20話 カンカンズ
1
「おい。こんな衆目の前でなんてよ、危ないとかって思わねえの? あんだろもっと、人気のない場所が」
「なんだ。無様を晒すのが怖いか」
「お前、俺を悪く見過ぎだよ。言ってること以上の意味はねーって」
「信じろと言うのも無理な話だな」
未だ目覚めないパンクレスの現状。それは俺の評判を、「野盗をやっつけた功労者」ではなく、「野盗をボコボコにしたヤバいやつ」に固定していた。
そんなやつと、愛される領主様の一騎打ちに、集まった観衆は尋常でない盛り上がりを見せている。
「……ま、そうだよな。いや、さすがにこうも俺に不利だと、文句のひとつも言いたくなるぜ」
手に持った木製の斧を強く握り、相手の方を見やる。白磁の鎧に、尺の長い槍。腰に刺した剣。装備の差が歴然すぎるだろ。
「その得物を選んだのはお前だろう? ……それに、私の領地だ。どうしたところで私に有利なのは変わらない」
「さすがだな。誇り高き騎士殿」
「えーそれでは。カンカンズ領伯爵キルフリード・ルイユ様と、シタン帝国騎士団“牆”所属、コーセー様の────」
「決闘を、始めさせていただきます」
こうなることは、必然だった。
2
二日前。
カンカンズの診療所で目が覚めた俺は、そのままぼーっとしているところをネルネリに発見され、ダックスによって自警団の事務所へと連行されていた。
「キレてたなーあいつ」
なんで私がいる時に目覚めないの!? って、そんなの俺の意思でどうにかなるもんじゃないだろ。
「それだけ心配していたということです。もちろん私も! 何事もなくてよかったですよ」
「あー……ありがとな」
病床から回復して、友達と並んで歩く。思えば今当たり前のようにしているこれは、元の世界で七年間求め続け、叶わなかったことだった。
しかしどうもスッキリした気分になれないのは、トギメイさんのあの顔が、ちらつくからだろう。
「な、パンクレスとは話したのか? その、儀式のこととか……」
「いえ、まだです。意識が戻らないみたいですね」
「ぁ……そう」
「コーセーさん」
「うん?」
「私が宗教騎士としてペーペーだった頃に、部隊の先輩から言われたことがあります。まあ、鵜呑みにしてほしいものではないのですが。頭の片隅にあると、たまーに楽になります」
「なんだよ」
「命を賭けているなら、命を取るで、ようやくトントン。それ以上を目指さなくては、やる価値がない、と」
「……ひでえ理屈だな」
「それ以上というのは、何でもいいです。持ち物を奪うとか、精神的に屈服させるとか」
「いいのかよ、神父様がそんな、バイオレンスなこと言って」
「だから、鵜呑みにしてほしくはないんですよ。けれど、兵士になるとね、よく苦しむ人がいるんです。相手を傷つけるのが、悪いことなんじゃないかと。自分が傷つくことへの覚悟は、とうにできているのにね」
それは俺の罪悪感を和らげるための言葉だったが、おそらく、かつてのダックス自身を指しているようでもあった。
「でも、『生きている』って、それでゼロなんですから。命がけで戦って、ただ生き延びましたでは、割に合わない。勝って、奪うべきだと。そして、ここからは私の考えですが……だからこそ、命をかけるべき場面を、選んでください」
ギャンブルのコインを命に置き換えたような、乱暴な理論だったが、最後の言葉は、なるほどと思った。
つまり、奪う覚悟がないなら、こっちも賭けちゃいけないと。
「着きましたね。自警団の本部。受付までは着いて行けますが、聴取はコーセーさん一人になると思いますので、頑張ってくださいね!」
「え、話を聞かれるだけではないの?」
「私はそれだけでしたけど。トギメイさんは疲れ切った顔で、ネルネリさんは目を吊り上げて帰ってきましたので」
「あ、だからあいつ留守番したがったんだ」
話しながら扉を開けると、そこにはすでに、自警団の団長殿が、腕を組んで待ち構えていた。超帰りてえ……
3
「早速だが」
その言葉と共に、机にノートをバンと叩きつけるキルフリード。取調室という言葉がぴったりの、狭く暗い部屋に、その音はやたら響いた。気が重い。
「ヤスラ・カンカンズ間で事件を起こした路上強盗についての聴取、を、始めさせてもらう」
「はあ」
「担当するのは私、カンカンズ領伯爵キルフリード・ルイユ」
「コーセーです……そちらは?」
「……」
「いないものと思っていい」
エリーゼとかいったっけ。僧侶の女性も、同席している……すごい気まずいんですけど。ネルネリが失礼なこと言いまくってたから。
「いえいえ、そんな、いないものって……この間は、どうも、すみませんでした…….あと、俺の脇腹も治してくれたみたいで、ありがとうござ……」
「おい」
「はい?」
「いないものとして扱えと言っている」
「んなこと言ったって、いるもんはいるんだから仕方ないじゃん」
「なんだと?」
一応下手に出ておこうと思っていたが、どうせ後でイライラしてボロが出そうなので、やめた。ネルネリお前の気持ち分かるよ!
「ねえ? エリーゼさん」
「あの……私があなたと喋りたくなくて、キルフリード様に頼んでいるので……」
「……」
絶句。
「と、いうことだ。話に戻るが、野盗パンクレスと実際に戦ったのは、貴様で相違ないな? 転移者・コーセー」
「はい。そうです。襲われてしまったものですから」
敬語に戻した俺の気持ちを、誰にも推しはかられたくない。
「……そうか……」
キルフリードは黙り込んで、その後、やたらと機敏な動きでピシと立ち上がり────
頭を下げた。
「感謝する。コーセー殿。パンクレスにはカンカンズの商人も二名殺害されていた。仇をとってくれたこと。礼を言う」
その言葉は俺の予想とは全く異なるもので、面食らったと言わざるを得ない。
「少し、痛めつけすぎではあるがな……」
顔を上げたキルフリードは、柔らかく口角を持ち上げてそう言う。
「結局、消えた馬とか人とかは、どうなったんですか?」
「ああ。五名全員が死体で発見されたよ。ダックス殿が処理したものの他に、馬二頭の死骸も見つかっている。パンクレスは林の奥の廃屋を一時拠点としていたようでな。その周囲に」
「……そうですか」
まあ、長く生かしておくタイプじゃないよな。
「また、その廃屋内には強奪したと見られる金銭や食料品も残っていた。ネルネリ殿にはテータという方から奪ったものがなかったか、と言われたが……あいにく金はひとつの袋で管理していたようでな。どれがそうかは判然としない」
そりゃそうだ。奪った人別で管理なんかしてたら、非効率だし。というか悪趣味すぎる。
「そこまで聞いて怒って出て行ってしまったのでな……伝えておいてほしいのだが。騎士団本部に掛け合って、支払われていた金額を確かめ次第、遺族に送り届ける予定ではある。時間は向こうの対応の速さにもよるが、三ヶ月……二ヶ月以内には」
「あ、ありがとうございます。俺がリブライトに来た日に、目の前で死んだ人なんすよね。パンクレスにやられて」
ていうか俺、転移者手当を取り返した金だって言って、ワカさんにあげちゃったんだよな……どうすっかなこれ……
「パンクレスに関しては、このあたりでいいだろう。それで、ここからが本題だが」
「へ?」
「率直に言おう。コーセー殿。“十壊器”がひとつ、“信壊”シズルムの蒐集を────」
「断念してもらいたい」
4
「また、なんで……」
「“信壊”シズルムは、我々カンカンズ貴族が長年求め続けていたもの、だからだ」
そういえば、ヤスラの酒場でそんな話を聞いたっけか。何人もの貴族が挑み、そして生きて帰らない。俺たち“牆”がそれをなんとかしてしまったら、横取りと言えなくもない。
「今現在、我々自警団を中心とした二十名の部隊を編成し捨て子谷の攻略作戦を準備している。隊長は私。副隊長はこのエリーゼだ」
「あ、だからいるんすね」
「……」
なにか言えよ……
「我々の宿願に、貴様らを介入させるつもりはない。安心しろ。モノは渡す」
「シズルム自体が欲しいわけじゃないんすか? なんべんも試してるんでしょ?」
「悪趣味な玩具にはさして興味ない。私たちが取り戻したいのは、『誇り』だよ」
誇り。想定していない言葉に硬直した俺から視線を外し、キルフリードはふっと息を吐いて言った。
「陛下からは、何も聞いていないのか?」
「シズルムが、叫びを上げる凄い盾だってことくらいは」
それも、情報源はダックスだが。あの帝王、振り返ってみるとマジで大したこと教えてくれなかったな。
「そこじゃない……カンカンズの、歴史のことだ」
またもダックスの言っていたことを思い出す。ヤスラの見張り台は、シタン統一の以前に敵国カンカンズ方面の様子を見るため建設された。つまりカンカンズはかつて独立した国だったが、侵略されて今がある。あの神父、振り返ってみるとマジで色々と教えてくれてるな。
「なんだ、少しは知っているみたいじゃないか」
俺は何も言わなかったが、伯爵は反応を見て察したようだった。
「二本の《神器》と引き換えにシズルムを受け取った、馬鹿な王族の末裔が、私になる」
「!!」
「三百年の昔。シズルムに依存し、心を疲弊させた時から、この地の人間は未だに立ち直っていない。だからこそ我々は、その原因であるあの憎き大楯を、勝ち取らなくてはいけない」
どうする。言っていることは……すごく、真っ当に聞こえる。
「バード帝王は言ってましたよ。欲しいのは“十壊器”という『権威』だって……でも。それは確かに周り……海の向こうの奴らからすりゃ、すげえと思うかもしれないけれど。俺らみたいな、余所者の集まりが集めてきたとこで、今ここに暮らす人たちには、だからなんだ、っつーことですよね」
「察しが良くて助かる。だからこそコーセー殿。貴様らはこの街で観光でもしながら、待っていればいい。我々の凱旋を────」
「でもそれじゃ、困るんすよ」
「なに?」
事情はわかる。気持ちもわかる。この人からすれば俺らなんて、急に帝都から押し付けられた、ぽっと出の意味分かんねー奴らだ。
だけど、俺にだって事情はある。大聖女シエラの痕跡を辿るという目的が。それに……
「特別な知識はいらない。技術もいらない。ただし君には、英雄。物語の英雄に、なってもらいたい」
どいつもこいつも、ガワだけの英雄になれだの、待ってりゃ成果物は渡してやるだの。
気まずいんだよ。そういうの。
「“信壊”シズルムは、俺らが手に入れる」




