31 ヨークの森(2)
パチパチと燃える焚き火を囲んで、ルフィナはみんなの熱気が萎まないように、学園内で起きるあるある話や恋話をした。
笑い声に混じって、少し小腹が空いてきたのか、シルヴィアンのお腹が『ぐううう』となる。
「この先、いつ助けに来てくれるのか分からないものね。残ったお菓子は、残しておいた方がいいわよね・・・」
シルヴィアンが遠い目で、空を見つめている。
シルヴィアンは想像の世界で、ケーキを堪能しようとしていた。が、お腹の音によってすぐに元の世界に戻されてしまう。
「あっ、そうだ。ちょっと待ってて」
ルフィナは幌馬車に戻って自分の荷物をごそごそ探る。
袋を持って焚き火で待つシルヴィアンの元に帰ると、白い固まりを出した。
「皆さん、これを二つずつ配るので、こうして木の枝に刺して火に近付けてちょっと焼いて食べて下さい」
ルフィナは焼いたマシュマロを、羨望の眼差しで見つめるシルヴィアンに渡した。
「これってマシュマロよね? 焼いて食べるなんて始めてだわ」
シルヴィアンは余程お腹が空いていたのか、他の生徒が見守る中、躊躇なく食べた。
「うぐ、はむ、ほわー美味しいわぁ。なぜ今まで焼いて食べなかったのかしらぁ」
一つ目のマシュマロをすぐに食べ終わったシルヴィアンが幸せそうな顔をしている。
ゴクンと他の生徒の生唾を飲み込む音が聞こえた。
一斉に、いい長さの枝を探すために皆が立ち上がった。
そして、マシュマロを枝に刺し、火に入れる。
辺りに甘い香りが広がった。
そして、食べると皆口々に『美味しい』と言いつつ、もう一つのマシュマロも刺して焼く。
たった二つのマシュマロだったが、ほっこりできた。
体力温存の為には、ここで寝た方が良いのだが、普段ふわふわのベッドで寝ているお嬢様方に、野宿は過酷である。
誰も、森の不気味さに眠気が起こらないようだった。
ルフィナが火の番を決めた方がいいかしらと考えていると、草むらから、グルルルと低い声が聞こえた。
ルフィナが立ち上がり目を凝らして回りを見る。
どうやら、その声にゲルタ・シリーも気が付いたようだ。
ルフィナは森の奥に二つの光りを見つけた。
野生動物の目だ。
「みんな、すぐに幌馬車の荷台に入って!!」
言われた生徒達は、わけも分からずあたふたと幌馬車に向かう。だが、高さがありすぐには乗り込めない。
動物は火を怖がっているようだ。だが、安心するのは早い。
ルフィナは薪にしようと置いていた枝を杖くらいの長さに折った。
そして、森の奥を見やっている。と、いきなり真っ黒な狼よりも一回り大きな獣がこちらに飛び出してきた。
ルフィナは魔導士時代に使っていた防御魔法を掛ける。そして、すぐに攻撃魔法を繰り出した。
脳天を叩かれた獣は怯んだが、すぐに立ち上がって、牙をむく。
今世でのルフィナは魔力が弱く、一撃必殺みたいな技は出せなかった。
「みんな、もう荷台に乗った?」
ルフィナは獣から目を放さず、後ろの生徒に聞く。
「まだ、二人しか乗れてないわ」
誰かが、ルフィナに叫ぶ。
ルフィナの後ろではキャーキャーと言うばかりで、全く進まない。
獣は森の木々から増えて出てくる。沢山の魔獣は生徒を囲み、距離を測って、こちらの様子を見ている。
ルフィナに向かって獣が飛びかかる。ルフィナは魔法を掛ける間もなく咄嗟に力一杯、杖で突く。それが獣の喉に突き刺さった。そのまま、獣はルフィナと一緒に倒れた。
ホッとした瞬間、ルフィナの横からもう一匹獣が出てきて、ルフィナに襲いかかった。
(しまった!!!)
ルフィナがギュッと体を固くしたが、何も起こらなかった。獣は太い棒で横っ腹を殴られて舌を出して倒れている。
見上げると、ゲルタが素晴らしい上腕二頭筋を出してニカッと笑っていた。
「私ったら、あんなに騎士団で働くフェリカお姉さまに憧れていたのに、逃げ出すなんて情けないわ。貴女一人を残して本当に申し訳ない」
「いいのです。私は王太子妃になるのです。私が皆さんをお守りしないでどうしますか」
ルフィナは、最初に倒した獣に刺さっていた木を抜きながら振り返る。
彼女の微笑みは、慈愛と強さに溢れるアルリーナ・モニク・バルテレミー女王だった。
荷台に乗ろうと、慌てていた生徒の耳にルフィナの言葉が届く。
そして、振り返ると誰よりも強い眼差しで獣を睨む女性がいる。
彼女達の心はざわつき何か熱い物が沸き上がる。
そして、一人が手に炎を出して「私は炎で戦えます」そう言って出て来たのは、おどおどしていたあのエレノーラ・リッツだった。
「ファイアーアロー」
彼女が炎の矢を放てば、見事に獣に当たった。
「・・・当たった・・?」
エレノーラは自分の攻撃が当たるとは思わなかったが、見事に当たると、急に性格が変わった。
「おーほほほ、駄犬共! この私が一網打尽にしてくれるわ。我が『黒炎龍』を受けてみよ」
エレノーラは豪炎を噴き出す。
これに感化された他の生徒も、馬車の荷台に乗り込むのを止めて、自分の出せる魔法を繰り出した。
あちらこちらで、魔法が起こる。
弱い物は、三人で一緒に獣に立ち向かった。
獣は不利だと悟ったのか、一斉に逃げ出した。
「はーはー・・ははは」
「ぜーぜー・・ふふふ、ふふ」
「「「やったわーー」」」
みんなで抱き合って無事を喜び合った。
一番頑張っていたエレノーラが、その場に崩れるように座って、泣き笑いをしていた。
「えーん、怖かったですわー・・」
ついさっきまでキャラ変していた彼女の変貌に、皆が一斉に驚く。
エレノーラ・リッツ。彼女はこの後、色んな魔法を編みだし偉大な魔法使いになる。
ただ、編みだした魔法に厨二病のような残念な名前を付ける事でも有名になるのは、もっと後の事である。
みんなの無事を確かめて、一安心していたルフィナの前に、ゲルタが膝をつく。
驚いているルフィナに、ゲルタは剣の変わりに木の枝を地面に突き刺し頭を下げた。
「私は絶対に騎士の入団テストに合格し、貴女を守る騎士になると誓います」
「・・・あ、あの、宜しくお願いします」
急な事に焦ったルフィナは、未だ王家の一員でもないのに返事をしてしまった。
戸惑うルフィナの回りに他の生徒も膝をついて頭を下げた。
「ああの・・あの・・」
ルフィナがあたふたしたが、この場にいる生徒は、次代の王妃に敬意を表したのだ。
騒ぎが収まると、倒れている獣を調べた。
「これは野犬でも狼でもないですね」
ゲルタが獣の大きな足を持ち上げてルフィナに見せる。
確かに、野犬にしては大きいし、前足に黒い色で蔦が絡まった模様がある。
「この模様があるということは、この獣は、魔物なのね」
「では、私達は自分達で魔物を倒せたのね」
オオーと歓声が上がる。
高位の貴族のお嬢様が魔物を倒すなんて、そんな経験は今までなかっただろう。普通に生きていればない筈だ。
「魔物が出現したという事は、私達はヨークの森の奥深くにいるようね」
ゲルタの顔が険しくなった。
「移動したいけれど、方向が分からないんじゃ、間違って奥に進んで巨大魔物の生息地に入ってしまう可能性もあるわ」
ルフィナは、苦渋の決断を迫られていた。
助けを待っていてもこんなに奥深くだと、いつ助けに来てもらえるか分からない。さっきの魔物は生徒が弱った頃にまた襲ってくるだろう。
ルフィナは、胸の前で手を組んで
強く握る。
(みんなを安全に、ここから脱出するためにはどうしたらいいの?)
◇□ ◇□ ◇□ ◇□
流星群の観測が終わり、爆竹が鳴らされたあの四つ辻で、ちょうど後ろの幌馬車に、ベネットが乗っていた。
そして、それぞれのお嬢様達の護衛騎士達が後を追えないようにするためなのか、煙幕が張られた。
立ち込める煙が収まると、ルフィナとシルヴィアンが乗っていた幌馬車が忽然と消える。
護衛騎士は手分けして、ヨークの森に向かう者と、王宮やそれぞれの女子生徒の親元に知らせる者とに別れた。
ベネットは貴族と言っても騎士を雇っていなかった。
ベネットは意を決して、ルフィナの護衛らしき騎士の馬の前に立ちはだかって止める。
馬が大きく足をあげって仰け反る。
ヒヒヒーーン。
急いでいる騎士が怒声をあげる
「危ないだろう!! そこを退きなさい」
そんな事でベネットは怯まない。
大きく手を広げて行く手を阻み、叫ぶ。
「私を、トリスタン学園まで連れていって頂戴。友達を助ける手助けがいるの。だから、連れていって!! お願い!」
騎士は「チッ」と舌打ちをするも、ベネットの腕を掴むと馬に引っ張り上げた。
「俺の体に腕を巻き付けとけよ。それから、舌を噛むから口を開けるな」
ベネットが返事をする間もなく、馬が走り出した。
この間ベネットは馬から落ちないように、必死で騎士にしがみ付きながら、ヨークの森と『信号』について考えていた。
(ヨークの森は迷いの森。しかも、あの森は深くて広い。きっと捜索隊を出すにしても、かなりの人数と時間が必要になる。その間にみんなは疲労してしまうわ)
そう、それならば彼女達に、安全な方向を教えてあげればいいのだ。
ルフィナの屋敷の騎士が急いでくれたお陰で、早く学校に着いた。
馬から降りたベネットは騎士にお礼を言うと、化学の実験室がある棟に走った。ベネットが思った通りに実験室にはまだ灯りが付いている。
(良かった。まだジョルオサ先生が部屋にいるわ)
ベネットは走ってきた勢いのまま実験室のドアをノックもせずブチ開けた。
バン!!
「先生!! お願い花火を作って」
「「うわっ」」
「ちょうど良かった、ハシム先生もいるなら、手伝って下さい」
化学のジョルオサと魔法学のハシムが、二人で化学と魔法を使った新しい実験をしている最中だった。
二人は唖然としていたが、ベネットの恐ろしい早口の説明を受けて、事情を素早く把握した。
「あの森は広大だけど、出口の方向に花火を上げて、知らせるんです。だからでっかい花火を作って打ち上げて欲しいの」
「だが、花火を作った所でそれが私達が作った合図だと気が付くだろうか?」
ハシムは首を傾げ、ベネットの花火で知らせるという作戦には否定的だ。
「そうだな、その爆竹を使った犯人の物と思われるかも知れないよ」
ジョルオサも懐疑的な反応だった。
「大丈夫です。ルフィナと私達には『信号』の合図があります。きっとルフィナなら、分かってくれます」
「「しんごう?」」
先生が二人揃って首を傾げた。
ベネットの説明に二人の先生が漸く納得した。
「分かった。この国には白い花火しかないが、もし作る事が出来れば緑の花火は出口の方向を示す色になるんだね?」
「そうです。ジョルオサ先生。赤は止まれで黄色が注意なんです。化学の実験で炎色反応で思い付いたんです。緑と赤の花火って作れますよね」
「・・・そうだな。確かにそれを利用すれば作れるな」
ジョルオサはハシムと協力して、魔法の玉を作ってその中に、まずは赤色の炭酸ストロンチウムを詰める。
「一発だと分からないだろう。沢山作ろう。次は緑だな」
ハシムは一言も喋らずもくもくと魔法を使って、玉を作っている。
これだけの花火を広範囲に打ち上げるには、人手が足りない。
ハシムがそう思った時、実験室のドアが開き、図書館の館長のメルクリオ・ルッソロと司書達が入ってきた。
「話は聞いたよー。私の優秀な司書を全員貸し出そう」
この学園の図書館に勤める司書は、殆どが優秀な魔法使いだ。
彼らは、メルクリオが指示した場所へ花火を持って散って行く。
花火を作り終えたジョルオサとハシムは、メルクリオが作った魔方陣でヨークの森の入り口に向かった。
ヨークの森の入り口に着いた四人は、大勢の騎士達と会った。
それぞれの貴族が用意した騎士達だ。その中でも、一際目立つ王室の騎士が作戦を入念に打ち合わせをしている。
その中に割って入り、ハシムがこれからやろうとしている事を説明に回っていた。
だが、相手にもされない。
騎士団の対応は、幌馬車の御者が転落して、馬を扱える者がいないのに、この広い森をお嬢様達が歩いて帰ってくるのは無理だと判断した結果だった。
分かってもらえなかったが、時間が惜しいので、ジョルオサとメルクリオは勝手に花火を上げ始めた。
ヒューールル・・・ドドーーン
カッと見事は緑色の花火が夜空一面に咲いた。
それに続いて、他の場所から打ち上げた花火が赤い花を咲かせた。
出口の場所で、また緑の花火が上がる。
ヒューー・・・ドドーーン!!
ピュー・・ドン、ドドン!
(お願いルフィナ、この花火に気が付いて!みんな無事に帰ってきて)
ベネットは緑の花火が照らす、森の奥に伸びる道を見つめ続けた。




