33 会えない日々
ルフィナやその関係者の女子生徒達が『ヨークの森事件』から騒々しい日々を過ごしていたが、日が過ぎると騒ぎは終息し、また穏やかな日々が始まった。
だが、前よりもルフィナの回りは賑やかになっていた。友達が沢山増えたからだ。
勉学にも励み、充実した毎日を迎えていたのだが、ルフィナにはここ最近悩みがあった。
それはヨークの森を最後に、レオトニールと会っていないのだ。
ルフィナがお礼を言いに、王宮に出掛けても会えずに帰された。
(もしかして、あのお腹の音で幻滅されちゃったのかも? それでもう私の事は嫌いになった?)
授業中にそればかり考えて、先生の講義は全く頭に残っていなかった。
「ルフィナ、明日のためにテスト勉強しない?」
「何? 明日テストって?」
ベネットに言われて現実に引き戻された。
「聞いていなかったのぉ? ルフィナが珍しいですわね」
シルヴィアンが心配してルフィナの額に手をやる。
「ふむ、熱はないようね。体は大丈夫?」
シルヴィアンがルフィナを覗き込む。
「ええ、大丈夫よ。明日のテストの事を全く聞いていなかったの。テストの範囲を教えてくれない?」
二人もルフィナの心配事の内容を少し把握している。
と言うのも、今この王都で変な噂が流れているせいだった。
それは、レオトニール王太子が婚約中のロペス侯爵令嬢のルフィナと、婚約破棄をするのではという憶測が飛び交っていた。
ルフィナ自身もその噂を聞いていた。しかも、現実にレオトニールには会えていない。
こんな時、学園に来ると好奇の目に晒されそうだが、今の学園にルフィナに不躾な態度を取る生徒は殆どいなかった。
屋敷にいる方が、両親の労りの眼差しを向けられて辛かった。
学園では、ベネットとシルヴィアンの鉄壁の守りもあって、気にせず自由に過ごせている。
でも、ルフィナの心は晴れるわけではなかった。肝心のレオトニールには会えず真相も聞けない。
もしレオトニールが婚約を破棄したいと思っているならば、はっきりと言って欲しいと思っていた。
こんな中途半端な状態の方が辛くて、気持ち的にもいっぱいいっぱいで気持ちは萎れていくばかり。
「ほら、テスト範囲を教えてあげるから、四阿に行こう」
ベネットがいつもよりも一層元気に声を出している。
ありがたいなと思いつつ、二人に背中を押されてルフィナは学園の庭園に向かった。
いい風が吹いている。
三人は昼食を食べながら、テスト問題の出し合いをして昼休みをのんびり過ごした。
幼い頃にはレオトニールと離れたくて必死に逃げていたのに、今はレオトニールから距離をおかれる事に心が悲しくて悲鳴をあげている。
レオトニールに別れて欲しいと言われて受け入れられるだろうか・・・。
ルフィナは再び遠くを見ていた。
「さぁ、午後の授業が始まるから、教室に帰ろう」
ベネットに言われてルフィナは自分が再び呆けていたのを気付いた。
ベネットとシルヴィアンの眉が下がっている。二人はルフィナ以上に神経を張り巡らしているようだった。
(二人にこれ以上心配をかけてはいけないわね。もっと強くなろう)
ルフィナはほっぺを両方の手でパンッと叩いた。
「よし、前を向いて歩いていくわ」
二人はその行動に驚き目を見開いてルフィナを見たが、引き締めた顔を見て安心したようだった。
ルフィナが教室に戻り、いつもと変わらず授業をうけた。
◇□ ◇□ ◇□ ◇□
アンネッタ・ルーゴ公爵夫人は、昼からご機嫌でワインを飲んでいた。
こんなにも愉快なのは久しぶりだとまた一口グラスを傾ける。
アンネッタにとって一番ではない事は受け入れ難いものだった。
若い頃から、いつかこの国のトップに立ち、全ての者がひれ伏すのを夢見ていた。だが、現国王・エルベルトが王太子の時に自分ではない女を妻にしたのだ。
しかも、身分の低い女に頭を下げなくてはならない。
少女時代のアンネッタの夢はガラスをハンマーで叩いたように粉々に割れて散った。
しかし、アンネッタは諦めていなかった。王が選ばないのなら、自らの足でそこに登って立てばいいのだ。すぐにルーゴ公爵の妻の座を手に入れた。
欲深い夫をすぐに手懐ける。そしてルーゴ公爵に靡く者を味方に付けていく。
「この国のトップに立てるのね。もう少しだわ」
アンネッタは夫のルーゴ公爵に切々と訴える。
「この王家は元々ルーゴ家の物だった筈。正当性ではルーゴ家が王家に最も近い血筋なのです。私の友人達が貴方を王にしようと動いてくれています。そうよね? ザイラ」
ザイラは横領の罪で取り調べで、地下で拘留されていた筈だったがアンネッタが手を回してここにいる。
「アンネッタ様。約束は守って下さいね。絶対にレオ卜ニール様は殺さず絶対に絶対に生かして捕まえて下さいね」
ザイラはアンネッタがレオトニールを最後には始末してしまうのではと不安だった。だからこそ今までアンネッタの言う通りに、動いていたのだ。
「わかっているわ。それより本当に貴族達はこちらに付くのだろうね?」
アンネッタはザイラの頼みを聞く気もなかったが、レオトニールを餌にすれば都合よく動く娘をまだ信じさせておく必要があった。
ザイラはアンネッタの返事に胸を撫で下ろす。
「勿論です。元々反王家の最大派閥のシリー家は勿論の事、この度リッツ家も快諾してくれました。その他も声を掛けた多数の貴族から、色好い返事が頂けました」
ザイラは報告をしながら、目を細目てレオトニールとの甘生活を想像する。
(もう少しだわ)
二人の女が求めているものは、全く違うものであるが、本質的には同じなのかも知れない。
一人が執着するしているのは男。もう一人が執着しているのは権力。
違うようで根本は自分だけの幸せのためならば、他の物はいかなる手をを使って排除しようと構わないと思っているのだ。
二人の共通点はそこにあった。
そして、この二人はお互いに手を貸してはいるが、自分の目的の為が達成した時はお互いに邪魔な存在になる。
アンネッタは謀反が成功した後、ザイラが切望しているレオトニールを生かしておく気はさらさらなかった。
元王太子が生きていれば、厄介事しか起こらない。
いつ今度は自分がレオトニールに襲われるか分からないのだ。
きっとレオトニールを殺せば、ザイラは大騒ぎして、色々と裏でさせていた事を自暴自棄になってばらすかも知れない。
この謀反の成功するまではザイラは生かしているが、それまでだとアンネッタは思っている。
(陛下の愛人になれていれば、もっと違う使い道を与えてあげれたのだけれど、残念ながら陛下は元の愛妻家にもどってしまったもの。もうザイラは用済みね)
アンネッタは、ザイラがレオトニールとの生活を想像してうわの空なのをいい事に、不遜な笑みをザイラに向けた。
ザイラはアンネッタの笑みを違う意味で捉えていた。
(アンネッタ様は、きっともうすぐ手に入る権力に酔いしれているのかしら? でも、つかの間の天下ですけどね。レオトニールがいるんだから、落ち着いたら私がこの国の王妃になるに決まっているじゃない。私は悲劇の王子を支えてあげるの。きっとレオトニールは感激してくれるわ。それには反乱に乗じて真っ先にしないといけない事があるわ。あの邪魔な女を殺さなければ・・・もう二度と転生出来ない方法でね)
ザイラは手にした短剣を横に持ち、その剣身を指でなぞる。
サファレスからもらった特別な短剣。柄は紫色の布で巻かれている。剣身は真っ赤な血が滴って切っ先に常に流れているような波紋がある剣だ。
これで刺せば今後転生する事は出来ない魔法の剣だ。
(執拗なあの女にぴったりな剣だわ)
これを使う日がもうすぐ来るのだ。ザイラは楽しみで仕方なかった。




