25話 内と外
1
「では、事前に必要な確認事項はここまでとして。具体的な作戦を発表する……まずもって今回、我々は二手に分かれる必要がある」
「そうですよね」
「そうなの? トギメイさん」
「はい。捨て子谷の攻略と言っても、谷の外も魔獣がいるという話ですし。中に潜入する者と、外で馬車を防衛しつつ待つ者とが必要になります」
「独圏とやらの外で待ってれば?」
「三キロメートルあるんですよ、コーセーさん。魔獣を掻い潜って、谷まで行く自信あります? そのあと谷に入って竜と戦う元気が残っていますか?」
ダックスの指摘が刺さる。
「んなこと言ったって、馬車に乗って危険地帯を三キロ行くのも十分危険だろ」
「ネルネリさんがいるじゃないですか」
俺とトギメイさんの視線が、隅っこの魔女に向く。
「すっごい良い笑顔……」
「嬉しそうすぎる」
「任せなよ。私なら鉄なんか余裕で消し炭にできるんだから。なんなら独圏ごと焼き尽くしちゃおっか?」
「いえ、独圏は魔力の影響を受け辛い状況になっていますから、いくらネルネリさんでも、その空間自体を破壊することは難しいでしょう」
《徴》を刻まれたモノの魔力は、強く固定し変化を拒むようになる。そういえばそんなことも、魔犬の時に言ってたな。
「えーそうなの? まあいいや。竜を倒せば独圏はなくなるんだもんね。私なら一撃で……」
「谷底でそんな炎を出したら、全員酸欠で死んでしまいますよ! ハッハ!」
「え゛……」
「ネルネリ殿。トギメイ殿。エリーゼ。そして攻略部隊隊員十八名! 諸君は谷の上で馬車の防衛をしつつ、帰りを待っていてくれ!!」
「フリーズしてる……てあれ? てことはあれか?」
「ダックス殿。コーセー殿。そして私の三人が、谷底に居るという“竜”。それを破り、必ずや“信壊”シズルムを持ち帰るッ!!」
「俺っていっつも矢面に立ってない?」
「いいじゃないですか。それより知っていますか? 竜って最初に発見した人が名前をつけられるんです。大聖女シエラは名付けをしていないようですし……私も、名もなき竜に会うのは初めてです!」
「ほんと楽しそうだね」
「『天龍ハバク』。『臨海竜オケアノード』。『デスポイズンヘルフレアドラグーン』。歴史に残るドラゴンたち! その並びに、私たちの討ち果たした竜の名前が……」
ふ、震えている。歓喜に打ち震えている。旅に出る前に本性がバレかねないだろこれ。隠したいんじゃなかったのか!? ていうか、『デスポイズンヘルフレアドラグーン』って、どこかで……
「見てみたかった。ドラゴン……」
ネルネリ。お前……名前をつける時に歴史から引用するタイプだったのかよ。
「キルフリード様。私は、中に行かなくても良いのですか……?」
たしかに。エリーゼはこっちチームの方がいいんじゃないか? ネルネリがいたら上はなんとかなるだろ。
「お前までいなくなって、誰が指揮を取る。大体、竜との戦闘の中で回復を挟めるのか? 僧侶の魔法は魔法使いの魔法とは違うだろう」
「僧侶の魔法は儀式的な要素が強いから。たとえば回復魔法でも、立ってる相手にかけるのと、寝てる相手にかけるのとじゃ、結果はぜんぜん違う」
エリーゼさんを指差してネルネリの方を見ると、すらすら解説してくれる。魔法に関しては物知りなんだよな。
「戦いの中で回復魔法を使える人間は、かなり少ないですからね。そもそもの話、竜からの攻撃を受ければ即死という線もありますから。回復の意義があるのかすら怪しい」
「ですが、結界魔法も……」
「私の槍で破れる強度だ。竜には効くまい」
「……」
おお。キルフリードからも同じようなこと言われてる。
「だが、魔獣相手ならば、極めて有効なはずだ」
「……キルフリード様」
「馬車を守り通し待っていてくれ。そのために、お前は上にいるんだ」
「……はい」
「コーセー。ダックス殿」
「うん?」
「はい」
キルフリードがこちらへ向き直る。こいつの中じゃ今ので話は終わりなんだろうが、エリーゼのまだ何か言いたそうな顔が気になるよ……
「これを」
「武器だ?」
「刻印器“地熱剣”と“地熱斧”。私の槍と同じ効果を持っている。貴様らの異能に物理的な破壊力はないからな。これに頼るといい」
「私は力技で何とかなると思いますので、コーセーさんどちらも持っていてください」
「キルフリード、いいのか? 高いんだろ? てか俺の前に他の奴らに……」
「私の財力を低く見積もるな。これは予備。当然部隊の前衛を務める者全員に渡してある」
「しかし、二十本近くこれを用意するとは。アリンデウルから直輸入ですか?」
「まあな。カンカンズは港町。外部との交流は、国内では多い方だ」
「アリンデウルって、国名だっけか?」
たしか、ネルネリのルーツの。
「ええ、魔法や刻印器に関しては、世界で最も進んでいる国ですよ! 私もまた行きたいものですねえ」
「貴様らの旅が続くのなら、その機会もあるだろう。“道壊”ラムダゲイズが、あそこの王族の所有なのだから」
「ハッハ! 確かに! コーセーさん! そのためにも、まずは今回の作戦! 完遂しなくてはなりませんね!」
アリンデウル。
その名が出てから、ネルネリの視線がうろうろとし出したのに、気付いていた。
魔法が好きな彼女としては、行きたいのだろうか。それとも、その国の王を殺した者の末裔としては、行きたくないのだろうか。
2
「なんか馬車に乗るのも久々の気分だなあ」
会議の二日後。ついに、捨て子谷へと向かう馬車は出発した。
「景色が移り変わって行くのは見ていて楽しいですね! いつも新鮮な気分にさせてくれますよ! ほら、ネルネリさんも外見て!」
「納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない……」
「……重症だなこりゃ」
上に取り残されることになったのが、嫌すぎるらしい。
「ネルネリさあ」
「なに」
「最悪トギメイさんは守ってくれよな」
「そのつもりだけど」
「できたら他も」
「……」
「俺が、人数を増やしちゃったんだけど」
「やだよ」
「……そっかー……」
「コーセーさんは勝手ですねえ」
「全くだ」
「わかってるよ。悪かったよ」
「あ、でも、コーセーも自分が嫌なことしてくれるならいいよ」
「なによ」
「踏絵とか」
「アイデンティティが崩壊する……!!」
「……しかし現実問題、ネルネリ殿に魔獣を振り払って貰わなくては、作戦の成功確率は著しく下がると言えるだろう」
「あ゛?」
ネルネリが対角に座るキルフリードへ威嚇している。谷の内部へ三人揃ってスムーズに侵攻するべく、この人も“牆”の馬車に乗っているのだ。そのため彼女のために席次が普段と違う。四人席でダックスがだいたい俺の正面にいるのだが、横にずれてそこにキルフリードが座っている。ネルネリ。いつもはこっちに寄りかかってくるくらいなのに、反対側に縮こまって、少しでも隊長と距離を取ろうとしている。ごめん。ごめんよ……
「ネルネリ殿にもエリーゼとの同伴をお勧めしたはずだが」
「はあ? 絶対嫌だし大体まだ日にちあるんだから最後の日だけでよくない?」
「命を預け合う人間と予め交流をとり理解し合うことは、戦術的にも有事の際対応するためにも肝要だと考えている」
「『預け合う』!? 私が? 『預かる』じゃなくて!? 『押し付けられる』じゃなくて!?」
相性が悪すぎるだろ。ダックスとすぐ打ち解けたのって奇跡だったんだな。まあダックスってなんというか、余裕あるというか、清濁に頓着しないというか。コミュ力高いんだよなあ。
3
捨て子谷へと向かう初日の夕方。駐屯地にて、キルフリード様を中心に皆が食事の用意をしている時間。
私は僧服から着替え、あの人の元に向かう。馬の側にテントを用意しているトギメイさんに会釈し、馬車の戸を、三度叩いた。
「ネルネリさん。エリーゼです。今、よろしいですか」
「……」
無視。しかしダックス様から、ここに残っていることは聞いている。
「ネルネリさん」
「……」
はぁ。どうしたものでしょうか。ダックス様からオロク教を好いていないと聞いたので、警戒を解くために服装まで替えてきたのに。出てすら来ないのでは意味がない。
「あの……エリーゼ様」
横からトギメイさんが、小声で話しかけてくる。そちらを向くと彼は、右手でしきりにジェスチャーをしていた。ドアを回し、戸を開ける動き。すなわち、「勝手に開けちゃっていいですよ」、である。
けれど、それでは意味がない。向こうから出てきてもらわなくては。
……本当は、こういうことは言いたくないけれど、仕方ない。主よ。嘘をつく私を、お許しください。
「……ネルネリさん。お気持ち、わかります。谷の底に、ついていきたいんですよね? ……私もです」
本当だ。私だって、元々はその予定だったのだから。けれど今なら、その予定は、キルフリード様の本意ではなかったことがわかる。戦力が揃っていないがための、妥協だったのだ。
使える駒が増えて、良かったな?
コーセーさんのその言葉は、正しい。だからこそ、悔しい。部隊の副隊長として、私は、不足だった。
けれどあの方に任された以上、私はその任務を完遂するだけ。谷の上で、馬車を、隊員たちを、守り抜く。そのためにはネルネリさんの協力は必須。だけど今のままでは、十分な助力を期待できない。彼女は自分に近しい人間と、そうでないものとを分けすぎる。こちらの馬車に乗るのを拒んだのは、その一面の表れ。
だからこそ────
「隠れて、着いて行ってしまいませんか?」
鍵の音とほぼ同時に、勢い良く扉が開いた。
「行く」
行かないですよ。こんな戯言、あなたの気持ちをこちらに傾けるための、足掛かりです。
勢い良く扉が閉じた。
「え」
「エリーゼ様! エリーゼ様!」
トギメイさんの方を見ると、ぶんぶんと首を振っている。
……バレた? あの、一瞬で?
「……」
勢い良く扉を開けた。最初から、こうしておけば良かったじゃないですか。
「ネルネリさん」
「なに?」
噂通りの、冷たい声だった。今まで私の目に映る彼女は、“弑逆の戦火”というイメージからは離れた、直情的で子供っぽい少女だった。でもそれは、今までの彼女が、“牆”の中にいたから。
この冷淡さが、外に向けた貌。
「今回の作戦についてですが、お互いに協力を────」
「待って。私、なんか誤解されてるよね」
微笑を浮かべながら言う。その顔は、酷く大人びて見える。
「誤解?」
「協力しようとも、助けてあげようとも思っていないけど、襲ってくる魔獣はちゃんと燃やす。コーセーとダックスにも、あと三日くらいしたらそう伝える」
拒絶という形をとって仲間にじゃれついているだけで、仕事への責任感は持っている? 確か、帝都では廃棄物の焼却なんて、地味な仕事をしていたはず。
「結果は変わらないよね。話は終わり」
「終わらない」
「どうして?」
おそらくコーセーさんとの会話なら、今のレスポンスはもっと感情的だったはず。平和に受け答えが続くことが、むしろ距離感を表している。
「それでは、私たちがあなたを守れないから」
「なんで私のことを守ってくれるの?」
不機嫌そうな顔をした。それは、「守る」という、我ながら綺麗すぎる動機が気に入らないこと。また、自らの能力に自信のある彼女にとって、我々に守られることは即ち屈辱であるということ。二つを孕んだ顔だと思った。
ここの回答を間違えれば、私たちの関係は成立する前に終わる。そう直感する。どんな答えが、気に入られる? 美しい動機も、過度に現実的な動機も、恐らくは彼女の芯をとらえない。コーセーさんとダックス様、トギメイさんに気を許していることにヒントがある。軽さ? ユーモア? 愛? いや……
「き……」
私は悩んだ挙句、思っている通りのことを言った。
「キルフリード様の、命令だから」
ネルネリさんは、笑って答えた。
「同じだね。私たち」
その笑顔は、怪しい魅力を持っていた。引き摺り込まれるような、魔性を。
「私も質問していい、エリーゼ」
「は……い」
「谷の中に行きたいのは、本当?」
「……はい」
「どうして?」
「キルフリード様の、お役に立ちたいから」
魔女に睨まれて、取り繕う余裕がない。思っていることを垂れ流す。
「へえ……」
これは、正解なのか?
「私とは、違うね」
冷たい。今までで一番、冷たい声だった。
「ネルネリさんは、なぜ……?」
「コーセーが私のいないとこで死んだら、困るから」
噂の数倍、怖いと思った。




