28 王子は流れ星を数える(2)
マリーにルフィナを学校行事の天体観測に参加させろと言われ、レオトニールは苛立ちながら、事務方に足を運んだ。
書類を確認するが、そこに並ぶ数字が全く頭に入って来ない。
レオトニールのため息ばかりが溜まる室内で、事務次官のコンバルト・ロバンの手も遂に止まる。
「殿下、苛々としょんぼりと焦りと色々混ざった感じになっていらっしゃいますが、その原因は何なのですか?」
レオトニールに負けじと劣らずの大きなため息で、コンバルト事務次官が尋ねた。
言うかどうか一瞬考えたが、レオトニールは誰か聞いて欲しくてコンバルトに話してみる。
「婚約者が学校行事の参加を許可して欲しいと言ってきたんだ。そんなのに参加されたらまた心配になるだろう? なぜルフィナは分からないんだ?」
「ははーん、それで、殿下は苛々されているんですね? では『しょんぼり』しているのはどうしてですか?」
マリーに言われた事を思い出し、グッと唇を噛むが、話を続けた。
「ルフィナは中等部にも行かずに我慢していたのに、学校の思い出を取り上げるなと・・侍女に言われたんだ」
「なるほど・・執着心の固まりの殿下に捕まって以来、自由が少ない上に王太子妃教育も頑張っていらっしゃるルフィナ様に、少しは女子同士の自由時間を差し上げた方がいいと・・・でも、殿下もそう考えていらっしゃるんでしょ?」
コンバルト事務次官に、心の中を覗かれたようでヌグググとレオトニールは黙った。
「それから、焦っているのはルフィナ様に嫌われるかも知れないと思っているのですよね?」
さらに心の奥を覗かれたレオトニールは、左眉は上がり、右眉は下がり口はへの字になっている。
「僕は守りたいだけなんだよ・・」
レオトニールのポソッと呟いた言葉を、丁度書類を届けに来た魔術師のおばさんが聞き付ける。
「殿下、可愛い婚約者様を籠の中に入れて、愛でておきたい気持ちは分かりますが、王妃様になれば一人で公務に行かれるのでしょう? 殿下が守ってばかりだと侮られる事になりますよ。さあ、殿下ももっと大きく手を広げて守って上げなさい」
魔術師のおばさんはレオトニールの背中をバンッと叩いた。
「うっ」
背中に闘魂を打たれたレオトニールは、ふんッと立ち上がり急いで自分の部屋に走る。
走る。・・が・・部屋の前に立った時に、自分の言葉を思い出した。
(そうだった、ルフィナに屋敷に帰れって僕が言ったんだ)
ドアを開けて、さっきまでルフィナが微笑み座っていたソファーを見つめる。
ずっとレオトニールから逃げていたルフィナ。ずっと追いかけるレオトニール。王子じゃなかったらストーカーだ。
両想いになれたら、今度は籠の鳥にしようとしている。
愛しているなら、彼女の意思と尊厳を守らないといけない。
ソファーに腰を掛けるが、もうルフィナの温もりはなかった。
だが、さっきまでここにいた余韻はある。
(アーどんなに頑張っても手を放すのが怖い。離れるのが辛い。でも、もう少し囲い込む両手を広げないとルフィナが窮屈な思いをしてしまう)
レオトニールはソファーで子供の様に膝を抱えた。
「さっきのお洋服は本当にお可愛らしかったです~」
レオトニールの寝室に通じる扉がガチャと開く音と一緒にルフィナがテレリューズ王妃とシシリアとマリーと四人一緒に出て来た。
膝を抱えて丸まったレオトニールと四人がピタリと止まる。
「母上、僕の部屋で何をしているのです? それにルフィナも・・?」
「うふふ、レオトニール。あなたの小さい頃の洋服を見せていたのです。それとあなたが描いた絵もね」
テレリューズ王妃は息子の顔が恥ずかしさに赤くなるもの構わず話を続けた。
「ルフィナちゃんを描いた絵は特に上手だったでしょう?」
「・・母上、あれも見せたのですか? 全部?」
戸惑いと恥じらいで声が震えているレオトニールにルフィナが追い討ちを掛ける。
「あの枚数は少し引きましたが、今は・・・大丈夫ですよ」
(死にそうに恥ずかしい)
赤ちゃんから、今に至るまで可愛すぎるルフィナを残そうと、幼き頃より描きまくったのだ。
(執着心駄々漏れのあの絵をみられる時がくるなんて、母上恨みます)
レオトニールの様子から、息子の心中を察した筈のテレリューズ王妃は、なぜかレオトニールを半眼で見ている。
さらにその横にいるシシリアまでが、残念な物をみる目付きでこちらを見ているではないか。
(これは、ルフィナの学校行事の参加を止めた報いなのか?)
思い知ったレオトニールに、母は『分かりましたか?』とばかりににこりと微笑んだ。
さっき反対したばかりで言い出し難いが、『ほら、早く言いない』と圧力を掛ける母と侍女の手前、言わねばならない。
レオトニールはフッと浅く息をした後、ルフィナを呼ぶ。
「あの、さ、さっき反対した天体観測の件だけど、行っていいよ」
ルフィナはレオトニールが描いた絵を見ていた顔を上げて瞠目する。
「え? 行ってよろしいのですか?」
上げた顔が可愛すぎてレオトニールは一瞬決心が鈍った。こんな可愛いのを夜に外に出すなんて・・と思ったが、そこは我慢し頷いた。
「そうよ、あれもダメこれもダメって言われていたら、嫌になるわよね?」
テレリューズがルフィナに優しく笑う。
ああ、そうだったのかとルフィナはこの時始めてテレリューズの言動を理解した。
と言うのも、先程嫌な感じでレオトニールに屋敷に帰れと言われたルフィナは少々沈んでいた。
楽しみにしていた学校行事にいけなくなった事もそうだが、それよりもルフィナは自分の言おうとした事を、一切受け付けて貰えなかったのが悲しかった。
レオトニールが部屋を出てしばらくは呆然としていたが、飛び出して行ったマリーが部屋に戻って来ると、ルフィナは重い腰を上げて部屋を出た。トボトボと廊下を歩いていると、王妃に会ったのだ。
テレリューズはすぐにルフィナの腕を付かんで、自分の部屋に連れて行き何があったのかを聞こうとしたがルフィナが『何もございません』と悲しげに微笑むばかりで何も言わない。
そこで、ルフィナの傍にいたマリーに事情を聞いた。
何故かマリーはルフィナよりも熱く、レオトニールに天体観測に行く事を許されなかった事を切々と訴えていた。
そこで、もっと熱く出てきたのが、侍女のシシリアだった。
「あのトリスタン流星群を見に行けないなんて、女心を踏みにじる行為ですわ」
いつも、背筋を伸ばして感情を表に出さないシシリアが拳を突き上げて激怒している。
ルフィナはその怒りの理由が分からずオタオタしている。
「あの、皆様のお怒りがよくわかっていないのですが・・何故そんなに怒っていらっしゃるのでしょうか?」
テレリューズとシシリアとマリーがルフィナを見たまま固まった。
「そうですわ、ルフィナ様は中等部も学園に通えず屋敷でご覧になっていたから、流星群の醍醐味を知らなかったのですね?」
マリーが憐れそうにルフィナを見る。
「そうだったわね。今年こそはルフィナちゃんにも学園の天体観測に参加させて上げないと、いけないわ。本当にうちの息子ったら囲うばかりではいけないとあれほど申し上げていたのに・・」
テレリューズも眉を下げる。
「この際、女の楽しみを奪う男に恥ずかしい制裁を加えて差し上げましょう」
シシリアがふんぬと鼻息を荒くする。
天体観測でなぜこんなに盛り上がっているのか分からず、ルフィナはあれよあれよと言う間に、レオトニールの部屋に戻された。
そして、昔レオトニールが描いたルフィナの絵を何枚も見せられていたのだった。
次の日、レオトニールは書類を持ってきた事務次官のコンバルト・ロバンに尋ねられた。
「殿下が昨夜仰っていた学校行事って、流星群を見るやつですよね? 流れ星を五つ見つけると恋人が出来て、八つ見つけると結婚できるって言い伝えがある『あれ』ですよね?」
「へぇ、そんなジンクスがあるのか」
(そう言えばルフィナが、なにかを数えたいと言っていたが流れ星の事だったのか)
ルフィナが自分との結婚を望み、流れ星を数えようとしてくれていたと思うと急に嬉しくなる。
それならば、自分も行こうかと思いコンバルトに聞いてみた。
「君も学生の時に行ったのかい?」
レオトニールはいつも公務やパーティが忙しく、学校の行事に欠席する事が多くて無頓着なところがあった。その所為なのか、コンバルトが『イヤイヤイヤ』と大袈裟に手を振って驚いている。
「殿下、あの天体観測に男は参加しませんよ。あれは女の子の裏の顔を覗ける恐ろしい会で、絶対に男は行っちゃいけないやつです」
コンバルトが恐ろしい物を見た時にする身震いをして首を振る。
「ルフィナが参加するから、僕も一緒にと思ったんだが・・」
「いけません!!」
コンバルトがレオトニールの言葉を遮り、胸の前で腕を交差して✕印を作る。
「いいですか、殿下。どんなに好きな男でも、女は常に不満を持っているんです。しかし、あの日あの丘で見たり聞いたりした事は流星に流して話さないと言う掟があるんですよ」
レオトニールはごくりと唾を飲む。
「つまり、天体観測とは?」
コンバルトが少し声を低くして答えた。
「女の彼氏やその他男性の愚痴や悪口大会です」
「・・・」
レオトニールはこの時ばかりは、ルフィナに土下座してでも昨夜の発言を撤回したくなった。
(ルフィナが僕の悪口や愚痴を言う事なんてあるだろうか? ・・・いっぱいありそうだな・・)
みるみるうちに萎れて行くレオトニールに、コンバルトは慰めた。
「大丈夫ですよ。私の彼女も参加した後は、本当にビックリするくらいにスッキリとした顔で帰って来ましたよ」
ルフィナの不満を聞いてみたいと思った。
「今殿下は婚約者の愚痴を聞いてみたいと思ったでしょう? 絶対に止めといた方がいいですよ」
「ああ、思ったがなぜいけないのだ? 彼女達の不満を聞いてそこを直せば、より良い関係を構築出来ると思うのだが?」
レオトニールは、隠れて見に行こうと思っていたのだが、みんながそれをしない事を疑問に感じた。
分かっていないなぁ、とばかりにコンバルトはふうーとわざとらしいため息をつく。
「知り合いの男が見に行ったんですが、心が折れそうになったと言っていました。廃人一歩手前まで打ちひしがれて、女性恐怖症になってしまったんですよ。あの丘の女性達は見てはいけません」
そんなに?
レオトニールは行くのを諦めた。まだこの若さで廃人は困る。
ましてや、女性恐怖症になって結婚出来なくなったら、今までの苦労が水の泡ではないか。
レオトニールは今少し聞いただけでも、すでに恐ろしくなっていた。




