22 もう一人のヤンデレ王子
朝、侍女のマリーがいつもの様に部屋をノックする。
しかし、返事はない。
もう一度ノックするが、部屋から返事も物音もしない。
「お嬢様、お休みのところ失礼します」
異変を感じてドアを開けると、ルフィナはまだベッドで眠っていた。
ホッと安堵したマリーは、そろそろ王宮に行く時間なのでルフィナを起こす。
「お嬢様、お仕度の時間がなくなります。早く起きて下さいませ」
ルフィナは眩しそうに目を開けたが、再び目を閉じる。
「今日は休むわ。それより、レイモンをお呼びして欲しいの」
「レイモンとはレイモン王子様ですか?」
ルフィナの口から何故レイモン王子の名前が出たのか分からず、マリーは戸惑った。
「学校をお休みになりたいと言うのは、どこか体調がお悪いのでしょうか? それならお医者様をお呼びしましょうか?」
ルフィナは気だるげに髪を掻き上げながら、嘆息を漏らす。
「いいえ、どこも悪くはないわ。今日はレイモン殿下に会いたくなったのよ。だから屋敷に呼んで頂戴」
「あの、それならレオトニール殿下をお呼びして、お話になられたらいかがでしょうか?」
この屋敷にレイモンを呼ぶなどレオトニールが知ったらどんなに悲憤するだろう。
それだけはなんとしても止めないといけない。マリーは必死で策を考える。
それにしても、お嬢様はどうしてレイモンに会いたいと言い出されたのか分からない。それに、いつもとルフィナの雰囲気が違うのだ。
言葉に出来ないが、兎に角ルフィナから冷ややかな冷気を感じるのだ。
「マリーが呼んでくれないなら、他の人に頼むわ」
チッと舌打ちをして、下がれと言わんばかりに手を振る。
いつものルフィナなら、人に苛ついた態度を見せない。それが平民であっても、このような感情を露にする事がなかった。しかし今目の前にいる人は、誰か分からない程、露骨な態度をマリーに向けている。
「わかりました。お嬢様の仰せの通りにいたします。レイモン殿下にご連絡を取り付けて参りますので少々お時間を下さい」」
マリーは深々と頭を下げて、ルフィナの部屋を出た。
「こんな事をレオトニール殿下のお耳に入れる訳にはいかない。こうしていられないわ。一刻も早く旦那様にご相談をしましょう」
旦那様にルフィナの異変を知らせる為に執務室に走る。
屋敷を走るのは禁止だが、構っていられなかった。
ノックをするのももどかしい。
コンコン。
部屋の主の承諾を得て、マリーは急ぎ入室し経緯を話した。
「どうしたのだ?」
ロペス侯爵はいつも冷静なマリーが、肩で息をして部屋に入ってきたものだから驚いている。
「お忙しい所すみません。お嬢様がいつもとご様子が違っておりまして・・・。起き上がられた途端レイモン殿下を屋敷に呼ぶようにと命令されて、困惑しています。
レイモン殿下をお呼びして良いものかどうか、旦那様にご相談させて頂きたく存じます」
話しを聞いた侯爵は、眉間のシワを深くしていく。
「昨日まで、レオトニール殿下と仲良くしていた筈なのに、どうしたことだ。今他国の王子を屋敷に呼ぶなど出来る訳がない。いくら娘がレイモン殿下を呼べと言っても聞く必要はない」
「わかりました。王宮へ暫くはお嬢様の体調が優れないと理由付けて、王宮での勉強もお休みをすると連絡をしておきます」
侯爵は頭を抱えながら「そうしてくれ」と頷いた。
マリーが部屋から出るとロペス侯爵は、力なくソファーに座り込む。
「どうした事だ。今ごろレオトニール様からレイモン殿下に乗り替えられるなど言語道断、出来る訳がない。ルフィナは何を考えているのだ」
今すぐにでも娘の所に行って叱りつけたいが、可愛い娘を見に行くのも辛い。侯爵は動けずにじっと床を眺めるばかりだった。
侯爵の執務室から出たマリーは、王宮にルフィナの欠席の知らせをすぐに早馬で送らせた。
それから、再びルフィナの部屋に戻ってきた。
ドアの前で大きく深呼吸をして、先程のルフィナは嘘で、本来のルフィナに戻っていてくれと願いながらドアをノックした。
しかし、マリーがドアを開けると信じられない事態になっていた。
何故か、ルフィナの部屋にレイモンがいるのだ。
そして、ソファーで二人隣合って座っている。
「レイモン殿下、どうやって入ったのですか? ここはルフィナお嬢様の私室です。この屋敷の者の許可無く立ち入らないで下さい」
強く抗議するも、ルフィナにへし折られてしまう。
「私が許可するわ。レイモン殿下がわざわざ会いに来て下さったのよ。マリーお茶を淹れて差し上げて頂戴」
ルフィナのレイモンを見る目が、いつもの厄介者を見る目と違い、熱を含んだ潤んだ瞳だった。
(くっ。こんな場面をレオトニール殿下に見られたら、どんなに悲しまれるか・・)
ルフィナの頭から水をぶっかけて、『目を覚ませ』と言いたいが、あの目は恋する女の目だった。水くらいで覚めようがない。
レオトニールに大恩があるマリーにとって、レイモンにお茶を入れる作業は苦痛でしかない。
ポットのお湯はまだ冷めていなかったが、二人が見つめ合っているのを見るに偲びず、「お湯を取りに行きます」と部屋を出た。
二人っきりになると、レイモンが更にルフィナに近付いて座る。
「ほら、ルフィナこの薔薇は君の為に作ったんだ。香りを嗅いでごらん」
「ええ、とても良い香りです」
薔薇の香りは、ルフィナを夢心地にさせてくれる。
「ああ、以前も君の為に大量の薔薇を用意したのに、君はあっけなく死んでしまった。またこうして私に寄り添ってくれる日が来るなんてザイラを信じて良かったよ」
「・・以前?」
この言葉にルフィナは大事な何かが深い湖から浮き出して来そうだった。だが、薔薇の強い香りのせいで、すぐに意識は強い力で水底に引きずり込まれた。
「前の事はどうでもいいよ。今度は王子だ。きっと君を幸せに出来る」
レイモンは騎士だった前世を思いだし、顔を顰めた。
あの時は聖女ルフィナを守る護衛騎士だった。一目見た時から自分の物にしたいと思った。
その願いが通じ、怪しい女がルフィナに惚れて欲しくば手を貸してやろうと言ってくれた。始めは信じられなかったが、その女の言うとおりにしたら、ルフィナの気持ちが自分に傾いてきた。
たかが護衛騎士の自分が聖女を娶れる筈もないのでルフィナと逃げる計画を立てていた。しかし、ルフィナは呆気なく死んでしまった。
女は魔法の効果が切れたせいで錯乱して、落下したのだろうと言った。
あの後のレイモンの人生は、生ける屍だった。だが、今再びルフィナに会えたのだ。この奇跡を逃すわけにはいかない。
(今度は覚める事のない魔法を掛けて貰ったから安心してね。私のルフィナ)
「ルフィナ」と声に出して呼べば、「なあに? レイモン殿下」とこんなにも近くで甘えた声で答えてくれる。こんなにも嬉しいなんて、本当に幸せだ。
レイモンは薔薇の花をルフィナに近付ける。
ほら、もっとこの薔薇の香りを嗅いで、私の愛情を感じて欲しい。
二人が仲睦まじくしているところ、ノックもなくドアが開いた。
「どういう事だ!!?」
二人を見て、怒鳴り声を上げたのは、レオトニールだった。




