11 王子のヤンデレ偏差値は高めです
ルフィナはレオトニールの婚約者だと正式に宣言されて、心の中は戸惑いでいっぱいだった。
体の震えは止まらないというのに、賓客の挨拶には優雅に微笑んで応えた。
「流石はルフィナだ。どんな女性だろうと君に敵う人はいない」
そっとレオトニールが耳に囁く。
甘い囁きに神経が持っていかれそうになる。ただでさえ、崩れそうな気持ちを精一杯の集中力で頑張っているのに、惑わせないでとルフィナは言いたかった。
オーケストラの指揮者に合図を送ったレオトニールが、ルフィナの手を取り膝を折ってダンスのお誘いをする。
「我が愛しいルフィナ。どうぞファーストダンスを私と踊ってください」
会場が『わぁー』と歓声があがる。
皆の視線が集まっている中、ルフィナも少し腰を落として挨拶を返す。
「喜んで、殿下」
これを合図にダンスの曲が始まった。
暫く二人のダンスをうっとりと見ていたデビュタント達も、次々にダンスを始める。
ダンスが始まり、ルフィナには一言レオトニールに言いたい事があった。
突然の婚約発表の事だ。
していいサプライズとダメなサプライズがある。これはダメな方だ。いきなり婚約者として発表するなんて、質の悪いどっきりじゃないか。
そう怒っていたルフィナだったがつぎの瞬間に怒りが消えた。
レオトニールがグリーン色の瞳を会場の明かりで煌めかせながら、媚びるように微笑んだのだ。
なんて色気なのだろう?
惑わされてはいけないと思ったが、子犬のような甘美な笑顔に『キュン』となり、迂闊にも微笑んでしまう。
これでルフィナは、この質の悪いサプライズを怒る事は出来なくなった。
レオトニールの作戦勝ちだ。
「ルフィナ、これからは殿下は止めてくれないか?」
「では、殿下の事をなんとお呼びすれば良いのでしょう?」
ルフィナの声に怒りがなくなった事を敏感に察知したレオトニールは、ここぞとばかりに要望を爆発させた。
「ずっと呼んで欲しかったのはレオだよ。でもニールでもいいかな? ルフィナが僕を敬称を付けずに呼んでくれるなら、レオトニールでも構わない。ちょっと待って、あなたでもいいかな? それか旦那様はどうだろう?」
このまま聞いていても、綠な案は出てきそうにないので、さっさと切り上げた。
「ではレオ様とお呼びさせて頂きます」
「え? 様は要らないよ」
明らかに不満な様子のレオトニールだったが、ルフィナはこんな時の交渉の終わり方を前世から記憶で知っていた。
「始めてですもの・・そのうち・・ね? はじめはレオ様で」
古典的だが、首をちょこっと傾けて上目遣いで見る。
一発でオッケイだった。
「うん。そうだね。少しずつ変わっていくルフィナを見るのも楽しみだよね」
レオトニールが満足気に一人頷いている。ルフィナはそれを見ると、本当に前世から変わらないと安堵した。
曲調が変わると、ダンスの交代で、大体は今まで育てて貰った父親か兄、それに準ずる親戚とダンスをする。
無論ルフィナの次のダンスの相手は、父アルフレッド・ロペス侯爵である。
ここで漸くルフィナは、心に押し込めていた不満を父にチクりと言った。
「お父様が私に今日の殿下の婚約者の発表を仰って頂いていたら、私はこんなにも戸惑わなかったのです。どうして先に教えて頂けなかったのかしら?」
ダンスをしながら口をとんがらせて文句を言う娘に、父は思わず微笑む。かわいい娘の文句さえ愛おしい。
「今日のお前は本当に美しい」
質問の答えを返さず満足そうに見つめる。
「お・と・う・さ・ま」
本当に怒っているアピールに、スタッカート気味に低い声を出す。
「くくっ。すまない。ゴホン」
ロペス侯爵は緩んだ口許を引き締めた。これ以上娘の機嫌を損なう事は得策ではないと判断したようだ。
「殿下から、サプライズをしたいと言われたが、お前の気持ちを確かめないとそれには応じられないと断った。その後、私から婚約の気持ちを君に確かめる為にお妃教育を打診しただろう? ルフィナから前向きに検討すると返事があったので今日に至ったのだが?」
あの時の『あれか』とやっと理解が追い付く。
迂闊にも返事した私が悪かったのかと反省した。
ダンスをしながら、視線を会場の壇上に向けると、不安そうに見つめるレオトニールと目が合った。
目が合った途端に、レオトニールが微笑む。
ああ、この世界でもレオトニールに恋をするのだと意識した。
レオトニールの不安そうな微笑みを見たら、『大丈夫よ』と言ってあげたくなったのだ。
私の変化を感じ取った父は、ダンスの終盤にレオトニール近くに私を誘導し、曲終わりに見事にレオトニールにバトンタッチした。
「娘を頼みます」
優しくルフィナの手をレオトニールの手に置き自分の手をするっと抜き取ると、低く落ち着いた声でレオトニールに言った。
父の大きく暖かな手が離れた事が寂しかった。でも強くグッと握り締めるこの手も大好きだと強く思った。
ルフィナが微笑むとレオトニールが、本当に嬉しそうに笑う。
今度の人生の顛末は分からないが、自分の気持ちを誤魔化さずレオトニールと生きていこう。
そう決めると真っ直ぐにレオトニールの目を見る。
「レオ様、これからも宜しくお願いします。良い妃になれるように精一杯頑張ります」
「・・・もう、ダメだ。やっとだ。やっと君の本当の笑顔に会えた。獣属の番の話を聞いた事があるんだが、離れている時は心が半分に裂かれたように辛いらしいんだ。僕はこの人生今までそんな気持ちだったよ。やっと僕の腕の中の牢屋に入ってくれる気になったのだね?」
「・・・牢屋? ちょっと仰っている意味が良く分かりませんが、より良い関係を築いて行きましょう」
(レオトニールの情熱と言う名の鬱陶しい想いに、私の気持ちが『スンっ』と冷めそうになったけど、もう迷いません)
「この度は、御婚約おめでとうございます」
二人の会話に割って入ってきた声があり、振り向くと隣国のデラカーザ王国の第二王子のレイモン・デラカーザがにこやかに立っていた。
明るい赤毛の髪に濃い紫の瞳はアメジストの宝石のように輝いている。
この方がトリスタン学園で、レオトニールと人気を二分するほどの人気を誇っている王子様なのかとルフィナはフムフムと確かめる。確かに容姿端麗ではある。
レイモン王子はルフィナを見ると口の端を片方だけあげて笑うのを見た。その途端にルフィナは急に体がざわついた。この独特の微笑みを以前にも見た記憶があったが、思い出せなかった。
レイモンの手がルフィナに向かって差し出され、「一曲いかがですか?」
とダンスに誘う。
今から婚約者のレオトニールとダンスを正に始めようとした時に声を掛けるなんて、間が悪すぎる。
ここで断れば、隣国の王子に恥を掻かす事になる。しかしこのダンスを受ければ自国の王子を後回しにしたと受け取られ兼ねない。
レイモンの顔は、わざわざこの機会を狙って声を掛けてきた策士の顔だった。
ルフィナはにっこりと微笑みレイモンの手を取る。しかしレオトニールの手も離さない。
ここでオーケストラの指揮者にルフィナは合図を送ると、オーケストラは活発な3拍子の曲を演奏し始めた。会場はワッと華やぎ側にいる人と手を繋ぎだす。
「あら、丁度ブランルが始まりましたわ。さぁ、一緒に踊りましょう」
ブランルとは複数が手を繋ぎ、輪になって踊るダンスである。
二人の手を繋いだまま中央まで来ると大きな輪に入り、踊り出した。
近くにいる人がその輪に入ろうと近寄れば、手を離して入れるのが礼儀だ。暫く踊るとレイモン王子とルフィナの間に美しい女性が割って入ってきた。
どうやら、レイモン王子を狙っている女性のようだ。他にもレイモン王子を狙っている方々が次々に割り込む。どんどんとルフィナとレイモン王子の間には距離ができた。
勿論レオトニールとルフィナの間に割り込もうとする女性や男性はいたのだが、レオトニールの女性にも男性にも向けられた威嚇によって、入る隙はなかった。
大きな輪になると、二人はそっと会場を抜けて、王室の控え室に戻った。
「レイモン王子がルフィナにダンスを申し込みに来た時は、この会場を爆破しようかと考えたよ。でも、君は前以て用意していてくれたんだね?」
ソファーの横で、耳近くで囁くように言葉を掛けられる。
近い・・レオトニールのこの距離感はどうしても慣れない。
「ええ、賓客やましてや隣国の王子様にダンスの申し込みを受けて、お断り出来ませんのでオーケストラの指揮者の方にお願いをしていました」
喋り終わると同時にレオトニールと反対の方に少し座っている位置をずらした。
すかさず、レオトニールは同じ分だけ距離を詰めた。
そうですよね。そうしますよね。
距離が近くて恥ずかしいが、ルフィナは我慢する。
「レイモン王子とルフィナは今日が初対面だったと思うが、以前に他で会った事はあるかい?」
レオトニールがなぜそんな事を聞いたのか分からなかったが、素直に「ないです」と答えた。
腑に落ちないとばかりに、レオトニールは顔をしかめる。
一方、ルフィナは気持ちがざわついたことを言うべきか考えたが、どう伝えて良いのか分からず、言えなかった。
「そうか、勘違いならいいのだけれど、レイモンが君を見た時に瞠目し、動揺していたような気がしたんだ。きっとルフィナの美しさに驚いていただけなんだな。ルフィナを見て平静でいられる男はいないからな」
「みんな平常心でいられますよ」と突っ込みを言ったが軽く無視された。
「しかし、あれは執着心を滾らせた危ない目だった。あいつにこれ以上ルフィナを見せる訳にはいかない。うん、王宮の奥にルフィナを隠そう」
また、どんどん変な方向に話が向かいだした。
慌てて方向転換を試みる。
「レイモン王子がそんな変な目付きはしておられなかったと思います。私を閉じ込める方向に話を持っていくのは止めてくださいね」
やんわりと断りを入れると逆にレオトニールに驚かれた。
「え? なんでダメなの? 僕と一緒ならどこにでも連れていくし、それ以外は王宮の一番奥の部屋で僕が来るのを待ってて欲し・・」
「ダメです。王妃様も視察や外交のお仕事をされています。私もいずれはそれらを引き継ぎ、レオ様のお仕事のお役に立ちたいです」
食い気味にレオトニールの発言を止めるとさらに、レオトニールがお願いをしてきた。
「ルフィナはもうすぐ、僕と同じ学校に入学予定だと聞いてるんだけど、行かなくて良くない?」
「良くない訳がありません。私は勉強がしたいのです」
「じゃあ、僕が教えてあげるよ。こう見えても優秀だよ」
レオトニールの何が『こう見えても』なのか分からないが、ここははっきりと断った方がいい。
「勉学もそうですが、沢山の方と切磋琢磨して自分をもっと磨きたいのです」
「沢山の人って・・・君が他の人の目に触れるのも嫌なのに、誰か会いたい人がいるの?」
かなりめんどくさい。
でも、こんなに美丈夫な彼が心配そうに見つめてくる光景は心にくる物がある。
(私も堕ちてきているのかも知れない)
気を付けようとルフィナは心を引き締めた。
「いいえ、学校内で会いたいのはただ一人、レオ様です。私が手作りのお弁当を持って行くので学園内の素敵な場所で一緒に食べましょう。そこに案内をお願いしますね」
「・・・うん。想像するだけで辛い。胸が苦しくなる。そうだ、学園内は手錠で移動しよう。二人で授業がいい・・」
(なぜ辛い? なぜ手錠を? レオトニールの脳内ヤンデレ度の偏差値は70くらいありそうだわ)
取り敢えず、学校の入学は反対されなかったので、レオトニールの妄想を止めずにそっとしておいた。




