27 王子は流れ星を数える(1)
サファレスが作った媚薬の粉は、陛下の寝所から一掃された。
早く陛下のザイラの執着が治まると思ったが、治るまでに二週間を費やした。
だが、その後陛下はそれまでの様子が嘘の様に、テレリューズ王妃を大事にした。
しかも、二年間の反動なのか、片時も王妃を放さない執着ぶり。
さすがのテレリューズ王妃も少々やつれている。
(あの執着心と粘着力は遺伝なのかしら?)
ルフィナは、レオトニールと結婚後の事を考えると怖くなった。
(ひえ・・あんな事こんな事を一晩中? きっと愛があれば乗り越えられる・・・のでしょうか?)
そんな事を考えていると机をトントンと叩かれた。
ルフィナが顔を上げると、真正面に怒っているジョルオサ先生の顔があった。
「私の授業中にボーッと何を考えているのですか?」
『考えていたのは結婚後の夜の事です』とは勿論言えるわけがない。
「すみません、ついお天気がよくてボーッとしてしまいました}
「私の授業は天気に負けたのかい?」
「いいえ!そうではなくて・・」
言い訳を間違えたと、もう一度釈明をと席を立ったが、「しっかり聞きなさい」と言われただけで後はお叱りがなかった。
授業が終わると、小柄でハキハキしているベネット・アレクセイ子爵令嬢が、好奇心旺盛な黒い瞳を輝かせてルフィナの座席に向かっている。
机を縫ってスルスルとくる様子は正に小動物だ。
「ねぇねぇ、さっきの授業では何を考えていたの? 気持ちここにあらずって感じで、時々にやけて百面相をしていたわよ」
「・・・」
ルフィナはさっき考えていた事と自分がにやけていたのを人に見られ、恥ずかしさで声もでない。
「ちょっと待って~ベネットったら動きが速すぎるわ」
後から大柄でおっとりしているシルヴィアン・ライド伯爵令嬢が机をのそのそと退けながらやってきた。
「ベネット、ルフィナが百面相をしていた理由は分かったの?」
「ふぇ?」
ルフィナはシルヴィアンにまで見られていた事に恥ずかしさが限界を越えてしまった。
「まだよ。授業中にあんな変な様子だったのよ。凄い事を思い付いたのかしら?」
ワクワクしている二人を前に、レオトニールの事を考えていたとは言えない。ましてや、夜の事等とは・・・。
ルフィナがグググと口を噤んでいると、シルヴィアンの一言が炸裂した。
「ジョルオサ先生は、怪訝な顔でルフィナを見ていたけど、何もおっしゃらなかったのは、ルフィナの思考を読み取ったからではないかしら?」
「・・・もう、何も言わないで」
ルフィナは机に突っ伏した状態で、顔も上げられない。
それほど大勢に見られていたなんて恥ずかしい。ジョルオサ先生の冷静な分析力をもってしたら、私の浅はかな考えは筒抜けだったかも知れない。
そう思うとルフィナは暫く学校を休みたくなった。
耳まで真っ赤になっているルフィナを見た二人は、これ以上この話をすると、ルフィナは茹で上がるのではないかと心配になり、話を切り上げた。
まぁ、ルフィナの様子から大体の想像は付いたのだが・・・。
二人はクスッと笑い合い、話題を変えた。
「ねえ、ルフィナは今回の天体観測の日は来れそうなの?」
シルヴィアンがルフィナの頭をツンツンとつつく。
『もうさっきの話はしないよ』の合図だった。
安心したルフィナはまだ頬が赤いものの、座り直した。
「天体観測って授業? それとも趣味で見に行くの?」
どちらにしても、楽しそうな催しにルフィナの目が大きく開かれる。
「ルフィナは今年からこの学校に入ったから知らなかったのね。この学校の伝統で年一回、学園の名前と同じトリスタン流星群を見ながら天体観測をするの」
トリスタン流星群は学園と同じ名前で創立記念日に前後して流星がよく見える事から、創立記念日の前日の夜に観測日と定め、夜遅くまで観測し、次の日が休校になっている。
ちなみに流星群と学校名には因果関係はない。
夜遅くに学校のお友だちと出掛けるというイベントに、ルフィナの心が踊った。
「私、絶対にお父様を説得して、参加します」
「そうよ、そのただの天体観測ではないのよ。女生徒だけカリムの丘に集まって見るの。それで・・ふふふ、恋人がいない人は、流れ星を五つ見つけられたら、年内に恋人が出きるのよ」
ベネットが興奮気味にルフィナに教える。
「そ、表向きはね」
シルヴィアンが一言付け足す。
「でもよく考えたら、ルフィナ様にはもう婚約者がいらっしゃるのよね」
ベネットはも一度考えて言葉を加えた。
「それと、恋人がいらっしゃる人は、八つ流れ星を見つけると結婚できるという言い伝えがあるんですよ。ご存知でした?」
「そ、表向きは」
再びシルヴィアンの言葉が入る。
「八つ・・。そんなに沢山見つけられるかしら・・」
シルヴィアンの『表向き』の言葉は気になったが、レオトニールと結婚出来ると言うおまじないに、思いを馳せて聞き流してしまった。
ルフィナは真剣に数年前の流星群を思い出す。
他の人が沢山発見できているにも関わらず、何故かルフィナは一つか二つ見つけるだけで終わった記憶がある。
今年八つの流れ星を見つけられたら、この世界できちんと生きられそうな気がした。
何としても見つけるわと拳を握ったルフィナだった。
□◇□◇□◇□◇
国王陛下が元通りになると、今まで王宮を我が物顔に闊歩していたアンネッタ・ルーゴ公爵夫人の勢いは自然と弱まった。
そして、王妃の名義でドレスやアクセサリーを購入した者の追求が始まった。
ザイラは自分の関与が疑われているとも知らずに、王宮への出入りが少なくなって来た事に焦りを覚え、意を決してレオトニールの執務室に会いに来た。
だが、相手は王太子殿下だ。そうそう会える人物ではない。勿論多分に漏れず、ザイラも約束を取り付ける事すら出来なかった。
「何よ。あの護衛の兵士ったら。会わせてくれるぐらいいいじゃない。レオ様だって私を見れば、きっときちんとお話してくださるわ」
ザイラは自分は特別なのだと思っており、レオトニールは自分に会えば
きっと情熱的に燃え上がり、ザイラを愛する様になるだろうと思っていた。
諦め切れないザイラは、偶然を装って会うために、レオトニールが執務室から出てくるのを、待ち続けた。
執務室から出たレオトニールに、訴えながら走り寄るザイルに護衛騎士が剣を向ける。
ザイラが着ているドレスを見て、レオトニールが目を細める。
ザイラのドレスが、カルメンの大きな胸を強調するデザインと酷似していたからだった。
しかし、レオトニールその顔を自分の容姿を見た今までの男の反応と同じだと勘違いしたザイラは、胸の谷間を見せつける様に擦りよった。
「レオ様、どうぞ私の話を聞いて下さい。私はレオ様の事をずっとお慕い申しておりました。今回陛下に見初められてレオ様に不興を買ってしましましたが、私の意向ではありませんでした。どうぞお分かり頂きたいのです」
ザイラはレオトニールの顔を見つめながら、しなだれ掛かろうとする。そのザイラの手をパシッと音が鳴る程強く振り払った。
「どうしてです?」
ザイラは今までで一番見目麗しい外見になったというのに、どうしてレオトニールに受け入れて貰えなかったのか分からず困惑していた。しつこく追い縋るザイラにレオトニールは、今度はしっかりと分からせるために睨み恫喝する。
「私の愛する人はルフィナだけだ。丁度お前には着服の容疑がある。容疑の段階だが、証拠隠滅の恐れがある為、これより勾留する」
冷たく言い放つと近くの護衛騎士に目配せをする。
「ザイラ・ガルシア。これより私共と一緒に付いて来て下さい」
騎士はザイラの手を拘束し、足早にレオトニールから引き離した。
「ちょっと、何するのよ。レオ様お願い話を聞いてーー」
遠ざかるザイラの声にイラつきが収まらない。わずかにザイラが触れた場所が汚染されたようでレオトニールは寒気がする。
しかしレオトニールのイライラも、爽やかな風が運んできたルフィナの笑い声で一掃された。
「今日はもう王太子妃教育は終わったのかい?」
ルフィナの後ろからそっと声を掛けるとルフィナは飛び上がって驚いた。
「レレレオ様・・今のお話を聞いていたのですか?」
焦った様子のルフィナが可愛かったが、自分に何やら秘密にしようとしているのが分かり、気になった。
「聞いていなかったけど、何の話をしていたの?」
ルフィナはレオトニールを前にして分かりやすく目を逸らしてしまった。
「これと言った話はしていません。マリーと今回のお茶会で出す紅茶の種類の話をしていたのです」
レオトニールが後ろに控えている侍女のマリーに目をやる。
レオトニールにいつもはすぐにルフィナの報告をするマリーだったが、この時はマリーまでもが目を逸らした。
「まぁ、紅茶の話なら僕に聞くといいよ。我が国に入ってくる紅茶の全種類を知っているからね。せっかくだから帰る前に話をしようよ」
レオトニールはその話を信じたフリして、自分の部屋にルフィナを誘った。
ルフィナは断る事も出来ずに、流れるようにレオトニールの部屋に入り、気が付けばソファーではなく、レオトニールの膝の上に座っていた。
「でででんか・・これはいったい・・」
いつもの恥ずかしさではなく、これは事情聴取が始まるのではと、これから先の展開を知り、顔は青くなる。
ルフィナの動揺を笑いながら、レオトニールは先程の話を蒸し返した。
「さっきは笑いながら、何かを見つけると言っていたね? 何を探しているの?」
あわわわとルフィナが分かりやすく慌てる様子が堪らなく可愛いと、もっとルフィナの背中に回した手に力を入れて身を寄せた。
下から覗き込んで、じっとルフィナを見つめ続けると、観念したルフィナがポツリと白状した。
「あの・・今度の創立記念日に行われる学校行事に行くのです。その話をマリーとしていたのです」
ルフィナはレオトニールの顔色を見ながら恐る恐る話した。
「・・・学校行事・・・?」
レオトニールはその学校行事の事を思い起こせなかったが、天体観測だと分かるといきなり反対した。
「ダメだ」
「私、今回どうしてもしたいことが・・」
「君が動くと沢山の警備を動かさないと行けない。今は出来るだけじっとしておいて欲しい」
レオトニールの口調は『否』と言わせない強い口調だった。
ルフィナは、『沢山の人に迷惑を掛ける』と言われたら、それ以上何も言えない。
シュンとなってゴソゴソとレオトニールの膝の上から下りてソファーに座って俯いた。
二人の間に会話もなく、時間が流れる。
膝からルフィナの心地よい重みを失ったレオトニールは寂しさを感じながら何も言えない。
静かな部屋にノックの音が響く。
「なんだ?」
部屋に入ってきた侍従から文書事務方から、公式文書の目通しの催促の報告を受けたレオトニールは部屋から出た。
「悪い、ルフィナ。今から急用で仕事に戻らないと行けない。護衛を付けるから屋敷に戻っていてくれ。また連絡しよう」
そう言って部屋を出たレオトニールはあの部屋の空気から逃れてホッとしていた。しかし、追うように何故かマリーが部屋を出て付いてきた。
「お待ちください。レオトニール殿下」
マリーは廊下でレオトニールの前に走り込み、その行く手を遮る様にしゃがみ込んでレオトニールの足を止めた。
「何の用だ?」
不機嫌に振り返るレオトニールに、珍しくマリーは怯まず進言する。
「先ほどのルフィナ様の学校行事の件でございます。どうぞ天体観測に参加することを許して上げて下さい」
レオトニールの眉がピクッと上がる。
「お前は主の言うことに反対するのか?」
苛々が募りさらに険しい口調になる。
「私の主はレオトニール殿下です。なればこそ、ご忠告申し上げます。殿下がルフィナ様のご心配される気持ちは尤もですが、ルフィナ様の気持ちをお考え下さい」
マリーがここまで食い下がって意見を言うのは始めてだ。
レオトニールはマリーを見据えたまま話を聞いた。
「ルフィナ様は殿下の願いを聞き届けられて、中等部からの入学を諦められました。漸く入学した高等部での思い出をお取り上げになられるのはいかがな物かと思います」
「ほう、お前は僕が間違っていると言うのか?・・これ以上お前と話す事はない・・下がれ!」
レオトニールの冷たい声が廊下に響く。
ここまでか・・とマリーも引き下がり、項垂れる。
この事で益々レオトニールの機嫌が悪くなった。




