22話 キルフリード・ルイユ
1
キルフリード。お前、考えが甘いんだよ。
お前が部隊の隊長はわかるぜ。で、副長があの僧侶。そこも俺としてはどうかと思うけどよ、まあいいさ。残りはなんだ? 自警団を中心に、って、つまりは死にかけのパンクレスを見てアタフタしてた、あんなのばっかだろ? それで今まで何人も失敗してきたシズルムを取りに行こうって、馬鹿じゃねえの。同じ轍を踏む未来しか見えねえよ。
まあでもそれも仕方ないんだよな? 俺らが急に出てきたから、焦ってそうなっちまったんだろ? 前回の遠征の話を、ダックスに聞いたよ。三年前は、ちょうど“十壊器”蒐集の話が立ち上がって、第一王女サマが失踪した頃じゃねえか。大した打算もないのに状況に流されて打って出るから、当然失敗する。
口では誇りがどうのと言っておきながら、お前らはそれを一本の軸として持ってるわけじゃない。取り戻すためになにかしなきゃともちゃもちゃもがいてるだけなんだよ。
考えなし。外様の俺らには任せられない? 自力じゃ無理だからこうなってんだろ。この決闘にしたって、わざわざ自分のことを縛り付けて、何してんだタコ。俺は野盗を痛めつけた悪い奴だから何でもアリだけどよ。お前の性格と立場じゃ、動きづらくてたまんねえだろうし、それに……公衆の面前で負けて困んのも、そっちだろ。ほんと、なんというか、不器用というか、下手くそというか、俺は、そういうのは、まあ嫌いでは、ないんだけどな。
2
────やられた。
病室に運び込まれたパンクレスの状態。全ての箇所に刻まれた傷跡は、「一撃」でつけられたものだった。
第一印象では分かりかねていた部分……コーセーという転移者は、残酷で無駄に相手を傷つける人間なのか。あるいは単に、勝つため無情になり手段を選ばない人間なのか。
あまりにも効率的な破壊は、後者であることを示していた。私はこの展開を、読めたはずだった。
手段を選ばない男。
「どこに消えた!!コーセー!!」
群衆に紛れた男がどこにいるのか、確かめることは困難であった。単に人波の動きに注視したところで意味はない。おそらく異能……『ワイアーム』によって、無作為なタイミングで観客の服か何かを「引き寄せる」ことで、バランスを崩し人の流れを操作、自らの行方をくらましている。
だが、最後には出てくる。やつには武器が木の斧しかない。私の鎧を貫くことはできない。つまり、防護されていない頭部のみを狙う必要がある。そして観客の中に潜り込んではいるが、戦いの舞台に引き寄せて連れ込むことはしていない。リングの広さは変わっていないということだ。それは中心に立つ私と、お前との距離の長さを示している! この状況で頭だけを警戒している私に、飛び道具で仕留める自信があるのか!?
ドガッシャアン!!!!!
「は……?」
振り向くとそこには、康生ではなく、康生の身の丈ほどもある巨大な、鉄の塊────神父ダックス・ハルマンの背負っていた大剣が、突き刺さっていた。
なんだと……
圧倒的な存在感を放つそれに、意識を引き寄せられる。身体すらもが、ぐんとそちらに向いてしまう。警戒せざるを得ない異物。それは異能によってあの場に置かれたのか。本人が手で置いたのか。それすらも定かではない。
だがそれが危険すぎる代物であることは分かっている。ダックス・ハルマンの剣“エンの鈍”。『神器』と呼ばれる、戦地などで偶発的に生まれる刻印器のひとつ。
どのような《徴》が刻まれているのかは知らない。だがもしコーセーがそれを起動できるのならば、勝敗どころではない惨事を引き起こす可能性がある。
手段を選ばない男。
だが私には、お前の持つ手段を、無効化する手立てがある。
刻印器“伝導者”は、触れた金属に一時的な磁性を付与する鎧。地面との反発、武器への反発はもちろん。コーセー! この《徴》を使えば、磁力によって金属を自分の手元へ引き寄せることもできる。貴様のチカラと同じように。
走り大剣の元へと向かうと同時に、歓声があがる。貴様の言う盛り上がりとはこれのことか? 私が動き回ることで、皆が喜ぶと────
────違う。
観戦に来た子供が、上を指差して叫んでいる。
ここで何かを投げ入れてきた。しかし眼前から目を逸らさない。コーセー。貴様が私の打ち気を遮ろうとしていることは分かっている。視線を外すことが、狙いなんだろう!?
ぐらりと“エンの鈍”が揺れる。『ワイアーム』による干渉が起きている。やはり本命はこちら……
「絶対よそ見すると思ったんだけど」
声は、左後ろ、足元から聞こえてきた。
同時に、微かな圧力を左足に感じる。足甲を、「触られた」。
3
カンカンズ領伯爵キルフリード・ルイユと転移者・木差子康生の戦いは、一時の膠着状態となり、騒ぎ疲れた観客たちも、一転し静かに様子を見つめていた。
「言っておくけどキルフリード。俺の異能では、あんまり重たいものは引き寄せられないんだ。その剣はさ、そこでホットスナック食いながら楽しそうに観戦してる兄ちゃんに貸してもらって、ドンと置いてみただけなんだよ。あー重かった」
試合を停滞させるのは観客からして挑戦者と位置付けられている、転移者の側。散々群衆に紛れて滅茶苦茶なシチュエーションを作ったあと、急に飛び出て一瞬接触したかと思えば、今はリングの中央でなにか喋っている。大仰で芝居掛かったその様子は、キルフリードを苛立たせた。
「どういうつもりだ? 自分からそれを明かすなど……」
「こうやってごちゃごちゃになった後は、一周回って正々堂々戦うのが、一番きれいな終わり方なんだよな」
「……貴様がそれを言うのか」
「まあ、ちょっと正面からだと俺に勝ち目がなさすぎるから、特大ハンデをもらう目的もあって」
相手の足下を指すコーセーに対して、キルフリードは改めて槍を構える。しかしその瞬間に、騎士の視界は暗闇に覆われる。
「服脱いだの、気づかなかったか?」
子供が見上げていた物が「それ」だったこと。会話は「それ」が落ちてくるまでの時間稼ぎだったことに今更ながら気づくキルフリード。しかし鎧を着込んだ彼からすれば、やることは変わらず正面からの攻撃である。
“地熱槍”に魔力を流し込み、構える動作と共に頭に被った服へ擦り付けるキルフリード。この刻印器は強い熱を放たないが、薄い布程度なら燃やすことが可能であり、男はワンアクションで邪魔物を拭い去り、体勢を整えるところまできていたが……
構えが完成する動作の中で、槍を投げ捨てた。
彼には、相手に槍を当てる自信がなかった。
単純な技術ではなく戦闘術において、目前の男が自らに優っているという事実。それを渋々ながらもしかし冷静に、受け止めていた。
ゆえに、当てる必要すらもない武器を使うという判断へ至る。
康生が距離をとったことで、彼には武器を持ち替える余裕が生まれていた。
「耳を塞げ!!」
キルフリードは背後にいる領民へ喚起する。それは、第三の刻印器の被害を最小限とするため必要な工程であった。
そして柄に手をかけた時が、まさに走り寄る康生と受けて立つキルフリード、二人が互いに、必殺の間合いへ入る瞬間だった。
「刻印器“響創剣”」
「『ワイアーム』」
キルフリードの凶器が康生に当たらなかったのは、異能によって足甲を引き寄せられたキルフリードが、バランスを崩したためだった。
康生の武器がキルフリードに当たらなかったのは、“響創剣”の威力によって鼓膜が破けた康生が、平衡感覚を失ったためだった。
「か……は────」
振り抜く際に音を鳴らす剣。剣とは名ばかりの平たく切れ味ない刀身は、それが殺すための武器ではなく、鳴らす音によって危険地帯で仲間とはぐれないための、命綱であることを示していた。だが刻印器とは、込める魔力の量で威力が変わる物。
目を白黒させ、腕から力が抜けて斧を手放す相手を見て、キルフリードは思う。すでに、勝負はついたと。
しかし。
「もういっぺんだ……」
「もう一度……」
すぐに戦士の顔に戻る康生。感覚は狂っており、耳のこもった感じと激しい頭痛が起こっていたが、しかし、続けようとする。
「もう一度、なのか?」
その姿勢を疑いつつも、しかし興奮を隠せないキルフリードの耳に、観客たちの、互いへの声援が聞こえてくる。勝負はまだついていない。どちらかが死ぬか、降参するか。そういうルールである。
「……」
キルフリードの問いに、康生は表情で応える。普段は自警団の長として、伯爵として律している血が、熱くなるのを感じていた。当事者も周囲も、盛り上がってしまっていた。
「コ……ォ……セエーーーーー!!!!」
「うるせええ──────ッ!!」
刃を振りかぶるキルフリードと、何も持たない手を振りかぶる康生。一見勝負にもならない立ち会いだが、違う。康生にとって武器を手放すことは、不利を意味しない。
「覚悟ッ!!」
斬ることのできない刃が、酷く甲高い音を上げた。
「……参った。負け、だ……」
“響創剣”を相手の首に当てがうキルフリード。斧を振り被った姿勢で、降参を宣言するコーセー。
大きな歓声があがる中で、キルフリードは両耳から血を流し、ぐらりと倒れる男を抱き止める。
「コーセー」
「んだよ」
「なぜだ……? 手を経由せず、直接私の頭にぶつけていれば……」
「言ったろ、きれいな終わり方って、やつだよ……」
「……まさか、わざと────」
決闘の勝者が伯爵であるキルフリード・ルイユであることが、立会人の口から正式にアナウンスされた。




