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023 そして運命は変わった 前編

「ここかぁ。おい、お前、スィータン・アルゲンはどいつだ?」


 教室の入口。ワルーガは手近にいた男子の胸倉をつかみ上げ、そう問うた。


「あ、あの子、です、く、くるしい!」


 幸か不幸かワルーガに捕まった彼は、影の薄いスィータンの事を認識していた。

 息が出来ず顔が真っ赤になる中、階段教室の後方にいるスィータンを指さして、早く苦しみから解放して欲しいと懇願した。


「あいつかぁ……、あいつがスィータン・アルゲンか!」


 狂気じみた笑顔を浮かべたワルーガは情報源の男子をゴミのように放り捨てる。

 可哀そうにもその男子は、教室の壁に背中を強く打ち付けて気を失ってしまった。


「見つけたぞぉ、スィータン・アルゲンよぉ。俺の妹に酷い仕打ちをしたらしいなぁ。アレでも俺の可愛い妹なんだよぉ。そんなお前にも同じ苦しみを味あわせてやらねぇとなぁ。無様に這いつくばらせて床を舐めながら妹に謝ってもらうぜぇ?」


 腹の奥底から漏れ出てきたような低く小さな声。

 彼が言っているのは、スィータンが初等学校に行ってた頃に意地悪をしてきたハーリク・ノークちゃんのこと。

 彼女がかけっこ大会の時にスィータンを陥れるという目論見に失敗して、衆人環視の中で父親に尻叩きをされたことを指している。

 あの後ハーリクちゃんは転校を余儀なくされてしまった。


 ワルーガ・ノークはそのハーリクちゃんの兄。素行が悪く、ノーク伯爵家とは疎遠になっていたため、妹に降りかかった災難について聞いたのは最近の事。檻の中でたまたま耳にしたのだ。

 ノーク家と疎遠になっているとはいえ、ワルーガはハーリクの事を溺愛していた。ハーリクもそんな兄の事が大好きで、兄の素行に影響されたためあんな性格になってしまった経緯もある。


 つまり、兄であるワルーガはハーリクの敵(かたき)を取ろうとしているわけだ。

 逆恨みも甚だしいが、彼にとってはそんなことはどうでもいい。可愛い妹を傷物にしたやつを許すわけには行かないのだ。


 今まさにその望みが叶う。

 そんな暗い笑顔を浮かべてるワルーガの姿を、話を聞きつけて飛んできたナギィと先輩が目撃していた。


「おい、ナギィ! どうする気なんだよ!」


「どうするもこうするもないでしょ! 危険な奴は止めないと」


「馬鹿野郎、ひ弱なお前が勝てるわけないだろ!」


「確かに僕はひ弱ですけど、だからと言って、スィータンさんが危ない目に合うのを見てるなんてできませんよ!」


 そう言ってナギィは先輩の手を降り切って、ワルーガの元へと走る。


「馬鹿野郎、ばかやろう……」


 止める手を振り払われた先輩はそこで足を止めてしまい、そして小さく呟いた。

 同室の1年生をなんとか助けてやりたいと思いながらも、恐怖によって先に進めなくなってしまっている。

 彼は3年生。ワルーガの事をよく知っているが故に、それ以上足を進めることが出来ないのだ。


 外野でそんなことが行われている事をワルーガは知る由もない。

 ようやく見つけたスィータンを睨みつけながら、ドスンドスンと一歩一歩、歩を進めていく。


「あ゛? なんだお前は」


 そんなワルーガの前に立ちはだかる少年が一人。


「これ以上先には進ませません」


 追いついたナギィが腕を左右に大きく広げて通路を塞ぐ。

 この先にいる自分の想い人へとこの狂人が至る事を阻止しようと立ちはだかったのだ。

 恐怖はある。だけど声はブレてはいない。しっかりと相手の事も見れている。

 スィータンへの力強い想いが恐怖を上回っているのだ。


「どけよ1年。痛い目を見たくなければなぁ」


「どきません。あなたが帰ってください」


「めんどくせえ!」


 目の前にいるやつは全て叩き潰す。ワルーガはこれまでもそうやって来た。

 今まさに憎き目標は目の前であり、なおの事問答している時間は無駄だ。

 そんな事をごちゃごちゃと考える間も無く、拳が動いていた。


 ――ドガッ


 立ちふさがっていたナギィの顎に一撃が決まる。


 棒立ちの下級生などサンドバッグ以下。

 荒(すさ)んだ生活の中で培った無意識での攻撃は寸分の狂いも無くターゲットの急所に滑り込んだ。


 喧嘩慣れしてるはずもないナギィはガードも何もできず、ただただ重さの乗った拳を受けた体は、踏ん張りも効かずに後ろへと吹っ飛ぶ。


 残念ながらここまで。

 踏みとどまったナギィの反撃も、知らない間に拳を出してカウンターを狙ったりも、相打ち覚悟の最後の一撃も無い。


 たった一発でナギィは沈んでしまう。


 (スィータン、さん……)


 彼が消えゆく意識で最後に思うのは想い人の事。

 すでにどちらが上でどちらが下なのかも分からない。

 ただ、暗く深くに沈んでいくだけだった。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 大声をあげて後方からワルーガに掴みかかろうとする男子。

 ナギィを救おうとして頭がいっぱいになった先輩だ。


 倒れたナギィを踏みつけて進もうとするワルーガの腰へとがっつりと組み付いたのだが――


「雑魚が! 邪魔だ!」


 顔面を殴られて、ナギィと同じく地に伏すことになってしまった……。


 目の前を塞ぐ邪魔者がいなくなったので、ワルーガが目指すスィータンはもうすぐ。

 あと机を10列程ほど上がれば到達できる場所にいる。


「しねぇぇぇぇぇぇ!」


 ワルーガにとってその距離はすでに射程距離内。もはや通路を真っ正直に進む必要もない。

 気持ちが逸る彼は机を蹴って跳び、一直線にスィータンへ殴りかかる。


 そのあたりでようやくだ。

 ようやく話に夢中になっていたキラキラ女子たちがこの騒ぎに気付く。


「きゃぁぁぁぁ!」


 キラキラ女子たちの悲鳴。

 気づいたら急に凶悪な人相の男子が飛びかかってきたのだ。

 この目をギラつかせた男の目標が、まさか自分たちの傍らにいるさえない女子であるスィータンだとは思ってもいない。


 ――コトン


 悲鳴が響き渡る中、床に何かが落ちる音がした。

 キラキラ女子の一人が驚きのあまりに手に持って見せびらかしていた香水を床へと落としてしまったのだ。

お読みいただきありがとうございます!

暴君ワルーガがスィータンへと迫る!

騎士であるナギィも、おまけの先輩も倒されてしまい危急存亡!

だけど今回スィータンは出番なし。

たしか彼女はキラキラ女子の相手に大忙し!

次回、この戦いに決着がつく!

乞うご期待!

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