20 人ならざる者(1)
パーティー当日
本日は王家主催のパーティーなので、勿論王妃のテレリューズも出席している。
朝から体調を崩された国王陛下は急遽欠席となっている。
体調不良ではなく、ザイラ、ザイラと五月蝿いので公務には出られないようだ。(真実は伏せられているのだが・・)
今日の催しはコルト王国に留学している隣国のレイモン・デラカーザ王子に会いに来た、妹のイーラン・デラカーザの歓迎の宴である。
10歳のブラコンの彼女は、デラカーザ国王に泣きついて今回の訪問に至ったらしい。
ルフィナは王宮の庭園を散歩していたイーラン王女にばったりと会ってしまった。そこでイーラン王女に挨拶した際に、随分と懐かれてしまった。
レイモン王子を避けるように王宮を移動していたら、妹の王女に会ってしまったのだ。
「ルフィナ様はレオトニール王太子殿下とまだ結婚はしていないのよね? それでしたら、是非レイモンお兄様と一緒になって下さい」
兄のレイモン王子と同じ明るい赤毛でクルクルカールヘアーとアメジストの瞳でお願いされる。
「イーラン王女様、ルフィナ様がお困りですよ」
イーラン王女の侍女が、ルフィナの胸中を読んでくれて、やんわりと嗜めてくれた。
シュンとなるイーラン王女がかわいくて、ついつい慰めるのにルフィナは自分で刺繍したお気に入りのハンカチを渡す。
「ワー。素敵なお花模様のハンカチ。私が頂いても宜しいんですか?」
「はい、どうぞイーラン王女様にお持ち頂けるなんて、光栄です」
ハンカチを広げてずっと見ているイーラン王女の可愛らしさに、ルフィナはうんうんと頷いた。
「大切にしますー」
笑顔のイーラン王女。
あー。ほっこりする。
数時間後に始まるパーティーの前に癒されて良かったとルフィナは思った。
パーティーが始まる前から、大勢の人が王宮内のレセプション会場となっている大広間に集まっている。
ここは社交場でもあり、それぞれの思惑が入り交じっている場でもある。
デラカーザ王国の交易関係の人は、顔繋ぎのために来ている。人々は必死で自国の交易品の話をしていた。
またある者は、デラカーザ王国の王子やコルト王国の高位の貴族にすり寄ろうと、甘い声を出して縁を繋ごうとする者もいる。
その雑然とする中に、ルフィナがカルメン・マッキーニのデザインの新作ドレスを着て現れた。
銀糸で刺繍されたオフショルの胸元は美しい鎖骨と白い肌が光って見え、透明感が増している。そして明るい紫色のグリッタードレスはルフィナの知性の黒い瞳に艶やかさもプラスされた。
周囲の男達が、ピタリと会話を止めて見入った。
エスコートしていたルフィナの父アルフレッド・ロペス侯爵は、自慢げにその間を歩く。
父としては本当に鼻が高く、胸を張ってエスコートしている。
その様子を歯噛みしたレオトニールが早足でエスコートしていたルフィナの腕を父から抜き取る。
(このドレスは似合い過ぎる。毎日見ている僕でさえも、まともに見ると動悸と息切れが起きそうだ)
レオトニールがそんな事を思っているとは知らず、ルフィナが可愛い艶っぽい唇をレオトニールの耳元に近付けて囁く。
「レオ様、カルメン様から頂いたデザイン画を全部覚えていらっしゃいますか? 先程よく似たドレスの女性がいらっしゃったのですが、レオ様も確認していただけますか?」
(はーはー。彼女はぼくを酸欠にしようとしているのか?)
レオトニールはカルメンのドレスどころではなくなっている。
(このまま例の塔に厳重に保管したい。それか、わざわざ特注で作らせたあの手錠を今すぐにつけて皆に見せつける方がいいのでは?)
ルフィナは返事がないレオトニールの瞳を見て、彼が何を考えているのか想像出来た。
足元が見えない長いドレスを生かして、『ふんぬっ』とレオトニールの足を踏んだ。
「うっ」
小さく呻き声をあげたレオトニールに、ルフィナから向けられた目は笑ってない。氷の笑顔でもう一度レオトニールに囁いた。
「レオトニール王太子殿下、しっかりとして下さいませ。今日しか王宮の費用を横領した犯人を探す事は出来ないのですよ。お分かり頂いてますか?」
「はい。もう不埒な考えは起こしません」
素直な返事をしたレオトニールは、何枚か渡されたデザイン画を思い出しそのドレスを着ている者を探し始めた。
ルフィナが先程言っていた人物もよく見るとデザインが違った。
ドレスを探しもって、外交の挨拶をしつつ、更にルフィナを狩人の眼差しで見続けるデラカーザ王国の第2王子のレイモンから距離を保ちつつの移動ではレオトニールでも中々難しいミッションである。
レイモン王子は妹のイーランのエスコートをしているので、そうそう自由には動けない。それは何よりも助かった。
しかし、不埒な奴はレイモン王子に限った事ではない。自国の王子の婚約者だと知っているにも関わらず、隙有らばルフィナに声を掛けようとする不届き者がいるのだ。
不意にレオトニールの腕を掴んでいるルフィナの手に力が入る。
体も強張ったのが分かった。
レオトニールは彼女の見ている方向に視線を向けるとそこにはザイラが歩いていた。
しかも着ているのは、一番最近カルメンの店で発注されたあの真っ赤な布地に真珠をいくつも縫い付け、胸を強調させる大胆なデザインのドレスだった。
ルフィナの喉がゴクッと唾を飲み込み、息を整えているのが分かる。
ルフィナの精一杯の演技を後押ししなくてはならないとレオトニールも顔を作る。
こちらに気が付いたザイラは、ルフィナが何も知らないと思い込んでいるらしく、満面の笑みで近付いて来る。
しかし、ルフィナの全身を改めて見たザイラの眉が驚きで上がった。だがすぐに平静に戻る。
「お久しぶりです。ルフィナ様。ご機嫌麗しゅうございますレオトニール王太子殿下」
今までと何も変わらない挨拶。そして、ルフィナに向ける親しみを現す笑顔。
その笑顔が嘘だと知っているルフィナでさえ、優しさと懐かしさを感じてしまう。
「最近は学園でお会い出来ず、寂しく思っていました。ザイラ様はお元気でしたか?」
ルフィナは声が震えないように答えた。
「ええ、今も陛下の事で悩んでいます。こんな事をレオトニール王太子殿下にご相談出来る筈もございませんが、勘違いをされているのではと不安な毎日をすごしています。是非レオトニール王太子殿下にこの度の事を釈明させて頂きたいのです。良かったらお時間をいただけないでしょうか?」
ザイラは大きな胸をレオトニールに見せつけるように上目使いで近付く。
「釈明か・・そうだな、詳しい話しを聞きたいな」
レオトニールの言葉にザイラの顔が晴れやかに微笑む。
そして、どこか勝ち誇った顔をルフィナに向けた。
これがこのザイラという人の、本来の顔だったのかと気が付いた。
「使いの者をやるので、その者に詳しい陛下との出会いなどの経緯を話しておけ」
レオトニールは冷たい眼差しでザイラを一瞥しただけで踵を返した。
そして、すぐに大事そうにルフィナの手を自分の腕に置く。
ルフィナが去り際にザイラに目を遣ると今にもルフィナを射殺さんばかりに睨んでいた。
「ザイラ様にあれほどの憎悪の眼差しを向けられて、漸く私は踏ん切りが付きました。彼女は始めから悪意を持って私に近付いた・・悲しいことだけどその事実を受け止めます」
ルフィナが寂しそうにポツリとレオトニールに告げた。
離れても執拗に睨むあの目・・どこかで見た記憶が・・ルフィナが思い出そうとしたが薄い記憶は煙のように消えてしまった。
「あの女の衣装はカルメンの店でみたドレスだったな。全く・・いつ見ても、あの女の纏わり付くような目に寒気がする」
レオトニールは余程、嫌だったのか体を震わせて腕をさすっている。
図書館の例の本をルフィナは思い出していた。
『男って女のどこが好き?』
あの本に書かれている事が本当ならば、あの胸は脅威だ。
本当にあの豊満な胸を見ても何とも思わなかったのだろうかとルフィナは真意を確かめようとレオトニールの顔を見つめる。
レオトニールの顔を見る事ばかりに必死になっていたルフィナは、自分の胸をレオトニールの腕に押し付けているのに気付いていなかった。
「あのね・・ルフィナ・・それはわざとぼくの忍耐を試しているの?それとも純粋に誘ってくれていると判断してもいいの?」
レオトニールの視線を追って、漸くレオトニールの腕とルフィナの胸が当たっている事が分かったのだ。
大きな会場で真っ赤な顔の二人は、そそくさとバルコニーに出て頭を冷やしに行った。
「ふー。少し頭が冷えてきました。レオ様・・私の所為ですみません」
「いや、いいよ。どうせルフィナから誘ってくれるなんて思っていないから・・ちょっとは期待したけど・・とにかくザイラが着ていたドレスは王宮の費用で買われた服だった。しっかりとその支出を許した部門を探そう」
ザイラの一存であの高級なドレスを買える訳がない。
文官を抱き込んだのか、経理係が出したのか分からないが、この件でザイラを追い込めると二人は思っていた。
バルコニーのカーテン越しにザイラの行動を見ていた二人は、ザイラの意外な交友関係を知る事になる。
それは、デラカーザ王国のレイモン第二王子だった。
二人は以前からの知り合いのように打ち解けて話している。
「ザイラとレイモンが知り合いとは驚いた。繋がりは何なのだろう?」
「ええ確かに二人が談笑している姿は、何か企んでいるとしか思えないです」
ザイラが目的もなくレイモン王子に近付く筈もない。ゾッとしながら、遠巻きに見ていた。
◇□ ◇□ ◇□
「お久しぶりです。レイモン殿下。私をお忘れではないですよね」
ザイラは視線をレイモンに向ける。
「忘れる訳がないだろう。君のお陰で私は宝物を手に入れられる寸前の所までいったのだから」
「今回もお手伝いしてあげるわ。今度こそ成功してよね?」
ザイラとレイモンに挟まれたイーランが不服そうに会話に割って入る。
「ねえねえ、何のお話をしているの? 私にも分かるようにお話してよ」
イーランは可愛くほっぺを膨らませる。
しかし、ザイラは会話を遮られ苛立った。
「大人の会話に割って入るなんて、躾がなっていないわよ」
面倒臭そうにシッシと手で追い払う様な仕草を見せる。
「ルフィナ様だったら、私のお話をきちんと聞いて下さるわ」
イーランは堪えたが涙が出そうになった。それを拭こうとさっきルフィナに貰ったハンカチを出した。
「このハンカチは?」
レイモンはハンカチの刺繍の模様に見覚えがあり、イーランに尋ねた。
イーランは涙を引っ込めて、ルフィナに貰ったのだと自慢げにハンカチを見せた。
それを素早い動作でザイラがイーランの手から奪い取る。
「そうなの・・これはルフィナ様手作りの持ち物だったのね? いい時に材料の一つが手に入ったわ。これ、貰っとくから」
イーランの抗議の鳴き声を無視して、ザイラはパーティーを上機嫌で足早に去った。
ザイラはその足でエスコートの男性と腕を組んで馬車に乗り込む。
馬車の席に座ると、その男性に向かってイーラン王女から奪い取ったルフィナのハンカチを投げ渡した。
「やっとルフィナが作った私物を取れたわ。ねえ、もう一つのはあなたが取って来るのよ」
ザイラはその男に命令すると男は首を傾げた。
「いいのか? 俺を使うとまた契約が必要だぞ」
「いいわよ。今度こそレオ様を私の物にするんだから。そもそもレオ様が私を愛する筈だったのに、あんたの失敗で陛下が私に執着して追い掛けて来るようになったんじゃない。今度こそ頼んだわよ。それで一刻も早くレオ様に纏わり付いている煩い虫を辱しめてやるわ」
「じゃあ、契約だ。またお前の心を少し頂くよ」
男は真っ赤な口を開けると、ザイラの指先を噛んだ。
「痛っ! もう少し優しく噛めないの? まあ、いいわ。これでルフィナの苦しむ顔が見れるんだから許してあげる。あの女の死ぬ間際の顔を想像するだけで、ぞくぞくするわ」
男はザイラの恍惚の表情を見ながらほくそ笑む。
そして赤い舌を出して、ペロリと下唇を舐めた。
(益々美味しそうになっている・・だが、まだスパイスが足りていない)




