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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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25/42

25話 内と外

1


 「では、事前に必要な確認事項はここまでとして。具体的な作戦を発表する……まずもって今回、我々は二手に分かれる必要がある」

 「そうですよね」

 「そうなの? トギメイさん」

 「はい。捨て子谷の攻略と言っても、谷の外も魔獣がいるという話ですし。中に潜入する者と、外で馬車を防衛しつつ待つ者とが必要になります」

 「独圏(どっけん)とやらの外で待ってれば?」

 「三キロメートルあるんですよ、コーセーさん。魔獣を掻い潜って、谷まで行く自信あります? そのあと谷に入って竜と戦う元気が残っていますか?」


 ダックスの指摘が刺さる。


 「んなこと言ったって、馬車に乗って危険地帯を三キロ行くのも十分危険だろ」

 「ネルネリさんがいるじゃないですか」


 俺とトギメイさんの視線が、隅っこの魔女に向く。


 「すっごい良い笑顔……」

 「嬉しそうすぎる」

 「任せなよ。私なら鉄なんか余裕で消し炭にできるんだから。なんなら独圏(どっけん)ごと焼き尽くしちゃおっか?」

 「いえ、独圏(どっけん)は魔力の影響を受け辛い状況になっていますから、いくらネルネリさんでも、その空間自体を破壊することは難しいでしょう」


 《徴(ガルドル)》を刻まれたモノの魔力は、強く固定し変化を拒むようになる。そういえばそんなことも、魔犬の時に言ってたな。


 「えーそうなの? まあいいや。竜を倒せば独圏(どっけん)はなくなるんだもんね。私なら一撃で……」

 「谷底でそんな炎を出したら、全員酸欠で死んでしまいますよ! ハッハ!」

 「え゛……」

 「ネルネリ殿。トギメイ殿。エリーゼ。そして攻略部隊隊員十八名! 諸君は谷の上で馬車の防衛をしつつ、帰りを待っていてくれ!!」

 「フリーズしてる……てあれ? てことはあれか?」

 「ダックス殿。コーセー殿。そして私の三人が、谷底に居るという“竜”。それを破り、必ずや“信壊(しんかい)”シズルムを持ち帰るッ!!」

 「俺っていっつも矢面に立ってない?」

 「いいじゃないですか。それより知っていますか? 竜って最初に発見した人が名前をつけられるんです。大聖女シエラは名付けをしていないようですし……私も、名もなき竜に会うのは初めてです!」

 「ほんと楽しそうだね」

 「『天龍(てんりゅう)ハバク』。『臨海竜(りんかいりゅう)オケアノード』。『デスポイズンヘルフレアドラグーン』。歴史に残るドラゴンたち! その並びに、私たちの討ち果たした竜の名前が……」


 ふ、震えている。歓喜に打ち震えている。旅に出る前に本性がバレかねないだろこれ。隠したいんじゃなかったのか!? ていうか、『デスポイズンヘルフレアドラグーン』って、どこかで……


 「見てみたかった。ドラゴン……」


 ネルネリ。お前……名前をつける時に歴史から引用するタイプだったのかよ。


 「キルフリード様。私は、中に行かなくても良いのですか……?」


 たしかに。エリーゼはこっちチームの方がいいんじゃないか? ネルネリがいたら上はなんとかなるだろ。


 「お前までいなくなって、誰が指揮を取る。大体、竜との戦闘の中で回復を挟めるのか? 僧侶の魔法は魔法使いの魔法とは違うだろう」

 「僧侶の魔法は儀式的な要素が強いから。たとえば回復魔法でも、立ってる相手にかけるのと、寝てる相手にかけるのとじゃ、結果はぜんぜん違う」


 エリーゼさんを指差してネルネリの方を見ると、すらすら解説してくれる。魔法に関しては物知りなんだよな。


 「戦いの中で回復魔法を使える人間は、かなり少ないですからね。そもそもの話、竜からの攻撃を受ければ即死という線もありますから。回復の意義があるのかすら怪しい」

 「ですが、結界魔法も……」

 「私の槍で破れる強度だ。竜には効くまい」

 「……」


 おお。キルフリードからも同じようなこと言われてる。


 「だが、魔獣相手ならば、極めて有効なはずだ」

 「……キルフリード様」

 「馬車を守り通し待っていてくれ。そのために、お前は上にいるんだ」

 「……はい」

 「コーセー。ダックス殿」

 「うん?」

 「はい」


 キルフリードがこちらへ向き直る。こいつの中じゃ今ので話は終わりなんだろうが、エリーゼのまだ何か言いたそうな顔が気になるよ……


 「これを」

 「武器だ?」

 「刻印器(こくいんき)“地熱剣(ネザーソード)”と“地熱斧(ネザーアクス)”。私の槍と同じ効果を持っている。貴様らの異能に物理的な破壊力はないからな。これに頼るといい」

 「私は力技で何とかなると思いますので、コーセーさんどちらも持っていてください」

 「キルフリード、いいのか? 高いんだろ? てか俺の前に他の奴らに……」

 「私の財力を低く見積もるな。これは予備。当然部隊の前衛を務める者全員に渡してある」

 「しかし、二十本近くこれを用意するとは。アリンデウルから直輸入ですか?」

 「まあな。カンカンズは港町。外部との交流は、国内では多い方だ」

 「アリンデウルって、国名だっけか?」


 たしか、ネルネリのルーツの。


 「ええ、魔法や刻印器(こくいんき)に関しては、世界で最も進んでいる国ですよ! 私もまた行きたいものですねえ」

 「貴様らの旅が続くのなら、その機会もあるだろう。“道壊(とうかい)”ラムダゲイズが、あそこの王族の所有なのだから」

 「ハッハ! 確かに! コーセーさん! そのためにも、まずは今回の作戦! 完遂しなくてはなりませんね!」


 アリンデウル。


 その名が出てから、ネルネリの視線がうろうろとし出したのに、気付いていた。

 魔法が好きな彼女としては、行きたいのだろうか。それとも、その国の王を殺した者の末裔としては、行きたくないのだろうか。


2


 「なんか馬車に乗るのも久々の気分だなあ」


 会議の二日後。ついに、捨て子谷へと向かう馬車は出発した。


 「景色が移り変わって行くのは見ていて楽しいですね! いつも新鮮な気分にさせてくれますよ! ほら、ネルネリさんも外見て!」

 「納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない……」

 「……重症だなこりゃ」


 上に取り残されることになったのが、嫌すぎるらしい。


 「ネルネリさあ」

 「なに」

 「最悪トギメイさんは守ってくれよな」

 「そのつもりだけど」

 「できたら他も」

 「……」

 「俺が、人数を増やしちゃったんだけど」

 「やだよ」

 「……そっかー……」

 「コーセーさんは勝手ですねえ」

 「全くだ」

 「わかってるよ。悪かったよ」

 「あ、でも、コーセーも自分が嫌なことしてくれるならいいよ」

 「なによ」

 「踏絵とか」

 「アイデンティティが崩壊する……!!」

 「……しかし現実問題、ネルネリ殿に魔獣を振り払って貰わなくては、作戦の成功確率は著しく下がると言えるだろう」

 「あ゛?」


 ネルネリが対角に座るキルフリードへ威嚇している。谷の内部へ三人揃ってスムーズに侵攻するべく、この人も“牆(かこい)”の馬車に乗っているのだ。そのため彼女のために席次が普段と違う。四人席でダックスがだいたい俺の正面にいるのだが、横にずれてそこにキルフリードが座っている。ネルネリ。いつもはこっちに寄りかかってくるくらいなのに、反対側に縮こまって、少しでも隊長と距離を取ろうとしている。ごめん。ごめんよ……


 「ネルネリ殿にもエリーゼとの同伴をお勧めしたはずだが」

 「はあ? 絶対嫌だし大体まだ日にちあるんだから最後の日だけでよくない?」

 「命を預け合う人間と予め交流をとり理解し合うことは、戦術的にも有事の際対応するためにも肝要だと考えている」

 「『預け合う』!? 私が? 『預かる』じゃなくて!? 『押し付けられる』じゃなくて!?」


 相性が悪すぎるだろ。ダックスとすぐ打ち解けたのって奇跡だったんだな。まあダックスってなんというか、余裕あるというか、清濁に頓着しないというか。コミュ力高いんだよなあ。


3


 捨て子谷へと向かう初日の夕方。駐屯地にて、キルフリード様を中心に皆が食事の用意をしている時間。


 私は僧服から着替え、あの人の元に向かう。馬の側にテントを用意しているトギメイさんに会釈し、馬車の戸を、三度叩いた。


 「ネルネリさん。エリーゼです。今、よろしいですか」

 「……」


 無視。しかしダックス様から、ここに残っていることは聞いている。


 「ネルネリさん」

 「……」


 はぁ。どうしたものでしょうか。ダックス様からオロク教を好いていないと聞いたので、警戒を解くために服装まで替えてきたのに。出てすら来ないのでは意味がない。


 「あの……エリーゼ様」


 横からトギメイさんが、小声で話しかけてくる。そちらを向くと彼は、右手でしきりにジェスチャーをしていた。ドアを回し、戸を開ける動き。すなわち、「勝手に開けちゃっていいですよ」、である。


 けれど、それでは意味がない。向こうから出てきてもらわなくては。


 ……本当は、こういうことは言いたくないけれど、仕方ない。主よ。嘘をつく私を、お許しください。


 「……ネルネリさん。お気持ち、わかります。谷の底に、ついていきたいんですよね? ……私もです」


 本当だ。私だって、元々はその予定だったのだから。けれど今なら、その予定は、キルフリード様の本意ではなかったことがわかる。戦力が揃っていないがための、妥協だったのだ。


 使える駒が増えて、良かったな?


 コーセーさんのその言葉は、正しい。だからこそ、悔しい。部隊の副隊長として、私は、不足だった。


 けれどあの方に任された以上、私はその任務を完遂するだけ。谷の上で、馬車を、隊員たちを、守り抜く。そのためにはネルネリさんの協力は必須。だけど今のままでは、十分な助力を期待できない。彼女は自分に近しい人間と、そうでないものとを分けすぎる。こちらの馬車に乗るのを拒んだのは、その一面の表れ。


 だからこそ────


 「隠れて、着いて行ってしまいませんか?」


 鍵の音とほぼ同時に、勢い良く扉が開いた。


 「行く」


 行かないですよ。こんな戯言、あなたの気持ちをこちらに傾けるための、足掛かりです。


 勢い良く扉が閉じた。


 「え」

 「エリーゼ様! エリーゼ様!」


 トギメイさんの方を見ると、ぶんぶんと首を振っている。


 ……バレた? あの、一瞬で?


 「……」


 勢い良く扉を開けた。最初から、こうしておけば良かったじゃないですか。


 「ネルネリさん」

 「なに?」


 噂通りの、冷たい声だった。今まで私の目に映る彼女は、“弑逆(しぎゃく)の戦火”というイメージからは離れた、直情的で子供っぽい少女だった。でもそれは、今までの彼女が、“牆”の中にいたから。

 この冷淡さが、外に向けた貌(かお)。


 「今回の作戦についてですが、お互いに協力を────」

 「待って。私、なんか誤解されてるよね」


 微笑を浮かべながら言う。その顔は、酷く大人びて見える。


 「誤解?」

 「協力しようとも、助けてあげようとも思っていないけど、襲ってくる魔獣はちゃんと燃やす。コーセーとダックスにも、あと三日くらいしたらそう伝える」


 拒絶という形をとって仲間にじゃれついているだけで、仕事への責任感は持っている? 確か、帝都では廃棄物の焼却なんて、地味な仕事をしていたはず。


 「結果は変わらないよね。話は終わり」

 「終わらない」

 「どうして?」


 おそらくコーセーさんとの会話なら、今のレスポンスはもっと感情的だったはず。平和に受け答えが続くことが、むしろ距離感を表している。

 

 「それでは、私たちがあなたを守れないから」

 「なんで私のことを守ってくれるの?」


 不機嫌そうな顔をした。それは、「守る」という、我ながら綺麗すぎる動機が気に入らないこと。また、自らの能力に自信のある彼女にとって、我々に守られることは即ち屈辱であるということ。二つを孕んだ顔だと思った。


 ここの回答を間違えれば、私たちの関係は成立する前に終わる。そう直感する。どんな答えが、気に入られる? 美しい動機も、過度に現実的な動機も、恐らくは彼女の芯をとらえない。コーセーさんとダックス様、トギメイさんに気を許していることにヒントがある。軽さ? ユーモア? 愛? いや……


 「き……」


 私は悩んだ挙句、思っている通りのことを言った。


 「キルフリード様の、命令だから」


 ネルネリさんは、笑って答えた。


 「同じだね。私たち」


 その笑顔は、怪しい魅力を持っていた。引き摺り込まれるような、魔性を。


 「私も質問していい、エリーゼ」

 「は……い」

 「谷の中に行きたいのは、本当?」

 「……はい」

 「どうして?」

 「キルフリード様の、お役に立ちたいから」


 魔女に睨まれて、取り繕う余裕がない。思っていることを垂れ流す。


 「へえ……」


 これは、正解なのか?


 「私とは、違うね」


 冷たい。今までで一番、冷たい声だった。


 「ネルネリさんは、なぜ……?」

 「コーセーが私のいないとこで死んだら、困るから」


 噂の数倍、怖いと思った。

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