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【10/16番外編追加】『八時間待っていろ』と姉を優先する父に山に置き去りにされましたが――あれ?私、別に待つ必要なくない?【完結】  作者: 木風


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第四話 私、待たせるのは得意だったみたいです

 そして五通目。

 正式な求婚状が届くと、ヴァレンティ伯爵家の応接間で父が封蝋を睨みながら唸った。


「馬鹿な。……なぜお前に」

「山でお会いしましたので」

「たった一度だぞ」


 たしかに、会ったのは一度きりだったけれど、そのあと五通の手紙を交わした。

 父はそれを知らない。

 聞かなかったからだ。


「まあ、いけませんわ」


 リーゼロッテが甲高い声をあげた。

 足首はとっくに治っているのに、今日も細身の杖を持っている。


「お父様、お忘れ?わたくし、まだ婚約者が決まっておりませんのよ」

「……そうだ、エルナ。姉の縁談がまだ決まっていない。妹が先に婚約するわけには――」

「では、お姉様を待たずに婚約いたします」


 紅茶のカップが、受け皿に当たって音を立てる。


「な……」

「お受けします、と辺境伯様にお返事を書きますわ。今日中に」

「エルナ!順番というものが!」

「順番」


 静かに繰り返す。


「その順番で、私は昨年の社交界に出られませんでした。一昨年もです。その前も。お姉様の順番が回るまで待って、私はもう十八になりました」

「それは、リーゼが身体が弱いから――」

「お姉様は先月、山頂まで登れましたわ」


 リーゼロッテの顔が真っ赤になった。


「ひどいわ!エルナ、あなた、そんな子じゃなかったでしょう!」

「ええ。先月までは」

「だいたい、辺境伯様よ?辺境伯様なら、妹より私の方が年上なのだから、私が先でしょう?」


 エルナは姉を見ると、少しだけ笑った。


「そうね。今までずっとそうだったわね」

「そ、そうでしょう?だから――」

「だから?」


 唇をわなわなと震わせるけれど、その先が出てこない。


 年上だから先。

 身体が弱いから先。

 泣けば通ったから先。

 その後ろには、いつも妹が黙って並んでくれていた。


 でも、エルナはもうその列にいない。

 列がなくなれば、「先」という言葉には何の意味もないのだから。


「エルナ!」


 父が呼び止めるけれど、何も言わずに立ち上がり扉に向かう。


「お返事を書いてまいります」


 婚約が決まってから、アゼルハルトとは何度か顔を合わせた。

 最初に尋ねたのは、なぜ自分だったのか、だった。

 辺境伯ならば、もっと家柄のよい令嬢も、美しい令嬢も、いくらでも選べる。


 彼はしばらく考えたあとで口を開いた。


「あのとき、君は俺に助けてくれとも、父親をどうにかしてくれとも言わなかっただろう」

「はい」

「麓まで送ってくれ、とだけ言った」

「……だって、帰りたかったので」

「そこだ」

「どこでしょう」

「俺も、うまく説明できない」


 アゼルハルトが笑って答えた。

 それでは答えになっていない……そう思ったけれど、一緒に笑ってしまった。


「それに、俺が怒鳴ったとき、君は怯えただろう」

「少し」

「すまなかった」

「でも、外套を貸してくださいました」

「あれは当然だ」

「山を下りてからも、靴の心配まで」

「……それは」


 そこで初めて、アゼルハルトが言葉に詰まったのを見て、少しだけ楽しくなった。


「辺境伯様は、存外心配性なのですね」

「君に言われたくない」


 なぜだろう……その人の隣にいると、自分が何かを我慢しなくていいような気がした。




 エルナは翌春、クラウゼル辺境伯家に嫁いだ。

 父のことも、姉のことも、誰の順番も待たずに。


 婚礼の日、参列した伯爵は末席に近い場所に座っていた。

 辺境伯家の縁者たちの間で、彼はもう「良縁を持つ娘の父」ではなく、「聖山に娘を置き去りにした男」だった。

 山を管理する家に嫁いだのだから、その話は消えようがない。


 リーゼロッテには、二年後に縁談が決まった。

 相手は隣領の子爵家の三男。


 悪い相手ではない。

 ただ、リーゼロッテが泣いたからといって、予定を変えてくれるような人でもなかった。


 父は時折、辺境伯領に手紙を寄越す。


『一度、顔を見せに戻ってきなさい』

『今年の収穫祭には帰るように』

『返事を待っている』


 エルナはそのすべてに丁寧な返事を書き、そして一度も帰らなかった。


「返事は書くのに、帰らないのだな」

「……薄情でしょうか?」

「いいや?」


 書斎で、アゼルハルトが呆れたように言われると、羽根ペンを置いて夫を見上げた。


「私、待たせるのは得意だったみたいです」

「……悪い顔をする」

「あら」


 アゼルハルトが笑って、彼女の肩に外套をかけた。

 北の領地は、夏でも夜は冷える。


「寒いだろう」

「少しだけ」

「言え。俺は察しが悪い」

「アゼル様は、察してくださいますわ。いつも」


 外套の襟を引き寄せた。


 昨年、七合目にささやかな避難小屋が建った。

 石造りの、頑丈な小屋。

 薪と毛布と非常食が常備され、外には大きな鐘が吊るされている。

 怪我をして動けない者や、天候が崩れて下山できなくなった者が鐘を鳴らせば警備隊が来る。


 除幕の日、エルナは小屋の壁に一枚の銅板を留めさせた。

 そこにはこう刻んである。


『ここで待つ必要のある者は、誰もいない』

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

八時間山に置き去りは…異常ですよね。

寒さに頭が冷えて良かった!と思ってもらえたら、ブックマーク、★★★★★よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
伯爵家…? 貴族なのに、父親が1人で娘2人を連れて山登りしたの? 他に護衛とかお供とかも付けずに? しかも氷点下になる山に薄着で、破れるようなボロ靴はかせて… これ、父親殺人未遂でしょっ引いてもいいレ…
最近も現実世界でもありましたよね。 父親なのに何故山に一人で子供を置いて行っても大丈夫って思うのでしょうかね。 主人公はそのおかげで素敵な方と出会えた良かったです。
八合目に山小屋あるならそこまで負ぶって行ってそこで帰ってくるまで待つように言えばよかっただけなのにね。後八合目に小屋あるのに今更七合目にも造る意味って?七合目から先は天候が崩れやすいというならこうなる…
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