008 かけっこ勝負! 後編
――パンッ
合図と同時にスィータンが駆けだす。
同じタイミングで飛び出したのは親バカの英才教育を受けた淑女たち。
手ごわい相手がいると感じたスィータンは足を強く前に出し、踏み込む。
(あっ!)
ぐらりとスィータンの体が揺れる。
強く踏み込んだ足がほどかれていた靴ひもを踏んでしまい……踏まれた方の足を前に出そうとしたが紐が邪魔をしたためだ。
「えっ!?」
そして勢いよく飛び出して制御不能になったスィータンの体はバランスを崩して、隣を走っていたハーリクちゃんへと倒れ込んで……こけたのだ。
すざざざざ、と子供ならではのこけ方をした二人。
「!?」
何が起こったのかと困惑するスィータンをよそに、ハーリクちゃんが泣き出してしまった。
「わざとだ! その娘がわざとうちのハーリクの邪魔をしたのだ!」
観客の中からハーリクちゃんの父親が怒り散らす。
「何とか言ってみろ! 小娘!」
「!?!?」
急に大人から攻められてアワアワ、ワタワタとうろたえるスィータン。
ハーリクちゃんもギャン泣きしていて会場は混迷に包まれる。
「落ち着いてください。よくある事故です。これまであの子を見てきましたが、そんなことをするような子ではありませんし、そんなに器用にできる子でもありません」
「なにを! 現にうちのハーリクに害を与えただろ! 損害を請求するぞ!」
先生が事故だと説明するも、より一層声を荒らげるハーリクパパ。
「何が事故だ。しらじらしい。宅の娘がその子の靴ひもをほどいているのを見たぞ」
「そうね、私も見ましたわ。貴族の世界は弱肉強食とは言え、自業自得なのでは?」
そんな様子に周りの貴族父兄からの指摘が入る。
ざわざわと会場が揺れる。俺も見た、私も見たと次々と声が上がる。
「でたらめだ! うちの娘がそんな事をするわけはない! そうだな、ハーリク」
「え、えっと、その」
歯切れの悪い回答。
「まさかやったのか!? 愚か者!」
――パシーン
手の平が肌を叩く音が響き渡った。
娘の歯切れの悪い回答でハーリクパパは察してしまったのだ。
「痛い、お父様! 痛いわ!」
その平手が撃つのは頬ではない。尻だ。
パシンパシンと音が響く、公開おしりぺんぺん。
誰もいない場所でも恥ずかしいお仕置きだが、今はこの場の全ての注目を集めている。
ハーリクちゃんがいつも偉そうに言っているクラスメイトにもそんな情けない姿を見られている。
痛みと羞恥。両方がハーリクちゃんを攻めているのだ。
「ハーリク! 汚いことをやる時はばれないようにやれっていつも言ってるだろ!」
「ご、ごめんなさいお父様!」
ざわざわ
「まあ、女子に向かって体罰よ……」
「体罰っていうか、アレはなんていうか……」
「あそこは血のつながりは無いって聞くわ……」
「まさかねぇ」
「いやいや、ばれない様にやれなどと子供に愚かな事を教える程度の低い家柄ですからねぇ」
「血のつながりのない父と娘。何があってもおかしくないわよねぇ」
「立派な伯爵家だと思っていたんですが、一皮むいてみると何というか……」
お家の程度が貴族社会に知れ渡ってしまった瞬間だった。
そんな中のスィータン。
とりあえずは怒られないと分かったので、靴の紐を結んで立ち上がり、ダダダと再び走り出したのだ。
(ゴール!)
中央の尻叩きに皆が目を向けていて、注目する者もいないなかスィータンは走り切った。
「ほう、お前、よく走り切ったな。褒めてやろう。
戦場ではいろいろなことが起こる。それにうまく対処した奴だけが生き残ることができる。お前は生き残る側だ。これからも励むといい」
だけどキャンディ先生はスィータンを見ていた。
あんなことがあれば大抵の女児は泣き出すか、あきらめるかするものだが、何もなかったかのように最後まで走り切ったスィータンを褒めたのだ。
《フラ! 褒められたわ! 先生に褒められたの!》
《聞いてたよ。フラもスィータンが最後まで走ったのは偉いと思う》
《本当? お父様も褒めてくれるかしら》
《絶対褒めてくれるって》
《やった!》
沢山練習をして、そして本番で走り切った。先生にも褒めてもらえたし、父親にも褒めてもらえる。そう思うとスィータンはニコニコ顔を止めることはできなかった。
しかし現実はうまくいかないものだ。
「旦那様。スィータンお嬢様がノーク伯爵家のご令嬢に怪我を負わせたようです」
「なんだと!? 伯爵家の!? それで、賠償を求められているのか!?」
「いえ、どうやら過失相殺となったようです」
「そ、そうか……。今回は事なきを得たが、きちんと言い聞かせておく必要があるな」
メイドからの報告に、父ラックスは眉間にしわを寄せたのであった。
その夜、珍しく父親に呼び出されたので、走ったことを褒めてもらえると思ったスィータンはルンルンで父の部屋に行ったのだが、その実は、二度と相手に怪我をさせないようにというキツイお叱りだった。
お叱りの後、スィータン自室のベッドの上。
いつもどおりにスィータンはベッドの上にダイブして、布団に顔を埋めていた。
《元気を出しなってスィータン》
《無理よ、無理無理。だって褒めてもらえるって思ったのだもの……》
《ハーリクが全部悪いんだからスィータンを怒らなくてもいいのにね》
《もう学校に行きたくない……》
父ラックスに怒られたのが相当答えているようだ。
フラとの会話は脳内イメージでの伝達なのに、消え入りそうになっている。
《でもさ、スィータンは今回走るのが得意だって解ったんだろ? だったらさ、もっと得意なことが他にもあるかもしれないよ》
《他にも?》
《そうそう。学校に行けばいろいろなことを教えてくれるから、他にも得意なものが見つかるかもしれない。そしたら、一番になってラックスに褒めてもらえるに違いないよ》
《そうかな? 私の得意な事、他にもあるかな?》
《あるある。きっとあるさ!》
《わかったわ。学校で得意な事を探して、それで一番になってお父様に褒めてもらうわ!》
こうして学校の走るイベントは終わったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
かけっこを走り切ったスィータンえらい!
お父様が褒めない分、私が褒めようと思います。
次回もお楽しみに!




