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30  ヨークの森(1)


トリスタン流星群の観測は、ものの10分も満たないうちに終わり、女子生徒による男共への不満爆発大会に変わっていた。


そこで、レオトニールへの不満はないのかと聞かれたルフィナは、じっと考え込んでいる最中だった。


(不満と言えば、どこに行くのもついてくる。スキンシップが多めで、今日の出来事を話す時はレオトニールの膝の上がちょっと恥ずかしい。後は常に愛してると言ってくる・・・うーっん・・どれも惚気にしか聞こえないわね。これを言うと折角出来たお友達が居なくなりそう)


しかし、この盛り上がっている中何も言わないのは、折角の雰囲気をぶち壊してしまう。


「少し前に肩を出したドレスを着た時に、『二の腕がぷにぷにしているね』と殿下に摘ままれた時は少し苛立った事があります」


「ななな、女性の体型に関する事を口に出しておっしゃられるなんてデリカシーに欠けるわ」

突然向かいに座っていた生徒が、怒り出す。


「そうよ、私の婚約者も『最近コルセットがはち切れそうだよ』って私に向かっていうのですよ」

「なんて酷いの」

と一斉に体型に関して世の男性が、いかに乙女心を傷付けているのかを叫んでいた。


この後皆で多いにお菓子を食べて、飲んで騒いで日頃の鬱憤を吐き出した。


この世界、未だ男性社会だ。この場所は、好きでもない男と政略結婚を、家の為に強いられる彼女達の発散場所でもある。結婚して家庭に入ればこのような真似は出来なくなるだろう。貴族社会は足の引っ張り合いだ。このような発言が命取りになる場合もある。

誰が考えたのか分からないが、長くこの伝統が受け継がれるのも分かる気がした。


お開きの時間になり片付けを始めると、一応に皆スッキリとした顔になっている。


帰りはまたあのお尻の痛い幌馬車で帰るのだが、帰る屋敷の方向が違うベネットだけ違う馬車になった。


「では、また明後日お会いしましょうね」

ベネットに別れを告げて、シルヴィアンとルフィナは同じ幌馬車に乗り込んだ。


シルヴィアンは普段はおっとりしているが、今日の男性が女性の体型について発言するのは如何なものかという時は、誰よりも怒っていた。

普段見れないシルヴィアンの一面を見れたのは嬉しい。


幌馬車のシルヴィアンはいつもの彼女に戻っていた。

「今日は楽しかったですわねー」


「ええ、私は本当に天体観測だと思っていたから、星座の勉強をしてきたので驚きましたわ」

ルフィナが鞄の中から『季節の星』と書かれた本を取り出して笑った。


「ごめんなさいね。ベネットがね、ルフィナに内緒にしていた方が面白いって言うんだもの。ビックリしたわよねぇ。本当にベネットったらすぐにイタズラを思い付くんだから」


そんな話をしていると、四つ辻に差し掛かった。屋敷に帰るには左に曲がる方向で、真っ直ぐに行くと大きな宿場町のカルティに行く。

しかし、うっかり右に行くとヨークの森に行ってしまう。

ヨークの森の別名が『迷いの森』と呼ばれている。この名前の由来は常に霧がかかり、置くに進むと確実に迷ってしまうからだ。

だが、この森には珍しいキノコが多く群生しているので、地元の土地に詳しいものは、入り口付近までならば良く入っている。


その四つ辻にルフィナを乗せた幌馬車が来た。

その時いきなり、誰かが馬に向かって爆竹を投げた。

パンッパパパッパンッ

大量の爆竹の音に驚き、馬が嘶く。そして二頭の馬が音と光を避けるように大きく右に走り出した。

慌てた御者が、方向を変えようと腰を浮かした時に運悪く大きな石に車輪が乗り上げて馬車が跳ね上がる。

その拍子に御者が地面に落ちてしまった。


制御不能になった馬は、ヨークの森に向かって真っ直ぐにつき走り出した。


「「「キャー・・」」」

「「止めてぇぇぇ」」

「「「たすけてーー」」」


生徒達は叫ぶが幌馬車は、潰れそうな激しい音を立てて走り、砂利道を滑走する。


このままどこかにぶつかれば、確実に死が待っている。


ルフィナは馬車の中を見る。このお嬢様達の中で、自分以外に馬を操れる人物がいないのは一目瞭然だった。


(これが私の運命ならば、この人達も道連れにしてしまう。絶対にそうしてはならない)

ルフィナは激しく動く荷台部分から、御者台への移動を試みる。激しく動く馬車に、体のあちこちをぶつけた。

歯を食いしばっておかないと舌を噛みそうだった。


体を低くした時、座席部分と顎を強打した。


「うっっっ」


怯みそうになったが、このまま踞っていては、もっと酷い事態に陥るだけだ。


ルフィナはにじり寄りながら、御者の席に辿り着いた。

運良く手綱が御者台の端に引っ掛かっていた。

先は真っ暗で何も見えていない。手綱を手繰り寄せ引っぱった。

が、止まらない。


前世、宿屋の父がお客様を乗せて、辻馬車をしていた時に良く言っていた言葉を思い出した。


『いいかい、馬って臆病だから優しくしないといけないよ。だから、もし驚いたりして走り出したら手綱を引くだけでは止まらない。まずは落ち着かせるんだよ』


手綱を引っ張るだけでなく、クイクイと軽く引きながら、馬に聞こえるように歌を歌う。

(お願い! 落ち着いて)

ルフィナの気持ちが通じたのか、二頭の馬は速度を落とした。


そこで、もう一度ルフィナは手綱を引くと馬は漸く足を止めた。

ルフィナが回りを見渡すが、全く見えない。幌馬車の前に掛けていたランタンを掲げるも霧で先が見えない。


するとここはもう、迷いの森と呼ばれるヨークの森に入ってしまったようだ。


この森の奥は巨大な魔物の生息地だ。迂闊に動いて森の奥に迷い込み巨大な魔物に出会えば命がない。


ルフィナは幌馬車の轍を探した。12人もの人間が乗っていたのなら、ここの来るまでの轍が残っている筈だった。

流石迷いの森という他ないくらいに、道にはなんの痕跡も残っていなかった。


「この森はまるで私達を逃さないように道さえも動いているのかしら・・・」

ルフィナは妙な寒気にブルッと体を震わせる。


馬車がとまったのを確認したシルヴィアンが荷台から降りてきた。

そして、ルフィナに薄手のストールを掛けた。

「ルフィナ、この森の奥は巨大な魔物の生息地よ。自分の居場所が分からないなら、動かない方がいいわよ」


「そうね。本当に真っ暗で怖いわね・・あの爆竹さえ無かったら今ごろは屋敷に着いてお風呂に入っているのに」


「そおよー、私も今ごろは残ったお菓子を紅茶で再び堪能している筈だったのに・・」

こんな時まで、お茶目にウィンクして見せるシルヴィアンの胆の太さには、賛辞を送りたかった。


シルヴィアンのお陰で沈み掛けた気分を持ち直す。


他の女子生徒が幌馬車から顔を出して、現状を確かめているようだった。

ルフィナの父が付けてくれた護衛騎士もいない。その他の、高位のお嬢様に付いていた護衛騎士もいない。つまりはここにいるのはお嬢様達だけになってしまったのだ。


この中で動けそうなのは、ルフィナくらいだった。夜は冷えるし、火を起こしたい。そう考えルフィナは回りに落ちてる木々を拾い集めた。


幌馬車の近くに木を組んで火を付けようとしたが、マッチもない。

ルフィナは幌馬車で震えている女子生徒に明るい感じで声を掛けた。

「ねぇ、誰かこの中で火をつけられる魔法の持ち主はいないかしら? 焚き火をしたいの」


すると荷台の暗闇から手が上がった。

「あの・・小さい火ですが出せます」

か細い声で馬車から出てきたのは隣のクラスのエレノーラ・リッツだ。

「じゃあ、ここの薪に火をつけてくれるかしら」


「はい、頑張ります」

エレノーラ・リッツは顔を真っ赤にして詠唱して、ふんっふんっと踏ん張って、漸く小さな炎を掌に灯し枯れ葉にその火を移した。


「ありがとう、これでこの辺りが明るくなるわ」

エレノーラに感謝を述べると、ルフィナは自分が運べそうな丸太を焚き火の近くに運んだ。


焚き火で明るくなったのを見て、幌馬車の中に留まっていたお嬢様達が怖々ながらも外に出てくる。


その中でウータ・コリント伯爵の娘がルフィナが運んだ丸太に、当然のように座った。


「ねぇ、座りたいのでしたらご自分で石や丸太を探して運んで欲しいわー。それは今ルフィナが運んだものよぉ」

シルヴィアンが柔らかい物言いだけれど、有無を言わせない強さがあった。


「私に土の付着した石を運べと仰るの? 誰か私に座れそうな石を運びなさ・・ぃ」

ウータは回りには貴族のお嬢様しかいない事に気が付き、言葉尻が弱くなった。


「火の側に皆で丸太や、石を協力して運びましょう」

ルフィナがウータを気遣うように声を掛けた。


「ルフィナって侯爵のルフィナ様でしたの・・? 申し訳ございません」

ウータが慌てて立ち上がる。


「さぁ、女性だけしかいない今、男達がいなくても逞しい所を見せましょう」

ルフィナがエイエイオーと元気に腕をあげると、怖がっていたお嬢様達が気合いを入れて、立ち上がる。


「そうよね。助けに来てくれるまで震えていたなんて、女子の名折れよ」

一歩前に出てきた女性は年上で、引き締まった体付きをしている。

「私は、ゲルタ・シリーよ。宜しくね」

ルフィナは自分に向けて出された前腕筋群の逞しい腕に圧倒された。

ハッと我に返ってゲルタの手を取り握手をする。


「私はルフィナ・ロペスです。宜しくお願いします」


ゲルタはルフィナを値踏みするようにゆっくり見て手を放した。


「ここは迷いの森だ。遠くに行かずに手分けして座れる物を探そう」

ゲルタの良く通る声で、お嬢様がきびきびと動き出す。


そのお陰で皆が焚き火を囲んで座れるようになった。


シルヴィアンの横にルフィナが座る。その横にゲルタが座った。

鍛えられた腕を見るとルフィナはどうしても聞きたい欲求が押さえられず、尋ねた。

「ゲルタ様はご親戚にフェリカ・モロー様はいらっしゃいますか?」


そうなのだ。この世界の庶民には、逞しい女性が沢山存在する。しかし、貴族社会でのお嬢様はか弱いイメージが強い。

その貴族社会にあって、女性で騎士団長のフェリカ・モローは異色なのだ。唯一無二だと思っていたが、同じような女性がいるのは、本当に驚きだった。


「フェリカお姉さまは、昔から私の憧れの人です。あの方のように強くなりたいと、学校を卒業したら、父を説き伏せて騎士団に入るつもりなのよ」

ゲルタは腕の筋肉を曲げ伸ばしさせながら、「ところで」と話を続ける。


「私はザイラ・ガルシアと同じクラスにいたけど、あの子が語っていたルフィナ嬢とは全然違うわね。やっぱりザイラが嘘をついていたのね」

ゲルタがザイラを思い出して眉を寄せた。


「そうよ、ルフィナは見た通り男を寄せ付けない感じだし、平民とか貴族とか全く気にしないでお友達になってくれるんですよぉ」

シルヴィアンが立ち上がって、ここぞとばかりに大きく演説のように皆に聞かせる。


ここでウータ嬢が会話に入ってきた。

「知っていますわ。だって私、昔ルフィナ様のお屋敷に呼ばれてレオトニール殿下とお話する機会がありましたが、その時のルフィナ様は後ろへ後ろへと譲られていましたもの。なんて奥ゆかしいお嬢様なのだろうと感心していましたの」

ウータが昔を思い出して、うんうんと頷いていた。


「あーそれ、私も聞いた事があります。だから、噂は信じていませんでしたよ」

他の女子生徒もウータに賛同する。


昔、レオトニールから逃げていたのをみんなは、とてもルフィナに良いように解釈してくれていたようだった。


「しかも、こんな時に自ら焚き火や、腰を掛ける物を持って来てくれるなんて・・・こんなに頼りになる方は他にいません。私なんて何をして良いか全く分かりませんでしたわ」


皆が持ち上げてくれるが、庶民生活が長かった賜物だけなのだが・・とルフィナは面映ゆかった。


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