039 ここに混乱極まれり 前編
「「「ワァァァァァァァァァァァァァ」」」
怒号のような歓声が巻き起こる中央会場内。
そこでは同好会ドラゴンの猛攻が続いている。
それを成す術も無く受け続けている状態の総番ドラゴン。
頭のスィータン総番は黙ったまま動こうとしない。
そんな中、総番ドラゴンの尻役の一人はこんな事を考えていた。
(じれったい! 何をやってるんだ! こんな攻撃じゃあ総番ドラゴンは倒れないぞ? もっと強い攻撃をしてこいよ!)
何を血迷ったのか、今よりさらに激しい猛攻を望んでいるのだ。
彼が被虐体質だからこんなことを考えている、というわけではない。
実は彼の正体は、ダークネス・ヴァインの参謀であるフーカが総番ドラゴンに潜り込ませたスパイ。
ダークネス・ヴァインに有利なように状況を運ぶためにスィータン総番チーム側でドラゴンズダッシュに参加しているのだ。
もちろん彼の目的はスィータン総番ドラゴンの敗退。
今は絶好のチャンスで、自分の所に攻撃が来たら一発でやられてやろうと思っているのだが……なかなかそうはならない。
(総番は何も言わずにこの状況を耐えている。勝負を急がないと、あっさりと逆転を許してしまうに違いない)
未だ動かない総番が何かを狙っているのだと思っている。
そして、そうなったが最後、同好会ドラゴンなど紙切れのように吹き飛んでしまうと思っているのだ。
彼は親衛隊に入ってまだ日が浅い。総番と直接コミュニケーションを取ったことも無いし、他の親衛隊のメンバーから聞かされる話もあって、いつも寡黙なスィータンには何か恐るべき力があると思っている。
ただ、ご存じのとおりスィータンはしゃべれないだけの普通の女の子。
今だって、揺れるドラゴンの上でナギィの頭に爪を立てて必死に揺れに耐えているだけなのだ。
(もはや手段は選んでられないか。総番が動く前に勝負をつける!)
彼は自分の正体がバレる事を差し引いても自分で動くことを決断した。
「おい! 逆方向に動くなよ!」
スパイ君の横に位置する生徒の声。急に動きを変えたスパイ君に注意するが――
「司令塔も封じられて、このままじゃやられてしまう! 俺たち尻が動いて活路を見出すんだ! 協力してくれ!」
もっともらしい事を言うスパイ君。もちろん罠だ。
「わ、分かった!」
そんな事情を知らない横ポジションの生徒はその案に乗ることにした。
スパイ君とその横がドラゴンの体をひねるように逆方向へと動く。
まるで船の船体がねじれて軋むかのように、総番ドラゴンは最後を迎えようとしていた。
相手がそんな状態になっているとは知らない同好会ドラゴン側。
会長の指示に従って多くの攻撃を繰り出しており、このままいけば勝利は間違いない。
ドラゴンを動かす胴体部分の生徒もそう思っている。
「いいぞ! タイプL、21、7、タイプK、19だ!」
追い打ちをかけるように次々と会長からの指示が飛ぶ。
これまで何度も練習してきた。タイプLからタイプKにつなげて、そしてフィニッシュのタイプZへつなげる。それが勝利の方程式。必勝の作戦だ。
つまりは勝利まであとわずか。
(そんなことが許されていいはずがない!)
同好会ドラゴンのボディ部分。先頭騎馬の右後ろに位置する生徒だ。
(スィータン総番が負けていいわけがない!)
彼はドラゴンズダッシュ同好会のメンバーでありながら、スィータン総番信奉者。
自らのチームが勝利目前となったことにより、心の内から想いが吹き上がってきたのだ。
少し前の事だ。彼は食堂でスィータン総番を目撃した。
彼女の前には地方の貧乏貴族の男子が座っていたのだが、彼の昼食は具の無い汁だけの麺。
そんな彼に、スィータン総番は自分の煮卵を手ずからあげたのだ。
後で聞いた話だが、スィータン総番も裕福と言うわけではない。いつもは弁当を持参しているらしく、たまたま食堂にやって来て、その日ようやく念願の特製煮卵麺を注文したらしい。
そこからも煮卵を楽しみにしていたことがうかがえる。それを惜しげもなく困っている生徒に分け与えたのだ。
それからというものの、スィータン総番の事が気になって毎日情報を集めているうちに、彼はスィータン総番の事を敬い祀るスィータン信奉者になっていた。
総番のためならカチコミでもなんでもやれる。そんな鉄砲玉が誕生していたのだ。
実際のところは、スィータンが念願の煮卵を食べようとしたところ、力みすぎて箸が滑って前の生徒の汁の中に入ってしまっただけなのだが、彼の夢を壊さないためここでは秘密にしておく。
(総番の勝利のために、俺が自爆してやる!)
彼の想いは最高潮!
片やダークネス・ヴァインのスパイ、片やスィータン総番信奉者。
お互いがお互いに自爆し合おうという、驚異の展開が行われようとしていた。
そんな狂った展開の中。スィータンは必死にしがみついていた。
(おちるおちるおちるおちる、こわぃぃぃぃぃぃ!)
太ももをギュッとしめて、足首は交差させてナギィの首にしっかりと張り付きながら、その手はナギィの頭をがっしりと掴み、下手したら髪の毛が抜けてしまうのじゃないかと、ナギイの頭髪事情を可哀そうに思うくらいの錯乱ぶり。
開始からずっとそんな調子のスィータンだが、おかげでしっかりと体勢は保っており、観客たちからの評価は、総番は微動だにしていない、さすがだ、というものだった。
とはいえ、総番ドラゴン全体を見ると、もう負け方向に傾いている。
司令塔の3人はドラゴンの炎を模した赤い反物に顔面を覆い隠されていて、前も見えず声も出せずの状態。指示がだせずに、ひたすら攻撃を食らい続けている。
このままでは、じきにドラゴン本体が崩れて敗北してしまうだろう。
何かが起こらなければ……。




