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異世界スキル整備士  作者: なるかめ
第3章 国家整備編

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第17話 世界の歪み

壊れたものは、直せばいい。


そう信じて、ここまで来た。


繋ぎ、整え、崩壊を止める。

それが整備士の役目だと、疑ったことはなかった。


だが――


もし、この世界そのものが歪んでいるのだとしたら。


もし、壊れているのが“結果”ではなく、“構造”だとしたら。


直すという行為は、本当に正しいのか。


それとも――


まだ見えていないだけなのか。


風が、焼けた石の匂いを運んでいた。


帝国中枢の崩壊跡は、夜明けの薄い光の中で、奇妙な静けさに沈んでいた。

崩れた塔。割れた石畳。黒く焦げた壁。

つい数時間前まで爆音と悲鳴に包まれていた場所とは思えないほど、今は静かだった。


カイトは、瓦礫の上に一人で立っていた。


視界の奥には、まだ回路が見えている。


崩壊を止めたはずの流れは、完全には静まっていなかった。

細い線が建物の下を這い、石畳の割れ目をまたぎ、焼けた空気の中で淡く明滅している。

整えたはずの回路が、わずかに軋んでいた。


まるで、無理やり息をつながれている病人のように。


カイトは目を細めた。


「……止めた、はずなのに」

自分の声が、広場の静けさに小さく落ちた。


ヴァルドの言葉が、まだ耳の奥に残っている。


――壊さないから壊れる。

――全部を救うという選択肢は、存在しない。


カイトは息を吐き、拳を握った。


否定したい。

あんな考えは間違っていると言い切りたい。


だが、目の前の歪みが、その言葉を簡単には許してくれない。


直した。

確かに直したのだ。


それでも、まだ歪んでいる。


「……俺は、何を見てたんだ」


そのとき、遠くで誰かの声がした。


「カイト!」


弾かれたように顔を上げる。


瓦礫を飛び越えながら、真っ先に駆けてきたのはレイナだった。

赤茶の髪を揺らし、剣を背に負ったまま一直線にこちらへ向かってくる。

その後ろから、小柄なセリスが息を切らしながらついてくる。


「待ってください、レイナさん、速い……!」


二人の姿を見た瞬間、胸の奥で何かがほどけた。


生きていた。

来てくれた。


それだけで、ほんの一瞬だけ、肩の力が抜ける。


レイナはカイトの目の前まで来ると、乱暴なくらいの勢いで肩をつかんだ。


「無事か、カイト!」


レイナの声には、怒りよりも安堵が混じっていた。

セリスもすぐ横まで来て、胸を押さえながら何度も頷く。


「よかった……本当に、よかったです……!」

セリスは息を整えながら言った。

「一人で消えたって聞いて、私たち――」


そこで言葉が詰まり、代わりにほっとしたように笑った。


二人とも、本気で心配していたのだ。


カイトは小さくうなずいた。

「……ああ。平気だ」


言ってから、自分の声がひどく乾いていることに気づく。


レイナが眉をひそめた。

「平気、って顔じゃないな」


「そうです」とセリスも続けた。

「顔色も悪いです。どこか怪我を――」


「怪我はない」

カイトはそう答えたが、視線は広場の回路から離れなかった。


レイナはそんなカイトを見て、少しだけ言葉を止めた。

いつもなら、軽口の一つでも返してくるはずだった。

だが今のカイトには、その余裕がなかった。


数秒の沈黙のあと、レイナがあえて明るい口調で言う。

「ま、とにかく生きてるならいい。残りも直せば終わりだろ?」


セリスもすぐに頷いた。

「はい。まだ歪みは残っていますけど、カイトさんならきっと全部整えられます!」


その言葉は、今までなら何より心強かったはずだ。


だが、今日は違った。


カイトは返事をしなかった。


レイナが首をかしげる。

「どうした?」


カイトはしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。

「……それで、全部終わるのか?」


レイナとセリスが同時に目を瞬かせる。


風が、三人の間を抜けた。


セリスが先に口を開いた。

「えっと……どういう意味ですか?」


カイトは焼けた広場を見渡した。


「直したはずなんだ」

カイトはうつむき気味につぶやいた。

「なのに、まだ歪んでる。流れは戻した。崩壊は止めた。それでも、どこか無理をしてるみたいに回路が軋んでる」


レイナが真剣な顔になる。

「見えるのか?」


「ああ」

カイトは短く答えた。


セリスは不安そうに周囲を見回した。

彼女にはここまで細かくは見えないのだろう。

ただ、空気の重さだけは感じているようだった。


「でも……止まったんですよね?」とセリスは言った。

「うん。止まった」

「なら、少しずつ整えていけば……」


「そう思ってた」

カイトはそこで言葉を切った。


ヴァルドの顔が脳裏をよぎる。


――お前の整備は、壊れたものを延命しているだけだ。


カイトは歯を食いしばった。


レイナがその表情を見逃さなかった。

「何があった」


短い問いだった。

だが逃げられない問いでもあった。


カイトは数秒迷い、やがて言った。

「……黒外套の男、ヴァルドという男に会った」


空気が変わった。


レイナの目が細くなる。

「あの黒外套か」


セリスも息を呑んだ。

「その人が、ここに……?」


カイトはうなずいた。

「話した。戦ってはいない」


カイトは石畳に走る回路を見つめたまま続ける。

「でも……あいつは、俺とは逆のことを言った」


「逆?」とレイナが問う。


「壊れたものは、一度壊して止めるべきだって」


セリスが目を見開いた。

「そんな……」


レイナは腕を組んだまま黙っている。


カイトは続けた。

「流れを整えるんじゃない。切るんだ。暴走した回路を“無”に戻して、そこから再起動する」

カイトは苦いものを飲み込むように言った。

「おかしいと思った。破壊だって。だけど――」


「だけど?」とレイナが促す。


「実際、安定した」

その一言で、また沈黙が落ちた。


セリスは困ったようにカイトを見た。

「でも、それって……」

セリスは言葉を探すように唇を動かした。

「怖い考え方です。全部を守れないって、最初から決めるみたいで……」


「そうだな」とレイナは言った。

だが次の言葉は、カイトの予想と少し違った。


「でも、分からなくもない」「……私は、あいつの言ってること、嫌いじゃない」

レイナははっきりと言った。

「助けられないものを抱えて、全部落とすよりは――」

「切ってでも、残す方がマシだ」


セリスが振り返る。

「レイナさん?」


レイナは広場の壊れた塔を見上げた。

「現場じゃ、全部を守れない時がある」

レイナは静かに言った。

「一人を助けに行けば十人が死ぬ。門を守れば街の外が燃える。そういう選択は、いくらでもある」


セリスは杖を抱きしめる。

「それでも……切り捨てる前提で考えるのは違うと思います」


「前提で考えるのは違う。そこは同意だ」

レイナはうなずいた。

「でも、“選ばなきゃいけない時がある”のも事実だ」


二人の視線が、自然とカイトへ向いた。


カイトは答えられなかった。


そのときだった。

空気が、びり、と震えた。

三人が同時に空を見上げる。


東の空の高いところに、細い光の亀裂が走っていた。

稲妻に似ているが違う。

もっと静かで、もっと嫌な光だ。裂け目は一度明滅すると、ゆっくりと消えた。


「今の……何だ?」とレイナが低く言う。


セリスも青ざめる。

「魔力の反応……でも、ここじゃありません」


その直後。

今度は北の地平線で、同じ光が走った。


続いて西。

さらに南。


遠く離れた空の端で、ほとんど同時に、同じような亀裂がいくつも瞬いた。


カイトの背筋に冷たいものが走る。

「……嘘だろ」


視界の奥で、回路が一気に広がった。


この都市だけじゃない。


山の向こう。

森の先。

遠くの平原。

見えないはずの都市の輪郭まで、半透明の線となって脳裏に浮かび上がる。


世界中に、同じ歪みがある。

しかも――

「同じだ……」

カイトは目を見開いた。


「何が同じなんですか?」とセリスが叫ぶように問う。


カイトは息を呑みながら答えた。

「型だ」


「型?」とレイナが聞き返す。


「崩れ方が、全部同じなんだ」

カイトは早口になっていく。

「線の曲がり方も、詰まり方も、脈動の周期も、全部同じだ。偶然じゃない。

誰かが同じ設計図を世界中に置いたみたいに――」

そこまで言って、カイトは言葉を止めた。


世界中に広がる歪みの線が、視界の中でゆっくりと重なり始めていた。


一本一本は遠い。

だが俯瞰すると、全部がどこかへ向かっている。


「……これ、全部繋がってる」

カイトは呆然とつぶやいた。


セリスは空を見上げたまま首を振る。

「私には……遠くの光しか……」


レイナは剣の柄に手を置いた。

「私は気配しか分からん。だが、中心があるのは分かる」


カイトの視界では、世界の各地から伸びた半透明の線が、空の彼方の一点へ収束していた。


夜明けの空に、巨大な幾何学模様が浮かぶ。


それは星座にも似ていた。

神殿の天井画にも似ていた。

だが同時に、病んだ心臓の血管にも見えた。


美しい――はずだった。

だが、見た瞬間に理解した。

これは“見てはいけない構造”だと。


胸の奥が、掴まれるように痛む。

呼吸が、一瞬遅れる。


カイトは思わず一歩下がった。


「……なんだ、これ」

整いすぎているのに、脈動だけが狂っている。


「あれは……」

カイトは息を止めた。


線の集まる一点が、遠くで暗く脈打っている。


世界の設計図の中心。

すべての歪みの起点。

回路の始まりであり、傷口でもある場所。


カイトは、ほとんど無意識に口にしていた。

「原初座標だ」

その言葉が、焼けた広場に落ちる。


セリスが震える声で繰り返す。

「げんしょ……ざひょう……?」


レイナは低く言った。

「行き先が見えた、ってことか」


「たぶん……」

カイトは目を離せないまま答えた。

「いや、違う。ただの行き先じゃない。ここが中心なんだ。世界中の歪みが、あそこを起点にしてる」


セリスは小さく首を振った。

「そんなこと、ありえるんですか」


カイトは苦く笑った。

「ありえない。でも、見えてる」


しばらく、誰も言葉を発しなかった。


遠くの空でまた光が走る。

今度は先ほどよりも強い。


歪みが進んでいる。


レイナが先に口を開いた。

「なら、話は早い」


レイナは剣を軽く鳴らした。

「中心があるなら、そこを叩けばいい」


セリスがすぐに反応する。

「壊すんですか!?」


「必要ならな」とレイナは言った。

「全部に対処して回るより、起点を止めた方が早い」


その言葉は、ほんの少しだけヴァルドに似ていた。


カイトの胸がざわつく。


セリスは一歩前に出た。

「でも、そこが原因なら、整えればいいはずです」

セリスはカイトの方を向いた。

「そうですよね、カイトさん。壊す前に、直せるかどうかを見ないと」


二人の言葉は、どちらも間違っていないように聞こえた。

だからこそ、苦しい。


レイナは現実を見ている。

セリスは信じている。

どちらも、カイトがこれまで一緒に戦ってきた仲間らしい言葉だった。


だが今のカイトは、どちらにも即答できない。

「……分からない」


その言葉が口をついて出た瞬間、セリスがはっとした顔をした。


レイナも黙る。


カイト自身が、一番驚いていた。


今までなら言えたはずだ。

「直す」と。

「壊さずに済む道を探す」と。


なのに――

その言葉が、出てこない。


カイトは拳を握りしめた。


「俺には見える。たぶん、あそこに行けば、もっと分かる」

カイトはゆっくりと言葉を選びながら続けた。

「この世界がどう繋がってるのか。歪みがどう生まれてるのか。直せるのか、壊すしかないのか」


レイナは剣の柄を強く握った。

「……それで?」


「行くしかない」

カイトが応える。


風が吹いた。

焼け跡の灰が、石畳の上をさらさらと流れていく。


セリスはまだ不安そうだったが、それでもしっかりとうなずいた。

「行きましょう」

セリスは杖を握り直した。

「怖いです。でも、知らないままでいる方が、もっと怖いです」


レイナは口元をわずかに上げた。

「そうこなくちゃな」


カイトは二人を見た。

救われるような気持ちと、胸の奥の重さが同時にあった。

仲間は戻ってきた。

でも、自分はまだ戻れていない。

それでも進むしかない。


そのとき、空の彼方で、これまでより大きな光が脈打った。

世界そのものが、一瞬だけ低くうなったような気がした。


カイトの脳裏に、ヴァルドの声がよみがえる。


――見える者は、選ばされる。

――逃げ場はない。


カイトは目を閉じ、そして開いた。


遠い空にある一点を、まっすぐ見据える。


「……行こう」


誰に向けた言葉だったのか、自分でも分からない。


だがレイナは笑って剣帯を締め直し、セリスは小さく深呼吸をした。


三人は崩壊した広場の端へ歩き出す。


足元では、まだ細い回路が明滅している。

空では、世界中の歪みが見えない線で結ばれている。

そしてそのすべてが、遠い一点へと収束していた。


原初座標。


そこに何があるのか、まだ分からない。


ただ一つだけ、確かなことがある。


この世界の歪みは、偶然ではない。


最初から、どこかで、誰かが――

あるいは何かが、そうなるように組んでいた。


カイトは空を見上げたまま、心の中で呟いた。


この世界は――

最初から、壊れているのかもしれない。


そしてもしそうなら――

俺は、何を直そうとしているんだ。


そう思った瞬間、夜明けの空が、ほんのわずかに赤く染まった。



第17話 完

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第17話では、物語のスケールが一気に広がりました。


都市単位の崩壊から、世界規模の歪みへ。

そして、そのすべてが収束する“原初座標”。


同時に、カイトの中でも変化が起きています。


これまでなら迷わなかったはずの問いに、答えが出せなくなった。


直すのか。

壊すのか。

それとも――別の道があるのか。


レイナとセリス、それぞれの考えもまた、間違いではありません。

だからこそ、選べない。


そして物語は次へ進みます。


第18話は「旅立ち」。


答えを探すための移動ではなく、

答えを選ぶための旅が始まります。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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