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024 そして運命は変わった 後編

 キラキラ女子など眼中になく、かぶりつく様にスィータンへと迫るワルーガ。

 この期に及んで、そぞろ事を考えて、とちるような彼ではない。


 (スィィィィィタンアルゲェェェェェェェン!!!!)


 心の中は獲物の事で一杯ではち切れんばかり。

 暗い想いを増幅・増殖させながらここまで来たのだ。

 妹を陥れた小賢しい女。憎らしいガキ。

 その女が、もう手が届くところにいる。


 いつも自信満々で、やる事成すことを褒めてあげたくなるような妹を出し抜いたのだ。相当のあくどい行いをしたに違いない。

 妹の悲しみはいかほどか。妹の怒りはいかほどか。当人の代わりになってやることはできない。その悲しみも怒りも受け取ってやることはできない。


 ならば少しでも妹の暗い想いを減らしてやりたい。妹が笑えるようになってもらいたい。

 何食わぬ顔でのうのうと生きているこの女を、妹が味わった以上に貶めてやらなくてはならない。妹に手を出した事を悔やんで二度と忘れない様に。


 そのためには、まずは殴って、そして掴み倒して床に這いつくばらせよう。


 暗い想いを込めた拳を振りかぶるワルーガ。


 だが――


 (あ、落とした)


 当人のスィータンは、キラキラ女子以上に教室の周りの事を見ていなかった。


 彼女たちに早くどいて欲しいという思いだけがあって、もじもじしながら女子たちの様子を窺うのに集中していたからだ。

 自分が暴漢に狙われているだとかは知る由もないし、すでにそこまで危険が迫っているだとかは、まったく気づいてもいなかった。


 ただ気づいたのは、キラキラ女子の一人が手に持っていた香水を落としてしまったこと。

 どうやらその女子は落としたことには気づいてなさそうで。彼女がこのまま気づかずに忘れて帰っても困るだろうと思って、それを拾おうとして……スッとしゃがんだ。


 その瞬間――


「な、にっ!?」


 スィータンを殴ろうと目前まで迫っていたワルーガだったが、スィータンがしゃがんだことによって彼の腕は空を切る。


 (取れた。あの、これ)


 そしてスィータンはというと、拾った香水を渡そうとして立ち上がったのだ。


 するとどうなったか。


 (ひゃぅっ? な、なにか頭に当たった?)


 そのとおり。

 早く香水を渡さなければという思いで勢いよく立ち上がったスィータン。

 その頭は、目標を失って拳が空振りしたワルーガの腹を突き上げたのだ。


 ――ドウンッ


 綺麗な弧を描いて人の体が宙を舞う。


 時にして僅か数秒。

 重力には逆らえず、彼の体は地に落ちた。


 静まり返る場。

 彼が壁に激突した音を最後に、沈黙がその場を支配した。


 その光景を目撃した者たちは一様に目を丸くしていた。


 誰もが声を出せないでいた。

 誰もが目を疑っていた。

 誰もが今起こった出来事を脳内で処理しきれずにいたのだ。


 そして、沈黙が破られる……。


「見たかよ今の……」

「見た……。あのワルーガを紙くずみたいに投げ捨ててた……」


 かたずをのんで見守っていた3年生たち。

 思考がまとまらないまま、目の当たりにした光景をそのまま口に出していく。


 教室の中の1年生達もその一部始終を目撃している。


「あの子、私よりも小さいのにあんな野獣のような男を軽々と……」

「うん……。私だったら泣いちゃってたよ……」

「俺だって、殴られて終わりだ……」

「魔法みたいだったよね」

「ああ。すごかった。瞬きしてたら見れなかったくらい一瞬だった」


 それまで目を丸くしていた者たちが口々にその興奮を語り始めたのだ。


「すげえ! すげえよ!」


 一人が上げた歓声を先頭に、わあっと場が浮き上がる。


 そんな中で、一人の少女がスッと立ち上がった。

 渦中の少女、スィータンである。


 香水を拾って立ち上がったら何かが頭に当たったので、咄嗟にしゃがんでしまった。

 でも勘違いだったのか、特に何もなかったので再び立ち上がった。


 彼女の身に実際に起こった出来事はこうだ。これが事実。


 だが、教室にいた者たちには一様にしてスィータンが迫りくるワルーガを華麗に投げ飛ばして一撃でKOしたように見えていた。


 だからなのだ。


「……!!」


 (え? 何!? えっえっ!?)


 何故か教室の全員が自分の事を見ている。

 そんな様子に戸惑いを見せるスィータン。前に後ろにと、落ち着きなく視線を向ける。


 目撃者の全員がそんなスィータンの様子を、「我勝利セリ」と周囲に勝ち誇り、己の力を隅々まであまねく行き渡らせてるものであると感じていた。


「新しい総番の誕生だ!」


 3年生の誰かが言った。


「そうだ、トップだ!」

「まちがいないわ! ワルーガを倒したんだから!」

「スィータン総番だ!」


 スィータンの名前を知る1年生が雰囲気に流されてそう言った。

 3年生のボスを倒した。つまりは新しいトップであり総番が生まれたのだ。


「「「「「スィータン総番! スィータン総番!」」」」」


 その言葉に呼応する生徒達。

 これまで煮え湯を飲まされてきたワルーガが倒れたのだ。3年生は喜びに満ち溢れている。そして1年生もまた、そんな3年生からワルーガの事を聞かされていて、3年生ではなく自分達と同じ1年生から総番が誕生したことを嬉しく思っていた。


「……!?」


 (なになになに!? なんでみんなで私の名前を呼んでるの!? えっ!? えっ!?!? なんで!? 何でこっちを見てるの!?!? なんでぇ!?)


 急に自分の名前を連呼される。それも教室中のみんなが呼んでいるのだ。

 何が起きているのかも分からず、スィータンは緊張で固まってピシッと起立していた。

 まるで皆の声に応えるかのように……。


 ◆◆◆


 ワルーガを撃退した夜の事。

 スィータンは部屋のベッドに寝そべっていた。


 アネファは用事があるとかで門限近くまで帰ってこない。

 なので、スィータンは一人、精霊フラと会話していた。

 もちろん今日の出来事の事だ。


 あの後のこと。

 皆が自分の名前を連呼する中、出口を塞いでいたキラキラ女子たちがスィータンに気づいたことで出口が開き……スィータンは拾っていた香水を無言で差し出した。

 あっけに取られているキラキラ女子に押し付けるように香水を渡して、彼女たちの横を通り抜けて一直線に教室の出口を目指したのだ。


 無言で一人立ち去るスィータンの姿に、生徒たちは総番の風格を見て……その後も総番コールは鳴りやまなかった。

 そんな事があったのをスィータンは知らない。

 皆の注目を浴びて疲れてしまったので、帰って来てからそのままベッドに寝転がっているのだ。


 《ねえフラ。私、総番っていうのになるらしいの》


 《そうばん? なにそれ》


 《よくわからないわ。でも、みんな一つはならないとだめだって先生が言ってたわ。私、図書委員になりたかったのに》


 《よくわからないけど、スィータンは聖女になりたかったんじゃないの?》


 《聖女はお仕事でしょ。図書委員はお勉強。だから違うのよ》


 《ふーん? 人間のことはわからないや》


 《でも、総番っていうのに決まってしまったのならしかたないわ。2年生になったら図書委員になりたいな》


 《わからないけど、スィータンならなれるよ。だってフラが付いてるし》


 《うん。図書委員になってたくさんご本を読みたいわ》


 《うーん、もっと簡単な本にして欲しいな。絵がたくさんあるやつ。この前の本なんか何が書いてあるか読めもしなかったよ》


 《あの古代言語の本のこと? あれはたしかに難しかったわ。なんか、大人のおばさんとおじさんが、誰が好きだの、誰を殺してやるだの書いてあって難しかった。もっと他の文字で書いてる本の方がいいかなぁ》


 《まあ、スィータンが読みた本を読んだらいいよ。そのうちフラも読めるようになるだろうし》


 《ありがとう、フラ》


 そんな会話をしていた。

 スィータンは総番を委員会の一つだと思っているようだ。

 そんな認識の違いは、とある問題を引き起こすこととなる。だけどそれはしばらく先のお話。

お読みいただきありがとうございます!

聖女になりたい(未だ意識が薄い)スィータンですが、こうして総番になってしまいました!

という物語冒頭の回収でした!

まだスィータンは8歳です。小学校で言うと2年生くらい。

まだまだ将来のことは考えられないですよね。

さてさて、総番になったスィータンはいったいどうなるのか!


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