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32  ヨークの森(3)


ルフィナは、手詰まりとなっていた。

魔物は一度は退けたが、再びやってくるのは間違いない。


その時、今度は魔力切れを起こす生徒も出てくるだろう。


だから、一刻もこの場所を離れたかったが、間違って森の奥に進み巨大魔物の生息地に入ってしまうかも知れない。


どうする?

苦渋の決断に迫られた時に、懐かしい音が森に響いた。


花火?


空を見上げると、僅かに赤い光りが見えた。

生徒がざわめき出す。


「ワー珍しいわ。こっちは緑の花火だったわよ」

誰かがそう話すのを聞いて、ルフィナは考える。


きっとこの花火は私達への何らかの合図だ

今までこの世界の花火には色がなかった筈だ。


では、わざわざこの為に色を付けたのだ。

つまり緑と赤の意味は・・・


信号?


この花火の向こうにベネットが待っている。ルフィナは確信した。


「皆さん、この色は緑の方角が出口です。幌馬車に乗り込んで下さい。この迷いの森から脱出します」

ルフィナが僅かに見える緑色の光りを指差す。


「「「はい」」」

なんだか、軍隊のようなキビキビした動きと返事で女子生徒は動き出した。


馬二頭はルフィナを信頼して、花火の音にも怖がらず、大人しく従ってくれた。


緑の光りを頼りに進んで行くと、木々の間からどんどん大きくなる緑の花火が見えてくる。

そして、沢山の人も・・・

そして、その人達の間で大きな歓声が起こった。


「凄いぞ!本当に帰ってきた!!」

心配して駆け付けていた生徒の両親が、幌馬車に駆け寄り娘の無事を確かめようと、あちらこちらで名前を呼んでいる。


ルフィナは帰って来れたのだと実感した。その後ろから御者台に上ってきたベネットに後ろから抱きつかれた。

「やっぱり、ベネットが花火に色を付けてくれたのね。きっとこの先に貴女がいるって信じていたわ」

ルフィナは肩に巻き付いたベネットの腕を擦る。


その腕が震えている。

「花火に色を付けてくれたのは

ジョルオサ先生とハシム先生とメルクレオ様よ。私はアイデアを出しただけよ。でもきっとルフィナはわかってくれて、みんなで戻ってくるって信じていたわ」

ベネットが強く腕に力を入れてルフィナを抱き締める。前からはシルヴィアンが抱き締めてくれた。

ルフィナがサンドイッチ状態で挟まれて、横を見るとメルクレオとジョルオサとハシムが手を振っている。

それに応えようといたが身動き出来ないので頭を下げた。


帰って来れた安堵と、友に挟まれたルフィナは暖かな気持ちが心に染み渡る。

始めての友二人が困難な時は勇気をくれて、そして暗い道を文字通り照らしてくれた。


一頻り無事を喜びあったシルヴィアン、ベネットも迎えの両親と帰路に付く。

二人は「また、明日ね」と手を振った。


ルフィナも帰ろうと荷台から降りようとしたが、地面に足は着かなかった。

レオトニールが抱き上げて、そのまま高い位置で放さなかったからだ。自然とルフィナのお腹にレオトニールの顔がある。


「レオ様下ろして下さい。皆が見ています」


「見させておけ。ルフィナの顔を見るまで生きた心地がしなかった・・」

レオトニールの顔には心労が滲む。心配させてしまったのは本当に反省していた。

この事件はルフィナが狙いだろう。ルフィナは他の生徒を巻き込んでしまった事も自覚している。

「レオ様の言う通りに屋敷で待機していれば、こんな事は起こらなかったでしょう。弁解のしようもございません」

自分の我が儘でこうなったのだ。

忙しいレオトニールにも多大な迷惑を掛けた。

沢山の騎士や、生徒やその家族にも・・・


「そんな顔をするな、ルフィナのせいじゃない。それよりも無事に帰って来てくれた、それがなによりだ」

レオトニールはいつもの優しい顔でルフィナを許す。


「レオ様・・ありがとうございます」

ルフィナはこの強く優しい腕に帰って来れたのだと漸く安心した。


しかし、ずっとこの位置で抱き締めて欲しいわけではない。

少し焦りを滲ませるルフィナ。

何よりも地面に下ろして欲しいわけがあった。


「今回の事、重々反省しておりますゆえ、一旦下ろして下さいませ」

こんな風に懇願するルフィナが珍しく、レオトニールは口の片端をクッと上げて笑う。

「そんなに焦るルフィナを放す訳がない。理由を言ったら放してあげるよ」


ぐるるるるーー・・・


理由を言うより先にルフィナのお腹が鳴った。


「・・・・(微笑み)」

「・・・・(泣)」


真っ赤になったルフィナを隠すようにお姫様抱っこに変えたレオトニールは、回りの騎士や、関係者に指示を飛ばす。


「女子生徒は全員無事帰還した。本日の事は後日聞き取り調査を行うものとし、一刻も早く疲れている生徒を家に帰す事を優先する」


レオトニールは微笑んだまま、心配顔のロペス侯爵にルフィナを渡した。

「今日は疲れただろう? 家でゆっくりと休んだ方がいい」


「・・はい、今日は私共のために本当に・・」

謝罪を言い掛けたルフィナの唇をレオトニールは人差し指で制した。


「今日は何も考えない事だよ。ではロペス侯爵、後は頼んだ」


レオトニールはさっと馬上の人になり去っていった。

あまりに唐突に去っていったので、なんだかルフィナは寂しさを感じた程だった。





屋敷に帰ったルフィナを、母のシェリーが抱き締めて放さない。

無事を喜び泣く母に、されるがままになっていたが、マリーが泥だらけのルフィナをひっぺがし、お風呂場に連れていってくれた


熱めのお湯に浸かると、漸く固まっていた体がほぐれていった。

ずっと張り詰めていた気持ちもこのときにやっと緩んだ。


その後サンドイッチとホットミルクをテキパキと用意をしてくれているマリー。そのマリーが先ほどから一言も喋っていない事に気が付く。


「マリー、心配を掛けてごめんなさい」

「っ・・・おかえりなさいませ。お嬢様・・本当に良くご無事でお戻り下さいました」


マリーは下を向いたままだ。


彼女はいつの間にかレオトニールの使用人から、ルフィナの侍女になっていたのだろう。

レオトニールよりもルフィナを最優先してくれる。ルフィナにとって、今やなくてはならない人になっていた。


「マリー、ありがとう」


「ごゆっくり・・・ぐすッ・・お休みなさいませ」


マリーは鼻声で挨拶をし、ドアを閉めた。


ルフィナの脳はまだ、興奮状態だった。

レオトニールの顔の傍でお腹を鳴らす失態が気になって、ベッドの上で転げ回る程恥ずかしかった。

思い出すだけで顔が火照った。

だがベッドに入るとあっという間に眠気がきた。


明日から、また普段の生活が始められる・・・といいな・・


そう思って眠りに着いた。





しかし、穏やかな生活・・とはならなかった。

たった12人の貴族の箱入り娘が、魔物を十数匹も倒し、迷いの森から脱出してきたのだ。

普通ではあり得ない事に大騒ぎになった。


まず始めにお嬢様達から、聞き取り調査をしていた騎士と女性調査員が驚いた。


ウータ・コリントが小首を傾けながら、きちんと思い出せるように語る。

「えっと、爆竹がなって馬が暴走したんですの。ルフィナ様が荷台から御者の席に飛び移って、馬を宥めたんですのよ」


「・・えっと、ロペス侯爵のご息女のルフィナ様が荷台から御者台に飛び移られたのですか?」

騎士はこれで二度同じ質問をしている。


「だから、さっきから言っているじゃないですか。そのルフィナ様です」


「暴れ馬が二頭・・・御者台に飛び移るお嬢様・・」

騎士と女性調査員はお互いに顔を見合わせた。



隣の部屋でも同じような感じだった。

ゲルタ・シリーがはっきりと的確に話している。

「そうです。中型の狼よりも二回り大きい魔物が現れた時、ルフィナ様が木の棒を折って突き刺し、その二匹目を私がぶん殴ったんです」


「はぁ・・出てきた魔物はネズミ位の大きさではなく、狼よりも大きな物だったのですね?」


「そうよ。あの時のルフィナ様は素敵でした・・・これはわたしの主観です」


騎士達が他の生徒に聞いても魔物の大きさに変わりはなく、本当に中型の魔物が出現したのだと信じざるを得なかった。



その隣の部屋ではシルヴィアンが、呑気に侍女に淹れてもらったお茶を飲みながら、優雅に話をしている。


「そうなんですのよ。最後は生徒が総攻撃で魔物さん達を退けたのよ。エレオノーラなんて、キャラ変してドッカンドッカン派手にブッ飛ばしていましたわぁ」


「魔法の名前はえっと、『黒炎・・りゅ?』でしたっけ?」


「違いますよ。確かこのようにポーズをとってから『黒炎龍をうけてみよー』とか仰っていたわ」

シルヴィアンは立ち上がって、エレオノーラのポージングを決める。


「・・・はぁ、その技で魔物を倒していたんですね」


「そうよ。他の子達も凄かったわー。え?その時の私ですか? 勿論皆さんの応援をしていたのですよ。声が枯れちゃうかと思いましたわ」


「・・・はぁ」


どこの部屋からも、騎士と調査員から出たため息で締め括られた。


エレオノーラの聞き取りをしていた騎士と調査員だけは、かなり難航していた。と言うのも、他の生徒から聞いた話と本人の印象があまりに掛け離れていて、偽物なのではと疑われていたからだ。


「君が『我が黒炎りゅー?をうけてみろ』とかなんとか言って魔物を焼き尽くしたんだよね?」


「ああ・・・あのその話は・・・なかった事にして欲しい・・・です」

エレオノーラは本来大人しい子である。

うっかりあの時はノリにのってしまっただけなのだ。


「・・・あの・・わたし・・魔法をあの時に・・初めて使ったんです・・・それで、どうかしていたんだと思います・・・だから、その話は・・・」


一向に要領を得ないエレオノーラの話だが、他の生徒にエレオノーラ本人だと承認してもらい、大技の魔法を繰り出したのが、このおどおどした生徒だと分かった。




学園でも、魔物と戦った12人の生徒は有名になった。そして、ベネットも花火で森の出口を誘導したとして人気者だった。


平穏に過ごしたいルフィナにとって、この騒ぎは困ったがもう一つ良い副産物があった。

それは、以前にザイラによって撒かれたルフィナの虚偽の噂を払拭出来たのだ。


「ルフィナー。お昼ご飯はお弁当を持ってきたでしょう? 外の四阿で食べましょう」

ベネットが、そう言ってお弁当を持って、教室を出る。


ここのところ、食堂に行くとルフィナを筆頭にあのヨークの森の関係者は囲まれてしまって、食事どころではなくなってしまうのだ。


お昼ご飯はレオトニールの特別室で食べていたのだが、遠くから護衛を付けて守っているからルフィナは友達と食べていいよと言われ自由にさせてもらっている。


どうもあのお腹の音を聞かせてしまってから、レオトニールと距離が出来てしまったような気がする。

(幻滅されたのかも・・)


気分は落ち込むが、気合いを入れてベネット達と四阿に向かった。


三人が庭園を歩いて行くと、四阿に先客がいた。エレオノーラだった。

ポツンと食べている様は寂しそうで、ルフィナは声を掛けずにはいられなかった。


「ごきげんよう。エレオノーラ様。もし良かったらここで一緒にお昼を頂いてよろしいでしょうか?」

エレオノーラは心ここにあらずで、ぼーっとしていたようだった。ルフィナがテーブルをとんとんと叩くと慌てて顔を上げた。


「ごめんなさい。考え事をしていたもので、私はすぐにここを退くのでお使い下さい」

エレオノーラがまだ食事中のお弁当を片付けようとする。


「せっかくなので、一緒に食べましょうー」

シルヴィアンはさっとエレオノーラの隣に座る。

呑気に見えて以外にも食べ物に関する察知能力はずば抜けて高いシルヴィアンが、目にも止まらぬ早さで動いたとなると、エレオノーラのお弁当に秘密がある筈だ。


「でも、私と一緒になんて宜しいのですか?」

尚もエレオノーラが席を立とうとするのをシルヴィアンがフフフと微笑みながら肩を押さえている。


怖い、シルヴィアン。

エレオノーラのお弁当に何を発見したのだろう。


「エレオノーラ様、お弁当の中にとても美味しそうな鶏肉を発見したのですが、それは何ですかぁ?」


やはり、シルヴィアンはおかずに超反応していた。


「こ・・これは、私が作った・・あの・・その・・唐揚げというものです」


「から・・・!」

ルフィナはこの世界にはない唐揚げの名前を聞いて驚く。

このエレオノーラは、きっとOL時代にいたあの世界の転生者なのかも知れない。


だから、ヨークの森でのキャラ変した時に魔法の技名が、中二病のような名前だったのかと一人納得した。

「私、生まれた時から変で・・そのこの世界・・というかここに馴染めなくて・・私と一緒にいると皆さんも変に思われます」

躊躇いがちに、ルフィナ達を気遣うエレオノーラをルフィナが首を傾げて発言する。


「それは変じゃなくて、個性よ。個性がない人間が、他と違う人を変というのよ。そんな回りの人など気にしないで、私たちと一緒に食べましょう」


ベネットが笑いながら、シルヴィアンを見て一言付け加える。

「それにその唐揚げを一つシルヴィアンのおかずと交換しないと、貴女ここから出れないわよ」


長年シルヴィアンという友と一緒にいたベネットの確かな一言だった。



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