18 友人(2)
化学のジョルオサ先生が手を叩き、注目させる。数人の女子生徒が、惚けた顔で先生を見つめていた。ジョルオサは現在26歳。紺色の髪の毛を後ろに一つに結い、白衣を翻し、灰色の目で生徒を見渡す。
「今日は化学の炎色反応と、魔法学の小さな炎を持続させる訓練を同時に行います」
「炎色反応とは、特定の金属元素を含む物質を炎にいれると炎が特有の色を示す事を言います。そのためには小さな安定した炎が必要になります。一人が炎を作り、あとの二人が白金線にいろいろな溶液をつけて実験をします。では各グループに分かれて実験を開始してください」
ルフィナは漸く出来た友人と一緒に、化学実験の準備段階の炎を作る練習をする。
まずはルフィナ。実は魔法は得意科目なので、すぐに出来た。
小柄なベネットはルフィナよりもさらに小さな炎を安定して作り出せていた。
大柄でおっとりしたシルヴィアンの番だ。
ボワアアアーーー
「きゃーーどうしましょう。火が小さくなりませんわぁぁぁ」
「熱っ!!シルヴァ!!火を止めなさいよ」
ベネットが叫ぶが、シルヴィアンはテンパって止め方が分からなくなっている。
ゴオオオオー
「ちょっと、火力を強めてどうするのよ!!」
ベネットが焦って大声で制止しようとした。シルヴィアンはもうどうしていいのか分からなくなっている。ただ自分の指先から出る炎を止める統べなく見つめていた。
「アイスボックスッ!」
私はシルヴィアンの手ごとアイスの箱で囲んだが、大きく作りすぎてまだ炎が吹き出ている。
このままではシルヴィアンの手が凍傷と火傷になってしまう。
「CO2充填」
思い付くまま、アイスボックスに二酸化炭素を満たす想像する。
シルヴィアンの指から出ていた炎がフッと消えた。
「「「・・・消えた」」」
三人がその場にへたり込んだ。
「ふふふ、びっくりしましたわー学校を燃やしてしまうところを救って頂いて、ありがとうございました」
シルヴィアンが呑気に笑っている。
「はははは、全くシルヴィアンったら緊張感がないんだから」
ベネットも笑う。
「本当に驚きましたわ。でも、シルヴィアンにお怪我がなくて良かったです」
ルフィナも釣られて笑ってしまった。
それを見ていたクラスのみんなが、寄ってきて口々にルフィナを褒めてくれた。
この学園に来て始めての事だ。
あれだけ距離感があったクラスメイトに普通に話し掛けられ、ルフィナは戸惑った。
だがこれでやっとクラスに打ち解けられたようだ。
「ルフィナ・ロペスさん、君の魔法は面白いね。だが、注意点もある。授業の後で私の部屋に来なさい。それからシルヴィアン・ライドさん、君も一緒に来るように。では、授業の続きをしましょう」
魔法学のハシム先生に目を付けられてしまったようだった。
怒られたというのに、一部の生徒が、羨ましそうにルフィナとロペスをみている。
ハシムもジョルオサと同じく美丈夫だった。銀髪に赤い目が印象的な23歳。かかとまであるフード付きローブを羽織って優しく微笑むと、女生徒のため息が聞こえた。
授業が再開し各グループで小さな炎を出しながら、もう一人ナトリウムの溶液を付けた白金線をその中に差し入れる。炎は黄色に変わる。次はストロンチウムをいれると、紅色に変わる。銅をいれると綺麗な青緑色になる。
「信号機の色だわ」
前世の交差点を思い出し、ついうっかり言葉に出してしまった。
「しんごお・・?って何ですの?」
シルヴィアンがコテンと首を傾げて聞く。
「えっと・・他国の合図で赤色が止まれの意味で、青は進め、黄色が注意という意味があると聞いた記憶があるような・・ないような?」
「あはは、何だか分からないけど色で合図って面白いわね。じゃあ、他にも紫で『突進』とかいいわね」
ベネットは小さい体に似合わず大きな声で笑う。
二人は授業そっちのけで、暗号を作ろうと喋りだした。そして、案の定先生に怒られた。
(この授業って前世の時もしたわね。化学の授業の実験は苦手だった。でも魔法と融合すると、とても面白いわ)
概ね元素の実験が終わり、レポートを書いている時にふと刑事ドラマの一場面が浮かんだ。
これだけ色々化学が発達しているなら、アルミの粉とか黄粉末とかあるかもと考え付く。
この二つで出来ることって、そう指紋の採取が出来るのだ。
あの魔法が仕掛けられた本の指紋を採取したら犯人の手がかりが掴めるかもとルフィナはワクワクする。
ちょっと刑事になった気分でいたルフィナに刑事さんの捜査がそう甘くないと思い知るのは少し後だった。
魔法学の先生に授業の後呼び出しを受けていたルフィナと、シルヴィアンはすぐに先生の部屋に行った。
部屋にはハシム先生と化学の先生であるジョルオサ先生もいた。
まずはジョルオサ先生が口を開いた。
「いいですか? 二人には今日の間違いを気付いて欲しくてここに来て頂きました。まず、ルフィナ・ロペスさんは、授業に教師が二人もいたのですから私達に任せるべきでした。もしあなたの作ったアイスボックスに気体ではなく個体の二酸化炭素で満たしてしまったら、彼女の手は凍傷になったでしょう?」
そうだ、都合良く気体の二酸化炭素が出てきたが個体ならドライアイスだった。うっかりシルヴィアンの手をドライアイスで固めてしまう所だったのだ。
その怖さに気が付いてルフィナは蒼白になった。
「分かってくれればそれでいいのです」
ルフィナが震えているとハシム先生は優しくルフィナの頭をポンポンと叩いた。
「すみません。以後は絶対に気を付けます」
しゅんとなったルフィナの次はシルヴィアンの番だ。
ハシム先生のお小言が始まる。
「シルヴィアン・ライドさん。君は一番始めの授業で魔法の発動の仕方と停止の仕方を教えましたが、忘れていましたね?」
シルヴィアンは「ああ!」と言ってポンと手を叩く。
どうやら、今思い出したようだ。
「先生、どうしても止まらない時は強制終了で手を開いて頭に持っていくんでしたよね?」
ハシム先生が はぁ・・ と小さくため息をつく。
「手を合わせて、胸の前に持っていくんです」
シルヴィアンが、うんうんと頷いているが覚えたのかどうかは怪しかった。
二人で反省文を書くように言われた後、化学のジョルオサ先生に無理を言ってアルミの粉を貰う事が出来た。
教室に帰ると、今までと全く違う
雰囲気になっていた。
扉を開けると、一斉にクラスの視線が私に向いたのだ。
今までは私と視線が合わないように、こちらを向く事もなかった。しかし、にこやかに迎え入れてくれたのだ。
「おかえりー。さっきの魔法は凄かったね?」
「ねえねえ、ハシム先生にこっぴどく怒られた?」
たじろぐルフィナにベネットが間に入ってくれた。
「急に声を掛けるとびっくりするでしょ。一人ずつにしてあげてよ」
何だかその言い方がお姉さんっぽかったのでルフィナは「くすっ」っと笑っていしまった。
「あーホントだ。噂とは全然違うじゃない」
と口々に言っている。
「あの、その噂って誰が言い出したのか知ってますか?」
強烈な噂の元が知りたくて、クラスのみんなに聞くと、大体の子が兄弟のお兄さんや、お姉さんから聞いたと言っている。
つまり、噂の大本は年上の、特に大学専門学部からの発端のようだった。
クラスメイトの一人は、つい最近新しい情報を姉から聞いたと教えてくれた。
「姉が友人とカフェにいる時に同じ学部の人から聞いたらいしいのだけれど・・ルフィナ様は婚約者の王太子の他にも言い寄っている男性がいるって言ってたの。その時はルフィナ様が傲慢な性格だと思っていたからそのまま噂を鵜呑みにしていたけど、これからは否定するわね」
次から次へと噂を流す人物にルフィナは怒りで震えた。
ルフィナの気持ちを分かってくれたベネットが、変わりに尋ねてくれた。
「その噂を流していた人って誰かきいた?」
「ええ、確か大学部の人で胸の大きな・・ザイラってお名前だったかしら?」
その女生徒が考え込んでいる横で、ルフィナは今にも倒れそうになっていた。
(きっと違う人に違いないわ。
だって、いつも図書館で楽しくお話していたもの。
妹みたいだって、言ってくれていたのよ? そんな人が私の悪い噂を流していたの?
きっと何かの間違いだわ)
ここでルフィナは一つの考えが頭をよぎった。
(ザイラ様なら私の借りた本を入れ換える隙はいつでもあった筈では・・)と思い当たる。
これまでに、もしかしたらと思う所はいっぱいあったが、ザイラに限ってと『友達』と言うフィルターを掛けて見ていた
だから、見て見ぬふりをしていたのかも知れなかった。
違うと思いたかった。
人違いであって欲しい。
お昼休みにいつものようにレオトニールの部屋に行ったが、どうやって来たのか覚えていない。
ルフィナの青い顔を見たレオトニールが、俯いていたルフィナの顔を覗き込む。
「どうしたの? 何かあった?」
「あのね・・友達が出来たの。クラスのみんなとも今日始めてきちんとお喋りできたの」
「うん」
レオトニールは短く返事しただけで次に私が言う言葉を待ってくれている。
「それから・・私のお姉さんのように思っていた友達を失うかも知れないの」
「・・・」
レオトニールはそれ以上何も聞かない。
「レオ様はザイラの事を知っていたのですか?」
恨めしげに顔をあげると、悲しそうなレオトニールの瞳と合った。
「少し前からルフィナの噂を聞いて、探っていた。そしたらザイラの名前が浮上してきたんだ。さらに調査をしているうちにルフィナが仲良くなっていて・・強固な証拠を見つけたらルフィナに話そうと思っていたんだが、図書館の本の件があったのでここに隔離して早めに引き離した・・・黙っていてごめん」
そうか・・
知っていたんだ。
「きっと私がザイラの事を楽しそうに話すから言えなくなったんでうすよね? 余計な心配を掛けてしまって申し訳ありませんでした。今日はさすがに元気が出ませんが、明日にはきっと元通りになります」
ルフィナを気遣って黙っていたレオトニールには、かなり心配を掛けてしまったのだろうと思い、ルフィナは精一杯微笑んで見せた。
レオトニールが私を優しく抱き締めてくれる。
「今は無理に笑わなくていいから、悲しい時は僕を頼って欲しい」
優しい言葉と暖かい掌の温もりが背中から伝わると、漸くポロリと涙が頬を伝う。一筋流れると堰を切ったように流れた。
始めて学園で優しい言葉を掛けてもらって、お姉さんと慕う程に信頼して、仲良くなったと思っていたのに・・・出会う前から裏切られていたなんて、人が怖い。
ルフィナは喉が枯れる程泣いて、泣いて泣き疲れた。
チュンチュン・・
眩しい・・?
あれ?
起き上がるとルフィナは自分の部屋のベッドで寝ていた。
「おはようございます。お嬢様。可愛い頬に涙の痕がついていますわ・・」
侍女のマリーがほかほかのタオルを持ってきて頬に当てる。
「まあ、やっと起きたのね? 気分はどう?」
母がベッド脇に座ってルフィナの手を優しく撫でている。
「目が大分と腫れているな。辛いならまだ寝てていいんだよ」
父が執事を呼んで、学園に欠席の連絡を伝えるように指示を出している。
(私の傍にはこんなに優しくしてくれる人がいっぱいいてるのに、一人に騙されて立ち直れないなんて贅沢だわ)
「お母様、お父様、マリーもありがとう。もうすっかり元気になりました」
起き上がろうとしたが、お母様に止められた。
「もうすぐお昼ご飯の時間なの。久しぶりに皆でランチを頂きましょう。料理長が腕によりを掛けたランチを今作ってくれているの。だから、お昼までゆっくりお部屋で過ごしていらっしゃい」
これは起き上がってはダメな雰囲気だとルフィナは悟った。
母はいつも優しいけれど、ルフィナが無理をしようとするとやんわりとしかし、絶対に阻止する。
「今日は家で大人しくしています。明日からまた元気に学校に行きますわ」
ルフィナがシーツを首まで被ると、母がルフィナの髪の毛を掬うように撫でる。
「そう、心が辛い時は体も一緒に休みなさい」
(きっとレオトニールが両親に話してくれたのだろう。お陰で詳しい話をしなくて済んだ。
もう一度自分の口から説明しなくちゃいけないなんて辛すぎる。
本当にありがたいわ。
学校から家まで運んでくれたのもレオトニールだろう。明日、きちんと御礼を言おう)
ルフィナは昨日のレオトニールの手の温もりを思い出しながら再び微睡んだ。




