18話 破壊
序
常來夏を信仰している。
1
積極的なのは、ここまでだった。
言葉の中に、行動に、虚実入り混ぜて相手をコントロールし。
右腕を潰し、左腕を切り落とし、鼻骨を粉砕した。
────勝った。
そう思うと同時に、なにか糸が切れた。自分の中に、雑念がどんどんと浮かび上がってくる。
右腕を潰し、左腕を切り落とし、鼻骨を粉砕した。
これ以上は戦いではなく、単なる暴力じゃあないのか?
違う。生かしておけばまた何かする。こいつの今までの所業を忘れたのか。
「ギャ……」
叫び声を上げようとする野盗。その口に、斧の柄を突っ込んだ。咄嗟のことだった。この瞬間に俺は、対応者。受け身になっていた。弱った相手に自分から攻撃することが、できない。だから動いてから潰す。向かってくるので仕方ない、というように。
殺す? 本気で言ってるのか。俺が? 人を? いや……答えは出ている。左腕じゃなく、頭か心臓を叩き割っていれば良かっただけなのに、俺はそうしなかったんだ。
……これだけ流血・欠損させておいて? 動物相手は簡単にやっておいて。一線にしがみつくのか? 昨日の魔犬よりも、この野盗の方が優れた生き物なのか? 強盗殺人に死体損壊、動物虐待……死んだほうがいいだろ、こんなやつ。
生かして法に裁かせるべきだ。昔見たアニメで、主人公がそんなことを言っていた。
この世界の法律が、なんだよ。知らねえだろ。そんなの────
「〜〜〜〜〜ッ!!」
両腕を壊され、喉奥まで刺さった木の棒で動けないようにされ、パンクレスは脚を使ってきた。狙いは魔法を受け出血している、俺の右脇腹。
まだ動くのか。
異能『ワイアーム』を使い、パンクレスの右腕に刺さった斧を引き寄せる。右前方に斧ごと身体が引かれ、左脚でキックした相手の姿勢は、腰が引けた状態になる。加えて、斧が余計食い込んだ痛みが、さらに力を奪う。弱い。苦し紛れの攻撃で、状況を改善するどころか股を開き急所を晒す野盗。俺はそこに、全力の膝蹴りを叩き込んだ。
正当防衛とは言い難い所業だ。
声の出せないパンクレスが、俺の膝に寄りかかるように倒れる。もう戦う気力は残っていないのだろう。しかしそれも今だけ。痛みが引けば、元の通りの悪魔になる。だったら……
また、死なせることを考えている。
「う……」
睾丸を潰した膝に寄りかかるように倒れるパンクレスを、思わず振り払う。泡を吹きながら地面に倒れたそれは、完全に意識を失っていた。
心から安堵した。相手が何度も何度も立ち上がって、戦いを続けていたら。いつか、命を奪う結論に向かう気がしていた。怖かったのはそれ自体ではない。確実に「できた」タイミングで敢えてしなかったという選択が……モラルではなく、もっと邪悪な感情に由来するものではないかという、疑念が生まれたこと。
來夏に顔向けできる人間でありたい?
笑止。
俺はずるいやつだ?
随分と緩い自己評価だ。
「あんたみたいなのが、無理やり絞り出した優しさの方が────まだ乗っかる気になる」
俺みたいなのが?
俺、こんなだぜ。
2
「コーセー!」
「あ……」
ネルネリが、馬車の裏側から走ってくる。軽やかな足取り。そのままで、切断されたパンクレスの腕を、一瞥もせず跨いで。俺のすぐ前に。
「よかったー。すごいね……あ、ダックスのがヘロヘロだったから、私、そっち見てたんだけど」
ごく自然に話しかけてくるネルネリ。それよりも、俺は彼女の向こうにいる、トギメイさんから目を離せなかった。
もともと二日酔いで悪かった顔色が、蒼白になっている。
目の前で行われた、俺がやった、残虐な行為に対する表情に、違いなかった。
「ねー聞いてんの? ダックスがぶっ倒れてるから馬車に引き上げようって……あ」
魔女が両手で口元を覆うポーズを取る。釘を刺した跡が、痛々しく映る。
「また、私がやってあげようか」
「違うッ……」
ネルネリの右肩と左手首を掴んで凄んだけれど、続く言葉がない。
怖い。
昨晩、俺は彼女と、少し分かり合えたと思う。でも、だからこそ、俺も、こいつも、何か壊れている。
傷の舐め合いが、判断の基準をおかしくしてしまっている。俺は、多少の悪辣さを許容できるように。ネルネリは……
私たち以外ぜんぶ、こうしてあげる。
昨日の会話が、ネルネリの世界を、狭めてしまったんじゃないか?
「違う、そんなんじゃ、なくって……」
「ていうかほっといたら死ぬよね。嫌なら、私が傷跡焼いちゃおうか? コーセー。どうする? 任せるよ」
そのために、また釘を手に刺すのか? そんなこと、させたくない。だったら。
「いや……お……俺が……」
「総員武器を捨てろ!!」
「!?」
「なンだよ……」
ネルネリが低い声で悪態をつく。
「我々はカンカンズ自警団。ここで何をしている!? 事情を聞かせてもらうぞ……」
俺たちの進行方向に現れた、華美な鎧を纏う男たちは、そう名乗った。
「助かった」、と思った。




