23 母は王子を蹴散らす
「どういう事だ?」
怒鳴り声を上げたレオトニールは、怒りで目眩がした。
ルフィナが病気だと聞いて、居ても立ってもおられず、駆け付けてみればルフィナは元気で他の男とイチャイチャしているではないか。
レオトニールを見たマリーが、ルフィナの部屋に行くのを必死で止めるのを不審に思ったがこんな事だとは思いもしなかった。
「レオトニール殿下、残念ながらルフィナの気持ちは私に傾いたようだ。諦めてくれ」
ルフィナの髪を撫でながら、レイモンが余裕の顔で笑う。
「諦めろだと? 僕はルフィナの婚約者だ。勝手な事を言うな」
そのルフィナを見れば、レイモンが腰を抱き寄せているにも拘わらずそれを黙って受け入れている。
レオトニールは頭がおかしくなりそうだった。レイモンを慕わしげに見つめるルフィナの目は見た事があった。
レオトニールが記憶の糸を探ると、聖女時代のルフィナが護衛騎士に寄せたあの瞳だ。
あの時と同じように、またルフォナは他の奴を選ぶのかと、レオトニールは気が遠くなりそうだった。
「ルフィナ、こちらにおいで」
出来る限り怒気を消し、震えないように気をつけて、レオトニールはルフィナに手を伸ばした。
しかし、ルフィナはその手を見たまま固まっている。手は頑なにレイモンの太ももに置かれたままだった。
騒ぎを聞き付けて、ルフィナの両親がルフィナの部屋に駆け付けた。
娘が他の男とソファーに座っているところを見たロペス侯爵は卒倒しそうだ。
「ルフィナいい加減にしなさい。そんなはしたない娘に育てた覚えはないぞ」
侯爵が捲し立てている横で、母のシェリーだけは娘の瞳に濁りを見つけていた。
シェリーはふと、部屋のゴミ箱に丸めて捨てられた手紙を見つけて拾いあげ、手紙のシワを伸ばす。
そして、男達が騒いでいるのを余所に手紙を読み出す。
その手紙には、レオトニールへの感謝と愛情を込められた内容が書かれていた。
「皆さんお静かに・・」
侯爵夫人の凛とした声で、部屋の喧騒が止まる。
「ルフィナに聞きたい事があるの。これは昨晩書いたものね?」
ルフィナは気だるげにその手紙を視野に入れる。だが、どうも焦点が合っていない。
「何を書いたのか・・私・・覚えておりません」
ルフィナは思い出そうとするが、その作業はとても厄介で面倒臭いもののように思え諦めてしまう。
「これは貴女がレオトニール殿下宛に書いたのよ? 覚えてないのなら、読んでいいかしら?」
夫人はルフィナの返事を待ったが、返ってきそうにないので仕方なく読み出した。
「『レオ様へ 先日のヘアブラシの指紋採取の件ですが、一度やってみようと思っています。忙しい公務の中、私事でお時間を取らせてしまい申し訳ございませんがどうぞよろしくお願い致します。最近の私はレオ様に甘えが過ぎていると反省しています。お忙しいレオ様に代わって私が出来る業務を増やせるように、明日からも王宮でのお勉強を頑張ります。どうかレオ様もご無理をされませんように。また、会える日を楽しみにしております』・・・と言う内容をルフィナ、貴女が昨晩書いているわ。これを読む限り貴女のお慕いしている方はレオトニール殿下のようね? どうなの?」
問われた事は分かるがルフィナは、誰を想っているのか答えが出ない。
「もういいよ。ルフィナを困らせたくない」
急にレオトニールが、離れようとする。
ルフィナはレオトニールに追い縋りたい気持ちになるが、体が動かない。
ただ、涙が溢れる。
「ルフィナが誰を想っているのか、分かりましたわ。ここからは女同士の話し合い必要なようです。男性の皆様は部屋からご退出下さい」
母は強し。
どういう事だと動かない王子二人と夫に向かって、
「ここは私の家です。私のやることに従って頂きます。それでは三日後にルフィナの意見をお伝えしますのでその時まで一切の訪問を禁止します。さあ、この部屋からご退出下さい」
ビシッと告げると皆をルフィナの部屋から追い出し扉を閉めた。
閉め出された王子達は、暫く扉の前で呆けていたが、その内諦めて帰っていった。
皆が出ていった後、シェリーは娘を抱き締めた。
「可愛そうに、何か心に作用する呪いを掛けられたのね。貴女の心は母が守ります」
マリーとルフィナ担当の侍女を呼んだシェリーは、部屋で変わったところがないか尋ねた。
マリーは部屋の隅々を見渡し、昨日と違う箇所がないか目を皿のようにして探した。
「どこかにルフィナを呪う物体がある筈なのよ」
侍女達が総出で探している中、ルフィナはポツンと一人ボーッとソファーで座っている。
「ないわね・・」シェリーが諦め掛けた時、ルフィナが持っている不自然な程に赤い真っ赤な薔薇が目に止まった。
「あの薔薇は誰からの贈り物なの?」
「あれは、お嬢様がハンカチをあげたお礼にとデラカーザのイーラン王女から頂いたと聞いてます」
「イーラン王女はレイモン王子の妹君よね」
シェリーの言葉にマリーはハッとする。
「もしや、この薔薇に何か仕掛けがあるのでしょうか?」
「そうね、だってこんなに皆が部屋中を探している当のルフィナは薔薇しか見ていないわ」
ルフィナの隣に座り、シェリーは頭を撫でる。
「ルフィナ、この薔薇を少し私に預けてくれるかしら?」
ゆっくりと薔薇を取ろうとすると、ルフィナは抵抗するように、薔薇を握った手に力を込めた。
「ルフィナがこれを持っている限り、貴女の大切な人が苦しむのよ。それでいいの?」
幼い子供を諭すようにゆっくりと話し掛けると、ルフィナの手から力が抜けて、シェリーは薔薇を引き抜けた。
大事な物を取られた子供のように不安な顔をしているルフィナに、シェリーは優しく背中をとんとんと叩く。
落ち着いてきたルフィナだが、まだ目を放すわけにはいかない。
密かにイーランに連絡をつけて、詳細を聞き出して来るように侯爵家の密偵に申し付けた。
そして、メルクリオ図書館長と魔法学のハシム先生に呪いを掛けられた薔薇を調べて貰うのと同時に呪いの解除方法を見つけて貰うようお願いした。
「我が娘にこんな卑怯な真似をしたなんて、あの男許すまじ」
シェリーはいつもののんびりした雰囲気に似合わない言葉を吐き出し、想像上のレイモンの顔を握り潰した。
シェリーはすぐに解呪出来ると思っていたようだが、かなりの高位の魔術が掛けられていて、約束した三日後に解呪は到底出来そうにないとハシム先生に言われる。
無理に解呪すると、本人の負担が大きく心が壊れると説明される。
すでに呪いの後遺症で、ルフィナは5歳児のようにぼんやりと佇んでいるというのに・・・。
解呪方法が見つからなければ、娘はどうなってしまうのだろうと、シェリーは心配で胸が締め付けられた。
「きっとお嬢様の呪いを解く方法を見つけるので、気を強く持って下さい」
メルクリオはあの膨大な図書館の書物を全てひっくり返しても見つけ出すつもりだ。
秘密裏にイーランが屋敷を訪れたのは次の日だった。
目を真っ赤にしたイーランの姿に、シェリーは非難の言葉を呑み込んだ。
「私のせいでルフィナお姉さまが未だ苦しみの中にいらっしゃると聞いています。詫びて許されるとは思っていませんが、本当に申し訳なく思っています。ごめんなさい」
まだ少女の王女がここまで苦しんで、しかも謝罪をするために単身で屋敷に来た事で、シェリーは責めなかった。
「大体の事は聞いています。貴女は乳母の命を危険に晒されて、兄の悪事に手を貸してしまったのですね」
「・・・はい。今朝、兄から乳母が解放されたと聞いてここに来ることが出来ました」
イーランは小さな体を更に小さくして答えた。
「私がここにいては、再び悪事を手伝わされる危険があります。だから、明日国に帰ります。帰国後すぐに父から兄の留学を取り消すように働き掛けます」
「私は貴女のお兄さんを許す事はありません。しかし、貴女はルフィナが妹と思い大事にした方です。この件が落ち着いたらまた遊びにいらして下さい」
イーランは侯爵夫人に深く頭を下げると部屋を出た。
イーランはルフィナの様子が気にかかっていたが、会いたいと言える立場でないことは十分に承知していた。
イーランは玄関に向かって侯爵家の侍女について歩いていく。
行きと違う廊下を歩いていたが、イーランは始めて来た侯爵の屋敷の間取りが分からず、素直に侍女に着いて歩いた。
ある部屋に来ると、扉が開いていて話し声が聞こえた。
イーランが覗くとルフィナがいた。
しかし、その目には光が差しておらず、ぼんやりと虚ろだ。
イーランは思わず出そうになった声を両手で抑えた。以前の温かで行動的な瞳は、何も写して無いように見えた。
(お姉様、ごめんなさい。必ずお兄様に謝罪させて、一刻も早く帰国させます)
イーランは再び侍女について歩きだし、ロペス侯爵の屋敷を後にした。
三日後、レオトニールとレイモンが屋敷に同じ時刻に呼ばれた。
ただ、レオトニールはルフィナが未だに呪いの掛かった状態だと告げられていた為、足取りは重かった。
広い応接室には既に老人姿のメルクリオ館長とハシム先生が待ち構えていた。
レオトニールとレイモンが部屋を見渡すが、ルフィナはいなかった。
レイモンは着席もせず、ルフィナがいないのを不審に思い抗議した。
「早くルフィナに会わせて欲しい。それから、今日彼女が私を選んだならルフィナを連れて帰国したい」
既に勝ち誇った様な物言いに、ロペス侯爵は腹立ちを隠しきれない。
この場で一番激昂しそうなレオトニールは、唇を噛み締めたままで、じっとしている。
ルフィナがレオトニールではなく、他の男を選んだのはこれが始めてではない。
レオトニールにしてみれば、メルクリオからルフィナは呪いに掛かっていると聞いていたが、もしかしたらこれがルフィナの本心かも知れないと恐れていたのだ。
「お二方、どうぞお座り下さい。今からルフィナをここに呼びますが、絶対に席から立たないで下さい」
シェリーが二人の王子を見据えて、娘に一歩たりとも近付くなと要求した。
それほどにルフィナの精神は未だに安定していない。
レイモンは返事もせずにどっかりとソファーに腰かけた。
レオトニールは頷いて着席する。
「お嬢様をお連れしました」
侍女に連れられてきたルフィナは、別人のようにおどおどし、瞳が不安で揺れている。
「ルフィナ、私と一緒にデラカーザ王国に行こう」
レイモンが優しく微笑んで、立ち上がろうとする。
その途端に後ろに立っていた、筋肉ムキムキ女性フェリカ・モロー騎士団長に押さえ付けられた。
「お座り下さい」
フェリカ・モロー騎士団長の腕力と威嚇の笑みでレイモンは仕方なく座り直した。
二人を見るルフィナは何の感情も現していない。
「どうしたんだ、ルフィナ?」
レイモンは動揺し始める。
(まさか、あの魔法が失敗したのか?)
その様子を見て、シェリーはレイモンを見据えて話し出す。
「貴方は娘をどうしようと思ったのですか?」
「もちろん幸せにしようと思ったんだ」
レイモンはそれが正解だと言わんばかりに自信ありげに答えた。
「このような状態の娘があなたには幸せに見えるのですか?」
レイモンは悲しみも喜びも映さないルフィナの瞳に自分も映っていないと知る。だが、そんな事は彼には関係なかった。
「私の国に帰ったら、彼女は私を愛してくれる。それに今度はきっと上手くいくはずだ」
シェリーはじっとレイモンを睨んでいる。
娘に呪いを掛けておいて、また今度とは・・再びこのような呪いに掛けるつもりなのか? この男にだけは娘は絶対に渡さない。
シェリーの怒りが頂点に達した。
「レイモン王子殿下、貴方の目は節穴ですか? この光のないルフィナの瞳を見てなんとも思わないのですか? そして、更に呪いを掛けようと言うのですか? 心を魔法で操作して、心を繋ごうとは・・浅はかにも程があります。貴方のは愛とは呼びません。とっとと国に帰って『愛』を学び直してきなさい」
ビシッと人差し指をレイモンに向けるシェリー。
それに付随するように、父の侯爵も「娘を幸せに出来ない男に娘をやれません」と漸く一言吐いて、一矢報いる事が出来た。
レイモンは再びルフィナを見つめ、深いため息をつき、首を振る。確かにルフィナは人形の様に成り果てていた。きっと言葉すら把握していないだろう。
「聖女の時は本当に上手くいったんだ。今回の魔法は何故失敗をしたんだ」
ぼそっと呟いた。
その告白を聞いたレオトニールは、瞠目する。
(ルフィナが聖女だった時の騎士はこいつだったのか! ではルフィナは僕を選ばなかったのではなく、魔法でこいつを選ばされていたのか)
レオトニールは喪失していた自信を漸く取り戻した。
やはり、ルフィナと自分は深い絆で結ばれていたのだと思うと思わず立ち上がり、ルフィナの傍に行こうとした。
「そこの王子様、お座り下さい。娘はまだ触れられない状態だと申し上げましたよ」
母、シェリーの威嚇は自国の王子にも向けられた。
「はい・・」
レオトニールがすごすごと席に戻る。




