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040 ここに混乱極まれり 後編

 何か。

 その何かが起こるのだ。


《はぁーい、お嬢ちゃん、大ピンチだね。間に合ってよかったよ》


 その声はスィータンの耳元で聞こえてきた。


 (えっ!?)


 何か聞こえた気がした。スィータンは周囲を見やるが誰もいない。


《こっちこっち。いやー、倉庫でお嬢ちゃんを見た時に、ビビッと来たんだよね。なんて言うか、胸を貫かれたっていうか? どうしても一緒にいたくなっちゃって、来ちゃった☆》


 (む、虫っ!?)


 スィータンにはそう感じた。

 耳元で何かブンブンと不快な音を立てる小さな生き物がいる。

 生理的にそれを受け入れられなかったスィータンは、追い払おうとして片腕をバタバタと振り始めた。


《あ、ちょっと、やめて! 危ない!》


 実際に声の主は小さかった。

 妖精と呼ばれている生き物であり、精霊と違って実体を持っている。人のように手足のある5cmくらいの小さな体に背中に四枚の羽根を持った生き物。男女の性別はあり、この個体は女のようだ。

 羽音は結構うるさくて、耳元で飛ばれた日には叩き落とされても文句は言えない。


(虫、怖い! あっちいって! こないで!)


 拒否反応で頭が一杯のスィータンには妖精の声は全く聞こえていない。


《やめてやめて! 何もしないから! ああもう、私の声が聞こえてない!》


 スィータンの手に叩き落されないように必死に腕をかいくぐる妖精。

 迫る腕、かわす妖精、迫る腕、かわす妖精、そんな様子が続いていく。


 そんな様子は相対(あいたい)するドラゴンズダッシュ同好会長に伝わる。


 (なんだあの素振りは? ちまちませずにかかってこいという合図なのか!?)


 スィータンの謎の行動に困惑する会長。

 残念ながらスィータンの耳元を飛ぶ小さな妖精の姿は見えていない。

 ただスィータンが素振りを始めたのが見えるだけ。


 (いや、あれは一撃でこちらを葬り去るという合図! だとしたら猶更近づくわけには!!)


 突然の行動に警戒を強めた会長だったが――


「えっ!?」


 突然ドラゴンのバランスが崩れた。

 スィータン信奉者の彼が行動に移したのだ。

 ぐらりと前方へ向かって倒れていく体。その先には自分を一撃で葬り去ろうと素振りを続けているスィータン総番がいる。このままいけばノーガードで射程内に入ってしまい、ワルーガのように一撃で消し飛んでしまう。


 (だめだっ! 立て直せない!)


 ドラゴンの頭部部分にいては体勢を立て直すことも出来ない。

 そのままスィータンに向かって倒れこんでいく同好会ドラゴン。


「えっ!? なんで!?」


 その様子を見た総番ドラゴン内のダークネス・ヴァイン内通者が声を上げた。


 いままで動かなかった総番の行動が変わったことで猶予が無くなったと思った彼は、味方に付けた横の生徒と一緒に、今まさに、ドラゴンをねじり切ろうと後ろから力任せにドラゴンボディ全体を揺るがした所なのだ!


 その結果――


 スィータンの手によってぶちのめされるはずの会長は、スィータンの手の軌道を離れ――


 (見逃してくれた!?)


 もはや勝負あったとスィータン総番が情けをかけたと勘違いし――


「え、ちょっと、ちょっと、ちょっとまって、まてまてまて!」


 ドラゴンをねじ切るべく動いた内通者のほうは、目的どおりに尻側が前方に無理やり出ることで総番ドラゴンは体勢を崩したのだが、ちょうど前に出たそこに――


(スィータン総番に栄光あれぇぇぇぇぇ!)


 悦に入ったスィータン信奉者の彼の行動によって倒れ込んできた同好会ドラゴンが迫ってきたのだ。


 ――どぉぉぉぉん


 ドラゴン同士がぶつかった音がする。


『おおっとこれはどうなったのだ! 急に二体のドラゴンが動き出し、ぶつかったぁぁぁぁぁぁ!』


 解説が入る。


『ああっと、勝負あり! 勝負ありです! スィータン総番ドラゴンの勝利です!』


 遠距離から見ても分かる。残って無事に立っているのは総番ドラゴンのみ。

 同好会ドラゴンは地に伏したのだ。


「「「「「「「ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」」」」」」」


 震えるような歓声が上がる。

 前から、後ろから、左から、右から。全方向から決着に沸く声が響いてくる。


 そんな観客席の一つで。


「お、おい、見たかよ……」

「何のことだ?」

「ばっか、総番のことだよ!」

「総番がどうかしたのか?」

「かーっ! これだから素人は。さっきの総番の手の動き、あれはグラウンド・サイクロンの予備動作だぜ。俺は前に冒険者闘技場で見たことがあるから間違いない」

「グラウンド・サイクロンってあれか、大木もバラバラにするほどの竜巻を発生させるっていうスキルのことか?」

「そうさ、見ただろ今の! 同好会ドラゴンは急に倒れた! つまりスィータン総番のグラウンド・サイクロンが決まったんだ!」

「まじかよ……。あの大ピンチから一手で逆転するなんて……」

「それが総番だ!」

「俺もワルーガを倒したところを見たわけじゃなかったけど、今のを見てたら信じられるな……」

「ああ、俺たちの総番は無敵だ!」


 ただ耳元でブンブンとうるさい妖精を何とかしようと振っていた手の動きを、観客たちは勘違いしてしまったのだった。

お読みいただきありがとうございます!

三者三様の展開がごちゃまぜになった決着シーン、いかがでしたでしょうか。

初戦の相手はかませだろ、と思った皆様に驚きの展開をプレゼントできたなら幸いです。

さて、揺れに酔って、虫の恐怖にさらされたスィータンちゃん(8)。

もちろんそのまま戦えるはずもなく。

次回もお楽しみに!

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