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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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26/42

26話 踏絵

1


 「キルフリードさん」

 「ダックス殿。どうした?」

 「いえ、一杯どうかと」

 「おお、ぜひ付き合おう……そういえば、ドドイデアには、戦の前に酒を飲む、酔狂な習慣があるのだったな」

 「ハッハ! そうなんですよ。ただ矢張(やは)り、他所では良い顔をされませんからね。合同作戦の時は、こうして当日前に飲み溜めするんです」

 「初めて聞く言葉だな。クク。エリーゼから聞いたのとは、ずいぶん違う人のようだ」

 「おや、失望させてしまいましたかね?」

 「いや、納得だ。あの連中を連れて旅する人間が、ただの立派な神父とは思えんからな」

 「私のイメージ、やたら綺麗なんですよね。かなり手を汚してきた側だと思うのですが」

 「ドドイデアでは、まだ……?」

 「終わりませんよ。紛争は永劫続くでしょう。オロク教がある限り」

 「……逃避か。酒を飲むのは。“化身”といえど、人の子……う。強いな」

 「私の地元の酒です。これに固有種の胡椒を二振りかけて、一気飲みするのが、戦士の伝統」

 「ククク……カンカンズでは、戦いの前には大声を出すのが騎士の伝統だ。単純だろう?」

 「キルフリードさんに、そのイメージはないですけどね」

 「偉ぶっているんだよ。領主だからな……ところで、ダックス殿」

 「はい」

 「飲みの席に、その大剣は似合わないだろう」

 「ハッハ! いやいや、これを手放すなんて、出来ないんですよ」

 「『神器』。“エンの鈍(なまくら)”、か……」

 「ええ。大きな隙があれば、一撃で竜も殺せると思います」

 「!」

 「けれど、できる限り使いたくない」

 「……理由を聞かせてもらっても?」

 「魔力をあるだけ持っていかれる。一度使えば、私はダウンします」

 「…」

 「そして攻撃の範囲が広い。私はこの剣を使って、巻き添えで二人。味方を殺したことがあります」

 「……そうか」

 「だから、というのもありますが、これを解放して、身内の死ななかった日がないんです」

 「偶然だろう、とは、言えないな」

 「偶然ですよ。けれど神父ですから。ジンクスには弱い」

 「使うつもりがないならば、なぜ言った?」

 「全滅するくらいならば、使うからです。貴方にだけは、事前に伝えておこうかと」

 「……そうか」

 「誠意に感謝する。ダックス殿……ゔゔっ」

 「あ……大丈夫ですか? 一気飲みして」

 「クク……生きて帰った暁には、今度は、カンカンズの酒も飲み交わそうじゃないか?」

 「あ……ではこちらは……また今度ということで……」

 「持ってきているのか……」


2


 馬車から出た後、私は盗み聞きして勝手に動揺していたトギメイさんを連れ、仕方なしに白髪男の元へ向かった。この人一応オロク教徒らしいのですが。もっと自覚を持ってほしいものです。


 「あの……コーセーさん」

 「あれ、エリーゼ? 服違うの新鮮」

 「ステレオタイプの気が利く男みたいな反応しないでください」


 自警団の若い男三人と雑談に興じている。なに人間関係を構築してるんですか……いや、私はさっき、ネルネリさんにこういう風にしてほしいと頼みに行ったんだった。危ない危ない。


 「コーセーさん!」

 「あれ、トギメイさん? 服違うの新鮮」

 「いつも通りです」

 「誰にでも言ってるんですかそれ?」


 やっぱりこの人苦手です。キルフリード様は認めているけど。決闘の着地点の絵を描いたのはすごいと思うけど。軽薄で、調子の良い、顔だけ野郎。そして魔法をかけた時の反応。拒絶と抱擁。殴ってから優しくするようなものですあんなの。絶対に家庭内で暴力を振るうタイプじゃないですか。


 「ともかく、話があるので向こうまでいいですか」

 「ええ〜っエリーゼ様ぁ。今いいとこだったのにぃっ」

 「……」

 「なんでもないです」

 「ごめんな? 俺抜けるけど、頼んだからな!」

 「わかったよ、お前の頼みじゃなぁ」


 渋る団員に理解をしてもらい、コーセーさんを人気のない場所に連れ出した。お前の頼みじゃ、って、こいつ。団員をかどわかすな。なんの約束を取り付けた。

 気持ちを落ち着けた私が話し出そうとしたところで、わあっと言葉を吐き出したのは、トギメイさんだった。


 「コーセーさん! ネルネリさんが、ぼくのことを守ってくれないかもしれないんですッ……!」

 「え? 守るって言ってたよ?」

 「なんだ、安心しました」


 急に落ち着かないでくださいよ。


 「『なんだ安心しました』じゃないです! 自警団員を守らないということは、彼らが死ぬ可能性が増える。結果、その度にトギメイさんを守る人も減るということです。もっと自分ごととして考えてください!」

 「はわわ……え、エリーゼ様。申し訳ございませんッ……」

 「あ、もしかしてネルネリに頼みに行ったの? 俺も昼に断られたばっかりなんだよな。踏絵するなら良いって言われたけど」

 「できませんか?」

 「お前、僧侶なんだよな?」

 「すみません。コーセーさんの信仰だけは踏み躙ってなんぼと教えられているので」

 「てきとうなこと言うな!」


 さすがに苦しい嘘でしたか。


 「おそろいでしょう?」

 「おそろいじゃない。俺はそんなにてきとうなことばかりは言っていない」


 言ってるだろ。


 「言ってますよコーセーさん」

 「トギメイさんまで!?」

 「はあ。失礼しました。異教徒には容赦しないのがオロク教ですので」

 「ダックスを交えて話そう」

 「嫌です」

 「即答じゃん。分かっているじゃねえか今の自分の理不尽さを」

 「で、できますか?」

 「いや、むり」

 「ああっもうなんッなんですかこいつ!!」

 「俺に非があるのか?」

 「そもそも、なんです? コーセーさんが踏絵って。オロク教徒ではないんですよね」

 「ああ、その話をすると長くなるんだけど。俺には常來夏(とこしえらいか)という幼馴染がいて、彼女を信仰しているんだよ。俺が七年病床に臥せっている間、毎日のようにお見舞いを」


 うわ、なんかペラペラ語り出したよ。


 「ただあなたのことが好きだっただけでしょう」

 「は!? ちげえーよもっと純粋で博愛的で天使のような」


 やばい人じゃないですかこの人。


 「ともかく、その……なに? ライカさん? への信仰を、裏切ることが、コーセーさんの言うことを聞く対価なんですね?」

 「うん」

 「独占欲じゃないですか?」

 「は!? ちげえーよネルネリは……」

 「……そうなのかな?」

 「急に落ち着かないでくださいよ」

 「このあいだ言われてましたよね。コーセーさんに知り合いが増える度に、自分の優先度が下がっていくって」

 「うん。正直効いたよね。今なお痛む」

 「だから、コーセーさんの中で一番優先順位が高いライカさんを裏切れ、と」


 それは、とても身勝手なお願いに思えるけれど。ネルネリさんにとって壁の外の人間を助けるのは、それくらい嫌なことなのだろうか。


 「……実はさあ」

 「なんです?」

 「俺がそれで、痛いところを突かれたと思ったのは、この世界に来て、ネルネリやダックス、トギメイやキルフリードに出逢って」

 「來夏の存在が、俺の中で相対的に、小さくなって来ているかもって、思ったからなんだよ」


 なるほど。


 「最低ですね」

 「え!?」

 「あなたが本当にライカさんとやらを信仰しているなら、そんな事は考えなくて良いはずです」

 「なにっ……」

 「その人は、あなたの今の生を応援しているはずですから。むしろ、いつも頭の片隅に置きながら、たまに頼るくらいで。後は今目の前にいる人たちのことを想う。これこそが肝要なことだと、私は思います。一人の僧侶として……」

 「……エリーゼ……!」


 それらしいこと言ってみましたが、かなり刺さってないですか? ネルネリさんには通じなかったですが、私の弁舌も中々のものでしょう。


 「いや、でも……」

 「コーセーさん!」

 「はい」

 「……あなたの想うライカさんは、あなたがそうやって変わっていくことを、咎める人でしたか?」

 「……馬鹿にすんなよ」

 「そんなわけ、ないだろ……!」


 完璧。


 「では、ネルネリさんに……」

 「わかったよ。俺からもういっぺん頼みに行くよ。踏絵……になるかは分かんねえけど。ちょっとは、來夏から離れる、勇気? っての、持たないといけないかもしれないからな」

 「コーセーさん……」

 「コーセーさん……」

 「トギメイさん」


 なんかこっちも目をうるうるさせてるけど。真似しないでくださいよ。


 「ついでに『トギメイに夕飯馬車まで持ち帰らせるのやめろ』って、言ってきてくれませんか?」

 「そこは頑張って自分で言おうよ……」


 オロク教徒の、恥────!


3


 馬車の扉が、三度ノックされた。


 エリーゼ、また来た?


 「コンニチハーネルネリサン! エリーゼデスー」


 ……まじか、こいつ。


 「なにしてんの? コーセー」


 「え? そんなに似てた?」

 「似てないからすぐ分かったんだけど?」

 「あー、そっちかあ」

 「他になにがあんの」

 「はは。はいこれ。今日カレーだってよ。お前、トギメイさんパシらせんのやめろよな? あと街に着いたら毎度俺をパシリに使うのもやめろ」

 「ちくったんだ。これは減点だね……」

 「謎のポイント制度が生まれている。別に貯めても何も嬉しいことがなさそうなのが怖い」

 「加点はないから安心していいよ」

 「すり減っていくだけなのかよ。ところで、昼の話だけど」

 「どれ?」

 「みんなを守ってほしいという話」

 「うん」

 「今からやる」

 「え」

 「踏絵だよ」


 そう言ってコーセーは、ネックレスを、ライカさんからもらったと言って大切にしている、ヘアピンを、外した。


 「……どう、する気?」

 「……色々考えたんだけど、まあ色々考えたんだけど。お前に言われたこととか、色々な」

 「……うん」

 「俺は、ちょっと寄りかかりすぎてたと思って」

 「そうだね。うるさいもんね。ライカさんがライカさんがって」

 「そんなに言ってはないつもりだけど……でも、まあな」

 「俺にとっては、大切なことだったんだよ」

 「知ってるってば」


 だから、それを、崩したくなる。

 ライカさんが嫌なわけでもないけれど。構造が、気持ち悪い。

 私とあなたが横並びでも、その上には、常に他の人間が仄めかされている。

 その人は、もういないのに。


 「……壊すわ。これ」

 「駄目」


 それを願っていたはずなのに、どうしてか、止めないといけない気がした。


4


 「……止めたな」

 「止めるよ」

 「止めるなよ」

 「……なんでそうなったの?」

 「なんでって……」


 コーセーが言い淀むのも当然で、私が言ったからだ。支離滅裂な人間に見えるだろう。

 自分でも、なにがなんだかなのだから。


 「……私が、ネックレスにしたんじゃん」

 「……そっか。そうだよな……」


 それは、相当、苦し紛れの発言だったが、コーセーは納得してくれたようである。


 「……俺は今まで、頭の中の來夏に聞いて、色々行動してたんだけど」

 「まあ、うん、知ってたけど……改めて聞くと……」


 やっぱちょっときも……


 「常にそれじゃあ、良くないなと」

 「ん……」


 それは確実にそうだと思う。


 「あと、あんまり來夏を判断基準にし過ぎてて、ほぼ言い訳みたいに使ってることもあったなと」

 「罰当たりじゃん」


 「だから、そろそろ自立しなきゃとも思って……もうちょっと緩い案もあったんだけど……エリーゼにこっちにしろって言われて……」

 「い、言いなり……」


 ていうか、え。


 「エリーゼ? なんで?」

 「うーん……諭された? 説法っていうのかなァ」


 かどわかされている。あの嘘つきに、完全に騙くらかされている。馬鹿じゃん。こいつ……


 「……まあいいや。で、もう一個の案は?」

 「え、聞いてくれる? 実はそれをすごく聞いてほしかったんだけど。えっと、ほら、いきなり完全には離れられないじゃん。で、だから、ちょっとずつちょっとずつ、という方針で行こうというものでして」

 「まどろっこしいな」


 なんなら女々しい。


 「具体的に言うとな」

 「うん」

 「これ、持っててくれ」

 「え!?」


 それは、思ってもみない案だった。


 「そんで、もうだめだ、絶対に死ぬってなったら、これを異能で引き寄せるから」

 「はあ」

 「で、お前がつく頃には死んでるから、後を頼むという。これなら、死ぬ前にしか、頼れないっていう、いい感じの離れ方になるかな、みたいな……」

 「……」


 死ぬ直前に、ライカさんに祈って、死んだ後は、私が燃やす。

 ……そっか。


 「いまいちわからないけど……それでいいよ」

 「マジ?」

 「いい。いい。預かる。これで、交渉成立だね」

 「あ……ありがとな……じゃあ……」

 「はいはい。私がトギメイ以外も守ってあげる」

 「はは、よかった〜。実は、トギメイさんとエリーゼさんからもせっつかれてさ」

 「……説法って、絶対私に話つけるように頼むための嘘じゃん」

 「おいおい。あの人はけっこういい人だぜ? 厳しさの中に、優しさがあるっていうかサァ」

 「うわうわうわ最悪トリ肌立つ〜」

 「え、ちなみにやるかやらないかって話しかしてないけど、できんの?」

 「頼む側の発言じゃなさすぎない? 私を誰だと思ってんの」

 「うーん?」

 「ここはちょうどいい林だね」

 「あ……もうだめだ……」


 コーセーはそういって、私が手に持っているヘアピンを、『ワイアーム』で引き寄せてきた。


 「ぜんぜん離れられてないじゃん!!」


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