母子家庭
産まれたのは男の子。
娘と息子を妻は一人で育てなければならない。
⦅母親の私だけ泥水を啜っても、子どもにはひもじい思いをさせたくない!⦆と誓った。
だが、内職は見つかっても、正社員への道は無い。
やっと見つけても工場でのパート。
パートと内職では育てられない。
1961年(昭和36年)に創設され、翌1962年(昭和37年)1月1日に制定された児童扶養手当制度があることを妻は知らなかった。
上司の妻が役所で聞いて来てくれた。
早速、役所へ出向き手続した。
支給が決定された時、妻は涙した。喜びの涙であり、安堵の涙だった。
母子3人での慎ましやかな暮らしの日々。
元夫から出産のお祝いとして5千円現金書留が上司の自宅へ送られて来た。
他にも、元夫は上司の自宅に娘へのお年玉を千円現金書留で送られて来ていた。
息子の出産を夫に伝えたのは、上司だった。
元夫は自分のお小遣いから送ってくれたのだろうと思った。
たぶん、今の若い妻は知らないのだろうと思った。
◇◇◇◇
そして、何故か、元夫の両親が上司宅へ押しかけて来たのだ。
「孫を返せ! うちの大切な跡取りだ!」
「落ち着いて下さい。」
「何処に居る? うちの跡取りは何処に居る?」
「貴方方には権利はありませんよ。」
「何を言ってるのだ? うちの孫だぞ。」
「ええ、存じ上げております。
ですけれども、育てるのは親でしょう。
祖父母ではありませんよ。
第一20歳まで育てられるんですか?
お元気で居られると?」
「あんたは! あんたは関係ないだろうが!
そりゃあ、息子の媒酌人で、前の職場の上司で息子がお世話になってたけど。
今は無関係だ!」
「そうですよ、関係ない人が出しゃばらないで下さい。」
騒ぎを教えてくれた人の後に付いて、妻は二人の子どもを連れて上司宅へ来た。
妻と子ども達を見た上司の妻は名前を呼びながら駆け寄った。
「恵子ちゃん! 賢一ちゃん!」
「おおっ! 孫だ! 跡取りだ!」
「抱かれている子が息子の……跡取りだわ!」
祖父母が恵子を押しのけた。
恵子は転んで泣いた。
「恵子!」
「さぁ! 早く返せ!」
「帰って下さい!」
「何をぉ~~っ!」
「嫁のくせに!」
「もう嫁ではありません。」
「生意気な!」
「息子は渡しません! 私の子です! お帰り下さい!」
知らぬ間に近所の主婦たちが集まって来た。
妻と子を可愛がってくれている社宅の人達だ。
「帰りなさいよ!」
「そうよ!
浮気して妻と子を捨てるような息子に育てた両親が何言ってるのよ!」
「なにをぉ~~~~っ!」
「あんたたちこそ無関係じゃないのよ!
離婚したんだからさ。」
「そうよね、図々しいったらありゃしない!」
「帰れ!」
近所の主婦たちの剣幕に怯えるように元夫の両親は帰って行った。
その後姿に「二度と来るな!」と叫ぶ主婦たち。
妻は泣いていた。
産まれて半年の賢一を抱き締めて泣きながら「ありがとうございます。」と何度も何度も頭を深く下げて礼を言っている。
「いいのよ。
あっちが可笑しいんだもん。」
「遠くの親戚より近くの他人って言うじゃないの。」
「もぉ……泣かないでよ。
涙が出るじゃないの。つられて………。」
妻はここに帰って来て良かったと心から思った。
新婚当初から妻を知ってくれている人々。
ここで子ども達を守り育てる勇気を貰った。




