦の時は、こうして当日前に飲み溜めするんです」
「初めて聞く言葉だな。クク。エリーゼから聞いたのとは、ずいぶん違う人のようだ」
「おや、失望させてしまいましたかね?」
「いや、納得だ。あの連中を連れて旅する人間が、ただの立派な神父とは思えんからな」
「私のイメージ、やたら綺麗なんですよね。かなり手を汚してきた側だと思うのですが」
「ドドイデアでは、まだ……?」
「終わりませんよ。紛争は永劫続くでしょう。オロク教がある限り」
「……逃避か。酒を飲むのは。“化身”といえど、人の子……う。強いな」
「私の地元の酒です。これに固有種の胡椒を二振りかけて、一気飲みするのが、戦士の伝統」
「ククク……カンカンズでは、戦いの前には大声を出すのが騎士の伝統だ。単純だろう?」
「キルフリードさんに、そのイメージはないですけどね」
「偉ぶっているんだよ。領主だからな……ところで、ダックス殿」
「はい」
「飲みの席に、その大剣は似合わないだろう」
「ハッハ! いやいや、これを手放すなんて、出来ないんですよ」
「『神器』。“エンの鈍”、か……」
「ええ。大きな隙があれば、一撃で竜も殺せると思います」
「!」
「けれど、できる限り使いたくない」
「……理由を聞かせてもらっても?」
「魔力をあるだけ持っていかれる。一度使えば、私はダウンします」
「…」
「そして攻撃の範囲が広い。私はこの剣を使って、巻き添えで二人。味方を殺したことがあります」
「……そうか」
「だから、というのもありますが、これを解放して、身内の死ななかった日がないんです」
「偶然だろう、とは、言えないな」
「偶然ですよ。けれど神父ですから。ジンクスには弱い」
「使うつもりがないならば、なぜ言った?」
「全滅するくらいならば、使うからです。貴方にだけは、事前に伝えておこうかと」
「……そうか」
「誠意に感謝する。ダックス殿……ゔゔっ」
「あ……大丈夫ですか? 一気飲みして」
「クク……生きて帰った暁には、今度は、カンカンズの酒も飲み交わそうじゃないか?」
「あ……ではこちらは……また今度ということで……」
「持ってきているのか……」
2
馬車から出た後、私は盗み聞きして勝手に動揺していたトギメイさんを連れ、仕方なしに白髪男の元へ向かった。この人一応オロク教徒らしいのですが。もっと自覚を持ってほしいものです。
「あの……コーセーさん」
「あれ、エリーゼ? 服違うの新鮮」
「ステレオタイプの気が利く男みたいな反応しないでください」
自警団の若い男三人と雑談に興じている。なに人間関係を構築してるんですか……いや、私はさっき、ネルネリさんにこういう風にしてほしいと頼みに行ったんだった。危ない危ない。
「コーセーさん!」
「あれ、トギメイさん? 服違うの新鮮」
「いつも通りです」
「誰にでも言ってるんですかそれ?」
やっぱりこの人苦手です。キルフリード様は認めているけど。決闘の着地点の絵を描いたのはすごいと思うけど。軽薄で、調子の良い、顔だけ野郎。そして魔法をかけた時の反応。拒絶と抱擁。殴ってから優しくするようなものですあんなの。絶対に家庭内で暴力を振るうタイプじゃないですか。
「ともかく、話があるので向こうまでいいですか」
「ええ〜っエリーゼ様ぁ。今いいとこだったのにぃっ」
「……」
「なんでもないです」
「ごめんな? 俺抜けるけど、頼んだからな!」
「わかったよ、お前の頼みじゃなぁ」
渋る団員に理解をしてもらい、コーセーさんを人気のない場所に連れ出した。お前の頼みじゃ、って、こいつ。団員をかどわかすな。なんの約束を取り付けた。
気持ちを落ち着けた私が話し出そうとしたところで、わあっと言葉を吐き出したのは、トギメイさんだった。
「コーセーさん! ネルネリさんが、ぼくのことを守ってくれないかもしれないんですッ……!」
「え? 守るって言ってたよ?」
「なんだ、安心しました」
急に落ち着かないでくださいよ。
「『なんだ安心しました』じゃないです! 自警団員を守らないということは、彼らが死ぬ可能性が増える。結果、その度にトギメイさんを守る人も減るということです。もっと自分ごととして考えてください!」
「はわわ……え、エリーゼ様。申し訳ございませんッ……」
「あ、もしかしてネルネリに頼みに行ったの? 俺も昼に断られたばっかりなんだよな。踏絵するなら良いって言われたけど」
「できませんか?」
「お前、僧侶なんだよな?」
「すみません。コーセーさんの信仰だけは踏み躙ってなんぼと教えられているので」
「てきとうなこと言うな!」
さすがに苦しい嘘でしたか。
「おそろいでしょう?」
「おそろいじゃない。俺はそんなにてきとうなことばかりは言っていない」
言ってるだろ。
「言ってますよコーセーさん」
「トギメイさんまで!?」
「はあ。失礼しました。異教徒には容赦しないのがオロク教ですので」
「ダックスを交えて話そう」
「嫌です」
「即答じゃん。分かっているじゃねえか今の自分の理不尽さを」
「で、できますか?」
「いや、むり」
「ああっもうなんッなんですかこいつ!!」
「俺に非があるのか?」
「そもそも、なんです? コーセーさんが踏絵って。オロク教徒ではないんですよね」
「ああ、その話をすると長くなるんだけど。俺には常來夏という幼馴染がいて、彼女を信仰しているんだよ。俺が七年病床に臥せっている間、毎日のようにお見舞いを」
うわ、なんかペラペラ語り出したよ。
「ただあなたのことが好きだっただけでしょう」
「は!? ちげえーよもっと純粋で博愛的で天使のような」
やばい人じゃないですかこの人。
「ともかく、その……なに? ライカさん? への信仰を、裏切ることが、コーセーさんの言うことを聞く対価なんですね?」
「うん」
「独占欲じゃないですか?」
「は!? ちげえーよネルネリは……」
「……そうなのかな?」
「急に落ち着かないでくださいよ」
「このあいだ言われてましたよね。コーセーさんに知り合いが増える度に、自分の優先度が下がっていくって」
「うん。正直効いたよね。今なお痛む」
「だから、コーセーさんの中で一番優先順位が高いライカさんを裏切れ、と」
それは、とても身勝手なお願いに思えるけれど。ネルネリさんにとって壁の外の人間を助けるのは、それくらい嫌なことなのだろうか。
「……実はさあ」
「なんです?」
「俺がそれで、痛いところを突かれたと思ったのは、この世界に来て、ネルネリやダックス、トギメイやキルフリードに出逢って」
「來夏の存在が、俺の中で相対的に、小さくなって来ているかもって、思ったからなんだよ」
なるほど。
「最低ですね」
「え!?」
「あなたが本当にライカさんとやらを信仰しているなら、そんな事は考えなくて良いはずです」
「なにっ……」
「その人は、あなたの今の生を応援しているはずですから。むしろ、いつも頭の片隅に置きながら、たまに頼るくらいで。後は今目の前にいる人たちのことを想う。これこそが肝要なことだと、私は思います。一人の僧侶として……」
「……エリーゼ……!」
それらしいこと言ってみましたが、かなり刺さってないですか? ネルネリさんには通じなかったですが、私の弁舌も中々のものでしょう。
「いや、でも……」
「コーセーさん!」
「はい」
「……あなたの想うライカさんは、あなたがそうやって変わっていくことを、咎める人でしたか?」
「……馬鹿にすんなよ」
「そんなわけ、ないだろ……!」
完璧。
「では、ネルネリさんに……」
「わかったよ。俺からもういっぺん頼みに行くよ。踏絵……になるかは分かんねえけど。ちょっとは、來夏から離れる、勇気? っての、持たないといけないかもしれないからな」
「コーセーさん……」
「コーセーさん……」
「トギメイさん」
なんかこっちも目をうるうるさせてるけど。真似しないでくださいよ。
「ついでに『トギメイに夕飯馬車まで持ち帰らせるのやめろ』って、言ってきてくれませんか?」
「そこは頑張って自分で言おうよ……」
オロク教徒の、恥────!
3
馬車の扉が、三度ノックされた。
エリーゼ、また来た?
「コンニチハーネルネリサン! エリーゼデスー」
……まじか、こいつ。
「なにしてんの? コーセー」
「え? そんなに似てた?」
「似てないからすぐ分かったんだけど?」
「あー、そっちかあ」
「他になにがあんの」
「はは。はいこれ。今日カレーだってよ。お前、トギメイさんパシらせんのやめろよな? あと街に着いたら毎度俺をパシリに使うのもやめろ」
「ちくったんだ。これは減点だね……」
「謎のポイント制度が生まれている。別に貯めても何も嬉しいことがなさそうなのが怖い」
「加点はないから安心していいよ」
「すり減っていくだけなのかよ。ところで、昼の話だけど」
「どれ?」
「みんなを守ってほしいという話」
「うん」
「今からやる」
「え」
「踏絵だよ」
そう言ってコーセーは、ネックレスを、ライカさんからもらったと言って大切にしている、ヘアピンを、外した。
「……どう、する気?」
「……色々考えたんだけど、まあ色々考えたんだけど。お前に言われたこととか、色々な」
「……うん」
「俺は、ちょっと寄りかかりすぎてたと思って」
「そうだね。うるさいもんね。ライカさんがライカさんがって」
「そんなに言ってはないつもりだけど……でも、まあな」
「俺にとっては、大切なことだったんだよ」
「知ってるってば」
だから、それを、崩したくなる。
ライカさんが嫌なわけでもないけれど。構造が、気持ち悪い。
私とあなたが横並びでも、その上には、常に他の人間が仄めかされている。
その人は、もういないのに。
「……壊すわ。これ」
「駄目」
それを願っていたはずなのに、どうしてか、止めないといけない気がした。
4
「……止めたな」
「止めるよ」
「止めるなよ」
「……なんでそうなったの?」
「なんでって……」
コーセーが言い淀むのも当然で、私が言ったからだ。支離滅裂な人間に見えるだろう。
自分でも、なにがなんだかなのだから。
「……私が、ネックレスにしたんじゃん」
「……そっか。そうだよな……」
それは、相当、苦し紛れの発言だったが、コーセーは納得してくれたようである。
「……俺は今まで、頭の中の來夏に聞いて、色々行動してたんだけど」
「まあ、うん、知ってたけど……改めて聞くと……」
やっぱちょっときも……
「常にそれじゃあ、良くないなと」
「ん……」
それは確実にそうだと思う。
「あと、あんまり來夏を判断基準にし過ぎてて、ほぼ言い訳みたいに使ってることもあったなと」
「罰当たりじゃん」
「だから、そろそろ自立しなきゃとも思って……もうちょっと緩い案もあったんだけど……エリーゼにこっちにしろって言われて……」
「い、言いなり……」
ていうか、え。
「エリーゼ? なんで?」
「うーん……諭された? 説法っていうのかなァ」
かどわかされている。あの嘘つきに、完全に騙くらかされている。馬鹿じゃん。こいつ……
「……まあいいや。で、もう一個の案は?」
「え、聞いてくれる? 実はそれをすごく聞いてほしかったんだけど。えっと、ほら、いきなり完全には離れられないじゃん。で、だから、ちょっとずつちょっとずつ、という方針で行こうというものでして」
「まどろっこしいな」
なんなら女々しい。
「具体的に言うとな」
「うん」
「これ、持っててくれ」
「え!?」
それは、思ってもみない案だった。
「そんで、もうだめだ、絶対に死ぬってなったら、これを異能で引き寄せるから」
「はあ」
「で、お前がつく頃には死んでるから、後を頼むという。これなら、死ぬ前にしか、頼れないっていう、いい感じの離れ方になるかな、みたいな……」
「……」
死ぬ直前に、ライカさんに祈って、死んだ後は、私が燃やす。
……そっか。
「いまいちわからないけど……それでいいよ」
「マジ?」
「いい。いい。預かる。これで、交渉成立だね」
「あ……ありがとな……じゃあ……」
「はいはい。私がトギメイ以外も守ってあげる」
「はは、よかった〜。実は、トギメイさんとエリーゼさんからもせっつかれてさ」
「……説法って、絶対私に話つけるように頼むための嘘じゃん」
「おいおい。あの人はけっこういい人だぜ? 厳しさの中に、優しさがあるっていうかサァ」
「うわうわうわ最悪トリ肌立つ〜」
「え、ちなみにやるかやらないかって話しかしてないけど、できんの?」
「頼む側の発言じゃなさすぎない? 私を誰だと思ってんの」
「うーん?」
「ここはちょうどいい林だね」
「あ……もうだめだ……」
コーセーはそういって、私が手に持っているヘアピンを、『ワイアーム』で引き寄せてきた。
「ぜんぜん離れられてないじゃん!!」




