子どもの幸せ
――娘の将来の為に夫と京都で暮らすことを選ぶ方が良い――
そう上司夫婦は言った。
妻もそんなことは分かっている。
妻の収入では、娘の大学進学など不可能だ。
出来るだけ残したいと思って、内職で得られる収入など雀の涙ほどだ。
生活を支えているのは会社の食堂で働いて得られている月給。
その月給で娘を大学に進学させることなど不可能だと分かっている。
娘の最終学歴は高校卒業。
その高校も公立高校でないと通わせることは出来ない。
低収入の妻には、公立高校への進学しか娘の為にしてあげられない。
涙が出て止まらなかった。
⦅どうして、一生懸命生きているのに……。
愛されない妻って……。
愛されなかっただけで子どもにまで苦労させてしまうのね。
何も悪いことしてないのに…………。
ごめんね………ごめんね……恵子、ごめんなさい………。⦆
スヤスヤと寝息を立てている娘の愛らしい顔を妻はそっと撫でた。
◇◇◇◇
妻は一日、会社を休んで娘を連れて役所へ行った。
戸籍の係へ行き、「娘の名前を変えたい。」と相談した。
理由を聞かれた。
「夫が愛したただ一人の女性と同じ名前を夫が付けたから……。」と話すと、「そんな理由では変えられません。」と答えが返って来た。
「名前を変えるには家庭裁判所へ行かねばならない。」ことも教えて貰ったが、「この理由では不可だ。」と告げられた。
妻は失意に沈んだ。
「お子さんは、もうお名前を分かってますよね。変わるのは、お子さんにとって……どうでしょうね。」と言われた。
その言葉に妻はハッとした。
自分の気持ちしか見ていないことを知らされたからだ。
大人しく隣の席に座っている娘を見た。
涙が流れて落ちた。
「そうですね。本当にそうです。ありがとうございました。」と言って席を立ち去って行く妻に役所の係の人が優しく言った。
「同じ名前の人は、いっぱい居ますよ。ご主人の……その方以外にも沢山! だから、お子さん以外の恵子という名前の方は、その他大勢ですよ。」と………。
妻は振り返って涙を拭くことさえ忘れたまま「ありがとうございます。」と言い、深く頭を下げてから役所を立ち去った。




