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貧乏子爵令嬢に転生した私が気難しい公爵様にプリンを振る舞ったら、食レポが壮大すぎました   作者: 豆柴の旅々


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第二話 チーズの新たなる人生

 アルフォンス様とのお見合いから、数日が経った。


 あの日、私は公爵様から交際を申し込まれた。


 そして今日。


 今度は父を伴わず、一人でグランヴィル公爵邸を訪れていた。


「リリア。遠いところを、わざわざすまない。」


「いえ、大丈夫です。お招きいただき、ありがとうございます。」


 案内された応接室で、アルフォンス様が穏やかに微笑んだ。


 相変わらず、整った顔立ちの方だ。


 黒髪に、凛とした眼差し。


 こうして向かい合っていると、この方が私の交際相手なのだということを、改めて意識してしまう。


「実は、ここ数日……。」


「はい?」


「リリアのことばかり考えていたんだ。」


「えっ!?」


 思わず声が裏返った。


 な、何を突然おっしゃるんですか!?


 まだお会いするのは二度目なのに!


「目を閉じると、あの日の光景が浮かんでくる。」


「そ、そうなんですか……。」


 アルフォンス様は、どこか遠くを見るように目を細めた。


「今でも忘れられない。あの、ぷるぷると震える姿……。」


「…………。」


「匙を入れた瞬間の、あの滑らかさ。そして、口の中で優しく溶けていく甘み……!」


 ……それ、私じゃなくてプリンのことですよね?


「思い出すたびに、胸が高鳴るのだ。」


 ……プリンで胸が高鳴るんですか!?


「……リリア?」


「は、はい!」


「どうかしたのか? 少し顔が赤いようだが。」


「い、いえ! 何でもありません!」


 危ない。


 一瞬、本当に私のことを考えてくださっていたのかと思ってしまった。


「だが、もちろんプリンだけではない。」


「……え?」


 アルフォンス様は、まっすぐに私を見つめた。


「君と話した時間も、とても楽しかった。また会えて嬉しい。」


「……っ。」


 今度こそ、頬が熱くなった。


 そういえば、あの日もそうだった。


 プリンを食べているときは、あんなに大げさなことをおっしゃっていたのに、最後には優しく微笑んでくださった。


 こういうところが、ずるい。


 急にそんなことをおっしゃるのだから。


「……私も、お会いできて嬉しいです。」


「そうか。それはよかった。」


 アルフォンス様が嬉しそうに微笑む。


 ……うん。


 やっぱり、素敵な方だと思う。


 少しだけ、食べ物への情熱が強すぎるけれど。


「ところで、リリア。」


「はい?」


「今日は、何か作る予定はあるのだろうか?」


 ……やっぱり食べ物の話に戻った。


「実は、今日はチーズケーキを作ろうかと思っているんです。」


「……チーズケーキ?」


「はい。」


「何だと!? チーズとケーキだと!?」


 アルフォンス様が驚いたように身を乗り出した。


「そもそも、チーズは塩気のあるものだろう!?」


「ええ、まあ……。」


「それを、甘い菓子にするというのか!?」


「はい。とてもおいしいんですよ。」


「……信じられん。」


 アルフォンス様は、深刻そうな表情で考え込んだ。


「塩気のあるチーズと、甘いケーキ……。まるで相容れぬ二つの存在ではないか……。」


 ……また話が大きくなってきた。


「だが、あのプリンを生み出した君が言うのなら……。」


 アルフォンス様は、ゆっくりと顔を上げた。


「私は、その可能性を信じよう!」


 ……そんな覚悟が必要な料理じゃないんですけど!?


「では、厨房をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「もちろんだ!」


 こうして私は、再び公爵邸の厨房へ向かうことになった。


 厨房では、以前お世話になった料理長が出迎えてくれた。


「リリア様。本日もよろしくお願いいたします。」


「こちらこそ。今日はチーズケーキを作ろうと思うんです。」


「チーズケーキ……でございますか?」


「はい。柔らかいチーズと卵、それから砂糖などを使います。」


 料理長は興味深そうに頷いた。


「柔らかいチーズでしたら、酸味のあるものがございますが。」


「それです! ぜひ使わせてください。」


 この世界にも、クリームチーズによく似たチーズがある。


 以前、料理に使ったことがあるけれど、滑らかで癖が少なく、お菓子にも向いていそうだった。


 今回は、しっとりとしたベイクドチーズケーキにしよう。


 まず、柔らかくしたチーズに砂糖を加え、滑らかになるまで混ぜる。


 そこへ卵を少しずつ加え、さらに生クリームと小麦粉を混ぜ合わせた。


「……ほう。」


 気がつけば、アルフォンス様が隣でじっと見つめていた。


「アルフォンス様?」


「いや、気にせず続けてくれ。」


「……はい。」


 型に生地を流し込み、温めておいたオーブンへ入れる。


 あとは、じっくり焼き上げるだけだ。


 しばらくすると、厨房に甘く香ばしい匂いが漂い始めた。


「……これは。」


 アルフォンス様が、ゆっくりと目を閉じた。


「チーズの香りが、これほど甘美なものになるとは……。」


 ……まだ焼いてる途中なんですけど。


 やがて、こんがりと焼き色のついたチーズケーキが完成した。


 粗熱を取ってから氷室へ運び、十分に冷やすことにした。


「冷えるまで、少しお時間をいただきますね。」


「ああ。もちろんだ。楽しみにしている。」


 アルフォンス様は、名残惜しそうにチーズケーキを見つめていた。


 私たちは厨房を後にし、応接室へ戻った。


 使用人が淹れてくれた紅茶をいただきながら、他愛のない話をして過ごす。


 アルフォンス様は領地の話をしてくださり、私も実家での暮らしについてお話しした。


 料理の話ばかりではない、穏やかな時間。


 いつの間にか数時間が過ぎていた。


 やがて、十分に冷えたチーズケーキが切り分けられ、使用人によって応接室へ運ばれてきた。


「お待たせしました。こちらがチーズケーキです。」


「……これが。」


 アルフォンス様は、皿の上のケーキをじっと見つめた。


「チーズが、こんな姿になるというのか……。」


「どうぞ、召し上がってください。」


「……いただこう。」


 アルフォンス様はフォークを手に取り、小さく切り分けたチーズケーキを口へ運んだ。


「…………。」


 その動きが止まった。


「……アルフォンス様?」


「…………。」


 目を閉じたまま、何もおっしゃらない。


 もしかして、お口に合わなかったのだろうか。


 少し心配になった、そのとき。


「……生まれ変わった。」


「……はい?」


「これは……チーズの新たなる人生だ!!」


 ……始まった。


 アルフォンス様が、勢いよく立ち上がった。


「かつて塩味と酸味をまとい、食卓を支えてきたチーズが……今、甘美なる菓子として新たな生を授かったのだ!!」


「……はぁ。」


「見よ、この滑らかさ! この芳醇な香り! かつての面影を残しながら、まったく異なる存在へと生まれ変わっている!」


 ……転生者は私なんですけど!?


「しかも、以前の姿を否定しているわけではない! チーズとして歩んだ日々があるからこそ、この深い味わいが生まれているのだ!」


 ……チーズに前世の記憶があるみたいに言わないでください!


「なんということだ……!」


 アルフォンス様は、感極まったように胸に手を当てた。


「姿が変わろうとも、その本質は失われない……。これは、生命の輪廻そのものではないか!!」


 ……お菓子の話ですよね!?


 しばらくして、アルフォンス様はようやく椅子に腰を下ろした。


 そして、もう一口食べる。


「……素晴らしい。」


「お気に召しましたか?」


「ああ。実に素晴らしい!」


 アルフォンス様は満足そうに微笑んだ。


「リリア。君と一緒にいると、まるで異世界を冒険しているようだ!」


 ……それ、私なんですけど。


 私は思わず、心の中でツッコんだ。


 もちろん、口には出さない。


「そう言っていただけると、嬉しいです。」


「君は、私の知らない世界を次々と見せてくれる。」


 アルフォンス様は、改めて私を見つめた。


「だが、私ばかりが驚かされていては、少々申し訳ないな。」


「……はい?」


「そうだ。以前から君を案内したいと思っていた店があるんだ。今度、一緒に行かないか?」


「えっ?」


 突然のお誘いに、私は目を瞬かせた。


「君に作ってもらってばかりでは、申し訳ないからな。私も、君においしいものを食べてもらいたい。」


「……アルフォンス様。」


「もちろん、君の都合がよければ、だが。」


 少しだけ、照れくさそうに微笑む。


 その表情を見て、胸の奥が温かくなった。


 この方は、食べることが本当に好きなのだろう。


 でも、それだけではない。


 自分がおいしいと思ったものを、私にも食べさせたいと思ってくださっている。


「……ぜひ、ご一緒させてください。」


「本当か!」


「はい。楽しみにしています。」


「そうか! それはよかった!」


 アルフォンス様が、嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見ていると、私まで嬉しくなってしまう。


 ……うん。


 次は、どんなお店に連れていってくださるのだろう。


 それに、今度は二人で街へ出かけるのだ。


 そう考えると、自然と頬が緩んでしまった。


「ところで、リリア。」


「はい?」


「このチーズケーキだが……。」


「……はい。」


「生まれ変わる前のチーズと、一緒に食べてみるのはどうだろうか?」


「…………。」


 ……前世と今世を同時に食べるつもりですか!?

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


面白いと思っていただけましたら、フォローや★、応援などをいただけると、とても励みになります。


また、ほかにも短編作品や長編小説を連載しておりますので、よろしければそちらも覗いていただけると嬉しいです。


次回は10月30日の20時公開予定です。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!

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