26 転生したわけ
私レイモンは同じ名前で、以前要人警護の護衛騎士をしていた。
要人警護は殉職者を多く出す危ない仕事で、幼馴染みのカミーネは早く辞めて商売を一緒にしようと誘ってくれていた。
だが、危険手当てが出るこの仕事は、幼い兄弟が沢山いる私には辞めるには惜しい給料だった。
そんなある日、聖女をお守りするように言われ、一人の女性が暮らす豪華な部屋に案内された。
その部屋にいた聖女は、歴代の女性とは全く違った性格をしていた。
歴代の聖女はその力を盾に、権力を欲しいままにしていた。
衣食住に関しては最高級の物を欲し、機嫌が悪ければその力を出し惜しむ。
そんな高慢ちきな聖女の護衛騎士に任命されて、同僚からは慰めの言葉をもらった程だった。
だが、新しい聖女はとても優しく困っている人がいると、どこにでも駆けつけようとする人だった。
彼女の名前はルフィナ。
「ルフィナ様」と呼ぶと恥ずかしげに「様は要らないです」と微笑む。
それで、考えた末に「ルフィナさん」と呼ぶと「はい」と軽く頷きこちらを振り返る。
聖女のルフィナは本来ならば、王族の誰かと結婚をすべき所だが、現在この国には王子がおらず、また王族で年齢が合う男性もいなかった。
そこで高位の貴族で縁組みを組もうと、国が動き出したのだ。
ルフィナを着飾らせ、本来の勤めである聖女の仕事とは関係のない夜会に度々呼ばれる日が続いた。
真面目な彼女は昼間の聖女の勤めを最大限こなし、夜会にも出席して疲弊していく。
それを見かねたのが、レオトニール・エンベルト宰相だ。
彼は紳士的に近付き、いつもルフィナを見守っている。
彼ならば、ルフィナを託せると思っていたが、当のルフィナはレオトニール・エンベルト宰相が近付くと身構えている。
「ルフィナさんは、エンベルト宰相がいらっしゃると、体を固くして縮こまっていますね? 何故なのですか?」
「うーん・・よく分からないのですが、怖いのか懐かしいのかよく分からない感情が吹き出して戸惑うんです」
「エンベルト宰相はルフィナ様を見ると執着・・・いえ、微笑んでいらっしゃいますよ?」
言葉を選んで言ったが、エンベルトは鬱陶しい程の好意の眼差しをルフィナに向けていた。
それが、私にはルフィナが彼を恐れているように思えたのだ。
やはり、守れるのは私しかいない。
そう思うと、もっとお側で守らなくてはと、片時も離れられなくなった。
その思いがいつの間にか、恋心に変化しく。
眠っている彼女を見ようと、度々寝室に入って寝顔を見たり、彼女が食べ残したスープを後で頂いたりした。
ある日彼女が脱いだ服の温もりを堪能していると、見知らぬ女が立っていた。
「先ほどまで誰もいなかったのに・・お前は誰だ」
「ああ、私の事はお構い無く。それより、あなたは本来ここで騎士なんてしている方ではないのよ。この国のレイモン王子としてルフィナと結婚させる予定だったのに・・・」
女は爪を噛んで、悔しがっている。しかし、女は思い直して私に小さな小瓶を差し出した。
「これは?」
訝る私に、女は事も無げに
「それは、媚薬よ。ルフィナに飲ませれば、あの女はあなたの物になるわ」
と簡単に言う。
「お守りする聖女に、そんな物を飲ませられる訳がない」
私が突っぱねると、女は私に近寄りスルリと腕を取って小瓶を私の手に握らせる。
「じゃあ、他の男の物になるのを黙って指を咥えて見ているつもりなの?」
「・・・・」
「きっとルフィナもあなたに抱かれたいと思っている筈よ。彼女の事を思うなら勇気を出して飲ませなさい」
女が私の頬を撫でながら、クスッと笑い部屋を出ていった。
私は始めは媚薬を使うつもりなんてなかった。
すぐに捨てようと思っていたが、ついつい懐にいれたままにしてしまった。
だが、ある日ルフィナが私に、エンベルト宰相に感じていた正体が分かったというのだ。
「私、あのレオトニール様に会うと辛くなっていたのは、少しずつ惹かれていたからかも知れません。最近漸くあの方に対する気持ちの正体が分かりました」
にこやかに話すルフィナに対して、私は顔のひきつりを隠すだけで精一杯だった。
ルフィナを他の男に取られると思った瞬間に、媚薬の存在を思い出す。
そして、ルフィナがお茶から目を放した瞬間に女にもらった媚薬を数滴垂らしていた。
お茶を飲んだ彼女は、ふらつき眠ってしまう。
そして、数分後に目が覚めたルフィナの瞳は私を見ると潤み熱を帯びる。
「ルフィナさん? 大丈夫ですか?」
「ええ、少し頭がくらくらするけどどうしたのかしら?。レイモン・・今胸が苦しくて・・」
縋るように私を見るルフィナを、その場でいきなり抱き締めてしまった。抵抗されると思ったが、反対にギュット抱き締められた。
「私はルフィナが好きです」
「私もレイモンが好きです」
見つめ合い、そのまま艶やかなルフィナの唇に口づけをする。
甘い息が漏れる。
私はもっと深くルフィナを欲しいと思った。
だが、その時エンベルト宰相が部屋に乗り込んでキスを目撃し、激昂して中断した。
彼はルフィナに向かって「これは浮気だ」とか「許さない」とか叫んでいたが、まだ二人は婚約さえしていない。それどころか心さえ通わせていないのに、何故ルフィナを責めているのか分からなかった。
レオトニール・エンベルトは、私以上に危ない男だった。
怒鳴られた事で、ルフィナは部屋に宰相が来ると俯き、明らかな拒絶反応を示した。
だが、執拗なあの男は全くルフィナを諦めようとしない。
あの執拗さにルフィナが負けないように、私は媚薬の量を増やしながらルフィナに飲ませ続けた。
国王陛下が婚約の事で、聖女の意見を聞きたいと謁見の日を設けて下さった。
「レイモン、私はあなたの妻になりたいと陛下に言うつもり。そして、この国を守りながらあなたの傍にいるわ」
「それならば、私は永遠にあなたを守ろう」
私は幸せの絶頂にいた。
しかし、その幸せはすぐに消え失せた。謁見の前日の夜、私が警備の事で呼び出されていない間に彼女は神殿の最上階から落ちて亡くなったのだ。
私はその後護衛騎士を辞めて、酒に溺れた。
親、兄弟、友人は私を見放したが、幼馴染みのカミーネは私を見捨てず「しっかりしろ」と励ましてくれた。
「レイモン、お前は恋人のつもりだったが媚薬なんて卑怯な手を使った時点で、お前は負けたんだ」
カミーネはそう言って私を叱ったり、励ましたりしてくれた。
だが、前向きになれないまま私は酒の飲み過ぎで病気になって死んでしまった。
再び生まれ変わったようだと気付いたのは、侍女が10歳の誕生日に水と間違えて酒を注いだ時に、その匂いで思い出したのだ。
デラカーザ王国の第二王子と出自は最高だったが、回りにはルフィナもカミーネもいなかった。
隣国の王女と縁談が持ち上がったが、それより前にコルト王国の王子の名前がレオトニールと言う名前で、その婚約者がルフィナだと聞いてしまった。
そうなると矢も盾もたまらず、コルト王国の留学を決めて、学園に入学をしていた。
そして、再びルフィナに怪しい媚薬を使って、愛しいルフィナを今度は廃人にしてしまった。
ルフィナの安否が気になったが、それすら教えてもらえずデラカーザ王国に強制送還される。
隣国の協定もあり、穏便に帰国を許されたが、本来ならば禁固10年の罪状がつく犯罪だろう。
帰国後、ルフィナの回復を知らされた。だが以前、居場所のない私に隣国の王女はそのまま縁談を続行すると言ってきた。
自国で厄介者扱いの私に、大国の王女が会いにくるというのだ。
物珍しいと嗤いに来るのか?と自嘲していた。
普通ならば、謁見の間での対面だが、相手国の王女の希望により応接間での対面になった。
デラカーザ王である父と待っていると、隣国の王女であるミネカ王女が入ってきた。
私が挨拶をしようとお辞儀をして、「遠路遙々、わがデラカーザまで・・」といっているのに、王女はスピードを緩めることなく私の目の前まで距離を詰める。
私は挨拶を止めたが、鼻先が合うくらいに詰められた王女に睨まれデコピンされる。
その王女は開口一番に、聞き馴染みのある声と抑揚で私を叱ったのだ。
「レイモン、お前は何回同じ間違いをするんだ。今回は一滴の酒も飲ませないから覚悟しろ!」
懐かしい叱り口調に、ついつい言い慣れた名前を口に出してしまった。
「悪いかったと反省しているよ。カミーネ・・」
「ふん。思い出してくれて良かったよ。だけど今回私の名前はミネカだ。しっかり覚えてよ。旦那様」
カミーネ・・もとい、ミネカは以前と変わらず大きな口を開けて豪快に笑う。
「いいかい? 失恋は新しい恋で忘れるんだよ」
そう言ったミネカの笑顔で、私にはその笑顔しか見えなくなっていく。
「私が生まれ変わったのは、君に会うためだったのに、また遠回りしてしまったよ・・・」
レイモンがばつの悪そうな顔で、頭を掻き、笑った。




