19話 僧侶
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カンカンズ自警団と名乗る男の介入は、俺にとって願ってもないことだった。
「私は隊長のキルフリード。名乗れ」
紋様の刻まれた白い鎧に身を包む、長い金髪の男。圧があって嫌な感じだな、というのがファーストインプレッションである。だが隊長というだけあって、この状況に冷静でいるのは彼と、その陰に隠れている女性だけのようだった。後ろにいるその他五人は、どよめいていて落ち着きがない。黙ってくれねえかな。
「……帝国騎士のコーセー。ヤスラからカンカンズに行く間で野盗に襲われたんで、応戦しました」
一応“牆”はシタン帝国騎士団のいち部隊ということになっているので、この説明で間違っていないと思う。
というかもう、なんでもいいから。自警団だかなんだか知らねえけど、さっさとパンクレスを連れてってくれ。
「コーセー、だと? いや……その前にこちらか。エリーゼ。止血だけはしてやれ。話は聞かねばならんからな」
まあ、そうなるよな。
「は、はいっ」
薄桃色の、到底戦地へ赴くとは思えない格好をした女性が前に出てくる。
「僧侶だ。めずらし」
いつの間にかフードを目深に被っていたネルネリが、小さく呟いた。俺も向こうに聞こえないよう、小声で返事する。
「僧侶?」
「回復魔法を使う人。たぶんオロク教所属じゃない?」
「回復魔法」
「うん」
「先にダックス見てもらえるように頼んじゃダメかな? 倒れてるんだよな」
「魔力切れだからごはん食べれば治るよ」
一瞬、エリーゼと呼ばれた僧侶の顔が固まって、ネルネリの言葉を聞いて、今度は息を吐いた。そういえばダックス、オロク教の偉い人だったな。
「あ、ケガじゃないんだ……あれ、てかオロク教って、魔法NGなんじゃなかった?」
「ドドイデアは紛争多いから。その都合で……回復魔法はOKなんだよね。それが余計ムカつく」
批判される側からすれば、例外を作ってんじゃねえよ、と。当然の反感である。
「あの……」
エリーゼさんが、俺の前で立ち止まって、上目遣いで見てきた。
「“牆”の人、ですよね。“十壊器”の」
「え」
知られているとは。
「ダックス様直属の部下だからって、あんまり勝手なこと、言わないでほしいですっ……」
そう言って通り過ぎ、パンクレスの方へ向かう。地獄耳か。こそこそ話してた意味がないじゃん。ていうか、好き放題言ってたのネルネリなのに、なんで俺だけ怒られるんだよ。しかも、部下だって?そういうことになってるの?
「や、失礼しました……」
「チッ」
ネルネリ。舌を打つな。
僧侶は倒れ込み血を流す野盗の前にしゃがみ、苦い顔をした後で、最も重大な患部……左腕の付け根に向かって、両手をかざす。
「主よ……イッコほど。いただきます」
「一個ってなに?」
「ざこ。一壺だよ。一滴とか、一匙とか、回復魔法の単位みたいなもの。神サマから力をこれくらい借りますねーって」
「壺っていうと、じゃあけっこう多い部類か。そうだよな……」
左腕を、切断してしまったわけだから。
「馬鹿みたいだよね。自分の魔力だろうに。どこから借りてんのって」
「余計なひと言やめろ」
エリーゼさんがこっちを振り向いて睨んでいる。ごめんなさい。ネルネリに質問すると、その答えにプラスして悪意ある発言が返ってくることが分かったので、俺はもう黙っていることにした。
「治りなさい────」
僧侶がそう言うと、手をかざしている患部まわりの空間が歪んでいるような、ぼやけているような、それでいて少し明るいような。カメラのエフェクトを何重かにかけたみたいになる。そしてだんだんと、傷が治っていく……といって、腕が生えてくるわけじゃない。少しずつ傷口が埋まっていくような……要するに、自然な治癒を、尋常でない早回しに眺めているような感覚だ。
大怪我からの奇跡の復活!! みたいなドキュメンタリー番組に映る、快方へ向かうまでのダイジェスト。印象としてはそれが近い。目の前で起きていることなのに、明朗に見えないこともあって、画面越しみたいな距離感の遠さを覚えるのだ。
「……セー。コーセー?」
「あ……?」
「大丈夫? なんか、顔。青いけど」
「いや……考え事してた、だけ……」
なんだか頭の中にモヤがかかったような気分だ。モザイク越しとはいえ、けっこうショッキングな映像で、血の気が引いてしまったか……いや、違う。俺、そういえばパンクレスの魔法で、脇腹────
こんな形で気を失うのは、そういえば、この世界に来た日ぶりであった。
2
「うぐ……」
「あ……目が覚めましたか!?」
「ええ……」
「ああ! ダックス様。大事なくてよかった……!」
そうか。ネルネリさんに助けてもらった後、魔力切れで……十代以来でしょうか。いけませんね、過信は。私はもう、戦場を離れて長いというのに。
「あなたは確か……カンカンズの」
倒れた後にカンカンズの人間に回収された? ということは、かなりの時間が経っている?
「エリーゼです。お久しぶりです。お会いしとうございました」
一年ほど前、カンカンズの教会で会ったことがある。当時はびくびくと怯えている印象だったが、元気そうでなにより。ガンガンと痛む頭を無理やり持ち上げ身体を起こすが、視界には彼女しかいない。
「あ! まだ動かない方が────」
「エリーゼさん。私の仲間……コーセーさん、ネルネリさん、トギメイさんは」
「仲間」
「はい」
「……全員、“牆”の馬車に乗っています。命に別状なく。トギメイさんが戻してしまったり、体調がすぐれないようで、運転は私たち、カンカンズ自警団の人間がしていますが……」
最悪の可能性まで想定に入れた質問だったが、杞憂でよかった。まあ、あのネルネリさんがいて全滅という可能性は、薄いですね。ゴミ処理の業務を覗き見した時は、火力に目が行きましたが……魔力を制限した状態での魔法を見ると、むしろ凄まじいのは速さ、動作のなさ、精密さ。技巧の方だと分かる。あれは本気で戦えば強い。
「野盗は、どうしました」
「私たちの長の、キルフリード様の命で、私が治療をしまして。生きてはおります。隊長と隊員二名の三人で監視していますが、まだ意識は戻っていないんじゃないでしょうか」
「……」
「正当防衛、だとは思います。悪人なのも、ヤスラからの報告で分かっております。カンカンズの御者も、被害に遭っていますし……ただ、あまりにも、惨い……破壊痕が、身体中に」
右上腕の深部刺創。左腕切断。鼻骨複雑骨折。前歯二本欠損。睾丸破裂。エリーゼさんから語られるパンクレスの負傷は、明らかに致命のもの。心の準備さえできれば無情に戦うことのできる人間だと、そうは思っていましたが……
「私の落ち度ですね。彼は戦闘の訓練を、二ヶ月しか積んでいません。武器術と、とにかく相手を倒すこと。それしか教えることができなかった」
「そんな! ダックス様は悪くなんて」
「命を奪わずに戦いを終わらせる術。例えば気絶させる。捕縛する。そういう方法を、コーセーさんは知らないはずです」
それだけのことではないと思うが、それもまた一因であると思う。エリーゼさんは、納得いかないという表情だが。
「……私、あの人の脇腹も治しましたけど。あんな、変な人、初めてなんですっ」
光魔法。『神秘』と『定義』、『命令』を司る魔法。
僧侶の回復魔法に落とし込めばこうなる。
僧侶という特殊な職業と制服、祝詞が表す『神秘』性。治す側と治される側、倒れる者とそれを上から見る者という、対等でない関係の『定義』。そして上位にある者より投げかけられる、「治りなさい」という『命令』。
手指の動きを魔法式に組み込むような魔法に一般的な仕組みを、大仰に、シチュエーションごと作り出す。
魔法そのものの仕組みをよく知らずとも、このメカニズムにより、才あれば使うことができる。だからこそ、回復魔法はオロク教でも許されている面が強い。魔法なのに、一見ロジカルではないのだ。
そしてこの仕組みは、ある程度対象者の性格を測ることもできる、と言われている。
「パンクレスさんは、意外と、すんなり力を受け入れてくれたのですが……あの人はっ……」
私には分からない感覚ですが……要するに「定義」と「命令」への反発。素直かそうでないか、くらいのものでしょうか。精神性によって回復魔法の効きが良かったり悪かったりするそう。僧侶はしばしば、これで人の善悪を見る。
「魔法をかける前は、すごく、受け付けない感じなのに、魔力が触れた瞬間に、吸い込まれるみたいに、どんどん治って……傷が塞がった瞬間に、また、弾かれたんです!」
「まあ、コーセーさんって、そういうところある気はします」
「明らかに治るのがはやすぎるしっ、なのにあんな、トゲトゲした感じ……私、怖いです、あの人!! 普通じゃ、ない……」
「転移者ですから、特別なんでしょう」
ネルネリさんが「転移者ボーナス」という言葉を使っていたのを思い出して、引用した。
思えば出会った際も、折れたばかりの骨が治りかけていた。指の火傷も痛がっていた割に、翌日には完治していたようだし。脚も異常に速い。投擲した武器の威力も、動物の頭部を粉砕するほどに強い。
普通ではない。
そもそも。
怪我をした状態で現れた転移者や、戦いの最中でこの世界に放り込まれた転移者の話がある。
寝たきりで、魔力の存在すら知られていない世界からの転移。本人の言う転移前の状況と、今の彼は、乖離が大きすぎる……
だから、余計に面白いと思う。しかし一方で。こうも思う。
「ただ、身体や異能が特別なのは、コーセーさんの大事なところではないんですよ」
「え?」
「だって、人格的な面倒臭さの方が、よっぽど目につきますからね! ハッハ!」
ダックス・ハルマンは、転移者として、以上に、人として彼を気に入っているのだ。




