24話 捨て子谷
1
捨て子谷攻略作戦出立の二日前。
俺たち“牆”はカンカンズ自警団の主要人物数名とともに、会議を行なっていた。
「大聖女シエラによる捨て子谷の考察。楽しみですねえ」
「楽しそうだなーダックス」
キルフリードが黄ばんだ紙を広げ、黒板に貼り付けて話し始める。
「まず前提として、この資料は二百八十八年前のもの。現在変わっている可能性はある……いや、斥候の調査によれば、付近の様子からして……状況は、悪化していると思われる」
「二百七十年前の人間だって話じゃなかったか?」
「大聖女シエラの最たる活躍。魔王討伐への参加は二百七十年前ですが、その名が最初に確認される資料は、三百四十年前まで遡りますからね」
「勇者パーティにいたとき最低七十歳ですか? すごいですね」
トギメイさん、あんなに嫌がっていたのに、決まってしまったらちゃんと参加するのでさすがだよな。ネルネリも、俺の隣……部屋の角っこで縮こまってるけど、一応出席している。
「ただ一人魔王城から生還した後、半年も経たず亡くなったそうです。まさに最期の大仕事!」
もし彼女が俺の幼馴染で、崖から落ちて遺体が見つからなかったという、あの時に転移しているなら。九十歳か……
「來夏ならあり得るな。余裕で」
「なにが根拠なの……」
「そこ。私語は慎め」
「キルフリードさん、向いてそうですよねこういうの」
わかる。
「では、会話の内容をそのまま読み上げる。エリーゼ」
「はっはい! 恐れ多いですが、が、がんばります!」
キルフリードはエリーゼを呼びつけ、深く息を吸う。そして……
『遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、シエラ様。して、大聖女である貴方様が、どういった御用でこの地まで……』
まさかの再現形式。
2
『ご丁寧にありがとうございます。けれど、用件はすでに済んでおりまして。ここには、挨拶に来たようなものなのです。教会にも、顔出しはさせていただこうと思っておりますが』
エリーゼが大聖女シエラの言葉を代弁する。俺には苛立った口調ばかりぶつけてくるので、なんだか新鮮である……というか、こいつが來夏の役だとしたら、なんとも言えない気持ち……
『はあ。そうでございましたか……』
『“信壊”シズルムを見てきたんです。無駄足でしたけど』
『……へ?』
『終わった用件。気になっているようでしたから』
『ど……え? なぜ……』
『救済の一助にならないかと。この地に深く影を落とした“十壊器”のひとつ……けれど、毒も転じて、薬になるやもしれないではないですか』
「救済のため、とは、強い言葉が出ましたね」
ダックスでもそう思うんだな。
『捨て子谷に、入ったということですか』
『はい。かなり独圏化が進んでいましたが』
「独圏化?」
「俗に“ダンジョン化”とも言われる現象ですね。空気や場所そのものに刻み込まれた、大規模な《徴》と言ってもいいでしょう。要するに、魔力による異常気象とか、そんな感じです」
「悪化ってのはそれのことか」
「え、ぼくが運転するんですか? そんなところを?」
トギメイさんの決意が、また揺らいでいる。
『どうやって……』
『どうやって、と言われましても。普通に』
『……!!』
この場面、キルフリードに台詞はなかったが、その顔が雄弁に語っていた。カンカンズの貴族が何年に渡り挑戦し続け、そして敗れてきたこと。それを大聖女シエラは、まるで軽い散歩のようにこなす。悔しくないはずがない。
『あ……失礼しました。魔法です。魔法を使って。こんな風に』
『え……あ……おあ……』
『……どうでしょう。落ち着きましたか? 大変申し訳ございません。そちらの心情を無視した発言を……』
『いいえぇ!! こちらこそ、大聖女様に。大変な失礼を!! もおうしわけございません!! 魔法でしたか! 余計な詮索を! もういたしません!!』
キルフリードの口調が、仰々しく変わった。
「光魔法」
ネルネリが呟く。その表情は、少し強張っている。
『ところで、ええっと……お名前』
『グラード・ルイユと申しますッ!!』
ルイユ。その名前は、この貴族が、キルフリードの先祖であることを表していた。
『グラードさん』
『はいィッ!!』
『うーん……少し違いますね……グラードさん?』
『はい。シエラ様。いかがいたしましたか?』
また、口調が変わる。ネルネリの顔の意味が、俺にも分かった。悍ましいことが起きている。これは、この人間は、來夏では、決してない。もっと違う、どこから出てきたのかも分からないような、恐ろしい……怪物。
『この近くに、おいしいご飯屋さんなどありませんか?』
その、はずだ。
キルフリードの台詞で、当時の飲食店らしき名前がずらずらと列挙されていたが、頭に入ってこない。
「コーセーさん」
「あ、ああ……」
「面白くなってきましたね」
ダックス。お前ってやつは、ぶれないな。
そこで、丁度キルフリードの店名の羅列が終わる。そしてまた、エリーゼが……大聖女シエラが、口を開く。
『そちらで隠れて記録していらっしゃる方も、よろしいですか?』
「……次から私が読み上げるのは、この文書を書いた人間の言葉だ」
一瞬役から外れ、キルフリードが言う。その顔には汗と、深い皺が浮かんでいる。
『は、はい。シエラ様。ただ、その前に、その、シズルム……捨て子谷について、もう少し、教えていただくことは……』
『ええ。もちろん。私の主観での話でよければ、ぜひ。役に立てて頂ければ、とても嬉しいです』
『谷を遠目に見た人が、魔獣の姿を見ています。こちらまで来てしまう可能性は、あるんですか?』
『どうでしょう。独圏化した場所は、閉じた空間になりますからね。そこに生まれる魔獣が範囲外に出ることは基本的にないですが……独圏化自体が進行して、こちらまで侵食される可能性はあるかもしれません』
『!!』
『安心してください。そうなるとしても、遠い未来の話です』
『シズルムが、元凶を抑えているようでしたから』
『それは、一体、なんだったんですか。元凶というのは────』
『ふふ。私も、久しぶりに見ましたよ。“竜”なんて』
「竜」
「“群発型転移災害”の一つに数えられる、異世界から現れた、強大な魔獣の分類です。確かに、巨大な魔力が独圏を発生させることがあるとも言われていますが……」
『まさか、谷底に転移することもあるなんて。初めてのケースかもしれないですよ。いい話の種になりそうです』
『話の種、って……それを、退治などは……』
『私も一介の僧侶ですから。戦いは不得手でして……それに、シズルムが守ってくれていますから。当面は大丈夫でしょう』
『あ……』
『むしろ、ふふ。シズルムを手に入れるということは、すなわち、竜を破るということ。それはとても……』
『格好いいじゃないですか?』
『……!』
『私に言えるのは、こんなところでしょうか。それでは、約束通り、教えてくれますね?』
台本を胸の前から下ろして、疲弊した顔を見せるキルフリードとエリーゼ。
朗読劇はそこで終わり、重い空気が会議室内を満たしていた。
3
「コーセー」
「あ、ああ」
「ありがとう」
「なに、が……」
「この資料を家の人間以外に開示したのは、今日が初めてだ」
「……!」
「“牆”という異分子に力を貸してもらうことになって初めて、踏ん切りがついた」
「もちろん、独圏や竜のこと。必要な情報は、同胞には説明していた。だが、文書の内容自体を公開することは、禁忌とされていた」
大聖女に受けた屈辱。明示される力の差。それを臣民に知らせることが、どれだけ辛いか。想像に難くない。
「あの、すみません……」
「トギメイ殿」
「疑問なのですが、大聖女シエラ様は、どうやって捨て子谷まで行ったのでしょうか。馬車で五日ほどの距離だと聞いていましたので……」
「確かに。冴えてるなトギメイさん。今の話だと、単身でふらりと行ってきた、くらいの温度感だったぜ?」
「……オロク教の宗教画でシエラ様は、たびたび巨大な鳥……神鳥クラウンに乗った姿で、描かれます」
エリーゼが渋い顔で答える。
「神鳥を使役していた、ということですか?」
「もう絶滅しているんじゃなかった?」
「当時はまだいたんだろ」
「象の数倍巨大って図鑑で見たことがあるけれど」
自警団の人たちがざわざわしだす。
「なんか、現実感のない話な気がするけど────」
「できる」
「ネルネリさん?」
「できると思う。この人なら」
その顔はもう強張ってはいなかったが、確信している表情だった。先ほどの再現風景のみで、その腕前を察したということか。
「……手段はどうあれ、内部について詳しく、かつ具体的すぎる。どうあれ他に参考にできる文献がないし……何より、独圏についての説明は、現状と一致している。信用することは、前提とさせてもらう」
キルフリードがまとめる。
「独圏化は現在、どれくらい進行しているのですか? また、どういった変異が?」
「谷から三キロメートル地点の辺りまで、まるで金属の鱗が覆ったような状態だ。また、同じように全身が硬質の体毛を持つ魔獣が跋扈している」
「“竜”と一口に言っても、個体ごとの差異が大きい。その情報は、今回の相手がどんなものか想定するのに使えそうですね」
「絶対メタルなやつじゃん」
「そう予想している。だからこそ、準備をしてきた」
「“地熱槍”に“伝導者”……そういうことですか」
熱と磁力。あの刻印器は、なるほど捨て子谷の攻略を想定した組み合わせだったわけだ。
「あ、あと、すみません、行き方に関してなんですが」
「ああ」
「谷の底に、どうやって行くんですか?」
確かに。トギメイさんの疑問は、あまりにももっともだった。
「────気合いだ」
「「「ウォオオ!!!!」」」
「嘘だろ……」
カンカンズ自警団の人たちが一斉に上げた勝鬨に対して、俺たちは困惑を隠せなかった。
違う集団が混じることの難しさを、実感する。ネルネリ、ダックス、トギメイさん。ごめん!




