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032 鼻息の荒いスィータン

 夏の長期休暇も終わって学園の授業が再開された。

 もちろんスィータンも王都に戻っており、女子寮生活。

 いつもどおりアネファに甘やかされて素敵な学園ライフ。


 そんなスィータンにとって、ただ一つ気がかりなのは総番という名の委員会の事。常日頃から男の子たちに囲まれているので、何かと息苦しいのだ。


 そして今日、スィータンは珍しくその男の子たち、いわゆる親衛隊を連れずに一人で廊下を歩いていた。ちょうど男女別の授業があったので一人きりなのである。


 親衛隊の一人であるトールは「女の刺客がいるかもしれない」などと言って女子の授業についてこようとしたが、さすがに副総番(という噂(うわさ))のナギィに止められていた。


 そういう訳で、久しぶりの一人。いや、いつも一緒の精霊フラと共に帰宅の途についているのだ。


 てくてくと掲示板の前を通りがかったスィータンは、そう言えば最近掲示板を見てなかったなと思って立ち止まった。


 《あっ! フラ! あれ見て》


 《どれどれ? 健全な魂は健全な勉強から始まる。風紀委員会?》


 《違うわよ。こーれ》


 スィータンは掲示板に貼ってあったポスターの一つを指さす。


 《ドラゴンズダッシュ、出場者募集中? これがどうかしたの?》


 《走る大会だよ! 絶対に出る!》


 むふーと鼻息荒く、珍しく興奮しているスィータン。

 中等部に入って以来のテンションの高さである。


 《スィータンは走るのが好きだからなぁ。いいんじゃない?》


 《大会まで2週間! 走る練習しなくちゃ!》


 《おぉ、やる気だねスィータン》


 《もちろんよ! 初等学校の時はこけちゃったけど、今回は一着でゴールするんだから!》


 情熱に燃えているスィータン。ポスターの下に置いてあった申込用紙兼チラシを手に取る。


「おぉ、総番があのチラシを」

「まさか出るのか? あのドラゴンズダッシュに」


 周囲がどよめく。

 親衛隊のいないスィータン単体でも十分に総番であることが知れ渡っている証拠だ。

 証拠を裏付ける一つとして、スィータンの周囲を空けるように生徒たちが距離を取っていることが挙げられる。スィータンはまったく気づいていなかったが、普段ならごった返しているだろう掲示板も一人で見放題だったのはそれが理由だ。


 走る大会の事を思ってルンルンで歩いていくスィータン。

 周囲が困惑していることなど気づかずに……。


「今年のドラゴンズダッシュは荒れるぜ」

「あぁ。総(・)番(・)の(・)揃(・)え(・)る(・)1(・)0(・)人(・)がどうなるのか……楽しみだな」


 ◆◆◆


「スィータン総番! お傍を離れており申し訳ございません」


 せっかく一人を堪能していたのに、さっそく親衛隊に見つかってしまった。

 お仕事の仲間なので、露骨に嫌な顔はしないものの、先ほどまでのルンルン笑顔(幼馴染のナギィ君が見分けられるくらいの)は鳴りを潜めてしまう。


「おや、総番。それはドラゴンズダッシュのチラシじゃないでやんすか。もしかして参加されるのでやんすか?」


 手に持っていたチラシを目ざとく見つけたショーン。


「俺たちも総番に進言しようと思ってたところですよ。いやぁ、総番がやる気になってくださってよかったです」


「申し込みなら俺たちでやっておくでやんす。総番の手を煩わせるまでもありませんでやんすよ」


 珍しく気が利く三人だ、とスィータンは思って、手に持っていたチラシを渡す。

 お任せくださいという三人と教員室前で別れて、スィータンは女子寮へと帰る。


 アネファはまだ帰ってきていないようだ。

 一人の部屋の中でスィータンは、ポイポイっと着ていた制服を脱ぎ始める。

 

 そして下着姿のままガサゴソと自分の荷物を漁り、着替えらしきものを取り出すと、サッと袖を通す。


 その服とは体操服。

 もちろんこの学園にも体育の授業は無い。貴族の紳士淑女にそのような野蛮な行為は必要ないという共通認識だからである。なので学園にも体操服なるものは存在しないのだ。 

 

 こんなこともあろうかと初等学校の時の体操服を実家から持ってきていたスィータン。

 5歳の時の服だが、8歳になった今でも着ることができる。

 悲しいかな、実家での悪待遇によって栄養が不足しているため、身長がさほど変わっていないのだ。


 とはいえ現在は食堂通い。実家とは違って食べることを邪魔されたりしないので沢山食べることができる。

 アネファも薄々スィータンの実家の事を感づいているようで、何かと栄養のあるものを食べさせてくれるのだ。

 おかげで、ガリガリだった体はちょっとずつふっくらしてきた。

 なので、服の丈は合っているものの、ぴっちりしている。


 《ちょっと小さいかしら?》


 腕やら足やらを動かしてみるスィータン。


 《密着してるほうが走りやすいんじゃない? ひらひらしてると風の精霊に嫌われるって言うし》


 《そうなんだ》


 走るのには問題なさそうだという事を確認したスィータンは、準備運動を終えると、その姿のまま学園の外に出た。

お読みいただきありがとうございます。

ドラゴンズダッシュ編が始まりました。

珍しくやる気のあるスィータンちゃんですが、この後どうなるのか目に見えるようです。

次回は修行回。もちろん修行だけで終わりません。お楽しみに!

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