無言電話
夫は帰って来なかった。
私はまんじりともせずに朝を迎え、娘を幼稚園へ行かせた。
涙しか出なかった。
何処に居るのか分からない。
あの日のことだけが思い浮かぶ。
また捨てられたのだと分かった。
愛していた。私だけが愛していた。
どのように過ごしたのか分からない。
涙しか出なかったことだけは覚えている。
気が付くと娘が返ってくる時間だった。
急いで行くと幼稚園バスから幼稚園教諭とバスから降りて待っている娘が居た。
「先生、済みません。遅くなってしまって……。」
「いいえ、恵子ちゃん、不安そうに待ってました。
待たせないようにしてくれはったら、ええですよ。」
「はい。本当に申し訳ありません。」
「恵子ちゃん、さようなら。」
「先生、さようなら。」
娘の小さな手をしっかり繋いで、妻は娘に詫びた。
「恵子、ごめんね。」
「ううん、ええよ。」
その日の夜遅くに夫は帰って来た。
「ごめんな、飲み過ぎて先輩の所に泊めて貰ったんだ。
恵子は?」
「もう、寝たよ。」
「そうか……もっと早う帰って来たら良かったな。」
「うん、そうね。」
夫がほんの少し話す京都弁を妻は聞きたくなかった。今は……。
◇◇◇◇
それからも、夫の帰宅は遅い日が続き、ある日のこと、変な電話が架かって来た。
「もしもし。」
「………………………。」
「……?……もしもし?」
「………………………。」
「………もし、もし………。」
「………………………。」
そして、電話が切れた。
無言電話である。
この日を境に無言電話が架かって来るようになった。
夫が妻より先に電話に出ると、「うん、分かった。今から行く。」と夫は返事をして、妻に「後輩が相談があるって言うんだ。恵子、花火はまたにしようね。」と言って、娘の返事も聞かずに大急ぎで出て行った。
娘は泣いた。
私は泣いている娘を抱き締めて、「お母ちゃんと花火しよう。」と慰めた。
母と娘、二人だけで花火をした。
娘は寂しそうに花火を見つめている。
最後の一本の線香花火が火玉一つになって落ちた時、妻は涙を落した。
その日の夜、夫は帰って来なかった。
翌日の昼、妻は前にお世話になった夫の前の会社の上司の家に電話を架けた。
上司の妻が電話に出た。
「久し振りね。元気だった?」
「あの人がまた帰らないようになりました。」
「えっ?」
「電話が架かって来て、大急ぎで出て行きます。
その日は帰ってきません。
無言電話も架かって来ます。
出張だと言われていた日、夫は出張じゃなかったんです。
会社に電話して分かりました。
また私と恵子は捨てられます。
………もう……終わりです。」
「………待って! 主人が帰って来たら話すから……。
こちらから電話するから……待ってて、お願い。」
「………はい、お願いします。」
捨てられたら二度目。
もう二度と捨てられたくなかったのに……こんなに早く、そんな日が来ると妻は思わなかった。
お腹の中に二人目の子が居る。
妻は夫にまだ話していない。
妊娠3ヶ月。
もう悪阻が始まっている。




