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漂流世界に打たれた杭  作者: 百葉箱覗き
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18/42

18話 破壊

序


 常來夏(とこしえらいか)を信仰している。


1


 積極的なのは、ここまでだった。


 言葉の中に、行動に、虚実入り混ぜて相手をコントロールし。

 右腕を潰し、左腕を切り落とし、鼻骨を粉砕した。


 ────勝った。


 そう思うと同時に、なにか糸が切れた。自分の中に、雑念がどんどんと浮かび上がってくる。


 右腕を潰し、左腕を切り落とし、鼻骨を粉砕した。


 これ以上は戦いではなく、単なる暴力じゃあないのか?


 違う。生かしておけばまた何かする。こいつの今までの所業を忘れたのか。


 「ギャ……」


 叫び声を上げようとする野盗。その口に、斧の柄を突っ込んだ。咄嗟のことだった。この瞬間に俺は、対応者。受け身になっていた。弱った相手に自分から攻撃することが、できない。だから動いてから潰す。向かってくるので仕方ない、というように。


 殺す? 本気で言ってるのか。俺が? 人を? いや……答えは出ている。左腕じゃなく、頭か心臓を叩き割っていれば良かっただけなのに、俺はそうしなかったんだ。


 ……これだけ流血・欠損させておいて? 動物相手は簡単にやっておいて。一線にしがみつくのか? 昨日の魔犬よりも、この野盗の方が優れた生き物なのか? 強盗殺人に死体損壊、動物虐待……死んだほうがいいだろ、こんなやつ。


 生かして法に裁かせるべきだ。昔見たアニメで、主人公がそんなことを言っていた。


 この世界の法律が、なんだよ。知らねえだろ。そんなの────


 「〜〜〜〜〜ッ!!」


 両腕を壊され、喉奥まで刺さった木の棒で動けないようにされ、パンクレスは脚を使ってきた。狙いは魔法を受け出血している、俺の右脇腹。


 まだ動くのか。


 異能『ワイアーム』を使い、パンクレスの右腕に刺さった斧を引き寄せる。右前方に斧ごと身体が引かれ、左脚でキックした相手の姿勢は、腰が引けた状態になる。加えて、斧が余計食い込んだ痛みが、さらに力を奪う。弱い。苦し紛れの攻撃で、状況を改善するどころか股を開き急所を晒す野盗。俺はそこに、全力の膝蹴りを叩き込んだ。


 正当防衛とは言い難い所業だ。


 声の出せないパンクレスが、俺の膝に寄りかかるように倒れる。もう戦う気力は残っていないのだろう。しかしそれも今だけ。痛みが引けば、元の通りの悪魔になる。だったら……


 また、死なせることを考えている。


 「う……」


 睾丸を潰した膝に寄りかかるように倒れるパンクレスを、思わず振り払う。泡を吹きながら地面に倒れたそれは、完全に意識を失っていた。


 心から安堵した。相手が何度も何度も立ち上がって、戦いを続けていたら。いつか、命を奪う結論に向かう気がしていた。怖かったのはそれ自体ではない。確実に「できた」タイミングで敢えてしなかったという選択が……モラルではなく、もっと邪悪な感情に由来するものではないかという、疑念が生まれたこと。


 來夏に顔向けできる人間でありたい?

 

 笑止。


 俺はずるいやつだ?


 随分と緩い自己評価だ。


 「あんたみたいなのが、無理やり絞り出した優しさの方が────まだ乗っかる気になる」


 俺みたいなのが?


 俺、こんなだぜ。


2


 「コーセー!」

 「あ……」


 ネルネリが、馬車の裏側から走ってくる。軽やかな足取り。そのままで、切断されたパンクレスの腕を、一瞥もせず跨いで。俺のすぐ前に。


 「よかったー。すごいね……あ、ダックスのがヘロヘロだったから、私、そっち見てたんだけど」


 ごく自然に話しかけてくるネルネリ。それよりも、俺は彼女の向こうにいる、トギメイさんから目を離せなかった。


 もともと二日酔いで悪かった顔色が、蒼白になっている。


 目の前で行われた、俺がやった、残虐な行為に対する表情に、違いなかった。


 「ねー聞いてんの? ダックスがぶっ倒れてるから馬車に引き上げようって……あ」


 魔女が両手で口元を覆うポーズを取る。釘を刺した跡が、痛々しく映る。


 「また、私がやってあげようか」

 「違うッ……」


 ネルネリの右肩と左手首を掴んで凄んだけれど、続く言葉がない。

 怖い。


 昨晩、俺は彼女と、少し分かり合えたと思う。でも、だからこそ、俺も、こいつも、何か壊れている。


 傷の舐め合いが、判断の基準をおかしくしてしまっている。俺は、多少の悪辣さを許容できるように。ネルネリは……


 私たち以外ぜんぶ、こうしてあげる。


 昨日の会話が、ネルネリの世界を、狭めてしまったんじゃないか?


 「違う、そんなんじゃ、なくって……」

 「ていうかほっといたら死ぬよね。嫌なら、私が傷跡焼いちゃおうか? コーセー。どうする? 任せるよ」


 そのために、また釘を手に刺すのか? そんなこと、させたくない。だったら。


 「いや……お……俺が……」

 「総員武器を捨てろ!!」

 「!?」

 「なンだよ……」


 ネルネリが低い声で悪態をつく。


 「我々はカンカンズ自警団。ここで何をしている!? 事情を聞かせてもらうぞ……」


 俺たちの進行方向に現れた、華美な鎧を纏う男たちは、そう名乗った。

 「助かった」、と思った。


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