21話 刻印器
1
「それで、どっちが行くかで決闘? 古典文学みたいで面白いね」
「うん……なんか……変に熱くなっちゃって……」
「コーセーさん。エリーゼさんに頼み込んだら、私だけでも連れて行ってもらえると思います?」
「いつもはもうちょっと信じてくれるじゃん俺のこと」
「ハッハ! 悪い条件が重なっているように見えますからね!」
それは、俺も思う。
公平を期すために公開決闘。理解はできるが、俺としては斧をぶん投げ辛くて嫌だ。当たっちゃうからね。つーかアウェイじゃん。
装備は自由。しかし俺に、大して使える武器などない。あと、この間みたいな鎧を着られていたら、攻撃を通す自信もない。
勝敗の条件はどちらかが死ぬか降参するか……また、こういう感じだよ。
「あと単純に、キルフリードさんは強そうですよ。コーセーさんが寝ている間、私も街でいろいろ聞き込みしてみたんですがね」
「だって、自警団だかの隊長なんだろ?」
「肩書は大して強さに寄与しません。私が掴んだ情報の中で、面白いのは……」
「キルフリードさんは複数の『刻印器』を使うらしい、ということ」
「刻印器?」
「私の持ってる“四見釘”みたいな、《徴》を刻んだ道具のこと」
横にくっついているネルネリが、口を挟んできた。
「あと、この間使った“五法札”も、『刻印器』を進歩させたモノになります」
「要するに、魔法アイテムか」
「はい。聞いたところ少なくとも二種。熱の槍と、磁力の鎧……普段から腰に刺している剣も、私は怪しいと睨んでおりますが」
「コーセーも買ったら? すごい武器」
「お! ネルネリさんそれ良いですねえ! 海が近いからか、帝都よりも品揃えが良いんですよ、この街の武器屋!」
「武器はいいかなあ」
「あら」
「命懸けってわけでもないんだから。安上がりにやりゃあいいさ」
「せっかくもう目の前なのに」
「歩きながら誘導していたな!?」
「てかさっきからなんかさー、見られてない?」
「え」
意識してみると、確かに。ストーキングされているとかではなく、通りがかる人がみんなちらっとこっちを見ているくらいな感じだ。
「コーセーさんは目につきますからね。髪染めてくださいよなんでそんな白いんですか」
「病気で色抜けちゃっただけなんだけど……てかお前のが絶対目立つよ? でかいし────」
「こんにちはマダム。私たち、何か注目されてますかね?」
「……ダックス?」
「私あいつたまに怖いんだよね」
俺も怖い。普通自分から聞きに行けるか? ……いや、首に「ダメ」というカタカナを型どったアクセサリがかかっている。思いつきに見えて信徒を選んでいる!
「ああ、ダックス様。いえ、そちらの白髪の、美丈夫の方が……」
「うわ。コーセーのせいじゃん」
「毎朝思うけど、やっぱ俺ってけっこうかっこいいよな」
「あんたが起き抜けに鏡を見るタイプという事実がまあまあ気持ち悪い」
「あんまりだろそれは」
「キルフリード様と決闘するということで、はい。皆浮き足だってまして……」
「ハッハ! それで楽しそうなのですか」
「ええ、国民性といいますか、その、やっぱり、楽しみですよね。剣闘試合も、ここ数年ないですから……」
「……俺らの決闘ってあれなの? エンターテインメントなの?」
「またあの退屈なお手玉でも披露してみたら?」
「必死に練習した成果を退屈とか言うな」
2
「それでは。カンカンズ領伯爵キルフリード・ルイユ様と、シタン帝国騎士団“牆”所属、コーセー様の決闘を、始めさせていただきます」
「キルフリード様ァーーー!!!」「やっつけてえーー!!」「コーセーも頑張れよーーー!!!」「キルフリード様最強ッ!!キルフリード様最強ッ!!」
下品な歓声に眉を顰めるキルフリードが構えるとともに、足元で金属が擦れ、じゃぎりと音を立てる。鎧は違うらしいが、槍の方は一応……高額ではあるが、一般に販売されているものだということで、ダックスが知っていた。
刻印器“地熱槍”。熱を纏うことで貫通力を高め、また熱が使用者の体温を上げることで運動能力を補強する。重い鎧を着るハンデを、軽減しているわけだ。
「覚悟!」
直線的な突進をかわし、相手の真横につくことは難しくなかった。ただ、鎧にぶつかるだけでこっちとしてはかなり痛いので、出来るだけ大きく避けなきゃいけないな。幸いなのは、『刻印器』の効力を加味しても、大して俊敏ではないこと────
「フン!」
────速さはないけど、リーチがな。こんな長い槍を横薙ぎに振り払われると、逃げ場が限られる。まあ、この位置からだと、キルフリードの腕の可動域の外。背後に回れるから、大分いいけど。
そんな楽観が、命を縮める。
「“伝導者”」
「えあっ……」
ばちっという音と共に繰り出されたのは、高速のバックステップ。背中でのタックルだった。まともに食らった俺は、見物人たちの目の前まで吹っ飛ばされる。かなりの勢いだったので、驚きの声と叫び声が聞こえてくる。けど、なんだかみんな楽しそうだ。
なんだ、今の。さっきまでの動きからしたら、ちょっと速すぎる……というか、
「物理的にあり得ねえだろ……!」
「それが魔力だ」
鉄の鎧を纏った百八十センチ成人男性のぶちかまし。折れるとか、目に見える流血とかはない。だが、頭がぐらぐらする。受けた腕も、内出血くらいはしてるな。けっこうよくないシチュエーションだが、得たものもある。
ひとつは「鎧」の能力。突然の加速。磁力という事前情報からも、地面と足甲を反発させた、みたいな感じじゃないのか? それが全部ではないのかもしれないが、そういうことができることは分かった。あまり傷つかないように訓練用の木斧を持ってきたわけだけれど、もし普通に鉄のものを選んでいたら、最悪磁力で弾かれる、なんて展開もあったかもな。
ふたつめは、体当たりを手で受けたこと。要するに、「鎧に手で触れた」。すでにやつの胴体は、俺の『ワイアーム』の効果対象だ……鎧を引き寄せれば、中身も一緒に動くのだから。ただ、あんまり重いものだと効きが弱いんだよな。ある程度の妨害くらいにしか使えないかも。もっと色んなところタッチしにいきたいな。
「どうした? コーセー殿。立て」
「いろいろ考えることが多くてさあ」
尻もちをついた体勢の俺に対して、キルフリードは追撃を仕掛けてこない。それは、こいつの言う「誇り」のためか、俺のすぐ後ろに民がいるからなのかは定かでないが、とにかく、出来ないということがわかった。
「キルフリード様!! キルフリード様!! キルフリード様!!」
「なあ……盛り上がってんな、こいつら」
「……」
「最初は俺も、危険な目に遭わせちゃいけないなって考えていたんだけど」
「そうじゃないよな。お前ら、そういえば、戦うのが大好きな国民性だと聞いてたよ。実際これ。馬鹿騒ぎじゃん」
「何が言いたい?」
「お前は期待に応えるべきだということ。自らの領民のことを考えるなら今ここで取り敢えず俺に突っ込んで派手な戦いを見せてあげるべきだということ。どうせなら観客に、もっと楽しんでもらおうぜ」
「貴様が立って、向かってくれば良い話だ」
「そう何度も言うから仕方なく立ってやるけど。俺が言いたいことはそうじゃなくてさ。臨場感が大切なんだよ」
「埒が、あかんな」
「わかったわかった。察しの悪いお前に代わって、俺が手本を」
観客に向かって振り返る。
「見せてやる!」
「なっ……」
人の波に突っ込んだ。こんなに楽しそうなやつら、巻き込んであげなきゃ可哀想だもんな。
「コーセーーーーーッッッッ!!!!」
「“殿”はどうした!!!!」
熱狂の中でも聞こえるように、大声で応える。
倫理観やプライドのために尻込みをする人間が相手なら、それが、致命的になる状況を作ってやろう。
しかしキャアキャアと笑顔で喚いている民衆に、ドン引きだぜ。まともな感性のお前が可哀想だよ。
3
「ねえあいつ何してんの?」
「さ、さあ……」
あの日以来、コーセーさんとは顔を合わせていない。他の方たちのことも、可能な限り避けていたというのに……
三十分前。
「あ、トギメイだ」
「おや、体調は治りましたか?」
買い出しの途中に、捕捉されてしまった。ネルネリさんと、ダックスさん。そして、パンクレスとコーセーさんを治療していた、僧侶の女性。
「あ、はい、おかげさまで……」
「何買ってんの?」
「パンを……」
「へー。ちょっと面貸してよ」
「え?」
「今からコーセーがここの領主と決闘するんだけど」
「私たちも観戦するんです。仲間の晴れ舞台ですからね!」
「仲間……」
僧侶が顔を歪めるのを一瞬認めて、目を逸らした。あまり触れたくない。
「あ、ああ、だから、この盛り上がり」
「人多すぎるから壁になって」
「え……はい……」
そして現在、四人並んで立ち見をしているというわけだった。コーセーさんが向こう側の観客に突っ込んだ。ちらと目を向けると、ネルネリさんは悪態をつきつつ、いつも通り。ダックス様は、嬉しそう。エリーゼ様というらしい僧侶は、目に見えて嫌悪の表情をしている。ぼくは、どういう顔をしたらいいのだろうか。
あの時、ぼくが扉を開けて、飛んでいった斧は、凶悪な野盗の腕を破壊し……コーセーさんは勝って、犯罪者は逮捕された。
自分の行為が、そういう結果をもたらすと、考えていなかった。御者として危険な任務をやり遂げる決意くらいはしていた。だけど、荒事は関係ない、外にいるものだと思っていた。
今また、コーセーさんは観客を巻き込むという形で、戦いの内と外の壁を、破壊している。
それが怖いと思う。生き残るためには、運転手のぼくだって、武器を取らないといけない時はある。分かってはいるのに。
中に引き摺り込まれていくのが怖い。ダックス様の「仲間」という言葉は、重い。
分かっている。この間の一件で、理解はした。ただ運転するだけでは、いられない。そもそも、最初に襲われるのはぼくなんだから。当事者も当事者だ。
「これ、観ながら食べようと思ってたマフィン。パン二個と交換ね……あ、嘘。三個」
「……はい……」
「シャークトレードはいけませんよ!」
それに、彼らと話していて、居心地の良さを感じる時がある。
きっとぼくは、座っていないだけで、すでに囲われているのだ。旅の怖さからも、彼らとの関わりからも、急に降り掛かる考えていなかった役割からも、もう、逃げられない。
そこまで承知して、この“牆”の運転手としての覚悟なのだ。
……コーセーさんが負けたら、そういう危険が一回分はなくなるんだよな……




