23話 牆
1
「よ!」
「……コーセー! もう、いいのか?」
「エリーゼさんに治してもらったから」
ツヤツヤしているコーセーの後ろで、エリーゼがため息をついている。
「ダックス様が言うから治してあげただけです」
「そうなんすか? でもありがとうございます」
「や、め、て、くださいキルフリード様にタメ口で私にその感じなの!」
「はいはいわかったわかったよ。あ、なあキルフリード。賭けていた捨て子谷のことだけどさ」
「……分かっている。勝負は貴様の勝ちだ。任せ……」
「いやそんなことしたら街の人らがキレるだろ」
「だが……」
「誇り、取り戻すんだろ?」
「……コーセー……」
なるほど。これが国が広告塔に使おうとしていた男のキメ顔か。それらしいことを言っている時の説得力は、なかなか……輝いて見えるじゃないか。
「まあ実質俺が勝ってたんだから言うことは聞いてもらうけど」
台無しだ。
「別にそんな変な話じゃなくて、ついて行かせろってこと。お前ら自警団が、俺らを馬車馬のようにこき使っているというていで頼むよ」
「キルフリード様はそんなことしません!」
「設定だよ設定!」
「カンカンズとしては、あまり陛下に悪印象を抱かせるようなことはしたくないのだがな」
「でも俺が勝ってたじゃん」
「う……」
一点張りか。
「お前らだけじゃどうせまた全滅なんだから。優秀な手駒が増えて良かったな?」
手段を選ばない男だと思っていた。だが…‥違う。
選びすぎるほどに、選んでいるのか。
私の立場を崩さず、そのうえで自分の要求を通すために。
ずいぶんと細い筋を選んだものだ。
「型にはめて見てしまうのは、私の悪癖だな」
「へえ、俺もそういうところあるんだよな」
「くっくっく。コーセー。お前たち“牆”の連中。しばらくは、私の傘下に入ってもらうぞ」
「任せろ。あ、ところでさ」
「ああ」
「大聖女シエラについて、なにか情報とかないか?」
……転移者が、なぜ? いや、詮索はしまい。遅かれ早かれ、話す事柄だ。
「────ある」
「!」
「本人の筆ではないが……大聖女シエラと当時のカンカンズ貴族の、会話の記録」
「捨て子谷の内部について語られている、唯一の資料だ」
2
「コーセーさん!」
「ダックス」
「なんていうことをしてくれたんですか……!」
「え? 褒められこそすれ怒られるようなことはしてないぜ?」
「自己肯定感高っ」
「剣を雑に使ったことじゃないですか?」
あ、トギメイさん。
「違いますトギメイさん。コーセーさん! 忘れてしまったんですか? 私が……オロク教徒や公的機関の人間がいると困るから貴方達と旅をしたいと言っていたことを……!!」
「……あ〜……」
「謝っといた方がいいよコーセー。ダックスは深く傷ついてるんだからね」
「カンカンズの都合なんて……! 無視してくれれば良かったのに……!!」
「もう神父名乗るのやめろよお前……」
「でも私もやだなー。知らない人いっぱい」
「ん?」
「ていうか悲しいよ。コーセーは私たちの事情なんか無視して、見ず知らずの現地人に肩入れするんだね。私はみんなが一番大事なのに、コーセーは違うんだ。新しい出逢いがある度に、どんどん私たちの優先順位は落ちていくんだ」
「え……」
指で地面をいじいじしているネルネリ。
「正直、ぼくも今回は行かなくて済むものかと思っていたので……」
「トギメイさんまで?」
嘘だろ? 俺、こんなに頑張ったのに。ほろりと涙がこぼれてしまうよ。
「まあ、冗談はよしとして、夕飯でも食べに行きましょうか?」
「よく考えたら馬車に引きこもってたらいいや」
「ネルネリさん。馬車にいたからといって、危険がないわけではないんですよ……」
「え、トギメイなに? こわ……パン五個食べたの怒ってる?」
「あのさ俺」
「何か食べたいものがありますか? コーセーさん!」
「けっこう頑張ったと思うんだけど……」
「あんなに高かった自己肯定感が一瞬で地に落ちてる」
お前らのせいでな?
3
酔い潰れたトギメイを背負って歩くコーセーの後ろで、私は神父に話しかける。
「ね、ダックスさ。実際どうすんの?」
「はい?」
「バレたくないんでしょ? 変な人だって」
「変な人!」
なんでちょっと嬉しそうなんだろう。
「でも、どうせこうなってたか」
「でしょうね。私、なんだかんだで真面目な神父ですから」
それに自虐が含まれているのは、明らかだった。
一昨日の夜。コーセーがまだ意識を戻さない時。
「戻りましたよ!」
「わ」
「なんですかネルネリさん」
「女の匂いがする」
「私、エリーゼさんと教会へ行くって事前に言ってましたよ。というか、誘われる場面に居合わせてましたよね」
「どうかと思う。私にコーセーの看病なんかさせて。トギメイとダックスの仕事なのに。どっちもいなくなっちゃうなんて」
「二時間ほどじゃないですか。それよりも、看病、してたんですか?」
「側にいてあげた?」
「あ〜……はい」
「なに」
「私はコーセーさんが早く目覚めるように祈ってきました。ネルネリさんは、そこに……いた『だけ』ですか!」
「うわ〜。神様なんていもしないものに目を奪われた人間って、目の前の人に対して盲目になるから嫌だよね」
「おや。見えるものしか信じようとしない、頭でっかちの若者にショックを受けています私。学校で神学を教えた講師の名前を教えてください。責任はその者に取らせますから」
「えへえ?」
「ふふふ」
「……起きるよね?」
「安心してください。久々に神に祈ってきたので、貯めてきた祈祷パワーが爆発的エネルギーを生み出しているはずです」
「そういう仕組みじゃないでしょ祈りって。むしろ継続が大事じゃないの。え、ていうかさ……祈ってない? ちょこちょこやってると思ってたけど」
「ああそれは、同胞に祈っているんですよ」
「え」
「ここ数年は、ほとんどそうですかね。教会にいても……どうしても」
「後悔してるんだ」
「多少は」
「もっと強ければーって」
「違いますよ。もう少し上手くやれたかもしれない、というくらいです」
「そうかなー」
「いくら強くても、助けることのできる人数なんて、大して変わらないですからね」
「……私は、みんなだけ死ななきゃいい」
だから、関係のない話だよ。そう返したのは、なんだか、自分に言われているような気がしたからだった。
「その『みんな』が、増えていくから困るんですよ」
「は……」
「特に、私のように人気者だと」
「あ?」
「あ、なのでネルネリさんには、無関係な話、ですかね……ごめんなさい」
「困り眉やめて? ごめんなさいだけ早口で言わないで?」
「私にとっては、もう、オロク教徒の人間は全員『みんな』なんですよね。見ました? エリーゼさんの私への態度」
「あ、尻尾振られてる自覚あるんだ」
「正直焦りました。女の匂いがする、なんて言われて」
「え゛!!」
「冗談です」
「セクハラだ!! セクハラ!!」
「そっちから言い出したことなのに。ハッハ!」
────と、いうことがあったのだ。
だから、たとえコーセーが目を覚まさず、キルフリードからダックスに話がいっていたとしても、きっと……ん?
コーセーとかいう得体の知れないやつより先に、ダックスに話を通さない理由がなくない?
「ねえ、ダックス。今日の決闘ってさあ」
「はい」
「ダックスは、事情聴取の時になにも言われなかったの?」
「ああ、コーセーさんに任せるとお返事しましたよ。私は、連れ出してもらった立場ですから」
強引に着いてきたような……
「……起きるかも、わかんなかったのに?」
「そんなに大怪我ではなかったですし」
「いやけっこう重症だったと思うけど」
「それに、もし起きなかったとしても、それはそれで、私達の旅は、ここで終わっていたというだけの話です」
「え!!」
「なに、なんの話」
「なんでもないよコーセー。こっちにトギメイの顔向けないで。酒臭い」
「当たり強いな」
「ううっ……コーセーさん!!」
「あ、トギメイさん起きた?」
「ぼくもう、戦いには参加したくないですからね……」
「あ、それは、ほんとに、申し訳ないというか……」
今日は酒に頼って色々文句を言おうとしていたトギメイ。私はどうかと思うけど、コーセーとはなんかちょっと、距離が縮まってる感じがする。
「踏んだり蹴ったりですね、コーセーさん」
「かわいそー」
捨て子谷へは、四日後に発つ予定。
ダックスには悪いけど、私はカンカンズの連中なんか、どうでもいいよ。




