帰って来た夫③
【離婚したい妻】と【離婚したくない夫】。
上司夫婦は困ってしまった。
そして、妻が娘のことを気にして帰ろうとしていたので、この場はいったんこれで終わりにしようと思った。
「そうだね、うん。そうだ。
今日はこれで終わりにしましょう。
次は会いたくなければ、僕が間に入って話し合いましょう。
離婚についてを……。」
「離婚したくありません! 俺は………俺は一緒に暮らすために戻って来ました。
恵子にも会いたい……会わせてくれ。頼む。」
「会っても誰か分からないわ。
どこかの……おじちゃんでしかないもの。
それに………あなたが娘を恵子って呼ぶのを見たくない、聞きたくない!
あの女と同じ名前なんか……嫌だ!………嫌……ううっ……。」
「……頼む、人目でいい。会わせてくれ。」
「会わせてあげたら、どうかしら?」
「奥さん!」
「父親なのだもの……ね。一目だけ……今日だけ………。」
世話になった上司夫婦の言葉を妻は無下に出来なかった。
娘は社宅の上司夫婦の隣家に預けている。
上司夫婦の家を出た妻は、隣家に行き娘を連れて来た。
娘は上司夫婦に「恵子ちゃん!」と呼ばれて抱きついた。
娘の顔は笑みで溢れている。
「恵子っ!……恵子なんだな………大きくなって………。」
「…………………。」
「あなた、止めて! 怯えてるわ。」
「怯える?」
「そうよ、見知らぬ人から急に名前を呼ばれたんだもの。
怖いに決まってるわ。」
上司の妻に抱きついた娘の手に力がこもり、顔を埋めている。
上司の妻は「恥ずかしいの? 大丈夫よ。」と優しく娘に話し掛けている。
人見知りが強い娘。
人見知りで顔を隠したに違いなかったが、妻は「怯えている」と言った。
娘を直ぐに連れて帰りたかったから……。
「もう、いいでしょう。会ったんだから……。」
「待ってくれ! 会ったうちに入るか?
少し話をさせてくれ。
乳飲み子だった恵子しか知らないんだ。
だから…………。」
「それ、私のせいだとでも言うの?」
「そんなこと言ってない。」
「あなたが自分で招いたことよね。自業自得じゃないの。」
「頼む。」
「嫌よ!」
「おちゃーちゃん……怖い……よ。」と小さな声が聞こえた。
娘は喧嘩をしている夫と妻の声に怯えているのだ。娘の父と母の声に………。
ハッとした妻は「ごめんね。怖かったよね。」と優しく話し掛けた。
上司の妻の腕の中に居た娘は、両手を伸ばした。
両手の先に居る妻は娘を抱き締めた。
夫は妻の後ろにやって来て「恵子、お父ちゃんだよ。」と言った。
妻は急に父親だと名乗り出た夫に対して腹が立った。
でも、声を荒げることはしなかった。
娘にこれ以上怖い思いをさせたくなかった。
「おと……ちゃん?」
「うん、そうだよ。恵子、お父ちゃんだ。
会いたかった………会いたかったよ。」
「おとちゃん、おとちゃん、居た。
おちゃーちゃん! 恵子、おとちゃん、居た!」
娘の顔が輝いた。
妻は辛くなった。
娘を捨てた夫を娘はあの笑顔で迎えたことに悔しさを感じた。
妻の頬を涙が一筋……伝わり流れ落ちた。
娘が夫に抱き締められた。
妻の涙が次々と頬を伝う。
妻は泣き崩れてしまった。
泣き崩れた妻を見た上司夫婦は、この場を取り敢えず収めることにした。
「恵子ちゃん。お父さんね、忙しいんだ。
だから、今から、また仕事に行かなくっちゃならないんだ。」
「おちごと?」
「うん、そうだよ。恵子ちゃんは今からお母ちゃんと帰るんだよ。」
「おとちゃんは?」
「お父ちゃんは今からお仕事だからね。分かったかな?」
「おとちゃん、おちごと。」
「そうだよ、お仕事だ。お父ちゃんにバイバイ出来るかな?」
「出来りゅ! おとちゃん、バイバイ。」
「………恵子、バイバイ。」
次は上司夫婦が夫に話を聞くことが決まった。




