25 愛の結晶?
母の手によって七芒星の魔方陣の中から出たルフィナは、マリー以外の侍女が安堵の表情で、応接室のソファーやテーブルや絵画等を元の位置に戻すのを見ていた。
そして、侍女達が口々に「ご回復おめでとう御座います」と声を掛けてくれるのを、戸惑いながら受け入れた。
いつも傍にいるマリーと言えば、部屋の隅で、鼻水をすすってまだ泣いている。
応接室が元に戻ると、漸く落ち着いてメルクリオが説明を始めた。
話を聞き終わったルフィナは、ずっと長い夢を見ていたが、その間現実と闇に落ちる狭間にいたのだと恐怖した。
「じっとしていると、不安なので歩き出すと誰かが「こっちにおいで」と誘ってくるんです。そっちからはとても良い香りがするんですけど、行ってはいけないと思って躊躇していました。そしたら、反対から黄緑の光と、とある物体が飛んできて・・・その先に殿下がいると分かりました」
「それは殿下の愛の結晶だね」
「あー愛が形になったんだ」
「うん、愛だ」
メルクリオ達がそう言っているが、ルフィナが見た物体とは宝石に彩られたレオトニールが作った手錠だった。
(あれが愛の結晶?)とルフィナは思ったが、今は言う事を憚られた。
それは、レオトニールが父母に負けぬくらいに憔悴した顔をしていたからだ。
「皆様のお陰で私は無事にここに戻ってくる事が出来ました。皆様の尽力を私は一生涯忘れません。本当にありがとう御座いました」
ルフィナが頭を下げると、父母も同じく立ち上がり頭を下げた。
父も感謝の言葉を述べたかったに違いないが、体力が尽きてよれよれだった。きっと立ち上がって礼をするのも精一杯なのだろう。
レオトニールは何も言わずに、ルフィナの近くに来て、自分の耳からイヤーカフを外した。
そして、ルフィナの耳に付けた。
「このイヤーカフには小さいけれど強力な魔石が付いている。暫くの間、壊れたアクセサリーの代わりにこれを付けてくれ。もっと早く渡していればこんな事にはならなかったのに・・ごめんね」
「これはレオ様を守る物です。レオ様になにかあってはいけません」
ルフィナは耳から慌てて外そうとするが、その手を掴まれた。
「僕は大丈夫だから・・・ルフィナは自分の事を考えて。本当に二度とあんな事になるのはごめんだ」
強く握られた手からレオトニールの小さな震えが伝わる。
きっとここに至るまでに最悪の事を考えていたに違いない。
レオトニールの不安が減るならと、ルフィナは素直に受け取ろうとイヤーカフを頂いた。
メルクリオと先生方は先に帰り、レオトニールはルフィナの自室で久しぶりの会話を楽しんでいた。
マリーも落ち着きを取り戻し、喜色満面の笑みで二人の給仕を甲斐甲斐しく行っていた。
「もうどこもおかしな所はない?」
未だに不安げなレオトニールではあるが、ルフィナの瞳に生気があることにホッとしていた。
「ええ、もうすっかり大丈夫です。それに、頭の中も澄んでいます。以前は黒い煙が充満している気分だったので、今は爽快ですわ」
ずっとレオトニールの声が水中で聞くようなこもった声で、耳にザラザラ響いてとても耳障りだったと覚えている。
(こんなにも素敵な声なのに・・)
「人の気持ちまで変えてしまうなんて、本当に恐ろしい事です」
レオトニールがルフィナの意見に同調した。
「本当だね。ルフィナの気持ちを呪いや魔法で変えようなんてヤンデレにも程がある」
「・・・」
以前媚薬を飲まそうとした貴方がそれを言うのですか?と突っ込みを入れたかったが、ぐっと喉の奥に引っ込めた。
「ルフィナに余所余所しい態度をとられた時には目の前が真っ暗になったよ。本当にルフィナに酷い態度を取られたな」
恨みがましい目をされたルフィナは、仕方なくレオトニールの言い分を聞いてあげた。
「その件は本当にごめんなさい。もしレオ様が何かお望みの物があれば仰って下さい」
レオトニールはこうなると予測どおりだったらしく、隣に座るルフィナを自分の膝に乗せて、ルフィナが降りられないように素早く抱き締めた。
「あーずっとこうしたかったんだ。これでやっとルフィナを充電出きる」
ちょっと何を言っているか分からないんですけど・・?と戸惑いながらもルフィナはレオトニールが下から嬉しそうに微笑むのを見ると降りられない。
レオトニールが気の済むまでと許したが、まさかその体勢で2時間会話をするとは思わず、ルフィナは恥ずかしいやら、重いのではと心配になるやらで上にのっているのに疲れはててしまった。
数日後、アンネッタ・ルーゴ公爵夫人について、ザイラ・ガルシアは依然のうのうと王宮に出入りをしている。
ザイラとサフィストとの繋がりを明確に実証出来ない限り、何の証拠もない彼女を糾弾は出来ない。
今回のルフィナの件で、陛下も何らかの魔法を掛けられて、ザイラに傾倒したに違いないと確信したレオトニールは、メルクリオと陛下の寝室や持ち物を徹底的に調べる事にした。
この捜索で陛下のベッドサイドテーブルの引き出しから、薄紫の粉の入った小さな瓶が出てきた。
レオトニールがその瓶を振ると細かな粉が舞う。
近くの侍女を呼ぶ。
「おい、この瓶は何だ?」
「はい、それは陛下がお休み前に必ず少量を水に溶かしてお飲みになっています」
こんな得体の知れない物を飲んでいるなんて、なんて迂闊なのだと父に舌打ちしてしまう。
「これは誰が陛下に渡した物か知っているか?」
再び侍女に尋ねたが、どうやらそこまでは知らないようだった。
レオトニールは瓶の蓋を開けて、手で扇ぐように香り嗅いだ。
(これは、前世で騎士と一緒にいた時にルフィナから微かに匂っていた物だ)
これを渡した人物は、前世の聖女だったルフィナと騎士を恋仲にしようと画策した者と同一人物に違いない。
つまり、隣国の第二王子のレイモン・デラカーザ以外にもやはり、転生した者がいて、再びルフィナを狙っているのだと確信した。
その、転生者はこの王宮に出入りが自由な人物。
アンネッタ・ルーゴ公爵夫人とその侍女であるザイラだ。
どちらが転生者なのかは分からないが、ルフィナを貶める理由はどちらも利点がある。
特に転生者はルフィナを何度も殺している冷徹な殺人者。この二人から物理的な距離を保つ事もだが、魔法を使っての攻撃にも充分に注意が必要だ。
二人の監視を強化し、この薄紫の粉の出所を探る。それと同時にジョルオサ先生に化学的な観点から粉の成分を確かめてもらうおう。そしてハシム先生にも頼んで、すぐに粉に魔法が掛けられていないか調べてもらわなければならない。
魔法学の権威であるハシムは、瓶の中の粉を見せると、すぐに見当を付けたのか、少量の粉を学園に持ち帰り調べたい事があると早々に帰っていった。
その時に、授業があり今日は来れなかったジョルオサ先生にも渡しておくと約束してくれた。
ジョルオサとハシムは学生時代、二人とも同じトリスタン学園の生徒で魔法と化学をそれぞれ専攻していた。始めは水と油のように気が合わなかったと聞いたが、今ではとてもいいコンビだ。
粉の成分は二人に任せて、レオトニールは駄目元で陛下に聞きに行った。
「父上、これをずっと水に混ぜて飲んでいらっしゃったようですね?」
最近は「陛下」と呼ぶ事が多かったが、この時は親子の情に訴えて見ようと父上と呼んでみた。
「うーん。これを飲んでいたような気がするが・・知っているか?」
陛下に反対に聞かれてがっくりする。
「では陛下、この粉を誰からもらったか覚えていますか?」
重要な質問だ。これだけでも答えて欲しい。レオトニールは願ったが以前にも増してぼんやりしている陛下が覚えているわけがなかった。
再びがっかりするが、陛下のザイラへの色狂いがこの粉を遠ざけるだけでも少しは改善するかも知れないと、自分自身を慰める。
数日後にトリスタン学園から連絡が来たので、大急ぎでレオトニールはルフィナと一緒に図書館館長室に行った。
二人が行くと既にメルクリオの他にジョルオサとハシムが待っていた。
「よおく来てくれたのぉ。ささ、ルフィナさんは私の隣に座って下さい。ふぉふぉ」
メルクリオはおじいさんの姿でルフィナの手を取って自分の隣の席に座らせる。
ルフィナもメルクリオがおじいさんの姿だと安心してしまい「はい」と返事をして気兼ねなく座ってしまう。
「相変わらず、せこい手を使われますね。メルクレオ様は」
レオトニールはルフィナをふわりと抱き、横にずらしてルフィナとメルクリオの間に座った。
「ふむふむ、レオトニール殿下は年上に対する配慮が足りぬよう
ですな」
メルクリオが何と言ってもこの座席位置を譲らないレオトニールに、メルクリオも諦めた。
「致し方ない。では、陛下の寝所から出た粉の検証結果を教えて貰おう」
メルクリオの言葉に、化学の教授のジョルオサが資料をルフィナとレオトニールの前に置いて説明を始めた。
「今回、粉を調べると新しい発見があったのです。今回見つかった 成分は脳内物質の成分をうまく魔法と合わさりうまく活用しているのです。これこそ化学と魔法の融合ではないでしょうか! まずは炭酸リチウム。これは気分の高まりを沈めると共に焦燥感も出ます。次に反対の効果の物質である、チロシンですが、これはやる気を出すんです。チロシンは4ーヒドロキシフェニルアラニンとも言ってC9H11NO3からなる・・・・」
「つまり、やる気を起こしてさらには焦燥感で何かじらしたところで媚薬効果の魔法を掛けて、その女の事が好きだと錯覚させたんですよ」
ハシム先生はジョルオサ先生の説明をバッサリと割愛した。
だが、そのお陰でルフィナとレオトニールはとても解りやすく粉の成分を知る事が出来た。
「では、この粉を飲まなくなる事で元の毅然とした陛下に戻るのでしょうか?」
レオトニールは不安そうに尋ねた。
「ああ、この粉は薬としての成分よりも媚薬魔法としての効き目が多い。つまり飲まなくなれば一週間程度で元に戻るだろう」
このハシムの言葉にレオトニールは体の力が抜けたようだった。
「良かったです。これで、きっと陛下もレオトニールのお母様への愛情を取り戻されますね」
ルフィナもほっとし、レオトニールに笑みを向けた。
「ああ、ありがとうルフィナ。メルクリオ様もジョルオサ先生、ハシム先生、この度のご尽力心から感謝します」
お礼を言われた三人は少し照れたようにうんうんと頷いた。
「それから、ここで一つ気掛かりな事があったんだけど・・」
ハシム先生が少し顔を暗くしてルフィナを見る。
ルフィナは自分に関わる事だとすぐに気付いた。
「先生、私はもう大丈夫ですよ。だから、何か分かったのなら教えて下さい」
ハシムはルフィナの瞳に宿る強さを確認して、話を始めた。
「この粉から媚薬魔法を取り出した時に感じたんだが、今回の魔法にも、先日ルフィナが掛けられた呪いと同じ魔力を感じたんだ。つまり同じ人物がこれを仕掛けたと断言できる」
レオトニールがそれを聞いて呟いた。
「サファレス・・またその名前か」
遅くなってごめんなさい
(>_<)




