↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
PR
24/42

24話 捨て子谷

1


 捨て子谷攻略作戦出立の二日前。

 俺たち“牆(かこい)”はカンカンズ自警団の主要人物数名とともに、会議を行なっていた。


 「大聖女シエラによる捨て子谷の考察。楽しみですねえ」

 「楽しそうだなーダックス」


 キルフリードが黄ばんだ紙を広げ、黒板に貼り付けて話し始める。


 「まず前提として、この資料は二百八十八年前のもの。現在変わっている可能性はある……いや、斥候の調査によれば、付近の様子からして……状況は、悪化していると思われる」

 「二百七十年前の人間だって話じゃなかったか?」

 「大聖女シエラの最たる活躍。魔王討伐への参加は二百七十年前ですが、その名が最初に確認される資料は、三百四十年前まで遡りますからね」

 「勇者パーティにいたとき最低七十歳ですか? すごいですね」


 トギメイさん、あんなに嫌がっていたのに、決まってしまったらちゃんと参加するのでさすがだよな。ネルネリも、俺の隣……部屋の角っこで縮こまってるけど、一応出席している。


 「ただ一人魔王城から生還した後、半年も経たず亡くなったそうです。まさに最期の大仕事!」


 もし彼女が俺の幼馴染で、崖から落ちて遺体が見つからなかったという、あの時に転移しているなら。九十歳か……


 「來夏(らいか)ならあり得るな。余裕で」

 「なにが根拠なの……」

 「そこ。私語は慎め」

 「キルフリードさん、向いてそうですよねこういうの」


 わかる。


 「では、会話の内容をそのまま読み上げる。エリーゼ」

 「はっはい! 恐れ多いですが、が、がんばります!」


 キルフリードはエリーゼを呼びつけ、深く息を吸う。そして……


 『遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、シエラ様。して、大聖女である貴方様が、どういった御用でこの地まで……』


 まさかの再現形式。


2


 『ご丁寧にありがとうございます。けれど、用件はすでに済んでおりまして。ここには、挨拶に来たようなものなのです。教会にも、顔出しはさせていただこうと思っておりますが』


 エリーゼが大聖女シエラの言葉を代弁する。俺には苛立った口調ばかりぶつけてくるので、なんだか新鮮である……というか、こいつが來夏(らいか)の役だとしたら、なんとも言えない気持ち……


 『はあ。そうでございましたか……』

 『“信壊(しんかい)”シズルムを見てきたんです。無駄足でしたけど』

 『……へ?』

 『終わった用件。気になっているようでしたから』

 『ど……え? なぜ……』

 『救済の一助にならないかと。この地に深く影を落とした“十壊器(じっかいき)”のひとつ……けれど、毒も転じて、薬になるやもしれないではないですか』


 「救済のため、とは、強い言葉が出ましたね」


 ダックスでもそう思うんだな。


 『捨て子谷に、入ったということですか』

 『はい。かなり独圏化(どっけんか)が進んでいましたが』


 「独圏化(どっけんか)?」

 「俗に“ダンジョン化”とも言われる現象ですね。空気や場所そのものに刻み込まれた、大規模な《徴(ガルドル)》と言ってもいいでしょう。要するに、魔力による異常気象とか、そんな感じです」

 「悪化ってのはそれのことか」

 「え、ぼくが運転するんですか? そんなところを?」


 トギメイさんの決意が、また揺らいでいる。


 『どうやって……』

 『どうやって、と言われましても。普通に』

 『……!!』


 この場面、キルフリードに台詞はなかったが、その顔が雄弁に語っていた。カンカンズの貴族が何年に渡り挑戦し続け、そして敗れてきたこと。それを大聖女シエラは、まるで軽い散歩のようにこなす。悔しくないはずがない。


 『あ……失礼しました。魔法です。魔法を使って。こんな風に』

 『え……あ……おあ……』

 『……どうでしょう。落ち着きましたか? 大変申し訳ございません。そちらの心情を無視した発言を……』

 『いいえぇ!! こちらこそ、大聖女様に。大変な失礼を!! もおうしわけございません!! 魔法でしたか! 余計な詮索を! もういたしません!!』


 キルフリードの口調が、仰々しく変わった。


 「光魔法」


 ネルネリが呟く。その表情は、少し強張っている。


 『ところで、ええっと……お名前』

 『グラード・ルイユと申しますッ!!』


 ルイユ。その名前は、この貴族が、キルフリードの先祖であることを表していた。


 『グラードさん』

 『はいィッ!!』

 『うーん……少し違いますね……グラードさん?』

 『はい。シエラ様。いかがいたしましたか?』


 また、口調が変わる。ネルネリの顔の意味が、俺にも分かった。悍ましいことが起きている。これは、この人間は、來夏では、決してない。もっと違う、どこから出てきたのかも分からないような、恐ろしい……怪物。


 『この近くに、おいしいご飯屋さんなどありませんか?』


 その、はずだ。


 キルフリードの台詞で、当時の飲食店らしき名前がずらずらと列挙されていたが、頭に入ってこない。


 「コーセーさん」

 「あ、ああ……」

 「面白くなってきましたね」


 ダックス。お前ってやつは、ぶれないな。


 そこで、丁度キルフリードの店名の羅列が終わる。そしてまた、エリーゼが……大聖女シエラが、口を開く。


 『そちらで隠れて記録していらっしゃる方も、よろしいですか?』


 「……次から私が読み上げるのは、この文書を書いた人間の言葉だ」


 一瞬役から外れ、キルフリードが言う。その顔には汗と、深い皺が浮かんでいる。


 『は、はい。シエラ様。ただ、その前に、その、シズルム……捨て子谷について、もう少し、教えていただくことは……』

 『ええ。もちろん。私の主観での話でよければ、ぜひ。役に立てて頂ければ、とても嬉しいです』

 『谷を遠目に見た人が、魔獣の姿を見ています。こちらまで来てしまう可能性は、あるんですか?』

 『どうでしょう。独圏化(どっけんか)した場所は、閉じた空間になりますからね。そこに生まれる魔獣が範囲外に出ることは基本的にないですが……独圏化(どっけんか)自体が進行して、こちらまで侵食される可能性はあるかもしれません』

 『!!』

 『安心してください。そうなるとしても、遠い未来の話です』

 『シズルムが、元凶を抑えているようでしたから』

 『それは、一体、なんだったんですか。元凶というのは────』

 『ふふ。私も、久しぶりに見ましたよ。“竜”なんて』


 「竜」

 「“群発型転移災害”の一つに数えられる、異世界から現れた、強大な魔獣の分類です。確かに、巨大な魔力が独圏(どっけん)を発生させることがあるとも言われていますが……」


 『まさか、谷底に転移することもあるなんて。初めてのケースかもしれないですよ。いい話の種になりそうです』

 『話の種、って……それを、退治などは……』

 『私も一介の僧侶ですから。戦いは不得手でして……それに、シズルムが守ってくれていますから。当面は大丈夫でしょう』

 『あ……』

 『むしろ、ふふ。シズルムを手に入れるということは、すなわち、竜を破るということ。それはとても……』

 『格好いいじゃないですか?』

 『……!』

 『私に言えるのは、こんなところでしょうか。それでは、約束通り、教えてくれますね?』


 台本を胸の前から下ろして、疲弊した顔を見せるキルフリードとエリーゼ。

 朗読劇はそこで終わり、重い空気が会議室内を満たしていた。


3


 「コーセー」

 「あ、ああ」

 「ありがとう」

 「なに、が……」

 「この資料を家の人間以外に開示したのは、今日が初めてだ」

 「……!」

 「“牆(かこい)”という異分子に力を貸してもらうことになって初めて、踏ん切りがついた」

 「もちろん、独圏(どっけん)や竜のこと。必要な情報は、同胞には説明していた。だが、文書の内容自体を公開することは、禁忌とされていた」


 大聖女に受けた屈辱。明示される力の差。それを臣民に知らせることが、どれだけ辛いか。想像に難くない。


 「あの、すみません……」

 「トギメイ殿」

 「疑問なのですが、大聖女シエラ様は、どうやって捨て子谷まで行ったのでしょうか。馬車で五日ほどの距離だと聞いていましたので……」

 「確かに。冴えてるなトギメイさん。今の話だと、単身でふらりと行ってきた、くらいの温度感だったぜ?」

 「……オロク教の宗教画でシエラ様は、たびたび巨大な鳥……神鳥クラウンに乗った姿で、描かれます」


 エリーゼが渋い顔で答える。


 「神鳥を使役していた、ということですか?」

 「もう絶滅しているんじゃなかった?」

 「当時はまだいたんだろ」

 「象の数倍巨大って図鑑で見たことがあるけれど」


 自警団の人たちがざわざわしだす。


 「なんか、現実感のない話な気がするけど────」

 「できる」

 「ネルネリさん?」

 「できると思う。この人なら」


 その顔はもう強張ってはいなかったが、確信している表情だった。先ほどの再現風景のみで、その腕前を察したということか。


 「……手段はどうあれ、内部について詳しく、かつ具体的すぎる。どうあれ他に参考にできる文献がないし……何より、独圏(どっけん)についての説明は、現状と一致している。信用することは、前提とさせてもらう」


 キルフリードがまとめる。


 「独圏化(どっけんか)は現在、どれくらい進行しているのですか? また、どういった変異が?」

 「谷から三キロメートル地点の辺りまで、まるで金属の鱗が覆ったような状態だ。また、同じように全身が硬質の体毛を持つ魔獣が跋扈している」

 「“竜”と一口に言っても、個体ごとの差異が大きい。その情報は、今回の相手がどんなものか想定するのに使えそうですね」

 「絶対メタルなやつじゃん」

 「そう予想している。だからこそ、準備をしてきた」

 「“地熱槍(ネザーランス)”に“伝導者(でんどうしゃ)”……そういうことですか」


 熱と磁力。あの刻印器(こくいんき)は、なるほど捨て子谷の攻略を想定した組み合わせだったわけだ。


 「あ、あと、すみません、行き方に関してなんですが」

 「ああ」

 「谷の底に、どうやって行くんですか?」


 確かに。トギメイさんの疑問は、あまりにももっともだった。


 「────気合いだ」


 「「「ウォオオ!!!!」」」


 「嘘だろ……」


 カンカンズ自警団の人たちが一斉に上げた勝鬨に対して、俺たちは困惑を隠せなかった。

 違う集団が混じることの難しさを、実感する。ネルネリ、ダックス、トギメイさん。ごめん!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。