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異世界スキル整備士  作者: なるかめ
第4章 原初中枢編

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第18話 旅立ちと追手

進むと決めたはずだった。


迷いを抱えたままでも、行くしかないと。


だが――


もし、その迷いこそが“誤り”だとしたら。


守るために繋ぐのか。

守るために切るのか。


同じ「整備」でも、その選択は真逆になる。


そしてその答えは、思っているよりも早く、突きつけられる。

空は、どこまでも静かだった。


だがその静けさは、昨日までのそれとは違っていた。


世界の歪みを見てしまった今、その空はただの空ではない。

どこかで繋がり、どこかで歪み、そして――あの一点へ収束している。


原初座標。


カイトは、その方向をじっと見つめていた。


「……行くしかない」


小さく呟く。


迷いは消えていない。

ヴァルドの言葉も、まだ胸の奥に刺さったままだ。


それでも、止まる理由にはならない。


レイナが肩をすくめた。


「やっと腹括ったか」


セリスは不安そうに、空とカイトの横顔を交互に見た。


「でも、本当に……行くんですね」


「ああ」とカイトは答えた。


「見なきゃ、何も分からない」


その言葉は、自分でも分かるくらい硬かった。


三人は歩き出す。


瓦礫を越え、崩れた街を抜ける。

崩壊の熱がまだ石に残っていて、足元からじんわりと熱が伝わってきた。

風が吹くたび、焼けた砂と灰が舞い上がる。


誰も口を開かなかった。


原初座標へ向かう。

それは決まった。


だが、そこで何をするのか。

何を選ぶのか。


その答えは、まだ誰の中にもなかった。


そのときだった。


「止まっているな」


声が、降ってきた。


三人の足が止まる。


音もなく、そこに“いた”。


崩れた石壁の上。

黒でも白でもない、無機質な外套をまとった男が、見下ろすように立っていた。

無駄のない立ち姿。

そこに立っている、というより、景色の中に置かれているような存在感だった。


カイトは目を細める。


「……誰だ」


男は短く答えた。


「ゼルク」


それだけだった。


名乗りに感情はない。

ただ、識別のためだけの音。


レイナが剣に手をかける。


「何者だ」


「排除する者だ」


淡々とした声だった。


ゼルクは三人ではなく、地面の下に走る回路を見ていた。


「歪みは広がる。放置すれば全体が崩壊する」


「ならば――」


ゼルクは、足元の石畳に手を触れた。


「不要な部分は切る」


バチン、と乾いた音が鳴った。


細い光の一部が、断たれる。


「やめろ!」


カイトは反射的に叫んだ。


だが――


崩壊は起きない。


むしろ、ざわついていた回路の流れがすっと静まり、周囲の脈動が安定した。


カイトは息を呑む。


「……なんで」


ゼルクは答える。


「無駄を切っただけだ」


セリスが震えた声を漏らす。


「それ、壊してるだけじゃ……」


ゼルクは首を振る。


「違う」


「選別だ」


カイトは歯を食いしばった。


「そんなの……救いじゃない」


ゼルクは即答した。


「救いとは、残すことだ」


一歩、前へ出る。


「全ては救えない」


「それを前提にしろ」


空気が重くなる。


カイトは言い返した。


「それでも……繋げば戻る!」


ゼルクはわずかに目を細めた。


「理解していないな」


そして――別の回路へ手を伸ばす。


「そこは切れ」


「判断が遅い」


カイトは動けなかった。


目の前の回路は、まだ繋がっている。

まだ助かる可能性がある。

光も、完全には濁っていない。


だが――


わずかに、歪んでいる。


このまま整えれば戻るかもしれない。

だが、戻らないかもしれない。


(……切るべきか?)


一瞬、思考が止まる。


その間に。


ゼルクが切った。


バチン。


光が途切れる。


「っ……!」


カイトが目を見開く。


だが崩壊は起きない。

むしろ、周囲の乱れた流れが連鎖的に落ち着いていく。


「……なんでだよ」


カイトは呟いた。


ゼルクは答える。


「迷うな。それは損失だ」


その言葉が、胸に刺さる。


ゼルクはさらに言った。


「お前は正しい」


「だが、そのやり方では間に合わない」


セリスが叫ぶ。


「そんなの……間違ってます!」


ゼルクはセリスを一瞥した。


「感情は判断を歪める」


「排除しろ」


セリスは息を呑み、杖を握る手に力を込める。


「そんなの、人を救う考え方じゃないです……!」


ゼルクは答えない。


代わりにレイナが低く言った。


「……嫌いじゃないな、その考え」


カイトが振り向く。


「レイナ……!」


レイナはゼルクから目を逸らさずに言った。


「現実的だ」


一拍置いて、さらに踏み込む。


「……あいつのやり方の方が、結果は出る」


その一言で、カイトの胸の奥が冷えた。


レイナは続ける。


「全部抱えて全部落とすよりはマシだ」


「守れないものまで抱え込んで、結局全部壊すくらいなら……切ってでも残す方がいい」


セリスが首を振る。


「でも、それは……!」


レイナは短く言った。


「分かってる。綺麗じゃない」


「でも現実は、綺麗な方を選んでる間に崩れることがある」


カイトの中で、何かが軋んだ。


ゼルクは言った。


「守るために、切る」


「それが整備だ」


その言葉は、真っ直ぐだった。

迷いがなく、淀みもない。


カイトは言葉を失う。


(……違う)


心の中でそう言う。


(でも……)


目の前の結果が、それを許さない。


切った方が安定した。

迷わなかった方が、被害は小さかった。


ゼルクの方が、正しいように見える。


いや――


(……あいつの方が、正しいのかもしれない)


その考えが、ほんの一瞬だけ、頭をよぎった。


そして。


それを、否定できなかった。


胸が、冷たく締め付けられる。


ゼルクは淡々と続ける。


「救えないものを抱えるな」


「それは優しさではなく、失敗の準備だ」


そのとき。


遠くで、嫌な音がした。


ギシ、と。

何かが軋み、崩れる音。


カイトが振り向く。


さっき、ゼルクが「そこは切れ」と言った先。

自分が迷って、手を止めた先。


その回路の向こうで、石壁が崩れ、建物の一角が沈んでいた。


「……あ」


声が漏れる。


さっき、切るべきだった場所。


自分が迷って、判断を遅らせた場所。


そこから、崩壊が広がっていた。


カイトの顔から血の気が引く。


間に合わなかった。


助けられたかもしれない。

だが、迷った。


その結果が、今、目の前にある。


ゼルクは淡々と言った。


「それが結果だ」


何も責めない。

怒りも、嘲りもない。


ただ事実だけを置く声が、余計に重かった。


そして、もう一つ。


切断された回路の先で、小さな光が完全に消えた。


誰にも気づかれないほど小さく。

だが、確かに。


ゼルクの判断は正しかった。

全体は安定した。


だが、何も失っていないわけではない。


カイトはそれを見た。


見てしまった。


(……俺は)


拳が震える。


(救えたのか?)


喉がひりつく。


(それとも――見殺しにしたのか?)


答えは出ない。


ゼルクは背を向けた。


「次は、迷うな」


それだけ言って、歩き出す。


「待て!」


カイトは声を上げた。

だが、足が動かない。


止めることはできなかった。


ゼルクの背中は、あっという間に瓦礫と崩れた壁の向こうへ消えていく。

まるで最初からそこにいなかったみたいに、気配ごと薄れていった。


沈黙が残る。


セリスが小さく呟いた。


「……今の、何なんですか」


震えた声だった。


レイナは剣から手を離し、低く息を吐いた。


「化け物だな。思想ごと切り捨ててる」


カイトは立ち尽くしたまま、崩れた先を見つめていた。


視界に回路が浮かぶ。


繋がっている。

だが、歪んでいる。


直せる。


だが――


それだけでいいのか。


いや、違う。


もう、それだけでは足りないと知ってしまった。


カイトはかすれた声で呟いた。


「……守るって、なんだ」


風が吹く。


焼けた石の匂いと、細かな灰が、崩れた街の上を流れていく。


セリスは何も言えず、ただカイトを見ていた。

レイナも口を開かない。


答えは出ない。


だが、確かに変わった。


守るだけでは、足りない。


それでも、切るだけで終わってはいけない。


その二つの現実が、重く胸に残っていた。


カイトはゆっくりと顔を上げる。


原初座標のある方角は、何も語らず、ただ遠くにあった。


そこへ行かなければならない。


答えを出すためではない。

もう、答えのないままでは進めなくなったからだ。


カイトは小さく息を吸った。


「……行こう」


レイナが横目で見る。


「立てるか」


「ああ」


カイトは答えた。


その声はまだ揺れていた。

だが、足は前を向いていた。


セリスも杖を握り直し、小さくうなずく。


三人は再び歩き出す。


崩れた街を抜け、その先へ。


風が吹く。


背後では、切られた回路と、繋がれた回路が、静かに明滅していた。


まるでこの世界そのものが、問い続けているみたいに。


お前は、何を残すのか。


その答えは、まだ見えない。


だがカイトは知っていた。


もう昨日までの自分には、戻れないことを。


第18話 完

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第18話は、戦闘の回でありながら、実質は“思想の衝突”の回です。


ゼルクは敵ではなく、もう一つの正解。

そしてカイトは今回、力ではなく“判断”で敗れました。


守ろうとして、間に合わなかった。

迷ったことで、失った。


そして同時に――

切ることでしか守れない現実も見てしまった。


ここからカイトは変わっていきます。


ただし、ヴァルドやゼルクのようにはならない。

その中間でも終わらない。


では、どこへ向かうのか。


次話、第19話「古代遺産」では、

世界そのものの“前提”に触れていきます。


整備とは何か。

そもそも、この世界は何なのか。


物語はさらに深くなっていきます。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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