011 大ピンチの卒業式 後編
講堂、日本でいう体育館のような場所に、今日卒業を迎える子供たちと、それを見届けようという親たちが一堂に集っている。
以前の父兄参観日の時と同じように、多くの暇な、いや教育熱心な親が詰めかけているのだ。
本当であればスィータンの父親、ラックスもロッド伯爵家とのコネづくりのために参加する予定にしていた。しかしながら、スィータンが卒業できないという話が広まってしまった手前、恥をさらすことを避けるために今回も不参加となっている。
学校の3年生35人がステージの壇上に並んでいる。そこにはスィータンの姿もあった。
もしかして奇跡的に声が出るかもしれない。そんな藁にも縋る思いで、ハンナ校長が、スィータンの友達たちが、ナギィ君が、参加を嫌がったスィータンを説得したのだ。
「ハンナ校長、分かっておられますね。スィータン・アルゲンさんが斉唱できなかった場合は規則どおり卒業は認めませんから」
舞台袖で頭の固い教師がハンナ校長に念押ししていた。
それに対してハンナ校長は無言でいることしか出来なかった。奇跡的に声が出て、歌ってくれるしかないのだ。
そして、斉唱が始まった。
「「「「「「あぁ~果てしない~空の~むこぉ~~~~」」」」」」
壇上の生徒が成長期を迎えていない幼い声で必死に歌を歌う。
この歌の意味である神様への感謝と成長の誓いについて理解している子供はほとんどいないだろう。
おうたをうまく歌う。それが彼ら彼女らの一番の目的だからだ。
ぱくぱくぱく。
スィータンは口を開く。はたから見れば歌っているように見えるだろう。だけど声は出ていない。スィータンはしゃべれないのだから。
(声、出ない……。だめよ、ダメダメ。これじゃあ卒業できない……)
「「「「「「てんに~おられる~われら~が~しゅし~んよ~~~~」」」」」」
スィータンの哀しみにも関わらず、歌は進んでいく。
(私、神様に祈るの忘れたこと無いのに……。しゃべれないけど、ずっと頑張ってきたのに……)
前髪に隠れたスィータンの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
濡れたエメラルドのようにスィータンの目はキラリと光っている。
「「「「「「きょぉ~われらわ~~そつぎょう~します~」」」」」」
歌がクライマックスに近づく。
その様子を頭の固い教員が見ている。
もちろんスィータンの様子をだ。
声が出ているかどうか、機械などを使って計っているわけではない。
だけど歌っていたという証拠たりうるものもスィータンに用意できはしない。
じきに歌は終わり、歌えなかったスィータンには卒業の資格は与えられないだろう。
スィータンの事を憎く思っているわけではない。
ただ、学校の事を考えて、決められた正しい事をするのみ。そう教員は思っている。
そしてそれは予定通りになるはずだった。
「えっ!?」
歌がサビを終えようとしたところだった。
問題の子供、スィータンが階段状になった自分の場所から突如として動き出し、トトト、とステージ上の貴賓席へと向かったのだ。
「ちょっ……」
いきなりの事で止める間もなく、スィータンは貴賓席にたどり着くと――
――ぼふっ
と、椅子に座っていた教会の神父様に抱き着いたのだ。
「おっと」
突然の出来事だったが、神父様はスィータンの体を受け止める。
神父様もしゃべれない子の話については聞き及んでいた。それがこの抱き着いてきた子だということも分かっている。
スィータンは目をぎゅっと閉じて、そして力いっぱい神父様の体を抱きしめていた。
――ざわざわ
歌は終わったものの、突然の子供の奇行に会場がざわめき始める。
「お静かに」
スィータンに抱き着かれたままの神父がそう言った。
「この子は今、神への感謝と今後の成長を誓っているところなのです。私には伝わってきます。この子の大きな想いが」
そう。この奇行はスィータンの想いの伝え方。
(伝わってください、神様! しゃべることはできませんが、お祈りはできます!)
しゃべれないぶん、必死に想いを伝えようとしていたのだ。
前髪に隠れた目をギュッと瞑ったまま、想いを込めて。
「伝わっていますよ。あなたの想い。きっと我らが神にも伝わっていることでしょう」
ぱっと顔を上げたスィータン。
前髪の隙間から見える彼女の緑色の目は大きく見開かれている。
自分の想いが神父には伝わったと分かったのだ。
だが、スィータンの行動はそれで終わりはしなかった。
「あらあら」
スィータンは神父の隣に座っていたハンナ校長にも抱き着いたのだ。
「大丈夫ですよ。私にも伝わってきます」
顔を上げたスィータンは次々に壇上の参加者に抱き着いていった。
それこそ、頭の固い先生にも。
――ぎゅーっ
「え、ええ、わ、私にも伝わってますわ」
頭の固い先生もそう言うしかなかった。
最初に神父様が伝わっていると言ったのだ。続いてハンナ校長も。
そこで伝わらないなどと言えるはずもなかった。まったく分からなかったとしても。
たとえ神父様が認めても、この頭の固い先生がごねる未来もあったはずだ。スィータンは規則通りに歌っていないと。
しかしながら頭の固い先生も規則に補足があることを知っていたのだ。
斉唱するのと同様に神への感謝と成長の想いを伝えることができるのなら、斉唱するのと同等にあつかうという規則を。
もうスィータンの卒業を阻むものは無かった。
だけどスィータンはそこで終わらなかった。
「えっ!?」
ステージ下から声があがった。
なんとスィータンは参加している親御さんたちにも抱き着き始めたのだ。
ぎゅっぎゅっと、想いをつたえるように、参加している全員に伝わるように。
そんな様子を見ていた神父様が言った。
「これはいいですね。今後、歌が苦手な子はこうしましょう。いえ、歌が得意な子も、そうでない子も、皆こうすることにしましょう」
「そうですね。学校の規則にも新しく追加しておくことにしましょう」
ハンナ校長がおだやかにそう答えた。
この出来事の翌年から、この学校だけでなく、どこの学校でも同じように行われるようになったと言う。
そんな事は、卒業してしまったスィータンには知り得ないことであった。
お読みいただきありがとうございます。
がんばっているスィータンの魅力がもっと皆様に伝わりますように!
次回もお楽しみに!




