24 母、王子を尋問する
ルフィナの母、シェリーに自尊心と勘違いの愛をへし折られたレイモンは肩身の狭い思いで座っていた。
シェリーに諭されて、ルフィナに向き合った時、漸くルフィナが人形に近い状態で座っている事実を受け止めた。
ここでやっと我に返ったのだ。
そして、レイモンは観念し質問に答え出した。
シェリーの質疑応答だが、仁王立ちのシェリーを前にして、尋問に近い遣り取りだった。
「では、レイモン殿下はこれが媚薬魔法だと思っていらしたようですが、質の悪い呪いだとは知らなかったと仰るのですね?」
「本当だ。言うとおり材料を集めればルフィナは媚薬を飲まされたように私を好きになると言われて・・」
「それでは呪いを掛けた男と貴方を唆した女に心当たりはありますか?」
「以前にあの女に・・・」
レイモンはそこまで言うと、ポカンとして、言葉を失う。再び話出した時は女の事をわからなくなっていた。
「・・・それが、パーティーで会ったばかりで詳しくは知らないんだ。女はやたら胸が大きい女だった。男は名前も特徴も思い出せないんだ」
シェリーは呆れてため息が出た。
「好きな女性に、正体も分からない男の魔法をかけたのですか?」
レイモンは目の前に表情も変えず座るルフィナを見る。本当に何故怪しい男と女の言う事を信じてルフィナに呪いを掛けてしまったのだろうと悔いた。
レオトニールはレイモンが女の正体を話す前に、記憶が書き換えられたと悟る。何度聞いても、リセットされたレイモンの記憶からはザイラの名前も顔も思い出せないだろう。
そのレイモンは目の前のルフィナを救う為に、残された記憶を手がかりに必死に思い出そうとしていた。
「その男がルフィナ自身の手作りの品と髪の毛で魔法が掛けられると言っていた。それから、契約だとかなんとか言って、女の指を男が噛んでいた」
何かの役に立つならと、レイモンは思い付く限りの情報を語った。
「契約と言ったのか?」
メルクリオが乗り出して聞く。
同じ様に魔法学教授であるのハシムも怖い顔をしている。
「その男の見当がついたのですか?」
レオトニールが聞くと、二人は「有り得ない」と言ったきり黙り込んでしまった。
「取り敢えず、私達は今の情報を元にもう一度ルフィナに掛けられた呪いの解除方法を探そう。間違った解呪は危険だ」
メルクリオとハシムは一斉に立ち上がり、魔方陣を出して部屋から消えてしまった。
取り調べの終わったレイモンは、フェリカ・モロー騎士団長に腕を取られてロペス侯爵の屋敷を後にした。
何度もルフィナを振り返りながら・・・
彼は隣国の第二王子の身分ではあるが、他国の貴族の女性を呪いに掛けた罪は軽いものではないだろう。手続きと事情聴取に時間が掛かるかも知れないが、先に帰国したイーランの訴えが通れば、早々の帰国になるはずだ
「レオトニール殿下には、折角来ていただいたのに・・・ルフィナとお話して頂くことも出来ず申し訳御座いません」
ロペス夫妻は愛しい娘を守るように、二人で抱き締めている。
ルフィナに触れる事も出来ないレオトニールが、今は触っただけで壊れそうな状態なのだと自分自身に言い聞かせた。
レオトニールは肩を落とす。
近寄れば遠くなる。
毎回、どの人生でも思っているが・・・本当に思いどおりに行かない人生だと、改めて困難な恋愛が嫌になる。
レオトニールはルフィナに触れる事は諦めて屋敷を後にした。一人で悩むより、ヘアブラシの指紋採取の件もあるので、メルクリオ館長に会いにいった。
何より二人が一斉に「契約」という言葉に心当たりのあった男の正体が気になっていた。
メルクリオの館長室には、魔法学のハシム以外に化学のジョルオサもいて、三人揃って首を付き合わして悩んでいる。
メルクリオ達は、男の正体の見当を付けていたようだ。
大昔の古文書に書かれている悪魔『メフィストフェレス』の記述にその悪魔に弟子入りいた人物が残されている。その男は悪魔の名前を借りて『サフェレス』と名乗っていた。
メフィストに魂を売って人間から悪魔になった人物である。
既にその話は逸話として残っているだけだったが、この世で再び暗躍しているのかも知れない。
三人はその古文書に書かれている魔法や呪いに関する記述を読み漁っていた。
ルフィナの呪いは、手作りの持ち物と髪の毛が使われたという所で、呪いの種類は解明できた。
しかし、その解呪方法が呪いその物とその呪いを掛けた悪魔の魔力の痕跡と悪魔の一部が必要だった。
魔力の痕跡は以前ルフィナを襲った時に魔石のペンダントに入り込んだ物がある。
しかし、悪魔の一部を手に入れる方法が見つからない。
三人はお手上げ状態だった。
レオトニールが三人の輪に割って入り、ルフィナが使っていたヘアブラシを見せた。
「これはルフィナの屋敷に現れた人ならざるもの痕跡だ」
ハシムは先日の指紋採取を見ていなかったので、粉にまみれたヘアブラシに首を傾げる。
「えーっと、この汚いヘアブラ
シのどこに痕跡があるんだい?」
今一つよく分からないハシムが軽い気持ちで、そのヘアブラシを掴もうと手を伸ばした。
慌ててレオトニールがハシムの手からヘアブラシを守る様に頭の上に上げる。
「ハシム先生、触ると消えてしまいます!! これは人の指の模様ですよ。人ではない者にも指紋があったんです」
レオトニールがハシムに説明しながら、ヘアブラシに付いた指紋を見せた。
「この指紋と以前本に付いていた指紋が同じなら、そいつが図書館の本に魔法を掛けた犯人に間違いないですよね?」
レオトニールが更に説明すると、メルクリオとジョルオサは顔を見合わせて頷いている。
「サファレスの一部として、指紋が使えるかも知れない」
メルクリオとジョルオサは興奮気味に話している。
「あの、そろそろ僕にも分かるように話してくれませんか?」
盛り上がる二人に、少し苛ついたハシムは早く説明をしろと急かした。
解呪方法に必要な物は三ついる。一つは呪いの媒体に使われた物だ。これは薔薇の花だ。そして二つ目のその呪いを掛けた悪魔の魔力。そして三つ目の悪魔の一部が必要だったが、この指紋が材料として使える可能性がある。
指紋は紋様に沿って皮脂が分泌された物だ。つまり、サファレスの皮脂が残っている筈だ。
「じゃあ、まずはこの指紋が例の魔法を掛けられた本に付いていたのと一致するか確かめよう」
レオトニールはメルクリオが保管してくれていた前回の本に付いていた指紋と合わせた。
「おっ、ピッタリ一致してますね」
この指紋という技術に興味を持ったハシムが目を輝かせた。
「魔法学の先生が、指紋に興味があるなんて思わなかったです」
ハシムの興味津々の様子にジョルオサが驚いた。
「これからの時代は化学と魔法の融合なのですよ。ではここからは私の腕の見せ所ですね」
ハシムがにこりと微笑む。
二人が話している横で、レオトニールは二つの指紋を見ていた。
本とヘアブラシの指紋が一致したことを一人静かにレオトニールは喜んでいたのだ。まだ、ルフィナが元に戻る保証はどこにもないが、ルフィナが元気になった時に、レオトニールは図書館の本に魔法を掛けた容疑者を見つけたと言って安心させてやりたかった。
心中を察したメルクリオがレオトニールの肩を叩き、作業を開始しようとハシムとジョルオサに急がせた。
ハシムは光の魔法で薔薇に込められていた呪いの魔術をゆっくりと紐解き、引き抜いていく。すると棘の付いた糸の様に細く長い鎖が出てくる。
抜き終わると薄く光っている細長い瓶に入れていった。
そして、指紋の一つをシール状の光の膜でヘアブラシから取るとそれは青く輝く蓋付きシャーレに入れる。もう一つの魔力はロペス侯爵のルフィナの部屋にあるペンダントだ。
材料は揃った。あとはこれでルフィナに掛けられた呪いを解くだけだ。
失敗が許されないので、メルクリオ達は何度も試し完璧な状態になるまで試行錯誤した。
そして数日後、意を決してロペス侯爵家に向かった。
応接間に通された四人は火の消えたようなひっそりとした雰囲気の中お茶を出され、ルフィナが来るのを待った。
始めに現れた侯爵はげっそりと頬はこけ、夜も眠れていないのか色濃く疲労の色が出ていた。
「殿下・・ならびに皆様には我が娘のためにご苦労をお掛けして感謝します。すぐにルフィナは来ますので少々お待ち下さい」
ロペス侯爵の声に張りはなく、細々と出された声だった。
物音一つしない部屋で、静かな衣擦れの音だけが聞こえる。
そして、ルフィナが母シェリーの手に支えられながら、応接室に来た。
やはり、未だルフィナの心はここに在らずで、ぼんやりとした瞳に輝きはない。
「ルフィナ、君が元の元気な姿になるように先生方が手をつくしてくれたよ。だから、君もここに戻ってこれるよう頑張って欲しい」
レオトニールがルフィナに触れられない代わりに精一杯の気持ちを
伝えた。
メルクリオとハシムが席を立って、ソファーやテーブルを部屋の隅に置くように侍女達に指示する。
応接室の中央にメルクリオが魔方陣を出現させた。
その魔方陣は黄緑色の光を放っていた。ハシムはメルクリオが作っている魔方陣の中に、薔薇から抜き出した細く長い鎖状になった呪いを渦を描くように入れていく。すると魔方陣その物の様式が変化し六角形になったり五角形になったりと安定しない。
その真ん中にルフィナをシェリーが連れて行き、夫人は不安そうに娘から離れて魔方陣の外に出る。
夫人が外に出たのところで、ハシムはサファレスの魔力が込められたペンダントと、光の膜で取ったサファレスの指紋を投げ入れた。
魔方陣は激しく動き続けて、灰色の煙を噴き出す。
まるで魔方陣の中に巨大な積乱雲が出来、その中は稲妻が走っていた。
「ルフィナ!!」
ルフィナの身を案じたレオトニールが叫んだ。レオトニールが魔方陣に入らないようにロペス侯爵が押さえている。灰色の雲が白に変わったかと思うと部屋の中に暴風が起こる。レオトニールとロペス侯爵はシェリーが飛ばされないように掴みお互いを支える。先生方も必死で飛びそうなマリーを掴んでいた。
猛烈な風はいきなり、「はた」とおさまるとその全てが無くなり魔法陣は七芒星に変わっていた。
その中に、首を傾げたルフィナが不思議そうに皆の顔を見回している。
「あの、皆さんお揃いで・・どうしたのですか?」
「・・くっ」レオトニールが今にも嗚咽を漏らして泣きそうになった。
メルクリオがレオトニールの肩を優しく叩く。
ハシムとジョルオサがそれを見てうんうんと頷く。
父母が抱き合って喜んでいる。
マリーが床にへたり込んでいた。
ルフィナは訳が分からないまま、暫く異様な雰囲気の中で立ち尽くす事になった。




